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Fの軌跡  作者: ひこうき
Fの軌跡 編 (前)
9/60

番外編1 ~Another View~

「お、お!よっしゃーーー!やっっっっとアイツラくっついたな!これでフェーズ1のノルマは達成っと」

「ひっぐひぐ。あぶないよ~クロくん。早くおりよ~よ~。あとこれ、私の望遠鏡だよ~。ひっぐ、自分の使ってよ~」

「あーうっせーな!泣くなよな、シロ!俺達『ボス』から所持物は共有するよう言われてんだろ!」

「シロこわいよ~。ひっぐ、クロくん~」

「だーーーーー!うっさい!」


 心地よい春風を全身で味わう。これは、地上にいる者だけの特権だ。この少年少女、『クロ』と『シロ』と呼ばれる二人の子供に、その暖かな風というものは存在しない。

 今クロとシロがいる場所、それは高さ333メートルを誇る、かつては日本で一番高かったタワー、その先端部だ。

 このタワーが建設されてから1世紀近く。かつては東京と呼ばれていた日本の首都には、今では500メートルを悠に超えるビルが幾つも建っている。自身の象徴を否定された東京タワーは完全に過去の遺産となり、その姿は哀れなほどに寂れていた。最早ただの巨大な鉄の塊と化したこのタワーでは、来月にも取り壊し作業が開始される。

 

 300メートル上空からの景色というものは、時に人を竦み上がらせる。

 

 もし仮に落ちれば、例え高適合者でも即死。

 遙か下方を運行する巡回船が米の粒ほどの大きさに見え、それが死に瀕している状況であることをより一層強調する。

 ましてや、ここは寂れたタワーの天辺。春風とは思えないほど冷気を帯びた寒風が頬を撫で、振動一つで命綱である鉄筋が大きく揺れるとくれば、高さに耐性のある大人でも、生唾を飲まざるを得ないだろう。

 だが、333M上空からいつ転落してもおかしくない、この状況に立たされた二人の子供の行動からは、恐怖といった感情が全く感じ取れない。


 少なくとも、片方を除いては。


「うえええええええん!クロく~ん!早くおりよ~よ~!高いのこわいよ~!」

 切な声で泣き叫ぶのは、小柄な体に不釣り合いな程大きい、真っ白なロングコートを羽織った『シロ』と呼ばれる少女だ。

 無理矢理大人用の服を着ました、と言わんばかりに、コートの中にすっぽり埋まっているが、姿形は小学校低学年の少女そのもの。

 年相応に美しい純白の髪は、ツインテールに仕立てられている。普段は物大人しい彼女の精一杯のチャームポイントとなっていた髪型も、今では死際のウサギ耳の如く垂れ下がっていた。

 身に纏った純白色のコートと比較し得るほどに、色素の薄い肌の持ち主だが、タワー天辺の鉄筋にしがみついている今は、白く滑らかな頬を紅色に染めて、大粒の涙を流している。

「だーーーーーもう!だからうっさい、シロ!少しは黙ってろ!」

 そう泣きわめく少女の隣りで、片手で鉄筋にしがみつき、片手で望遠鏡を覗きながら罵声を上げるのは、これまた小柄な『クロ』と呼ばれる黒髪ショートカットの少年だ。

 同じく見てくれは、そこらの小学校低学年のやんちゃ少年と変わりない。こちらはシロと呼ばれる少女とは対照的に、漆黒のロングコートを身に纏っており、襟から覗くその顔は、実に健康的な小麦色をしている。

 少年の罵声にビクッと大きく肩を振るわせた少女はしかし、嗚咽は漏らすものの、泣き止みはした。しばらくの沈黙を挟んでから、ゆっくりとしゃべり出す。

「クロくん、もういいよね?『恭司』お兄ちゃんと、茜お姉ちゃ……じゃなくて、『志穂』お姉ちゃんをくっつけろ、ていうノルマは達成できたんだよね?『大杉』っていう太ったお兄ちゃんに『青』を渡して、正解だったんだよね?恭司お兄ちゃんと、志穂お姉ちゃんのくっついた確認も、今できたんだよね?なら、早くおりよ?」

