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異世界ツーリング  作者: おにぎり
第二章~ファハーン
11/135

16日目

16日目


 翌日、異世界の朝は早い。

 夜の無駄に明かりを使うわけにもいかないので、一日の仕事は仕事は日のあるうちに済まさねばならぬ。日がまだ地平線の下にあるうちから、人々は動き出すのだ。


 昨日の夕食は豪華であった。

 ヤギ肉の足の丸焼き、鳩のヨーグルト煮、ナスと瓜の煮物、大豆の入った麦粥、ナッツのスープ。後はワインと麦の蒸留酒だ。

 その場で紹介されたのはアミルの妻と長女、4男とその嫁であった。アミルの妻のアーファリーン40過ぎ。おおらかな感じの、ふくよかな肉付きの垂れ目の女性であった。長女アフシャーネフは猫のように愛くるしい顔をした15歳。アールに興味しんしんのようである。アールは宝塚系美女であるから女子が食いつくのは仕方が無いのだ。

 4男とその嫁は若かった。お互いに11歳の夫婦である。犯罪である。

 4男のアヌーシュ君はまだ線が細く、青年と言うより完全に少年である。整った顔立ちから見るに、後10数年すれば美丈夫になるであろう。くるくる動く大きな瞳をした嫁のファランギスちゃんも菫の花のように可憐で、二人の姿はまるでおままごとのお雛様のようであった。

 ファランギスちゃんはカスラーの従妹だそうだ。聞けば、早いうちに結婚して相手の家で嫁(あるいは婿)を仕込む、と言うのは良くある話らしい。「まだ寝室は別ですが」と漏らし聞いて、伊勢はなぜか少し安心するのであった。

 久しぶりの旨い食事に城壁の中に入り安心したのもあって、伊勢もアミルもカスラーも大いに飲んだ。

 おかげで今朝は少し頭が痛いのであった。自業自得である。

 隣で伊勢の倍は飲んでいたであろうアールは、いつも通り溌剌として、朝から真剣な顔で米を炊いている。さすがバイクだなんでもないのである。少し憎い。


 伊勢はいつも通り、水を飲んで駐車場の端で朝の鍛錬をすると、カナート(地下水道)から汲んだ冷たい水を浴びて汗を流した。ヒゲをそり、ハンドタオルでざっと拭いて服を着る。湿度が低いため、髪も体もすぐに乾いてしまう。


「はい、相棒。ご飯出来ましたヨ。今日はナスとワカメのみそ汁と目玉焼きですヨ」

 台所からナスと卵を貰ったらしい。アールと一緒に軽く朝飯を食う。アミル一家と後で一緒するために、軽くだ。アールの飯盒炊飯はもうケチのつけようがないが、味噌汁は相変わらず少し辛い。

 朝食は和食派の伊勢にとっては、この朝ご飯はとても楽しみなものだ。旨い。 

 

 今日は異国風が好みのお偉いさんと会う、との事なので、つい勢いでパニアケースに入れたまま持ってきてしまったスーツを着る事にした。せっかくあるのだから使わないのはもったいないのである。剣帯に脇差のみを佩いた。

 アールは以前もらった余所行きの美しく染められたこの国の衣装である。ひらひらとした布を多く使った衣装が長身のアールを引き立てている。鮮やかな青い布地とハイライトの赤、白い肌、濡れたように黒く長い髪の対比が美しい。奇しくも元のR750と同じ配色であった。アールには、やはりよく似合っている。


