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Fの軌跡  作者: ひこうき
Fの再会 編
54/60

採用

 ICDA第3支部。

 敷地面積50000㎡オーバー、階数にしてB21階にまで及ぶ秘密施設。

 熱帯雨林のど真ん中に展開されたこの超巨大施設は、いわばICDAとFコードによる闘争、その最前線に据えられた拠点だ。

 つまり、全ICDA施設の中で、クラージェの存在する研究施設に最も近い施設ということ。

 設立当初、この施設の存在意義は大まかに二つあった。

 一つは、不安定情報素のタワーの監視。人一人の接触だけで世界規模の大災害を引き起こしかねない、クラージェの周囲3㎞、成層圏付近にまで展開されたこの超巨大な爆弾を常に見張り、外部の人間もしくは組織との接触を根絶することだ。

 そしてもう一つは、この不安定情報素を突破する手立ての模索。Fコードという悪魔を葬るために、クラージェの施設を守るこの最強の殻を破ることだ。

 設立から7年が経過した時点では、この不安定情報素を突破する手段は皆無といって差し支えない状態だった。というのも、不安定情報素を調査しようにも、触れてしまった瞬間に誘爆が起きるのだからマトモに研究ができるはずがない。実質この施設の働きは、不安定情報素のタワーを監視することの一点に絞られていた。

 

 しかしながらそれは、ICDA研究部ナンバー1であるロバート・J・エドワーズが、一年前にアメリカ支部からやってくるまでの話だ。

 遥か欧米から来て、到着一番に彼がしたことは、研究設備・人材の再構築。

 アメリカ支部から抜擢してきた優秀な部下と現地にいた研究員から、ロバートは新たな研究チームを再構築した上で、寂れつつあった研究設備を修復して、到着初日から不安定情報素の研究に乗り出した。

 そして彼が研究をはじめてから1年の歳月が経ち、その研究は実を結ぼうとしていた。


「不安定情報素を捕らえただと……!?」

 ガタッ、と浦田は勢いよく立ち上がった。

 その勢いで椅子が盛大に倒れるが、その場にいた3名は誰も気に留めない。皆がそれどころではないのだ。

 ミスター1が口にしたのは浦田にとって――――いや、ICDAに所属し、世界の根管と戦っていく誓いをした者にとって、絶対に聞き捨てならない内容だった。

「バカなッ、一体どうやって……! どうやって不安定情報素への情報混流を阻止したというんだッ。いや、まさか犠牲を覚悟で触れたのか……」

「落ち着け」

 たった一言。しかしミスター1の発した一言は、浦田の動揺を抑えるには十分な効果を持っていた。

 むぐッ、と唇を固く閉じ、両手拳を握りしめていた浦田は――――その一言で落ち着きを取り戻し、両肩から力を抜いた。

「……コーヒーでも淹れなおそう。詳しく話を聞かせてくれ」

「ああ、それがいい」

「すまないな、ロバート。僕としたことが取り乱した」

「気にするな。俺の部下よりはずっとマシだ」

 部下? と浦田は、ミスター1の向かい側の席に座った少女を見やる。

 フォークでケーキを刺し、それを口元まで運んでいた少女は……そのまま石のように固まり、口をポカンと開けて茫然としていた。

「俺はストロング、ブラックで頼む。コイツにも飛びきりキツイの淹れてやってくれ」

「承諾した」

 苦笑交じりにミスター1の言葉を受け取った浦田は、カートから新しいコーヒー豆を用意し、ドリッパーによる抽出作業に移る。

 一連の作業を慣れた手つきでこなしている間、ミスター1は両腕を組み、目を瞑って無言で待機していた。

「ブラックでよかったね」

「……悪いな」

 ミスター1の前に、湯気の立つコーヒーカップを置く。そして向かいの少女の前に置かれたコーヒーカップを片すと、浦田は代わりに薄紅色に染まった紅茶を淹れた。

「紅茶か?」

「ああ、飛び切りキツイ飲み物よりも、興奮作用を抑えるという面では優秀な飲み物だ。構わないかい?」

「一任しよう」

 僅かに甘味ががった薫りが立ち込める。ほんわか立ち上がる紅茶の蒸気を前にして、ようやく、本当にようやく、少女は我に帰った。

「気づいたようだね」

「あっえっと……そうだ師匠……! 不安定情報素を捕らえたって……! それじゃ、私たちの研究は……!」

「ちゃんと説明してやるから、まずは落ち着け」

 一言。浦田の時と同じくぶっきらぼうに放たれたその一言に、少女は続く言葉を失う。数度口をパクパクとしてから、そのまま恥ずかしそうに肩を狭めて、用意された紅茶を一口、また一口。

