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Fの軌跡  作者: ひこうき
間章
42/60

スレチガイ

「いいのかよ、放っておいて……ズズッ」

「うん。今私が追いかけたら、フーくんはもっと戻りづらくなっちゃうから」

 フーが飛び出してから数十分後。マサキとハナズンは現在、彼らの住処であるボロ小屋にいた。マサキは藁のベッドに座り、ハナズンは地面であぐらをかいている。悲壮とまではいかないが、ある程度には暗い雰囲気が二人を飲み込んでいた。

「フーの奴、意地っ張りだからなぁ。……ズズッ。諦めが悪くて負けず嫌いで、間違ってるとか非効率的とかって分かってても、一度始めたら貫き通そうとする。よくもまあ、こんな単純バカで生き残ってきたもんだよ。……ズズッ」

「うん。……でも、それがフーくんのいいところだから。私には無理だよ……。フーくんみたいに強くないし、すぐ諦めちゃうし、弱虫だし……」

 ここで、さっきのフーの放った言葉が再浮上してくる。

「お前が弱虫だったから、両親は死んだんだ」

 この言葉は、フーが悪意を込めて放った物ではないことは明らかだった。もちろん長い付き合いになるマサキにも、そのことはきちんと分かっていた。

 しかし、その言葉が的を射ているから。あまりに的確だったから。結果として、マサキは涙を流してしまった。フーを傷つけてしまった。

 マサキは、自身の弱虫な性格が大嫌いだった。長年の癖なんかよりもずっと扱いが難しくて、どうしても治すことができずにいた。いや、意識の問題ですらないのかもしれない。もしかしたら、根本的に弱虫という属性が染み付いているのかもしれない。

 だからマサキは、いつも一直線で、諦めが悪くて、一生懸命なフーが大好きだった。自分の理想として、仲間として、親友として、大好きだった。

 そのフーが大好きで、大切で、存在が愛おしかったから。


 気がつけば、いつの間にかフーを想っていた。


 理想だったのに、対等に立ちたいと思ってしまった。守る対象としてではなく、一人の女の子として認識して貰いたいと思ってしまった。

 ただ手を繋いで、並んで、助け合って、そしてお互いを認め合いたかった。

 だから、今回の誕生日の件も、マサキは心の何処かで嫌がっていた。もちろん、プレゼントしてくれようとするフーの気持ちは飛び跳ねるほど嬉しかったし、マサキのために一生懸命になっているフーの姿を見るだけで、心がざわついた。ドキドキした。

 でも、それでもマサキは嫌だった。未だに自分を『守る』対象として見ているフーが。その象徴である、ラジオのために必死になる彼の姿が。

 マサキはこう言って欲しかったのだ。『一緒にラジオのお金を貯めよう』と。

 だからマサキは、ダメ元でこう言ってみたのだ。

「私も一緒に、ラジオのお金を貯める」

 しかし当然ながら、返ってきた返事は『ダメ』の一言だった。だったら食料だけでもサポートしようと、マサキは自分で貯めたお金でナッツ棒を買ってきたが、フーは断固として食べようとしなかった。

 マサキは、とにかく認めて欲しかった。背伸びでもいいから、虚勢だとしてもいいから、とにかく自分を認めて、一人の女の子として見て欲しかったのだ。

 そして、フーが自分を対等に見てくれない原因を探ると、やっぱり根本に行き着くのだ。


 つまり、自分が弱虫だから。

 

 弱虫だから。力が無いから。手を繋いで貰えなければ、不安ですくみ上がってしまうほどに、怖がりだから。

 だから、フーは自分を対等に見てくれない。自分なんかのために、一人でラジオを買おうとしてくれている。

 強くなりたかった。強くなって、フーに認められて、対等に並んで、それで恋に値する女の子だと思って貰いたかった。

 そして今回の保護プログラムは、マサキには又とないチャンスに感じられた。もちろん日々の生活に苦しむ孤児という点でもそうだし、何よりも自身を強くできる環境を得られるという点でもだ。

