ケンカ
「バッキャロウッ!!」
俺に罵声をかけたドライバーは、顔を真っ赤にしながらアクセルを踏み込み、俺の前から車ごと姿を消した。
一方で、先ほどのドライバーにぶん殴られた俺と言えば、地面に尻餅をつきながら、イテテ、と殴られた頬をさするのだった。
そう、俺は今、マサキにラジオを買うために、車拭きという仕事を自らこなしているのだ。
何もこなしているのは、車拭きだけではない。ゴミ回収日には他の孤児に混じって、ゴミ捨て場まで売れそうな物を漁りに行っているし、仕事募集の標識を自分で作って(文字は読み書きができる孤児に書いて貰った)すぐ後ろに立てかけている。
しかしながら、『どんな仕事でもします』と書かれた標識を見たところで、孤児に仕事をくれるような人がいるはずもない。ゴミ回収は週2回で、めぼしい物はすぐに拾われてしまうから、毎日ゴミ捨て場に通うのもあまり効率的ではない。だからゴミ回収日ですらない今日のような日は、こうして車拭きのような仕事に精を出すしかないのだ。
この作業を初めて3日が経つが、やり方は非常に簡単だ。赤信号で止まった車に近づき、フロントにサイドガラス、時間があれば取っ手などを磨く。そして気が向いてるドライバーから小銭を貰う。
だが実際に貰えるのは10回に1回がいいところで、中には新車に汚い手で触れられたという理由から、暴行を加えてくる輩もいる。そう、さっきの冴えないドライバーみたいに。
「あんにゃろー……」
次会ったら噛みついてやる! と心の内に誓いながら、俺はゆっくりと立ち上がる。そして手に持った布巾を見て愕然とした。
転んだ際に、布巾を泥水につけてしまったようだ。茶色い液体が滴るこの布巾で拭こうものなら、10人中10人のドライバーが切れるに決まっている。
「どっかで洗わないと……」
近くに水道場が無いか探してみるが、当然見あたるハズがない。あったら孤児達が殺到しているからだ。
そうして彷徨うこと数分、俺は見知った顔を見かける。
「お? お~い! ハナズ~ン!!」
ちょうどハナズンと出くわしたのだ。運が良いことに、彼は本日の水汲みに行っていたのか、なみなみと水が入ったバケツを唸りながら運んでいた。
チャーンス、と内心で悪巧みをする。そーっとハナズンに近づき、そして油断している所で、泥まみれの布巾をバケツに入れた。
「あ、フーじゃん。……って、うおおおおぉおッ!?」
一瞬にして、透明だった飲み水が茶色に染まる。俺はバケツの中で布巾を数度濯いでから、真っ白に戻ったそれを取り出した。ついでに布巾が吸い取った水をバケツの中に搾り落としていく。
「な、何やってんだよ、フー!! これ、みんなの飲み水だぞ!?」
「ワリィワリィ。ちょーど布巾の汚れを落としたくてさぁ。そしたら目の前に、水がなみなみと入ったバケツが! これは神からの授かり物だと思ったね!」
「俺がッ! 俺が汲んできた水だッ! ……ズズッ!」
「ま、もう一回水汲みヨロシク! 河の水はタダだ!」
季節に関係無くハナを啜る友人に、俺は別れの挨拶を告げて翻した。
「あ、ちょっと待てよ、フー!」
「何?」
「お前、今どんくらい貯まったの? ……ズズッ。俺にもう一度水汲みに行かせるくらいだから、それなりに貯まってるんだよなぁ?」
うっ、と俺は言葉に詰まる。してやったり顔のハナズンを睨みながらも、抱えた小銭袋を開いた。
汚れたバケツを放り、その中身を覗いたハナズンは驚きの声を上げる。
「す、すっげぇ! めっちゃ貯まってんじゃん。 ……ズズッ! これならナッツ棒、4本は買えるぞ! ……ズズッ!」
興奮のあまりか、ハナズンの鼻水を啜る音はいつもよりも大きかった。
「バカヤロー。これは食用じゃねぇよ。ラジオを買うために貯めてんだ」
ムー、と眉を寄せたハナズンは、ふとこんなことを言い出す。
「なぁ、これラジオに使うの勿体なくないか? ……ズズッ。お前、ここんところマトモな飯食ってないだろ。……ズズッ。このお金で食料を買った方がいいんじゃないか?」
「ダーメだ。俺はアイツにラジオを買ってやるって決めたんだ。だからこれは使わない」
断固として拒否する俺に、ハナズンはさらに険しい顔をする。