 小間使いの奴隷が呼びに来る。銀色のネクタイを締めて客間から食堂に行くと、もう家の者はそろっていた。伊勢らの姿を見て、一様に驚く。 

「いや伊勢殿…素晴らしい服だ…」

「どうも。これは私の国の文官の服ですね。スーツといいます」

「素晴らしい布地、そしてその縫製…貿易が出来ればいいのだが…いや、無理なことはわかっている。余計なことだった。」

 アミルはしばし嘆息した。

「アール殿も良く似合っている。我が国の衣装をそれほど美しく着こなしてもらえるなら送った甲斐があるというものだ」

「アミルさん、ありがとうございます。この色はボクの大好きな色なので嬉しいです」

 そう言ってにこりと笑う。

 そんなアールを見て、4男のアヌーシュ君はアールに見惚れてボーっとしている。横のファランギスちゃんがムッとしてつねった。なんと言うテンプレであろうか。やるせない。


 食事を終るとカスラーが迎えに来た。今日はキルマウスの所に詣でてから、アミルとはそこで別れ、カスラーと共に戦闘士登録をしに行く予定である。

 自操車に乗って高級住宅街に向けて出発した。まだ7時前であるが、既に町は活気づいていた。



 高級住宅地は商業区と比べてだいぶ静かだ。2mはある高い塀に囲まれた白い住宅が建っている。

 ひときわ大きな屋敷の塀の前で自操車は止まった。近くには既に数台の自操車が停まっている。


 「おはようございます。ファルジャーン家のアミルとカスラーン家のカスラーが我が家の客人を連れてまいりました、とキルマウス様にとお伝えを願います。」

 門をくぐると出てきた家令にアミルが伝えた。家の中に通される。

 キルマウスの家は贅を尽くしたつくりだった。セルジュ一門の長にしてファハーン地方議会の副議長の要職に立つ者の家として、十分な格があった。

 高い吹き抜けと、色タイルで幾何学模様に彩られた床の玄関ホールを抜けると、すぐに廊下を備えた中庭にぶつかる。中庭にはナツメヤシや柑橘系の木が植えられ、小さな小川がつくられている。大した庭園である。

 4人は小さく衝立で区切られた部屋に通された。待合室なのであろう。

 すぐに美しい陶器に入れられた水が出てきた。そのまま静かにして5分ほど待っていると先ほどとは別の家令が「ファルジャーン様、どうぞ」と呼びに来た。アミルがその男に布にくるんだ小包を渡す。

 短い廊下を抜けて奥の部屋に入った。


「キルマウス様にはご機嫌麗しく…」

「おうわかった。前置きは良いアミル。達者かカスラー?お主ら東方の具合は何か聞いているか?まあ席に座れ。そちらがお前の客人か?変わった格好だ。名をなんと?何処からの客人だ?水を飲め。蜂蜜とレモンで味付けしてある。旨いぞ。」


 機関銃のように問いかけてきた。

 キルマウスは30代後半の気短で闊達な男であった。がっちりとした小柄な体をしている。


「はい、これらが私の客人でございます。ファハーンの自由民としたく御挨拶に参りました。東方の件は…カスラー」

「おかげさまで達者にやっています、キルマウス様。東方では魔境の収縮が一段落し、戦力の拡充は必要ですが現状でモング族どもの侵入は抑えられていると、戦闘士協会を通じて聞いております。俺よりもキルマウス様の方が情報に通じているとは思いますが。旨い水ですなこれは」


 色々な話が錯綜して分かりにくい会話である。これがキルマウスの癖なのであろう。


「俺の方が知っているとかそんなことは良いんだよカスラー。色々な所から聞くのが大事だ。商売はどうだアミル?塩は重要だ。客人の話をしろ。タバコを吸え。果物もあるぞ?」

 灰皿と刻みタバコを突きだしてくる。まことに忙しい男だ。

「商売はボチボチです。塩の商売を堅実にやっております。加えて最近は長男のアーブティンに獣人の国ナードラで砂糖の手配をさせております。…こちらは客人のイセ・シューイチロー殿とアール殿。海を越えたニホンという異国よりの旅人です。キルマウス様のお許しを頂きセルジュ一門の自由民といたしたく…タバコを頂きます」

 アミルがたじたじとなって答えた。苦笑しながらタバコに火をつける。

「イセ殿にアール殿とな。ニホンとな?聞いたことが無いがどこだそれは?自由民とな。あなた方には何が出来る?良い服を召しておられるな?名のある方であられるか?それにしてもとても美しいなアール殿は!なあイセ殿?」

 今度は伊勢の番である。正直勘弁していただきたい。冷や汗を垂らしつつ、答えるのであった。


「閣下、お、おほめいただき有難うございます。ニホンは船で遠く長い航海をした果てにある帝国です。私は貴族ではありませんが、家のよ、よんどころない事情でアールと共に旅に出る事と相成りました。詳しくはお話しできませんが…私は技術者であります。このアルバール国に無い技術や思想を持っていると思います。旅をして諸国をめぐり、見聞を広げれば、えー、新たな技術、新たな発明により民の生活を豊かにする助けが出来るのではないかと。

 私の技術、私の発明の使用権をアミル殿に買ってもらい、そそれを通じてアルバールの民の生活を豊かにする、という約束を昨日アミル殿としました。民が潤えばキルマウス様も潤う。私もアミル殿も民もキルマウス様も得になる、と言うものです。