 少女の精一杯な虚勢に対し、クロと呼ばれる少年は短く唸る。

「いや、こっちの件はいいんだけどよー。まだ『青』の配布、1000人に到達してないじゃん?これくらいの高さなら、ターゲットになりそうな連中、そうだな~、ビルから投身自殺しようとしてるヤツとか、見つけやすそうじゃん」

「私はいいもん。もう500人配り終えたもん。後100人は全員クロくんのノルマだよ」

 だー、うっさいうっさい!と少女に罵声を掛けながら、クロと呼ばれる少年は足を鉄筋に巻き付けぶら下がる。

 すぐ真下の鉄筋に、両手両足で必死でしがみついている少女の頭をグリグリ。

「わーーー!痛い痛い!クロくんごめん!分かったよぅ~!後100人はシロも手伝うよぅ~!だからグリグリやめてよぅー」

 ふん、と鼻を鳴らした少年は両手を少女の頭から離すと、足だけでぶら下がったまま目を閉じて腕組みをする。どうやら彼にしてみれば、怒ったという意味らしいが。

 その時、一際大きな風が吹く。それに共鳴するかのように鉄筋が揺れ、振り子運動を開始した。

「きゃああああああああああ!」

「ぎゃああああああああああ!!!!止めてくれーーーー!死ぬーーーー!」

 子羊の如く震える少女の発した悲鳴を掻き消したのは、やんちゃ少年の絶叫だった。

 揺れる鉄筋から振り落とされないよう、クロは足でしがみつきながら叫び続ける。

「やっぱり~!クロくんも怖いんだね~!うええええええん!」

「うりさあああああああああああい!!別にこわかあああああねえええええええええ!」

 大粒の涙と、伸びる鼻水をまき散らしながら振り回される少年の言葉にはしかし、説得力というものが欠片も感じられない。

 彼らにしてみれば恐らく生きた心地がしなかったであろう数秒が経過した後、ようやく風が緩やかなものとなる。

 少年は涙と鼻水を垂れ流し、少女はさらにきつく鉄筋にしがみつき、ぶるぶる震えている。

「は、ははは。楽しいアトラクションだったぜぃ」

「説得力の欠片もないよぅ、クロくん」

「何だと~!?シロ!」

「後、涙と鼻水でパウダーも落ちちゃってるよぅ~」

「―――は!」

 少女の指摘を受けた少年は慌てて自身の頬に触れる。

 そこにたっぷりと塗られていたはずの小麦色パウダーは綺麗に流れ落ちており、代わりに少女と同じ真っ白な素肌を外界に晒している事実を認識した彼は、今までにないほど慌てた姿を見せた。

「うんぎゃああああああ!!シロ!早く早く!早く俺様スペシャルパウダーを!」

「誰も見てないのにぃ。だってクロくんと私、双子みたいなものだよね。茶色のパウダーなんか塗らないで、普通に素肌晒してもいいと思うんだけどなぁ。

私、クロくんの雪みたいにきれーな肌、好きだよ?」

「『クロ』って名前で、肌が真っ白だったら、俺様の格好がつかないだろおおおおおおお!!」

 早く早く!と喚く少年に対し、少女は恐る恐るポケットに手を伸ばそうとする。片手両足だけで鉄筋にしがみつくのは、どうも少女には心許ないようだ。

 そして再び、恐怖の寒風。

 再びの振り子運動。

「ぎゃああああああああああぁぁぁぁ!しろおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「くーーーーーろーーーーくーーーーーーん!」

 大きく揺れた鉄筋から振り落とされた少年は、叫びも虚しく、大粒の涙を空中に残しながら大地に吸い込まれていった。

「うええええええええん!クロくーーーん!置いてかないでよおおおおおお~!」

 少女の叫びも、虚しいものとなった。

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