Date or Dead ? ~デートか死か~
3
しばらく都会の街を歩いていると、少なからず俺が注目を浴びているのが分かる。時刻は現在4時前後。この時間帯になれば、下校時刻が早い学校の生徒はちらほらとその姿を街の中に見せ、高層ビルが立ち並ぶ景色の下にいる街の人々の服も、スーツ一色からカジュアルな物に変化しつつあった。
よって、俺や宮谷のような高校生がいても大して目立たないはずなのだが。
街ゆく男子学生共には恨みと羨望の眼差しで見られ、通りかかった女子高生達からは憧れのような視線を頂戴する。原因は、俺の右手に笑顔でしがみついている宮谷だった。眩い笑顔で楽しそうに鼻歌を歌っている。端から見れば、ちょうど二人で仲良く並んで歩くバカップルだった。しかも片方は黒髪の超絶美少女で、片やそのお相手はイケメンでもブサイクでも無い普通の高校男児である。注目を浴びるのも仕方がなかった。
俺はため息をつきながら、右腕にしがみついて離さない宮谷に言う。
「おい、3回目だ。俺から離れてくれ。傍を歩くなとは言わない。頼むから俺の手を解放してくれ」
腕が壊死するから、と小さな声で付け足す。俺の右腕は30分近く笑顔の宮谷にぎゅーっと握られ、崩壊を来そうとしていた。握力が尋常じゃない。一体この華奢な体の何処からそんな力が生まれるのか、不思議でならなかった。
右隣から3回目の同じ返事が返ってくる。
「いいじゃないですか。私達、恋人なんですよ?昨晩はあんなに私を押し倒したクセに」
近くでコーヒーを飲んでいた40代独身と思われるオジさんが、宮谷の言葉を聞くや否や盛大に吹き出した。俺は頭の中で、3回目の同じツッコミを入れる。
俺たちいつから付き合ってるんですか。後宮谷を押し倒した記憶は神に誓って微塵も無い。
「4回目だ。腕を解放してくれ」
俺の言葉を聞いた宮谷は瞳をウルウルとさせ、俺に上目遣いで話しかけてくる。
「恭司君、わたしのこと・・・・・・嫌いですか?」
「現時点ではね」
いくら絶世の美少女だとしても、宮谷が人一人を殺していることは紛れもない事実。超現実主義者かつ合理主義者の俺が、血で汚れた笑顔を見せる美少女と一緒に町中を歩きたいとでも思っているのだろうか。
そんな俺の言葉を無視するかの如く、宮谷はいきなり自分の右を見ると、あ~!と可愛らしい声を上げた。
「クレープです!恭司君、クレープ屋ですよ!」
宮谷が右で停船しているクレープ屋を指差し、興奮している。
「そうだね」
俺は適当に答える。というか、腕の痛みでそれどころではない。
「私、実は甘い物大好きなんですよ」
「そうだったのか」
「私、食べたいですよ」
「買えばいいじゃないか」
「恭司君。彼氏として奢ってください」
「色々ツッコミたいところだけど、敢えて嫌だと言っておく」
ゴキッ。
「是非とも私目に奢らせてください」
「わー、ありがとうございます、恭司君!」
たかだか数百円の出費で右腕の命を救えるのならば安いものだ、と内心で俺。
宮谷は俺の右腕を解放すると、綺麗な黒髪を揺らしながらクレープ屋へ駆けていき、前屈みになってサンプル品を眺める。俺は少し遅れて、なるべく宮谷から距離を取ってクレープ屋に着いた。
「ここのメニュー、全部ください」
笑顔の宮谷から、恐怖を具現化したかのような言葉が発せられる。俺は思わずメニューのカバーガラスに頭をぶつけた。かしこまりました、少々お待ちください、と宮谷の言葉に対して律儀に応答した店員は、船内の奥の方へ駆けていくと、クレープの作成準備に取りかかる。
「ちょちょちょい、待ち!おい、宮谷!お前ここの店のクレープ何種類あると思ってるんだ!」
慌てて宮谷に駆け寄り、店のメニューを横から一瞥してから俺は文句を言った。
ゴキゴキッ。
何処の部位の骨かは、お察しください。
「たったこれだけの注文でいいのかい?」
「はい、恭司君の気持ちでもうお腹いっぱいです!」
だったら頼むなよ、と右腕を押さえながら俺。クレープの生地を焼く音が船内から聞こえる。もう後にひけない俺は、今月最後のバイト代とのお別れの準備をする。俺が自分のケータイを取り出し、支払い用のボタンを押してアプリを起動していると、その様子を見ていたようである宮谷が話しかけてきた。
「ずいぶん警戒してるわね、私のこと」
「……!」
化けの皮が剥がれた、宮谷本来の大人びた口調だ。横目で様子を伺うと、先ほどの笑顔は消え、何処か寂しそうな表情で俺を見ている。
「べっつに。警戒してなんか……」
「嘘。一見自然な風に振る舞ってるけど」
「……」
宮谷が俺の顔をのぞき込んでくる。俺は声が届く範囲に人がいないことを確認してから、顔を宮谷から背けたままなるべく小さな声で返す。
「まあな。何せ殺人者が自分のすぐ横にいるんだ、警戒しないほうがおかしいだろ?」
「まあ、そういうものかしらね」
淡々とした声が返ってくる。でもね、と短く区切ってから宮谷は続けた。
「ICDAに着くまでの道程が支倉恭司の最後の日常だから、今くらいは警戒しないで楽しみなさい。別にこんな一般人の往来が多い場所で、あなたをどうこうするつもりは全く無いから」
そう宮谷が言い終わると、お待たせしました~、と店員が巨大な袋に詰めたクレープの山を運んできた。
さすが最新鋭のクレープ作成機だから早いな、と密かに感心しながら、俺がケータイを支払いのパネルに触れさせようとする。しかし、どういう風の吹き回しか、宮谷は俺の手を制すると、自らのポケットから黒一色のシンプルなケータイを取り出す。
「やっぱり今日は私が払います。恭司君」
再び華奢な少女に戻った宮谷は、俺に眩い笑顔を見せると、ケータイをピッ、とパネルに触れさせる。お支払いが完了しました、とパネルから文字が浮かび上がった後、店員からクレープを受け取った。
その際に見えた残り残高の0の数は見なかったことにする。
店員のありがとうございました~、という律儀な挨拶を受けながら、俺の方を振り向くと、袋からクレープを2個取り出して俺に投げてきた。
「おっ?」
キャッチしたクレープ2個を見てみると、それらはこの店で一番高価なヤツだった。
「食べなさい。支倉恭司の最後の晩餐よ。夜じゃないけどね」
そう言って、宮谷はそそくさと俺の前を通り過ぎていく。俺は慌ててその後を追いかけた。
彼女との会話で、俺達の向かっている場所がICDAだということが分かった。またそこに行ったら最後、俺は今までの日常を失うことも、良く理解していた。最悪死ぬことも。
これまでの日常を壊したくないなら、彼女に付いて行かなければいい。今すぐにでも回れ右して、全力で逃げ出せばいい。宮谷に命を狙われることになっても、警察に頼んで保護してもらえばいい。
昨日までの俺だったら、わざわざ自ら危険な場所に飛び込むなどしない。
しかし、今の俺は違う。
知ってしまったのだ。非日常を。忘れられなかったのだ。非日常を。
この時点で、俺は心身共に非日常に染められた気がした。そして、その非日常から抜け出すことを諦めた。
今までは、日常を生きるために諦めてきた。今は、日常を生きることを諦めた。
そんな矛盾を意識下から砕くように、俺は宮谷を追いかけながらクレープにかぶりつく。