「僕も座ろうかな」

 一人立っていた浦田は、長時間の話に備えてベッドに腰掛ける。

 3人の間を取り巻く数秒足らずの沈黙。それを冷静さを取り戻した証拠と判断したミスター1は、飛び切りカフェインの効いたコーヒーで喉を潤してから、もったいぶるように、言葉を選ぶようにして口を開く。

「さて、何から説明したものか……」

 ミスター1は肘を立て、眼前で両手を組む。

「ウラタ。最後に俺たちが会ったのはいつだ?」

「2年3ヶ月12日前。フロリダ第7施設での、リファポットの基礎構造に関するコンフィレンス以来だ」

 浦田は即答する。

「……その通りだ。知っての通り、俺はそれからお前と連絡を一切とっていない。意図的だったんだがな。……まずは、俺のこれまでの研究について話そうと思う」

 少し長くなるかもな、とミスター1は前置きをしてから、言葉を紡いだ。

「これもお前は知っているはずだが、俺はそのフロリダでのコンフィレンスまではリファポット――つまり、球形型特殊情報干渉装置の研究に没頭していた。何故ならFコードからの感情浸食の情報伝達は、全てこのリファポットを媒介として体系的に行われているからだ。情報伝達の中間地点、発信するメディアであるリファポットさえ何とかしてしまえば、例えFコードを屠ることができなかったとしても、クラージェによる感情浸食は阻止できる。俺はそう信じて疑わなかったんだ」

「ああ、事実、ロバートがコンフィレンスで提唱した理論は目を見張るものがあった。フロートエンジンによるリファポット基礎動作の法則から、世界中に散りばめられたそれらの誤差5%までの正確な位置特定技術……Fコードに直接干渉する術ばかり模索していた連中からしてみれば、当時ナンバー1の肩書きを得たばかりの新参者の考えには、中々思うところがあったのかもしれないな」

「あっ、えっと……すいません」

 少女が口を挟む。

「あの、リファポットの対応、研究は私の分野外なんですけど、一つだけいいですか?」

「何だい?」

「リファポットって確か、今の地球上に数千、数万って存在するんですよね。そのリファポットを経由して、Fコードから私たちに『感情を消費して、潜在能力を引き出す』っていう指令が届けられている」

「ああ、その通りだ」

「でも、そのリファポットって、実際の所どうなんです?」

「どういう意味だい?」

 浦田のその問い返しに、少女は窮した。

 その様子を横目に見ていたミスター1は、自分の部下の不出来を嘆くかのようにして、大きなため息をついた。

「俺の部下の不躾は、俺が何とかする。説明を代わろう」

 ミスター1は、目を閉じてコーヒーを一口飲んでから続けた。

「お前のことだから、自分の研究対象外であるリファポットに関しては全くの無知なんだろう?」

「うっ……!」

 図星と言わんばかりに、少女は肩をピクリと跳ねさせる。

「前から言ってるだろう。一分野だけで完結する研究は無いんだ。僅かでも影響していると思う要素があったら、それを余すこと無く納得するまで追及していく。未知と無知を履き違えるな。それが例え自分の分野外だったとしても、だ」

「すいません……師匠……」

 少女はあからさまにシュンと落ち込む。

「自分で調べるくらいの石ころ並みの積極性すら無いなら、この話し合いに立ち会うこと自体間違ってるんだがな。この際だから説明してやる。

 リファポットのシステム、担う役割はお前の理解するところで正しい。それで何が分からないんだ?」

「えっと……もしリファポットを全て撤去できれば、人類をFコードから救うことができる。だから今この瞬間も、世界各地に散らばった実行部の人たちが、血眼になってリファポットを探し、処分している。私が分からないのは、どうしてリファポットがそんなに簡単に見つからないのか」