「いや、だってさ、俺達毎日の生活で精一杯だろーに。……ズズッ。ラジオだったら、ラジオおばさんが来るからいいじゃん。……ズズッ」
「駄目なんだって。アイツの夢を叶えるためにも、ラジオはゼッタイ必要なんだ」
「……本音は?」
「男が約束破るワケにはいかねぇだろうよ!!」
「……」
やっぱり、と大きなため息をついたハナズンは、呆れたと言わんばかりの口調で話しかけてくる。
「どーしてフーは、そうやっていつも一生懸命になり過ぎるのかなぁ。……ズズッ。少しは『諦め』ってもんを覚えた方がいいと思うぞ? ……ズズッ」
「へっ、この世で諦める男なんざ男じゃないね。自分の言ったことは全て貫き通す。約束はゼッタイに守る。それでこそ男ってもんじゃないのか?」
「……めんどくさ」
「承知の上だ」
そう短い応酬をしてから、今度こそ俺は踵を翻した。
そして車道へ向かう最中、再び水汲みに戻ったハナズンから声を掛けられる。
「頑張れよー! 愛しのマサキのためにー!」
「――――ッッ!? ッッ!?」
その言葉に激しく動揺し、俺は危うく転倒しかけた。ニヤニヤとした笑みを浮かべて手を振ってくるハナズンに、俺は舌を思い切り突きだす。
「見てろよー! 今にラジオ買える分だけ貯めてやっからなー!! 買ってもテメーには聞かしてやんねぇーよ!」
「わっはっはー! そういうのは買ってから言えー! ……ズズッ!」
そして捨て台詞ならぬ、捨て啜りをして去っていったハナズンを見送ってから、俺は車道を目指す。
「とは言っても……」
ラジオを買うと大言をほざいても、正直全くお金と時間が足りなかった。まずラジオ自体、時代に取り残されたこの地域では非常に高価なのだ。一般人なら買えないことはないが、彼らでもそう何台も買えるような代物ではない。テレビなんか、この辺じゃお金持ちだけの娯楽品だ。
ラジオおばさんに聞くところによると、ラジオはナッツ棒40本分、テレビに至っては200本分もするらしい。テレビはもちろんのこと、日々の生活に精一杯である孤児の俺がラジオを買うなんて、正直夢のお話だ。
加えて言えば、時間もない。全くと言って差し支えない程に、圧倒的に足りない。
ラジオを買うための資金集めに奔走して一週間が経つが、マサキの誕生日は明後日に迫っていた。一週間でナッツ棒4本分しか稼げなかったのに、残り2日間で36本分稼げるとは思えなかった。
では、いっそのことラジオを盗んでしまおうか。
この一週間、何度そういう思考に囚われたことか。
そんな魔女の囁きが聞こえる度に、俺の頭の中にはマサキの顔が浮かんできたのだ。盗んだラジオを抱える俺を見て、悲しみに満ちた顔を浮かべるマサキだ。
その淋しい瞳を思い浮かべる度に、俺は自分にこう問いかけた。果たして盗んだラジオをプレゼントして、マサキは喜ぶのだろうか。
その問いかけが、度々襲う魔女の誘惑を打ち消してくれた。だからこうして、諦めずにちゃんと働いて、ラジオの代金を稼ごうとしている。
当然ながら、このままでは誕生日に間に合わない。正直このお金を持って市場へ赴き、一週間ほとんど何も消化していない胃袋を満たそうという誘惑も働いた。
でも、それでも諦めたくなかった。何が何でもラジオを買って、プレゼントして、笑顔のマサキが見たかった。一緒に肩を並べて、好きな番組を、好きな時間に聞けるようにしたかった。
だから、俺は僅かな可能性に懸けた。
慣れない車拭きの仕事を、日がどっぷり暮れるまで続けたのだった。
*
「た、ただいま~」
文字通りヘロヘロになって帰ってきた俺を、優しい笑顔を浮かべたマサキと、鼻水を垂らしたハナズンが出迎えてくれる。
「おかえり~、フーくん」
「おかえり、フー。……ズズッ」
「あ、ああ、ただいま……」
帰ってきて二人の顔を見るやいなや、俺はそのまま二人を通り過ぎ、奥に設置された藁のベッドに仰向けに倒れ込んだ。そしてそのままペッタンコのお腹を上下させて、大きく息をする。
「だ、大丈夫、フーくん!?」
心配そうな表情のマサキが、駆け足でやってくる。大きな瞳で俺を覗き込んでくるため、瞬間的にドキリと反応してしまった俺は、寝返りを打ってマサキから視線を逸らす。