 未知の土地に、未知の文化。これまでの路上生活で築き上がってしまったフーとの関係を、守られる側という立ち位置を、この『未知』が取り払ってくれる。この新しい環境で努力を積んでいけば、きっと強くなれる。フーに釣り合う女の子になれる。新しい関係を、対等という関係を築き上げられる。マサキはそう考えていた。

 

 今の環境がずっと続けば、きっとフーは一生対等と見てくれない。

 

 だから、マサキはフーを誘ってしまった。自分のために必死になってきた彼が怒ると分かっていても、プログラムの事を言ってしまった。

 ラジオのために、過剰なほど必死になるフーの身が心配だった。プログラムを告げたのは、もちろんそういった理由もあってだ。

 しかし、やっぱり告げる一番のきっかけになったのは、強くなりたいという自身の欲望だ。優しさなんかじゃない。結局最後は、自分のためにフーを誘ったのだ。女の子として見て欲しいという、自己中極まりない願いのために。

 結果、やっぱり弱虫が災いして、泣いて、それで彼を傷つけてしまった。

 そして走り去っていくフーの姿を見送る中で、強くなりたいという自身の願いがいっそう強くなった。もう二度と、こんなケンカ紛いの状態を引き起こさないために。

「それで、これからどうするんだ、マサキ。……ズズッ。俺たちだけでも、プログラム参加しに行くか? 参加希望が殺到してて、許容定員が2日持たないって、あの『ニホン』の兄ちゃんが言ってただろ」

「ううん、私は待つよ。フーくんの帰りを。今の私には、それしかできないから」

 だから、強くなるために、マサキが選んだ行動。強くなって、もう一度フーと笑い合って、それで最後は認めてもらうために必要な行動。

 

 ただ、フーの帰りを待つ事。


 例えプログラムに参加できなかったとしても。強くなれる環境を失うことになっても。それでも、マサキはフーを待つ覚悟を持った。ここで一人プログラムに参加して、それで強くなれたとしても、その強さは何か違う気がしたから。目的を失って得た強さに、意味は無いように感じられたから。自分のために必死になるフーを置いていく事自体、弱虫のすることに思えたから。

 だから、マサキは今できること――――フーの帰りを待つことを、ただひたすらに続ける心持ちだったのだ。

「よし……ズズッ」

 ハナズンが立ち上がる。鼻を啜ってニカッと笑顔を見せると、翻した。

「ハナズン? 何処行くの?」

「マサキが待つなら、俺はアイツを呼び戻してくるよ。どうせふてくされてるだけで、内心は相当後悔してるだろうからなぁ、アイツ……ズズッ」

「えっ、でもそーっとしておいてあげた方が……」

「大丈夫だって。まだ出てから時間はそんなに経ってないし、もう外は真っ暗だ。怖がって彷徨っている所で驚かせてやれば、すぐに戻ってくるさ」

 それだけ言うと、ハナズンは止めようとしたマサキを気にすることなく、足早に出て行ってしまった。

 その際にハナズンが言い残した、「お前ら二人とも不器用過ぎるだろ」というセリフが、マサキの思考下で何度も反響していった。


 *


「くそっ! くそっ!」

 腹が立った。

 頭にきた。

 勢いに任せて、あんな酷いことをぶちまけてしまった自分に、どうしようもないくらい腹が立った。

 俺が一方的に悪いのに、泣きながら謝ってくるマサキの存在も火に油だった。

 あんな、弱虫な事を言うから。

 マサキは弱虫でもいい。それ自体が彼女の魅力でもあるし、何よりそんな可愛らしいところが、俺は大好きなのだから。

 でも、マサキの言葉に従って、一生懸命追いかけてきたラジオを諦めて、それでノコノコとプログラムに参加したら、俺まで弱虫になってしまう。

 嫌だった。マサキに頼って欲しかった。プログラムじゃなくて、俺に頼って、笑顔でいて欲しかった。

 考えてみれば、今回のプログラムは素晴らしいことだらけだ。

 俺達のような、ただ野垂れ死ぬのを待つしかないような子供達を保護してくれるばかりか、施設に入れて面倒を見てくれるとまで言っている。その施設に入れば、これまで摂ってきた食事の中でも一番おいしかった、あの缶のコーンスープをたらふく食えるかもしれない。いや、もっと美味しい物まで貰えるかもしれない。

