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Fの軌跡  作者: ひこうき
Fの出会い 編
5/60

イレイサー

 バギッ、と。ゼロ距離で放たれた弾丸により、硬質化した皮膚が貫通される音がした。



 同時に、大杉はその場で完全に動かなくなった。

 その真っ黒の全身から、真っ黒の液体が滲み出す。

 血、だろうか。

「―――はっ!」

 俺は我に返ると、思考を止めていた頭を無理矢理働かせ、目の前で起こった状況を把握する。

 宮谷が、野獣のように変わり果てた大杉を、殺した。

 間違いない。この黒髪の少女が、こんな華奢な少女が、人を殺した。

 多量の混乱要素が頭の中で大戦を始めている中、この揺るがない事実を俺は素直に受け入れようとする。


 当然、受け入れられなかった。


「わああああああああああああ!!!」

 情けない叫び声を上げて、俺はその場で後ろ向きに転けると、全力で後ずさりする。そして震える指で宮谷を指差す。

「お、おま、お前何、な、何やって、て!ひ、ひと、ひとを、こ、ここころ、ころしししし!!!」

 言葉が言葉にならなかった。そんな慌てふためく俺を宮谷は無表情のまま一瞥すると、スカートのポケットから何かを取り出す。

 ピンク色のボールペンだ。何故この状況下でそんな代物が登場するのかを頭でじっくり考察するほどの余裕は、今の俺には断じて無い。

 宮谷は、イレイサーやると独りごちてるみたいで恥ずかしいのよね、とボールペンを顔の前に持ってきた。軽く咳払いをした後、細長い物体の上端を押しながら、謎の言葉を一気に吐き出す。声量が小さく、何を呟いているのか分からなかったが、最後の一言だけはしっかりと聞き取ることが出来た。

「イレイサー、オン」

 直後、ボールペンから激しいフラッシュが3度に渡り発生する。同時にサイレンのような、耳に障る高音が大音量で放たれた。

 思わず両耳を塞ぐが、爆音は両手の存在を気にも留めないかの如く、鼓膜を激しく震わす。

 耳障りを通り越して、痛いと感じる程の爆音。

 時間にして、5秒弱。サイレン音は少しずつフェードアウトしていき、収束を迎える。

「あれ?」

 あまりに奇怪な現象に、俺は思わず疑問の声を上げる。

 両耳から掌を離すと、世界は全くの無音に包まれていたのだ。

 あれだけの騒音を放っていた校舎は、完全に沈黙していた。ふと校舎を見上げると、ベランダに残っていた生徒は全員、気を失ったかの如くその場で倒れ伏せている。壊された窓から見える、荒瀬を校内に引き入れた生徒も同様に。

 視線を前方に戻す。

 視界の先では、背を向けた宮谷が大きな背伸びをしていた。

 両手を上に伸ばし、気の抜けたあくびをし終えた宮谷は体ごとこちらを向き、眠そうな目で俺を視界に捉えると。

 

 固まった。

 

 両者とも固まったまま、数秒が過ぎる。そして最初に口を開いたのは、宮谷だった。

「あ、あああなた、あなたなななんで、な、なんで、え?あれ!?どどどどうして!?効いてない!?」

 慌ててボールペンを取り出した宮谷は、両手で握りしめるその桜色の物体と、尻餅をついたままの俺を交互に忙しく見る。

「えっと……」

「な、何で?故障?イレイサーが?」

「あ、あの~」

「でも他の人にはちゃんと効いてるし、雅美への指示内容にも含まれてないはず……」

「お~い、聞こえてるか?」

 完全に状況を把握出来ていない俺が何度も話しかけていると、ようやく俺の存在を再認識したのか、一瞬反応を見せた宮谷が突如早足で接近してきた。目前まで近づくとその場にしゃがみ、怪訝な表情を浮かべながら俺をまじまじ眺め始める。

「な、何でしょうか・・・・・・?」

 ハハハ・・・と力なく苦笑いする俺。宮谷との顔の距離、約10㎝。あまりに端整な顔立ちで直視できず、思わず目を背けたくなるが、宮谷の大きな瞳で見つめられると何故だか視線を逸らすことができない。

