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異世界ツーリング  作者: おにぎり
第八章~ケセラセラ
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二年と79日目 幕間

二年と79日目 幕間


「こりゃ美味そうなヤギ肉だね、いくらだい?…あんたも、もう良く分かってるね。あいよ」

 マルヤムさんは大量のヤギ肉を格安で買い込むと、店主にむけて小さな袋を放った。

「こりゃなんだい?ばあさん」

「息子にでも食わせな。甘い菓子だよクシシ」

「おう、わりいな!」

 マルヤムさんの買い物の技は本当にすごい。これが、フィラーが今もっとも学ぶべき技術の一つだ。

 彼女は安く買いたたく代わりに、自分で作ったお菓子やおもちゃを店主に渡している。

 これで、両方が嬉しくなるんだ。そして次からはもう少し安く買えるようになる。

 これが、真の買い物なんだ!


「フィラー、持ちな…あーしんどい」

「はい、お持ちします」

 しんどい、などと言って全然しんどくはなさそうだが、そういう事は言ってはいけない。フィラーは素直に荷物を持ってついていく。ちょっと体調が悪い気がするので、フィラーの方は地味にしんどい。

「次は…豆だね」

「はい、マルヤムさん」

 マルヤムさんは凄い。読み書きそろばんも完璧で、旦那様とアール様から千ディル以上の買い物でも任されている。本当にすごい人なんだ。

 旦那様の工房の中でも何か仕事をしているし、近くの鍛冶屋に働きに行く事もある。掃除や洗濯もやる。何でも出来る。旦那様や奥さま…アール様とも対等に話している。

 マルヤムさんみたいにすごい人は、フィラーは始めて見たと思う。

 …あ。…あの飴はもしかして…。


「あの、マルヤムさん。飴、ありがとうございました。レモン味、美味しかったです。」

「何の事だい?ババアはもう忘れちまったよ」

 とぼけているのか、本当に忘れたのか、それとも知らないのか、…多分とぼけているんだとフィラーは思う。

 ロスタムさんから貰ったあの飴は、本当に美味しかった。美味しくて、美味しくて、涙が出た。フィラーは、あんなに甘いものを食べた事は、今まで一度も無かったから。


「あの、マルヤムさん」

「あんだい?」

「シューイチロー家の稼業は…何なんですか?」

「ふむ、アタシにも、まるでわからないねクシシシシ」

 マルヤムさんにもわからないなんて!それなら自分なんかにわかるわけが無い、とフィラーは思った。


 旦那様は、なにかよくわからないモノをたくさん作っておられるし、偉い族長さんもいらしたし、学者さんに学問を教えていらっしゃるし、豪商とも話をなさるし、鍛冶屋さんとも話をなさるし、戦闘士もなさっていて、みた事も無い透明な板のはまった窓の、素晴らしい豪邸に住んでおられる。

 すごいお金持ちであることはフィラーにもわかるけど、旦那様は偉そうでも無い。旦那様のズボンの裾は、犬のツンに噛まれていつもボロボロだ。

 アール様はいつも丁寧で、物凄くきれいだ。しかも二級戦闘士で魔法師。フィラーの胸はアールさんを見ると、少しドキドキする。

 フィラーの狭い世界では理解できない人たちだ。

 この前なんか、帝都の宮殿に行って偉い人と話をしてきたという。たいそう危険な事だったようだ。ロスタムさんはご飯も喉に通らないくらい、ずっと心配していた、


 この間、なんだかよくわからないうちに、シューイチロー家の人たちが、フィラーをあの店から助け出してくれた。

 ロスタムさんなんて、死にそうになって…

 ロスタムさん…

 ロスタムさんが…

 あたしはロスタムさんが…

 あたしはロスタムさんの…


「フィラー、あんたいつから奴隷なのかい?」

 マルヤムさんの問いかけに、フィラーはふと我に返った。

「えと…わかりません…生まれた時からだと思いますけど…」

 フィラーがもの心ついた時には、もうすでに奴隷として働いていた。

 両親も奴隷なのだが、もの心つく前に離されたので、全く覚えてはいない。覚えていないので、寂しくは無い。

 奴隷として働いて来た時の事も、フィラーはあまり覚えてはいない。5年くらいはザンド・ナイヤーン様の店で、雑用の下働きをしてきたはずだ。


「そうかい。アンタは生まれた時からかい。昔はアタシも奴隷だったよクシシ」

「えっ?!」

「もう30年も前の話だけどね」

 マルヤムさんが奴隷だったなんて…奴隷というのはもっと…何というかもっと…小さくて怖がりなはずだ。フィラーの常識では、そのはずだ。

「しっかりやれば、アンタもそのうち解放してもらえるよ。旦那はそういう人だからねキシシシ」

「解放…されたら…どうすれば良いんでしょう…」

 フィラーには何もないのだ。少しだけ買い物ができるくらいの、そろばんしか分からない。この間、ザンド様に折檻されて、前歯が折れてしまったから、見目もよくない。

 でも…解放されたらロスタムさんと…ダメだ!あたしにそんな価値は無い!あたしは奴隷で…


「解放されるまでに勉強しておけばいいのさ。アンタなんてどうとでもなるよ。人生なんて、簡単なもんさキシシシ」

「勉強、ですか?」

「ロスタムなんて、二年前はアンタよりバカだったね!」

 マルヤムさんはそう言って、キシシシシ、と笑った。この笑い声だけは良くないと、フィラーは思う。

 ロスタムさんが羊飼いだった事は彼から聞いたけど…


「勉強すれば、いい事がありますか?」

「さあね。朝夕の飯は腹いっぱい食えるようにはなるだろうね」

 凄い!それだけで十分だ!打たれなければ更にいい!


「マルヤムさん!あたしはがんばります!」

「そうかい、じゃ、まずは豆屋の値切り方から教えようかねクシシ」

「はいっ!」


 フィラーは意気込んで山羊の肉を抱え直すと、マルヤムの後ろについて行ったのだった。




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