 暖かな寝床だって貰えるだろう。藁製のベッド一つにみんなで身を寄せ合う必要は無くなり、フワフワの毛布に包まれて、幸せな夢だって見られるハズだ。

 ラジオだってそうだ。その施設にはたくさん置いてあるかもしれないし、もしかしたらテレビだってあるかもしれない。俺がわざわざ辛い思いをしなくても、その施設に行けばマサキは好きなだけラジオを聴けるかもしれない。

 だから、そんな素晴らしい環境を、プログラムに参加すると表明すればすぐにでも得られる最高の居場所を、下らない見栄と欲求で蹴り飛ばした自分に、どうしようもなく腹が立った。格好良く蹴り飛ばしておいて、マサキに酷いことをぶちまけておいて、それで今更後悔している自分を、思いっきりぶん殴りたかった。

「くそっ、くそっ、おもしろくねぇ!」

 後悔している自分が格好悪すぎたから、俺は引き返せないでいた。子供だったから、闇雲に突っ走ることしか知らなかったから、たったそれだけのことがどうしてもできなかった。

 今からでも遅くない。戻って謝ろう。それで、一緒にプログラムに参加しに行こう。

 理性はそう告げていたが、下らないプライドと諦めの悪さにどっぷり浸かってきた俺は、どうしても踵を返せないでいた。

 俺は、子供だったから。謝らない方がずっと格好悪い事だと、これっぽっちも気づけなかった。

「おーい、フー!」

 苛立ちを顕わにしながらズカズカと歩いていると、正面から小走りでやってきたグループと会った。時々見かける、4人の孤児グループだ。全員がある程度は顔見知りで、ラジオおばさんの来る広場でもちょくちょく会って、情報を交換したりしている。先日も、ドリー・マッドのバゲットを半分渡した集団の中に、彼らを見かけていた。

 こんな夜に、どうして彼らは出歩いているのか。普段は夜に備えて色々と準備があるだろうに。

 しかし、俺は何となくだが、その理由を理解していた。

 そのグループの一人が、興奮気味に話しかけてくる。

「なぁ、フー! お前知ってるか!? 今な、『ニホン』って国から施設の人が来てて……」

「……知ってるよ。保護プログラムだろ」

 なんだ、と一人が続ける。

「知ってたのか。じゃあ、話は早いな! なぁ、これから一緒に参加しに行かないか? 中央の道で、施設の人が受付してるらしいぜ? 俺達を運ぶトラックも来て、近くで待機してるってよ」

「俺はいいよ……」

「何言ってるんだよ、フー! みんな今、殺到してるぜ? こんなんじゃ締め切りの2日後まで保たないって話だぞ。早く行かないと、お前参加できないぜ?」

「だから、俺はいいって……」

「なんでだ? お前、ニホン行きたくないのかよ。あ、そうだ、今な、そこで飯を配ってるらしいんだけど、参加しなくても今から……」

「いいって言ってるだろッ!!」

 イライラが募った結果、俺は思わず怒鳴ってしまった。コップから水が溢れ出るように、怒りの感情を顕わにしてしまう。

「しつこいんだよ、お前ら! 俺はいかないね。俺は弱虫のお前らとは違うんだよ!」

「な……」

 俺の暴言を全身に受けた一人が、聞き捨てならないとばかりに身を乗り出してくる。

「俺達が弱虫だって?」

「ああ、弱虫だね。そうやってすぐに人に縋って諦めて、自分の力で解決することをいっさら知らない。俺と違って、パン一つもマトモに盗んでこられない。それでいて俺からパンのおこぼれを貰ってる。これを弱虫以外になんて言うんだ? なぁ、弱虫」