 あ、あと…わ、我が相棒アールをおほめいただき有難うございます。私もそう思います」

 必死である。多少どもったのも、いたしかたないのであった。

 昨日の二人の約束に言及した言葉を聞いて、アミルの眉がピクリと動いた。


「ボクはチート魔法が使えます。相棒の旅を支えますヨ」

 アールは余裕である。


「なかなか良くしゃべる。面白い事を言う男だな。問題はあるが一考に値する。イセ・シューイチローにアール。以後、我がセルジュ一門に連なり、ファハーンの自由民となる事を許可する。役所には我が家から通す。さらに望むなら市民になっても良い。下がってよし。果物を持って行け。これは当座の足しにせよ。下がれ。先に帰れ。アミルは残れ」

 キルマウスは勢い良く立ち上がり、手元の柘榴を二人に渡し、銀貨の入った子袋を渡して席に戻った。

 伊勢、アール、カスラーは一礼して退室した。嵐のようであった。



^^^^^^

 3人が退室した後に、キルマウスはアミルと共にタバコを吸った。しばらく無言であった。


「アミル、自由民登録程度で俺の所に連れてくるとはそういうことか?そんなに良い人材なのか?彼らの言っていた話は本当か?」

 キセルからタバコの灰を落として、新しく詰め替え、姿勢を変えてキルマウスは聞いた。


「状況から言って、ほぼ本当かと思います。先程キルマウス様にお渡しした物品は私がイセ殿から購入したもの。私もそれなりの見聞を持っていると自負しておりますが、我が国でも、他の国でも観た事は御座いません。他にも小さな火を発する『らいたあ』なる道具も持っております。

 学問もたいしたものです。バール古語も多少は理解し、算術にも明るいようですし、私の塩田の水車を見てすぐに改良案を出してくれました。

 それに…両者とも本日戦闘士登録をする事になっておりますが、イセ殿は剣術使いとして、カスラーとも立ち会って勝利しております。カスラー曰く、アール殿はそれ以上に強いとか。…事実、ファルジ村から戻る道中にてアスラ熊に遭遇しましたが、イセ殿とアール殿が一撃で熊を仕留めております。我々の隊商は命をすくわれました。」

 

 キルマウスはキセルを灰皿に叩きつけて驚愕した。


「カスラーに勝っただと?!アスラ熊を一撃?!あり得んな!…だがお前が言うなら事実なのだろう…イセの着ていた服…なんなのだあの服は。素晴らしい布地ではないか。特に首もとから下げていた布地は素晴らしい。なまなかな者が付けられるものではないぞ?…おまえが渡してくれたモノの使い方を後で家の者に教えておけ。技術がどうこう、発明がどうこう、と言っていたな。話せ。」

「かしこまりました」

 アミルは伊勢に聞いた特許の概念について話した。


「ふむやはりそう言う事か。素晴らしい考えだ。が、難しいな。強力な統制がいる。だが俺はその考え方を聞いたぞアミル。いいな?イセの事は気にかけておく。彼らの家の面倒は俺が見てやる。いっその事、自由民ではなく家を持たせて市民にさせる事にする。拒否させるな。明日お前の店に使いをよこす。…それと長女を早く俺の次男の嫁によこせ。息子がうるさいのだ。相思相愛なのだから良いだろう」

