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異世界ツーリング  作者: おにぎり
第八章~ケセラセラ
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二年と124日目

二年と124日目


「キルマウス様、これを…吹き飛ばすのですか?」

「そうだ。やれ。威力の試しだ。これが一番だ。無駄にはしない。心配するな。」

「アミルさん…」

「イセ殿、やってくれ。私も見てみたい」

「相棒…」


 伊勢はため息をついて、地面に手榴弾を設置し始めた。表面に突起無しのバージョンである。


――べぇぇ…


 設置作業をする伊勢の周りでは、毛むくじゃらの四足がメェメェ鳴いている。

 なんというか、とても、嫌だ。


 羊は一定間隔に地面に打たれた杭に繋がれて、動けないようになっている。これで効果範囲を調べる訳だ。地味に、よく考えられている。悪魔の知恵である。


「爆破しますので壕に隠れておいてください!」

 伊勢は導火線に点火すると、自分も壕に向けて走った。駆けこんで耳をふさぐ。

 ふと横のキルマウスを見ると、落ちつきなく揺れている。わくわくが止まらないのだろう。実に楽しそうだ。


―――バンッ!!


 伊勢が壕に入ってから30秒ほどして、手榴弾は爆発した。

「どうだ?!」

 土煙をものともせずにキルマウスが確認に走る。「危険です!」との、お付きの人の制止の声など聞こえていない。


 べぇぇぇぇぇべぇぇぇぇ…

 羊が鳴いていた。



 手榴弾は、なかなかのものであった。満足な殺傷半径は4~5mほどだと思うが、破片はもっと遠くまで飛ぶようだ。

 拠点防御用の兵器としては、かなり使えるだろう。なにより、相手が驚くのが良い。この時代の戦争は、驚いて浮足立った方が負けである。


「イセ!良いではないか!これは良い!なるほど、破片だな。よく刺さっている。これは死ぬ。羊をばらしている。食って行け。」

 すでにキルマウスの部下が、火を焚いて羊を焼きにかかっている。この手際の良さ。主従とはこういうものなのだろうか…伊勢には同意できない。


「はあ…キルマウス様、運用はなかなか難しいと思います。肩の良い兵士を選抜して、教育するのが良いと思います。私の国では擲弾兵といいますが。

 …そうでないと…自爆事故が多発する恐れが…」

「そうだな。自爆したら即死だな。ワハハハ!」

 笑いごとでは無い。

 ただ、モングに対して有効な策が、少しでも多くなったというのは、まことに歓迎すべき事である。


 そんなこんなで、羊はファハーンの兵士たちの夕食に供されたらしい。好評だったようだ。



^^^

 実験が終わった後、伊勢とアールは南に足を延ばしてニグラート村に行く事にした。登り窯を建設中の村である。

 時間がある時は、この村を出来るだけ多く訪ねる事にしている。


「相棒、さっきのは流石に嫌でしたねぇ…」

「うん、気分は良くないな。まあ、必要なんだけどさ」

「はい、相棒…」

 どんよりした気分を吹き払うように、勢いよく走っていく。

 まだ、そんなに暑くは無いから走りやすくて良い。二人は久しぶりに200キロ以上の速度を出して、弾丸のように村に走っていった。なにしろアールはスピード狂なのだ。彼女の気分転換にはこれが一番良い。


「ああ、気持ちいい!もう着いちゃいました。残念!」

「そうだな…まあ、帰りもあるし…」

 一時間もしないうちにニグラート村に着いてしまった。思い切り飛ばしてきたから当然であった。伊勢の顔はちょっと蒼い。全力疾走が怖かったのである。


 まあそれはそれとして、村に入った。

「ああ!イセ様、アール様、いらっしゃいまし!」

「「はい、こんにちは」」

 久しぶりにアールと声がそろってしまった。

 この村にとって、貴重な現金収入をもたらす窯の持ち主の一人である伊勢たちは、ここでは超VIPである。小市民の胸がドキドキしてしまう歓迎ぶりだ。

 挨拶をしてくる村人に、軽く手を上げて答礼をしつつ窯場に向かう。


「やあ、ドンヤーさんは?」

 窯場を職人に怒鳴られながら走りまわっている、下働きの小僧に聞いてみた。

「いらっしゃいまし!窯頭は登り窯です!」

「相棒、ボクはろくろを見てきますヨ」

「あいよ」

 アールは作業小屋に入って行った。彼女は窯よりも、ろくろや手びねりの方に興味があるのだ。来るたびに泥をこねている。


 伊勢が丘に行ってみると、登り窯は殆んど形が出来ていた。5連の連房式登り窯である。たまの雨を避けるために、粗末だがちゃんとした屋根が付けられている。

 伊勢の姿を見つけて、ドンヤーが丘を駆け下りてきた。小さな体を転がすようにして降りてくる。実際に一度転んだのだが、それはあえてカウントしない事にした。彼女の名誉のためである。


「イセさん。どうも」

 恥ずかしいのか、猫のような目の周りをちょっと赤らめて、仏頂面してぶっきらぼうに挨拶してきた。三十路女のくせに、微妙に可愛くなくもない。

「やあ、だいぶ出来ましたね」

「一月後くらいに、火入れです」

「おお!」


 意外と早かったが、感慨深いものである。ここまで来るまでに、相応の手間と金がかかっているのだ。

 木で枠を組んで、レンガを積み、目地を粘土でふさいで、よく乾かす。簡単に言えばこれだけだが、それでもなかなか難しいのだ。この村の窯業技術の精華がここに表れているのである。この国の最先端が、ここにあるのだ!