 少女は自身の端末を操作し、過去のデータを引っ張りだした。

「リファポット探しに駆り出されている実行部の人員は、全世界で7000人弱にも上ると聞いてます。でもこの8年間で発見・処分できたリファポットは、僅か237台……」

 そういうことか、とミスター1はもう一度深いため息をついた。

「いいか、そもそもリファポットがどういう動きをしているか、知ってるか?」

「い、いいえ」

 僅かに眉を寄せるミスター1。

「そもそもリファポットは、バカな科学者たちが地球環境という人外な存在を操作するために作り出したシステムだ。その基礎構造はフロートシステムと……そうだな、今でいうHVSシステムの応用によって成り立っている」

「HVS……ハイパービジョンシステムですね」

「ああ、つまり世界中に散らばる直径3m前後の玉っころは、フロートシステムによってプカプカ浮いていて、そのくせHVSによる表面反射によって姿が見えないんだ。フロートシステムを使用しているから動作音も皆無な上、内臓された太陽光発電システムだけで動力が事足りてしまう」

「つまり世界中に、それも空中に散らばっていると……リファポット1個1個が完全に独立して他の機関に依存していないから、発見が困難なんですか」

「それだけじゃない。Fコードに統一されてからというもの、クラージェの演算によってランダムな動きで移動しやがる。ただ浮かんでるんじゃない。数万のリファポットが、姿を隠したまま、刻一刻とその場所を変えているんだ。オマケに位置特定のジャミングまで入ってるときた」

 なるほど、と少女は実際に頷いた。

 ただでさえ超広範囲に展開されているというのに、そのうえ常に移動し、こちらの探知機にも引っかからないジャミングを流している。そこまで対策を打たれているのなら、この8年で200台以上発見できたのはむしろ上出来にすら思えてしまう少女だった。

「そこで、彼――ロバート・J・エドワーズの提唱した基礎理論が役に立つんだ」

 浦田が説明を代わる。

「ロバートが着眼したのは、当時残っていたリファポットの設計図から得られたセットモーションと、40000台を超えるリファポットのシリアルコード。

 Fコードによる統制によって、リファポットの位置は完全に分からなくなってしまった。しかしながら、ロバートはこの2つの情報を最大限に活用することで、恐らく最有力の解決策を導き出した」

 ピッ、と浦田が指を立てる。

「移動するリファポットだけど、その動きは正確に言うとランダムではないんだ。スラクター出力による移動には、決まった方向制御――つまりあらかじめプログラムに組み込まれていた動きしか適用できない。その数は23パターン。つまり簡単にいってしまえば、その23パターンの動きを絶え間なく組み合わせて、リファポットの位置は決定される。

 冷静に考えてみると、この位置までの軌跡は、実はすごく簡単な方程式で導き出されるんだ。厳密には違うんだけど、基本はただの微分方程式に当てはめるだけだ。規模が桁違いなだけであって、本質はそこらの学生にでも理解できてしまう。終期位置は分かってるんだから、後は初期条件である初期位置さえ入手できれば、ある程度の軌跡は推測がつく」

 なるほど、と少女は納得すると同時に、新たな疑問もわく。

「でも、それでどうやって初期位置を出したんですか? それに、初期位置から終期位置までの軌跡を知ってどうするんです?」

「ヒントは、シリアルコードには最初の配置場所が明記されていること。そして、リファポットの動きは統一的に行われていること」

「あっ……そうか……!」

 少女は、言葉を一つ一つ確認するようにして呟く。

「こっちはシリアルコードと初期位置の関係を握っている……これまでに捕まえたリファポットのシリアルコードと照合すれば、確かにその捕まえた個体の初期位置を得ることができますね」