「それは今しばらくお待ちください。一人娘なのです」

「だめだ」

「ダメです」

「親バカめ」

「はい」


 キルマウスでも親バカはどうにもならないのであった。



^^^^^

 キルマウスから貰った子袋には2000ディルが入っていた。カスラー曰く破格であるとの事。特別扱いが少し怖い。 


 伊勢たちは一度アミル邸に帰った。

 着替えをして、昼過ぎに来る予定のファリドとビジャンを待ち合わせして、それから戦闘士協会で登録をして、市街観光としゃれこむ段取りであった。


「お帰りなさいませ旦那さま」

 伊勢とアールが暇つぶしに旅の途中に書いていた絵を仕上げていると、アミルが帰ってきて告げた。

「あーイセ殿、アール殿、二人は自由民ではなく市民になる事になった」

「は?!」

「もうキルマウス様の家を通じて市民登録もしてきた。まあ、そう言う事になったので、すいませんが、よろしく」

 よろしく、ではない。流されるままにどんどん変わっていく自分の立場に慄然とするものがある。

「まあ、大丈夫だよ。キルマウス様が明日には家を用意してくれるそうだし。まあ家賃はかかるが大したことは無いよ」

「は?!」

 何が何だか分からないのである。この世界に来てからずっと…いや、その前からライクアローリングストーンである。

 会社をクビになって離婚して異世界に来て相棒と会って自由民になるかと思ったら市民になって家をあてがわれていた。なにをいっているかわから(ry

 伊勢が愕然としていると、アールがポンと肩を叩いて言った。

「相棒?大丈夫ですヨ。ケセラセラですヨ?マイペンライ!なんくるないさー!」

 アールはさすがであった。



「こんちわー、伊勢の兄貴、アールの姉御、おまたせしました!」

 昼前になんとか再起動した伊勢は、ファリドとビジャンを連れ立って戦闘士ギルドに行く事になった。推薦者のカスラーも一緒である。

 戦闘士ギルドはアミル宅からほど近い。歩いて15分もかからない距離だ。すぐに着いた。



 ギルドは三階建ての石作りの建物だった。ちょっとした民家に毛が生えたくらいの大きさであり、正直アミル邸の方がよほど大きい。

「ああ、カスラーさん。おひさしぶりですね」

 入るとすぐにカウンターがあり、受付の女性が座っていた。そのほかに数人いるが、全員がむさくるしい男である。戦闘士上がりなのかもしれない。

「おうリラー久しぶり。ああ、これアミル・ファルジャーン氏の依頼達成サイン」

「お疲れ様です。カスラーさんはアミルさんの指名依頼が本当に多いですよね」

「ああ、親族みたいなもんだからな。ところで支部長いるか?新人の推薦だ」

「おや、カスラーさんが推薦するとは珍しいですね!お待ちください」


 すぐにパーティションの向こうからアスラ熊のような男が出てきた。アスラ熊か山賊で無ければ、これが支部長であろう。

「カスラーお疲れさん。で、新人さんは?」

 見た目にそぐわぬ塩辛声である。

「ああ、この二人だ。で、これが市民登録証とアミル・ファルジャーン氏とキルマウス・セルジャーンからの推薦状だ。」

「あ?キルマウスってあのキルマウスか?…まあいい、あの二人が推薦するなら身元は確かだ。名前はイセ・セルジュ・シューイチローとアール・セルジュ・シューイチローで良いんですな?珍しい名前だが外国の方か?」

 ようやく伊勢とアールのしゃべる番である。というか、いつの間にか「シューイチロー」が家名になってしまったが…もうどうしようもないであろう。


「ええ、伊勢修一郎とアールです。宜しくおねがいします」

 伊勢はそう言って、日本人らしく丁寧に頭を下げるのであった。

「ボクはアールです。よろしくおねがいします」

 アールもそれに倣う。

「おうおう、これはご丁寧に。まあざっくばらんに頼むわ。苦手なんだそう言うの」

 がはは、と笑いながら支部長。これはやはり山賊であろう。

「しかし女の戦闘士登録者は珍しいな。…すげー別嬪さんだが強いのかい?」

 その言葉にファリドが噛みついた。

「イセの兄貴とアールの姉御はえらく強ぇよ支店長!試してみると良いじゃねぇか!」

 ビジャンが黙ってうなづく。

 カスラーもそれに乗った。 

「イセとアールの強さはこのカスラーが保証する。4級戦闘士で登録してくれていい。まあ自分で手合わせして試してみると良いさ」

「よしやってみよう。良いかねお二方?」


 そういうことになった。


^^^^^^^^^^

 戦闘士ギルドの敷地は意外に奥に長く、受付と事務スペースの区画を過ぎると奥は露天の道場になっていた。ちなみに二階三階は物置と宿舎だ。


 伊勢とアールは防具を身に付け、棚から武器を選ぶ。槍だ。

 この国で戦闘士として必須とされる技能は3つ。乗馬・弓・槍、である。剣は槍に比べれば戦闘力に難があるし、魔獣との戦闘で剣を使うなど、普通はナンセンスである。剣はあくまで街中での護衛など、弓や槍を使えない場合の選択肢にすぎない。砂漠と草原を主として成っている国土のため、そういう武器の優先順位になるのであった。


 伊勢は棚から3mほどの木槍を取った。先端には丸く綿が付けられていて、怪我をしないようなつくりだ。

 槍の使い方はファハーンまでの道中で学んだ、というか体から呼び起こしただけだが、まあそれなりに使えるようにはなっている。二度三度、りゅうと扱いてくり出してみた。悪い感触はしない。


