ジャッジメント
注意。残酷なシーンが含まれております。
陰鬱な話です。
苦手だ、という方はご注意ください。
また、この作品は『正義』と同じ世界の物語です。
「レイ、張り切ってんな」
私は先行していたそいつに声をかけた。先行したそいつのおかげで、予定のルートは血と死体で埋まっていた。
「そう? たいして殺ったつもりはないけど」
そう言ったそいつは既に全身真っ赤で、翼もまんべんなく赤く染まっていた。得物の事なら言わずもがな、だ。
赤く染まった翼は英雄の証。まことしやかに言われる話だが、その実際は私たちを殺戮者に煽てあげるための方便にしか聞こえない。
いい加減ほとんど斬り殺すこともなく、やり残しばかり切っていたので私は少々頭に来ていた。
だから、つい言ってしまう。
「赤い翼は殺戮の証、血に飢えた獣、か」
レイは振り向き、私に、その手に持った赤く染まった鉾鑓を突きつけた。
「取り消せ。今お前は私達のことを馬鹿にした」
「そんな気はなかったんだけどね。ちょいと獲物が少なかったんで気が立ってた。ごめん」
レイは疑うような厳しい目で私を睨みつけた。一応反省した振りはしているが、見破られない自信はない。
「まあ、許してやる。でも二度と言うな。 わかったな?」
「ああ」
嘆かわしい。
レイとの任務が終わって戻ってみれば新しい任務が舞い込んでいた。
少しは休ませてくれ、と文句を言いたくなるが、そこは犬の悲しさ、拒むまでもなく受諾したことにされているのだ。
飼い主からすれば、犬がしっぽを振ったかどうかなんて重要じゃない。結果こそが大事なのだ。
任務はまたレイとの共同任務。スパイの潜伏地の襲撃。ただし、追加で一つ。
『レイを監視しろ』
実に胸くそ悪い話だ事で。
レイの手並みは実に見事だ。相手をきっちり苦しませてから死に至らせる。その上一撃必殺。どうあがいても助かりようがない一撃を叩き込む。
無駄がない、というより貧乏性といってやった方が良い。むしろ兵士より拷問吏にでもなった方が良かったのだ。
その反吐の出る殺し方を見たせいというわけではないが、私の殺り方は一瞬で断ち切るようにしていた。
暗い通路の閉塞感と、満ちる血臭がのしかかる。嗅ぎなれた、慣れ親しんだ感触。
見る間に見慣れた色に染まっていく通路。
今回は綺麗な緑の草原ではなく、薄暗い秘密の隠れ家を襲撃中。太陽の代わりに出迎えるのは切れかけた蛍光灯の灯りだ。
「それにしても」
レイが私に話しかけてくる。
「調査官の怠慢には呆れがくるね」
「どうしてさ?」
答えるレイ――鎗片手に飛びだしてきた阿呆を叩き殺しながら。
「こんな隠れ家作らせる前に捕まえとけ、ってんだよ」
その声には本気の怒りが滲んでいた。私は肩をすくめた。
「こんな悪党共に出し抜かれるなんて」
報告書にはなんて書こう?
「怠慢は罪悪だ。殺してしまおう」
ぼそりと、レイはつぶやいた。本気の声で。
決まり。狂犬。
再び任務。
予定の場所。前線に適当に近く、拠点から離れた牧場跡地。住民はすでに後方に避難していて、戦線もここまでは到達していないため人影はない。
ただし、何らかの戦闘に巻き込まれない可能性はない。
「また、お前とか。縁があるな」
「そうね」
気分は最悪。さっさと済ませしまおうか。
私は剣を抜いた。
「さっさと済ませましょうか」
「そうだな」
くるりと背中を向けるレイ。
私はその無防備な背中に剣を振るう。
すさまじい腕。驚嘆させられる。殺気は隠したはずなのに、どうして気付かれたんだろう?
必殺だったはずの私の一撃は、レイの鉾鑓に受け止められていた。半身ではあるが、すでにこちらに向き直っていた。
「見事な腕ね」
「どうして、お前……」
私は答えなかった。その代わり、剣を構え直す。魔法を使えば良かったと少し後悔。
「裏切ったのか? お前裏切ったのか!」
狂乱し始めた。私は嗤った。馬鹿すぎる。
「あんた、殺しすぎ」
「おま、お前!」
私は無視して斬りつけた。
レイはかろうじて受け流し、反撃した。
上段。かわす。下段。かすめられた。
仕切り直し。レイは強かった。戦場で殺せと言われないわけだ。魔法で殺せるような相手じゃない。爆撃でなら何とかなるか?
「犬は犬らしく、主人の命令に従いなさい」
「なっ」
阿呆なことに、レイは鉾鑓を取り落としそうなほど混乱した。私は隙を逃さず攻撃する。
レイに先ほどまでのキレはない。立ち直る前に、反抗できないようにしなければ。
私は腕を狙った。先ほどの動きが嘘のように簡単に腕を落とせた。
レイはその衝撃で立ち直ったのか、片手だけで応戦してくる。
こうなると哀れだ。
私は残った腕も切り落とした。
レイが膝をついた。
私は剣を振り上げる。
「お前達が殺せと言ったじゃないか!」
レイは信じたくないように見えた。哀れな奴。
「なのに何で私を殺すんだ!」
泣き崩れ、うなだれ、首を落とされ、惨めに死んだ。
首はむき出しの土の上を、血をまき散らしながら転がっていく。
その首は、信じられないと言うように目を見開いていた。この期に及んでまだ馬鹿だったらしい。
首の亡くなったその死体は微かに跳ねるように動く。まだ、生きていると叫んでいるかのように。
私はタバコに火をつける。一度だけ、煙を深く吸い込み、吐きだした。
そうしてから、レイの疑問に答えてやる。
「理解できなかったから、だろ」
私は咥えていたタバコを、それの上に投げた。
先から、紫煙が細くたなびいた。
楽しんで、考えるきっかけになれば幸いです。
07年2/26追記
いくらか、世界観に関わる修正を施しました。
3/5
見落とし修正。見直しは大事です。