「最終は素焼き以下の火で焼きます。ちぢんで割れた部分には、粘土を詰めてふさぎます」

「粘土の配合は例の?」

「はい、出来そこないを砕いた粉をたくさん入れてますよ。配合ぱたぁんしぃ、を使うつもりです。あれはイセさんにしたら良い考えですね」

 随分な物言いである。まあ、冗談であろう。伊勢はそう信じたい。


 そう、窯を作る粘土とレンガについても、彼女と一緒に色々と考えてあるのだ。

 磁器を作るには1300度以上の高温が必要になる。いままでこの村で作ってきた陶器よりも、おそらく100~200℃は高温が要求されるだろう。つまり、より強く焼き締ってしまうという事である。

 収縮が大きければ、引っ張り応力が発生して窯がもろくなるし、亀裂だって沢山出来る。亀裂が出来れば窯の温度は上がらない。つまり窯の素材には、ガラス質になりにくい、焼き締らない粘土が必要なのである。

 収縮度が小さい粘土は、今までの窯用粘土に陶器の破片を砕いて入れたものを用意した。陶器の破片は一度火が入ったものだから、ちぢみは小さいのだ。魔石バーナーの炉を使って、配合条件別の収縮度も調査してあるのである。


「指示通り、内側もしっかり粘土を塗ってますよ。見ますか?」

 ドンヤーは伊勢を案内して、窯の内部を見せた。白っぽい粘土がしっかりと塗りたくられている。

 このように内側を塗っておかないと、使用しているうちに内壁に灰が付着してガラス化が進展し、徐々にレンガ自体が割れてスカスカになっていくのではないかと伊勢は懸念した。当然それでは温度は上がらない。要するに粘土を塗って、レンガが灰に対して暴露しないようにしたのである。

 まあ、伊勢が自分で考えた事なので、本当かどうかはわからないが、理屈は間違ってはいないはずだ。

「どうですか?いいでしょ?」

 ドンヤーはドヤ顔である。フフン、どうだ、ってな感じである。結構良い顔をしているな、と伊勢は思った。こういうのは、悪くない。

「この後は?予定通りに二度火を入れて、それから本番ですか?」

「ええ、そういう段取りです。まあ、あと…早くても70日はかかるかな?」

 彼女は前のめりになっているようだ。ちょっと危ないが、やる気のなかった最初の頃よりは遥かに良いであろう。手をかけてきた登り窯に対して、愛着がわいてきているらしい。こういう時の技術者は良い仕事をする、伊勢は経験上そう思う。


「ところでドンヤーさん。秘密の管理は徹底してくださいね。危ないですから」

「なにか、あったんですか?」

 ドンヤーの眉がぴくんと上がった。

「紙の国内生産で、双樹帝国との一部の利権が無くなった貿易商が暴走しましてね。俺の弟子を酷い目に会わせました。もうその貿易商はカタが付きましたが」

「えっ?!なんで?物騒なんですか?!」

 彼女は所詮はただの窯頭。技術屋なのである。利権がどうこう、なんて話はわからないのだ。


「この窯はセルジャーン家のモノなので、直接の手出しはありません。文字通り殺されますからね。だけど、秘密だけは守っておいた方が良いですよ。余計な波風は立てない方が良い」

「…わかりました」

 彼女の仕事はこの窯場の事だけだ。後の仕事はキルマウスとアミルがやる事である。伊勢はその支援がすこし出来るかもしれない程度。

 キルマウスの窯に文句をつける奴などファハーンにはいないはずだが、用心に越したことは無い。貿易額は紙よりも陶磁器の方が遥かに大きいのだから。



「ところでアールさんは?」

「ろくろをひいてます」

「早くそっちに行きましょう!」

 ドンヤーはろくろ小屋に走って行った。伊勢は完全に放置である。若干の悲哀を感じなくもない。


 ろくろ場にいくと、アールが舌を出しながら、顔に白い泥を付けてろくろを曳いていた。

「いいですか皆さん。磁器は陶器より硬いので、もっと薄く引くんですヨ?重たくて分厚い磁器なんて格好悪いですから」

「「「はい、先生!」」」

 いつのまにか、職人達から先生呼ばわりである。

「乾燥したら焼く前に、これを削ってもっと薄くします。磁器は強度があるので薄くても割れないんですヨ」

「なるほど…」

 職人達はかぶりついてアール先生の講義を聞いている。眼を皿のようにして、まことに真剣である。


「相棒、お帰りなさい。見て下さい。これがこの前にボクが来たときにつくった茶碗ですヨ。皆さんが焼いてくれたんです。まんざらでもないでしょう?」

 各種サイズの赤っぽい、陶器のごはん茶碗が9個。10個作ったが、一つは焼損してしまったらしい。

「…これは…何のための器かわかりませんが…良い仕事です」

 ドンヤーは茶碗を一つ一つ手に取って眺めている。

 良い出来なのは当然かもしれぬ。チートバイクのアールには手ぶれも一切無く、手の形さえ変形チートで変えられるのだ。絵を描いているからセンスも良いのだろう。もっとも、伊勢は彼女の絵を一度も見た事は無いが。


「俺のはどれだい?」

「相棒のはコレですヨ」

 並んでいる中で二番目に大きな茶碗だ。


「アールのはどれだい?」

「ボクのはこれですヨ」

 並んでいる中で一番目に大きな茶碗だ。


「いいでしょう?」


 そういって、彼女はまた、ろくろをひき始めた。





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