「ッ! てっめぇ……!」

 堪忍袋の緒が切れたのか、その一人が俺に掴みかかってきた。ポンチョの襟を掴み上げ、俺目がけて拳を構えてくる。

 そこで、後ろにいた仲間が止めた。

「止めろって。ここでケンカしてもしょうがないだろ?」

「っ! だ、だってよ! フーのやろう、俺達を弱虫って……」

「いいから。俺達がフーからパンを恵んで貰ったことも事実だし、他人に助けを求めているのも事実だ。フーが参加したくないって言ってるんだから、無理に誘うこともないだろ?」

「で、でもよ……」

「それよりも、こんな所で時間を潰して、俺達が到着する前に人数上限に到達しちゃったらどうするんだ? 早く行こうぜ」

 仲間の説得を一身に浴びて、たっぷり数秒も逡巡した一人が、ようやく俺の襟を離す。俺をジロリと睨んでから、他の3名と共に歩き去っていった。

 それを呆然と見送った俺は、再びトボトボと歩き出す。

 行く当ては無かった。元々孤児だった俺だ。ようやく見つけたボロ小屋以外に、居場所なんてあるハズが無かった。

 太陽が完全に姿を消した淋しい夜に、文字通り路頭を彷徨いながら、俺はふと考える。

 果たしてマサキ達は、俺の言葉を鵜呑みにするのだろうか。勢いで言ってしまった『勝手にニホンに行け』という言葉に従って、本当にプログラムに参加しに行ってしまうのだろうか。

 そうなってしまえば、それこそ俺の努力は無駄になる。それだけでなく、プログラムに参加しなかった俺は、恐らく一生彼らに顔を会わせることができないだろう。

「……いや」

 だけど、俺はそんなマサキ達を想像できなかった。

 心配そうな表情を浮かべて、俺の帰りを待っているマサキが容易に想像できた。俺を待っていると確信できた。

 ここまでマサキを傷つけたのだ。もはや退く道は無い。逃げる道理も無い。今すべきことは、マサキが待ってくれていると信じて、絶対に諦めないで、ラジオを手に入れること。そして、そのラジオでマサキを笑顔にすること。

 そこで、俺はふと閃いた。誰も悲しまず、それでいて全員が幸せになれる方法を。

 そう、何もマサキの誕生日にラジオを入手する必要は無いのだ。後1日で何が何でもラジオを手に入れて、それでそのラジオを持ってプログラムに参加し、ニホンへの道中で彼女に渡せばいい。そうすれば、みんなでニホンに行けて、それでいてマサキの誕生日も祝える。きっとマサキも笑顔でいてくれる。

 

 そう、俺が後一日で、ラジオを入手できれば。


 言葉にすると、なんと簡単な事ではないか。要は、残り時間が2日から1日に減ったというだけだ。どちらの場合もナッツ棒36本分という大金を入手するにはあまりに心許ない時間だから、正直減った所で大差は無い。

 そうと決まれば、後は一直線に達成を目指すだけだ。後1日という時間で、ナッツ棒36本分の資金を入手する。そしてラジオを購入してマサキの元に戻って、ちゃんと謝ってからプログラムに参加する。これで、最後にみんなが笑顔でいられる。

「よーし!! 絶対にラジオを――――」


 トンッ、と。


 俺の肩を、誰かが掴んだ。


 ビクっ、と過敏に驚いた俺は、全身に冷や汗を浮かべる。こんな暗闇でいきなり肩を掴まれたのだから、驚くのも無理はない。

「ハ、ハナズンか? 俺を追いかけて――――」

 内心でハナズンが追いかけてきたと考えながら、恐る恐る振り返って見ると。


 そこにいたのは。


「――――ラジオ……おばさん?」

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