「よしやろう、いつでもいいぜ!」

 そう叫ぶ支部長は伊勢と同じような槍を持っている。

 互いに一礼して構えた。


 槍の間合いは遠い。伊勢と支部長、二人の距離は8mほどである。互いに小刻みに動きながら様子を見る。

 徐々に接近して槍先を合わせた。―カカンッ。小さく二合ほど打ち合わせてはなれる…と見せかけて支部長が歩み足で踏み込みながら右手を繰り出し、胸に向かって槍を突きだしてきた。

 ―カンッと槍先を合わせ、右に捌いて回り込む。支店長が槍を戻す筋を遡るように、大きく踏み込んで素直にまっすぐ突いた。

 支店長の鎧に守られた下腹に強く槍が叩きこまれた。


 離れて礼をして終わった。 

 今の試合は単純な攻防だが、剣にしろ槍にしろ闘いと言うものはえてしてそういうものである。特に槍に関しては単純になりやすいな、と伊勢は思った。要するに相手よりも早く速く、自分の槍を相手の胴体に叩きこむ、というだけの事である。


「よしわかった!次!」


 今度はアールの番だ。

 アールの得物は訓練場に置いてあった中で一番長い6m以上ありそうな木槍である。長くて太い。端の方を両手で無造作にもっている。

 互いに大きく離れて、礼をした。

 次の瞬間、すたすたと近づき、端を持ったままバックスイングして、無造作に横に振った。

 支部長の胸にぶち当たった木槍は木っ端みじんに砕け、消し飛んだ。

 支店長はぶっ倒れて動かなくなった。


「「「「…………」」」」


 誰も何も言えなかった。 


^^^^^^

 晴れて四級戦闘士となった伊勢とアールは、ファリドとビジャンに案内されてバザールに来ていた。カスラーは戦闘士ギルドに留まった。

 ちなみに支部長はしばらくして息を吹き返したので問題は、たぶん無い。たぶん。


「おーすげぇなぁ!」

「凄いですね相棒!人がいっぱいですヨ!」

 

 バザールは、どの店もひしめき合うように軒先を連ね、道にはみ出して「これでもか!」と商品を並べている。色鮮やかな天幕が並ぶ様は異国情緒あふれるものだ。異国どころか異世界だから当たり前であるが。

 商品は様々。香辛料であったり、果物であったり、肉であったり、瓜のような野菜であったり、レーズンや乾燥デーツ等の乾物であったり、豆であったり、穀物であったり、塩であったり、布であったり、薬であったり、革であったり、刀剣やナイフであったり、生きた鳥や羊やヤギまで…多種多様で雑多な商品がそれぞれ山のように積まれている。その間を人々が縫うように、うごめきながら歩いている感じである。