 うん、と浦田は頷いた。

「後はもう分かるよね。そのリファポットの捕獲地点――つまり終期位置と初期条件である初期位置が分かれば、莫大な計算を経て、初期位置から終期位置までの軌跡を割り出すことができる。もちろん一つとはならないけど、ある程度には絞れる」

 少女が言葉を繋げる。

「そしてリファポットの動きは、Fコードによって統一的に行われている……つまり、動き方、軌跡が同一と推測できるから、シリアルコードの初期条件を参照にして、残りのまだ捕まってないリファポットの現在位置もおおよその見当がつくようになる」

「その通り。実際にそのコンフィレンス以前に捕獲した237台から、その軌跡は僅か130パターンに絞られた。

 後はもう虱潰しなり人海戦術だよ。時間経過、初期位置、130パターンの軌跡などの条件から、残りの40000台のリファポットの現在位置を推測する。気候、気温などの地理的要因も考慮して、位置特定の誤差は5%以内に収まることも分かった。これが、ロバート・J・エドワーズがコンフィレンスで提唱した理論だ」

 言われれば単純、誰にでも理解できるような内容だ。

 しかし、無から有を生み出すことが困難であるように、何もない状態からこの理論を僅か数年で生み出したミスター1に対して……

「――――すごい」

 ……自然と、少女はそう呟いていた。

「話を進めるぞ。まぁ、俺がこの理論を発表した結果、コンフィレンスにいた上層部の連中が採用してくれてな。既存していた捜索部隊を編制、俺の提唱した基礎理論を元に世界規模でリファポット捜索が行われた。

 そして約1年3ヶ月もの間、世界中で捜索が続けられた結果……見つかったリファポットはゼロ」

「っ!?」

 少女は思わず立ち上がってしまった。

 ミスター1はまるで他人事であるかのように淡々と続ける。

「何を驚くことがある。最初からお前と……ウラタが言っていただろう。今日までに見つかったリファポットは237台、コンフィレンス以前に捕まえたリファポットも237台。俺が基礎理論を提唱してから、一つとして見つかっていない」

「え、師匠……でもそれは、どうして……」

 ミスター1は、僅かに自虐的な笑みを浮かべて答える。

「お前の思考下は今、この言葉で埋め尽くされていることだろう。『リファポットが一台も見つからなくなったのは、師匠の基礎理論が間違っていたから』」

「えっと、それは……」

 少女は気まずそうに視線を背けた。

「別に責めてるワケじゃない。むしろそう考えるのが普通だ。実際に上層部の連中の、俺への批判中傷も酷いもんだった。こうして今、研究部ナンバー1の肩書きを外されていないのが不思議なくらいにな」

「僕は未だに信じられないけどね。ロバートの理論に間違いは無かった。演算だって僕らの本部にあった『マザー・クリス』で行ったんだから誤るハズがない。もしリファポットが見つからなくなった原因があるのだとしたなら、それは既存していたリファポットの資料に不備か、または……」

 そこで浦田が、ミスター1に意味深な視線を送る。

 意外そうに目を見開いたミスター1だったが――――次いで一笑すると、頭をガシガシと掻きはじめる。

「参ったな、ウラタもとっくに気づいてるんじゃないか」

「とっくに……ではないよ。今回の侵入者から得られた情報を元に、僕なりに行きついた結論だ」

「……?」

 浦田とミスター1とのやり取りから、真意をくみ取れずにいる少女。

 ミスター1は、そんな少女を一瞥した後に、ゆっくり周囲を見渡す。

「プライバシーってのはそんなに重要なもんかね。こんな命がいくつあっても足りない状況でも、しっかり尊重されてやがる」

「確かに不思議なものだ。一瞬の油断すら許されない土地なのに、客室という理由だけで監視カメラや盗聴器の一つも無いなんてね」

「ああ、だからこそ、ウラタにはこの客室に来てもらうように仕向けたんだがな。最初は俺の研究室に来てもらおうとも考えたんだが、なにぶん部下全員を信じ切れていないものでな。

 だが、ここなら絶対に情報が漏れることはない」

「……??」

 困惑する少女の前で、互いに面向かったミスター1と浦田が、同時に口を開いた。


『ICDA内部に……裏切者がいる』

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