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そもそも御子とは、色を持たない白子を気味悪がって捨てた親がいたことから始まったのだ、とニニアンは言った。
「異国の民の存在が知られ、肌や髪の色がたくさんあると分かっている今でも、わたくしのような白子は特別視される。まして千年以上前のこと。当時の人が恐れても不思議ではないわ」
口調を改めた彼女は、御子としての繊細さより王女の威厳を感じた。
ちらっと視線を向ければ、精悍な顔立ちを褐色に染めた異国人の護衛官がいる。
「とある神官が、その捨てられた白子を拾った。そして何ものにも染まらない白を持つ子供こそ神に近い存在であると考え、その白子を神殿の象徴として育てたのよ」
「象徴?神託を受ける存在じゃなく?」
「そう。当時はただの象徴だったわ。その頃は、まだ神官の誰もが純朴に神を信仰していた。白子を神殿の象徴としたのも、肌の色の違いだけで親に捨てられた白子に救いを与えるためかもしれない」
神官とは人を導くと言う役目であるため、皆が学に優れ徳の高い人物だった。しかしその才を頼った王たちが、政に神官の助言を求め始めたことが歪みを生む。
時を経るごとに神殿の発言力は増し、高位の神官が常に政治に口を出すようになった。現在の神官長は、ついに宰相と権力を二分する地位にまでのし上がっている。
「御子がいつごろから神託を受けるとされるようになったのか、記録を読んでもそれは定かではなかった。けれど、少なくともこの数百年、神殿はザキラの威光を高めるために御子に茶番を続けさせ、使い捨ててきたのよ」
また御子には似合わない言葉が出てきた。
「使い捨てって、どう言うことなの」
「そのままの意味よ。御子がもてはやされるのは、その存在が稀有であることに因るのは理解できるかしら」
「まぁ、毎年のように御子が生まれてたら、ありがたみも何もあったものじゃないし」
目の前でしゃべっているニニアンだって、100年ぶりの白子のはずだ。
「それからもう一つ。神託を受ける御子は、総じて短命だと言われているわ。その儚さが民の同情心を集め、神秘性を補強しているの」
それはヴィリも知っている。
神から直接言葉を受けると言う、人の身に過ぎた力は御子の命を削る。ゆえに御子は短命であり、その多くが10代で神の元へ召されるのだ。
幼いころに聞き飽きた説教である。
「個人差はもちろんあるけれど、白子も普通の人間よ。では神などいない神殿で、守られているはずの御子が揃って早死にするのはなぜかしら」
「あ……」
「御子として神殿にいれば、すぐに神などいないことが分かる。それでも白子たちが逆らわず、神官に従順なのはなぜだと思う?」
こくりと首を傾げたニニアンが、謎かけでもするような気軽さで問うてくる。
とにかくさっさと帰ってもらおうと思っていたヴィリは、いつの間にかその仕草や声、何より瞳に引き込まれていた。
「神殿で、いい生活が保障されてるから黙ってたとか」
「そうね。そう言う御子もいたことは否定できない。けれど、神殿は退屈なところよ。娯楽もない、自由もない。衣食住が保障されているとは言え、すべての御子が満足できたとは思えないわね。それに、神官たちはあなたたちが思っているほど、御子に敬意を持っていないのよ」
「じゃあ、脅して無理やり言うことを聞かせてるとでも言うの?御子はその心労が祟って早死にするって訳」
「いい線行ってるわ。実際はもっと醜悪だけれど」
そんなバカな、とヴィリが肩を竦めると、ニニアンはあっさり頷いた。
「神殿は、薬を使って御子の自我を奪うのよ」
「薬って……アヘンとかのこと?」
「名前は知らないけれど、似たようなものね。きっと」
長く花街にいれば、麻薬はさして珍しいものではない。ヴィリのいる妓楼は中級以上の貴族を相手にしているため、取締りを受ける類のものは扱わないが、場末の娼館では当たり前に売買されているものだ。ごくたまに、アヘンに狂った娼婦が亡霊のように歩いているのを目にすることがある。
そこでハッとした。
イツァンに人形のように抱えられていたニニアン。その目は空ろで、亡霊となった娼婦のようだった。
「わたくしはこうして自分に返ることができるわ。でも、先代までの御子は一日中自我を奪われ、それが毎日続いたの。短命なのは当たり前よ」
ニニアンが悔しげにきゅっと唇を噛む。
彼女が初めて見せた、人間らしい表情だった。
「でも、神殿は御子がいなくちゃ神託を騙れない。次はいつ生まれるか分からないのに、わざわざ御子の寿命を速めるっておかしいじゃない」
「あら、あなた自分で言ったわよ。『毎年のように御子が生まれてたら、ありがたみも何もあったものじゃない』って。神託だってそれと同じよ。一代の御子で神殿が発表する神託は、せいぜい3つか4つ。何となく当たれば民の信仰心は保たれるもの」
そして、神殿にはノルマを果たした御子を置いておく必要はないと言う訳だ。
「口封じには殺してしまうのが一番ってことだな」
イツァンがさらりと付け加えた。
どうせ殺してしまうなら、最初から自我を奪っておけば操るのも楽だろう。
「人の命を、何だと思ってるの……」
真っ白な塔の中で渦巻く欲に気分が悪くなる。
御子の存在が公に認知されてるようになってから、生まれた白子は全員が神殿で保護されると言う。まだ乳飲み子のうちから親と引き離され、他人の欲の為に犠牲になるなんて、なんと哀れなことか。目の前の少女も、自分と同じ年なのにそんな運命を背負っているのだ。
「………あれ?」
やるせなさに眉を下げながら、痛む心が残っていた自分に驚いてもいたヴィリは、しかし慌てて自分の思考にストップをかけた。
「ちょっと待ってよ。御子は一日中自我を奪われ続けるんでしょ?だったらどうして、あなたは普通にしゃべってるの?」
「それは、私が王女だから」
当たり前だとでも言うように返したニニアンへ、ヴィリは遠慮なく不審の目を向けた。