 値札が付いているものは一切無い。客と商店主の決めるその瞬間だけの時価が値段だ。ここではタフな交渉が出来なければ買い物にならぬ。

 日本人からするとカオスであった。


「なんすか兄貴、姉御。そんなに珍しいっすか?」

 ファリドたちからすれば当たり前の光景なので、感動している伊勢とアールが不思議である。

「ああ、俺たちの国じゃこんなの無いからな。値札がついて無いなんてありえん」

 へぇ…とファリドは想像できないようである。異文化理解は難しいのだ。


 アールは布や糸の店を見つけて覗いている。

「相棒。なに色が好きですか?」

「ん?好きなの選んでいいぞ?」

「相棒が好きな色ですヨ。ボクたちの服をつくるんですから。」

 アール先生、何やらやる気のようである。

「そうだなぁ。黒やグレーが好きだけど、この国で着るんならもう少し明るい色の方がいいのか。…じゃあ青と緑」

「はい、分かりましたヨ」


「お嬢様、コレなんかいい色だと思いますよ!お勧めです!」

「でもボクはこっちの方が鮮やかで良いと思うんですヨ。お値段は?」

 アールは真剣にああでもないこうでもないと店主の親父と悩み始めた。

そのまま一時間ほどして、ようやく買うものが決まった。5色ほどの布と糸とヒモをそれぞれ適当な長さ買うようだ。待たされた伊勢とファリドはもう半ば魂が抜けている。

 最終的に全部で1900ディル、と値段が決定しそうになった時にビジャンが動いた。

「高い…ダメだ…」

 今日初めてビジャンが発した言葉であった。商店主の顔がひきつった。

「ダメだ…これはもっと…そう…ダメだ…もっとだ…」

 オーバーアクションな店主と対照的に、ビジャンは冷静に追い込んでいく。店主の顔からいつしか笑顔が完全に抜けていく。

「ダメだ…こうだ…」

 ついにそろばんを直接打って値段をつけ始めた。次第に店主の動きが止まってきた。

「………まあいいだろう」

 更に一時間の攻防を経て、決着した。店主は白く白く燃え尽きた。

 購入量は当初より5割増えたのに、最終的な価格は1122ディルとなった。



 次にアールの希望だったアクセサリー屋に向かおうと思ったが、アール曰く欲しいのは金銀銅の地金、との事であった為、別途手に入れる事にした。おそらくバイクの端子や銅線といった電装関係に必要なのだろう。


 そこで、適当にそこらの食べ物を買い、食べ歩きしつつ鍛冶屋に行く事にした。アールの用はわからないが、伊勢は木製の刀の握りをどうにかしたいと思っていた。

 鍛冶屋はバザールから30分ほど離れた店だ。カスラー、ファリド、ビジャンの行きつけの鍛冶屋で、製造から販売、手入れまでを行っているとのことである。ビジャン曰く、この店で値段交渉は厳禁らしい。ビジャンが言うなら間違いなかろう。

 

「こんちわー、どうも御無沙汰してるね親父さん」

「ファリドとビジャン。まだ生きてたか」

 随分と随分な親父の挨拶である。商売する気があるのだろうか?

「残念ながら生きてるよ。今日はこの姉さんと兄貴が用があってきたんだ」

 伊勢は自分から切り出すことにした。この親父に敬語はいらないだろう。

「親父さん宜しく頼むよ。俺は伊勢修一郎。今日から戦闘士になった、あー四級の戦闘士だ。こっちは相棒のアールで同じく四級戦闘士」

「どうもアールです。宜しくです」

 親父は初めから四級と聞いて少し驚いたようだ。

「ほう、それで武器を買いに来たのか?色々相談に乗ろうじゃねぇか」

「ああいや、俺は武器はあるんだ。ただ握りを改造して欲しい」

 伊勢は太刀と脇差を示していった。

「おう!何だこりゃ!見た事の無い剣だな!抜いていいか?」

 親父は大興奮である。伊勢は静かに抜いて刀身を見せてやった。親父は食い入るように見つめている。

「俺の国の剣だから手に入れるのは不可能だよ。この握りを木から他のに変えて欲しいんだ」

「よしわかった。エイの皮を使おう。ザラついたエイ革なら容易に滑らんからな。一日で何とかしてやる」

 そういうことなら、と納得して大小を預けた。400ディルの見積もりだったので、先払いしておいた。

 

 次はアールの番である。

「ボクは武器は自分で作るので、焼き入れだけお願いしたいんです。あと、今日は鉱石が欲しいんです」

 アールはバイク本体に元々あった物質であれば、素材がある限り任意に変形させて作れるのだ。変形チートである。

 親父は戸惑ったようだ。

「いやまぁ良いけどよ。作れるのか?…ああ、まあいいか。鉱石だな…作業場に来いよ」

 優しいオヤジである。

 

「さ、好きにもって行け」

 数人の職人が作業している作業場の傍らに、鉄鉱石が山になっていた。その他に銅、鉛、錫のインゴットもある。アルミやニッケル、クロムの鉱石があれば最高だろうが無い物ねだりであろう。

 アールは鉄の鉱石を50キロほど貰い、その他にも適当に銅と錫と鉛のインゴットを受け取る。ついでに鍛冶場の隅に山になっていたスラグも嬉々として受け取った。アールにとってはある意味おいしい不純物である。これらをアールの給油口に突っ込めば、アールの体であるバイクの素材として吸収できるのだ。そしてそれを任意に変形できる。まさにチートであった。

 全部の値段は500ディルであった。ドンブリ勘定である。これで商売は成り立つのだろうか?



「じゃあ兄貴、姉御、またな」「…じゃあ」

 ファルジとビジャン、二人の家をそれぞれ教えてもらった後、アミルの家に帰った。

 今日は朝から非常に盛りだくさんの予定があり、疲れ切った伊勢は、食事の後、風呂にも入らず寝てしまうのであった。


 アールはそんな伊勢の寝顔を、少し離れた自分のベッドから、そっと見つめた。

「ふふ、相棒。お疲れさまです。明日もまた楽しみましょうね」


 そう呟いて目を閉じ、寝た振りをするのだった。




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