 互いの吐息が当たるほどの近距離で、俺が先ほどとは別の意味で困惑していると。

「アイタタタタタタタ!!」

 

 宮谷に右頬をつねられた。


 あにふんだ、とマヌケた声を出して俺は宮谷の手を乱暴に払う。それに一瞬反応した宮谷は小動物のようで、先ほどまでの覇気は完全に失われていた。

「あ、あなた、どうして気を失ってないの?」

「どうして俺が気を失わなければならないんだ?」

 立ち上がって不思議そうな表情で眺めてくる宮谷に、俺は頬をさすりながら答える。

 しかし放心状態から数秒して、宮谷の表情が一変した。目を大きく見開くと、再び腰から拳銃を取り出す。

「おわっ!」

「動かないで」

 宮谷は俺の額に銃口を押しつける。先ほどの抜けた表情とは打って変わって、鋭い表情を晒しながら凛と言う。

「どういう理由なのか知らないけど、コードに纏わる情報の漏洩を防ぐことがICDAの最優先事項」

 悪いけど、と宮谷は短く挟む。

「死んで貰うわ」

「え、は!?ちょっ、ちょっと・・・・・・!」

 

 鈍く輝く銃口が目の前に。


 その拳銃を掴む宮谷の腕からは震えのような、とにかく殺すことに対する抵抗と呼べるような色は一切伺えなかった。

 さて、彼女は一体何をしているのだろう。

 彼女が大杉を殺した。

 その事は確かだ。大杉は荒瀬を殺すことに躊躇いのような素振りは一切見せなかったし、宮谷が殺してでも大杉を止めようとしたことは、納得は出来なくても、まだ理解は出来る。


 だが、俺が一体何をした。


 荒瀬を助けようとした。大杉に向かった宮谷の身を案じた。

 この状況下で、少なからず賞賛されるべき行動をしていたではないか。

 それに対する対価が、死?

 理不尽を通り越して、最早失笑しか無かった。

 俺の視界の先で、宮谷の引き金に乗った人差し指に力が入る。

「なんなんだよ・・・・・・ホントに撃つ気かよ・・・・・・」

 何故こんなことになったのか。ただの日常から、いきなりワケの分からない非日常に巻き込まれて。

 俺は両目を瞑ることさえ出来ない。そしてあまりに唐突な、静かな死への覚悟も出来ぬまま――――。


 スチャッ、と。


「――――?」

 宮谷は銃を降ろし、俺に背を向けた。


 ――――その際に、俺に送られる哀れむような視線。


「――――」

 何か言いたそうな、けど躊躇うような雰囲気を滲ませ、宮谷は数秒ほど俺に背を向けたまま立ち止まっていた。

 そして小さなため息をきっかけに、そのまま早足で歩き出す。

「お、おい」

 恐怖で震える声で、何故か俺は宮谷を呼び止めようとする。

 本当に死を免れたのか、まだ彼女は俺を殺す気なのではないのか。そういった疑問が全身を絡め取り、俺は震えることしか出来ないのに。呼び止めてしまったからには、俺の身に降りかかる危険も増す。願わくば彼女が俺の呼び止めを無視してくれれば。

 という期待を裏切り。

 宮谷は足を止めると、少しだけこちらを振り向く。それだけで俺はビクッと体を震わせる。

「命拾いしたわね。死にたくなかったら、後で私の所に来なさい。話があるの」

「は!?話って……」

 宮谷が俺に背を向け歩き始めたと同時に、ベランダで倒れていた生徒達が一斉に意識を取り戻した。校舎の中を見ると、荒瀬の周辺の生徒も同じく。皆この場に混乱した様子で周囲を見渡している。

 俺は再び視線を前方へ戻す。

 しかし、そこに宮谷の後ろ姿は無かった。

遠くでは救急船のサイレン音が鳴り響き、後ろを振り向くと教師達が騒ぎながらこちらに走ってきていた。

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