少女の名は
連続投稿の3つ目です。
「今のロバートの話と僕の話を合わせると、裏切り者は5名だけに絞られる」
「ど、どういうことですか?」
「これは先ほどまでの話とは違って、あくまで推測の域を出ないんだけどね。
あれから僕は必死に考えたんだ。ICDA日本本部の襲撃に関して」
浦田は続ける。
「どうして日本本部が狙われたのか。侵入者の、敵対組織の目的はいったいなんだったのか」
「それは……」
「単なる力の誇示。組織の存在を暗に伝えるため。ICDAの戦力をそぎ落とすため……理由は色々考えられるけど、どれもわざわざ後処理が面倒な本部を狙う理由にはならない。ましてや日本に限定する理由にはならないんだ。まぁ偶然日本がターゲットに選ばれたという可能性もなくはないけど……」
けど、と浦田は言葉を紡ぐ。
「ICDA日本に侵入者がいるなら話は別じゃないか? こうは考えられないかな、ICDA日本襲撃自体が囮で、彼らの目的はICDA日本に潜伏している裏切り者とコンタクトを取るのが目的だったと」
「……つまり」
少女がゆっくりと尋ねる。
「つまり、今回のICDA日本の襲撃事件は仲間の内で連絡を取るためで、ICDA日本に裏切り者がいるということですか?」
浦田は頷く。
「あくまで推測だ。けど、もしICDA日本に裏切り者がいるならば、ICDA日本が襲撃された理由にはなる」
「なるほどな……」
目と閉じて、静かに話を聞いていたロバートは、納得するように何度か頷いた。
「して、俺とウラタの話を総合するとこうなる。裏切り者は『アンダー10』の者で、『ICDA日本に属している』者」
浦田が頷き、言葉を繋げた。
「それに該当する者は5名のみ。司令部ナンバー9、小野寺雅美。実行部ナンバー4、宮谷志穂。実行部ナンバー2、ライエル・ウェーバー。それから研究部ナンバー6の僕」
浦田はそして、一拍おいて言った。
「そして最後の一人は、アイツだ」
「アイツって誰ですか?」
「できればこの場で名前を出すのは控えたい」
「?」
浦田が僅かに震えていることに、少女はまだ気づいていない。
隣に座るロバートは、図太い笑みを浮かべて浦田の肩を叩いた。
「まぁ、お前は大丈夫だろう、ウラタ。こうして今日俺が呼んでいる時点で、お前のことは信頼している」
「そうか、そう言って貰えると助かる」
「つまり、こういうこった。裏切り者は後の4人の内の誰か。今この瞬間もICDA日本にいると」
ロバートは立ち上がって、浦田を見据える。
「そこでだ。裏切り者を炙り出すために、お前に頼みがある、ウラタ」
「何だい、改まって」
「不安定情報素を捕獲した件を、ICDA日本のアンダー10の内で明かして欲しい」
「っちょ、ちょっと師匠!?」
少女がロバートに食いついた。
「それはまずいですよ!」
「これが最善の策だ。不安定情報素を捕獲したとなれば、あのクラージェを守るタワーが突破されるのも時間の問題。そうすれば必ず、裏切り者は『何らかのアクション』を起こす。そこを押さえる」
「で、でも……先に上層部に連絡をした方がいいんじゃないですか?」
「ダメだ。上層部に連絡すれば俺たちの動きが制限されちまう。そうなると犯人特定に差しさわりが出る」
取り付く島もないとばかりに、少女の意見は伏せられ話が進んでいく。
「頼めるか、ウラタ」
「ああ、何とかやってみよう」
「よし」
パシッ、とロバートが掌と拳を合わせた。
「俺の話は以上だ。これからはICDA内部の裏切り者の捜索に力を入れて動いていく。ウラタにも悪いが協力してもらうぞ」
「ああ、分かった」
「で、だ」
ロバートは少女の方へと歩み寄って、両手を少女の肩に置いた。
「わっ、師匠……?」
「ウラタ、コイツをICDA日本に連れてけ」
「え……?」
意外とばかりに、少女と浦田が目を見開く。
「俺との連絡役が要る、だからコイツを日本に連れてけ」
「えっ、でも、師匠……?」
少女は後ろの師匠を振り返り見て――固まった。
自らの師匠がかつて見せたことのないような、出会ってから一番の穏やかな笑みを浮かべているからだ。
「お前はもう十分に『強く』なった。師匠呼ばわりはくすぐったかったが……そうだな、直属の上司である俺が太鼓判を押してやる。お前は『強い』。
だから、もういい加減『日本』に行っていいんじゃねぇか?」
「で、でも……」
「胸を張れ。お前がこれまで死ぬ物狂いで頑張ってきたことは俺が認めてる。だから大丈夫だ。胸を張って、お前の想い人に顔を合わせてこい」
俯き気味だった少女は面を上げ、少しずつ、少しずつ笑顔を取り戻して、
「……はい!」
力強い返事を返した。
「よし、いい返事だ。……コイツを俺との連絡役としてお前の下に付かせる。それで構わないな、ウラタ?」
「ああ、僕は何も問題ないよ」
事務的な内容の発言だが、ウラタも何処か嬉しそうな笑みを浮かべていた。
少女は立ち上がる。
自らの腕に巻かれたブレスレット、その先端部に取り付けられた部品を眺めた。
その部品とは、かつて彼女がとある少年から貰った誕生日プレゼント。
『ラジオ』の一部。
それを彼女はお守り代わりとして、ずっと身に着けてきた。
もう一度少年と会うため。
いつか強くなって、彼、『フー』と日本で再会するという誓いを忘れないため。
少女の10年越しの想いが、誓いが、願いが、ようやく叶おうとしていた。
少女――――かつてマサキと呼ばれていた少女は、満面の笑顔を見せた。
「ICDAアメリカ研究部所属の『マサキ・ミヤタニ』。ICDA日本研究部、浦田勝也の元に転属し、これよりICDA日本へと向かいます」