「だ、大丈夫……ちょっとほっといて」
「そ、そう……?」
まだ心配そうな唸り声を発しながらも、マサキの小さな足音は遠のいていった。そこで俺はようやく安心できたと言わんばかりに、全身から脱力する。
腹が減った。
今の俺の現状を一言で説明すると、それに尽きる。
何せ一週間前にラジオおばさんの所で食べたナッツ棒が、最後のマトモな食事なのだ。マサキとハナズンはあれからちょくちょく口にしているようだが、俺はと言えば、得られる食費を全てラジオのための貯金に回している。加えて、普段盗みに当てる時間を全て労働に費やしているため、この一週間の間、水以外のマトモな物を一切口にしていなかった。
当然ながら、マサキなんかは自分で手に入れてきた食料を俺に勧めてくるが、どうしても受け取ることができなかった。そもそもプレゼントという自分勝手な理由だから、お腹を空かせているのは自業自得以外の何物でも無かったし、何よりプレゼントをする相手にお世話になってはいけないような気がしたからだ。
よって、腹が減った。ただただ、お腹がすいた。今なら空腹のあまり、目の前の藁でも食べられるんじゃないだろうか。牛なんかは、おいしそうに藁を食べているではないか。悪食には自信のある孤児に、食べられないハズがないだろう。
もはや脳に回るだけの糖分すら無く、そんなアホ極まりない思考をしてしまう。その思考が口を動かし、目の前にたくさん積まれた藁に、俺が齧り付こうとしたとき。
空腹のあまり野犬並に強化された鼻が、この場にはあり得ない匂いを捉えた。
なんか、スープの匂いがする。
空腹と疲労のあまり、錯覚を覚えているのだろうか。何か温かい、乳性のスープの香がする。
何事かと思い、残った最後の力を振り絞って、藁に突っ込んでいる顔を上げると。
目の前に、コーンスープらしき物があった。
少しだけ錆びた鉄製のボウルに、なみなみと入ったコーンスープ。視線を上げれば、ニコニコ笑顔のマサキが映り込んでくる。
つまり、笑顔の、マサキが、コーンスープの、入った、ボウルを、持って、俺の前に立っている。
「……幻覚か」
それだけ呟くと、俺は再び藁に顔を突っ込んだ。
「あっ、寝ないでよ! せっかく用意してきたのに」
「……?」
俺は顔を上げる。目の前には、依然として変わらないマサキと、ホクホク湯気が立つコーンスープ。
まだ幻覚を見ているのか、と一瞬思ってしまったが、「あーん」などと言いながら差し出される、スプーンに載ったスープを一口飲んで、これが幻覚でないと確信する。
「な、何だよこれ、本物……?」
「そうだよ。缶のコーンスープ。さっき開けて、カマドで暖めてきたんだよ?」
そうニコニコと笑顔のマサキの後ろには、何と本当に蓋の開いたコーンスープ缶があるではないか。
ということは、目前の暖かなスープは……本物。
「私とハナズンはもう食べたから、これ全部フーくんが食べていいよ」
「で、でも……それはマサキが手に入れた食料だろ?」
だったら、食べるワケにはいかない。目前のおいしそうな、それこそご馳走であるスープを逃すのは非常に惜しいし、何より今の一口で体中の細胞が急激に『続き』を欲しはじめたが、マサキが入手してきた食料なら食べるワケにはいかなかった。剥がれかけの理性が、食べたいという本能を必死に押さえ込んでいるのだった。
しかしマサキは、頑なに拒む俺に対して苦笑いを浮かべると、こんなことを言い出す。
「違うよ。これはハナズンが手に入れた食料。だから食べても平気でしょ?」
「ハナズンが?」
その当人を見る。地面に胡座をかいている鼻水小僧は、コクコクと機械的に頷いていた。
「私が分ける食料は、フーくん絶対に食べないけど。ハナズンの食料だったら、あくまで仲間からの餞別という事で、ダメ?」
「い、いや、ダメっていうか……」
どうにも騙されているような気がする。タダでさえ頭が固いのに、空腹で思考能力が著しく低下していたため、微妙に違和感を感じるのだ。
しかし、こうも餌を吊されていては、いつまでも本能を抑えていられるはずがない。
「ハ、ハナズンのだったら、いいかな……?」
「そうだよ。いいんだよ。ほら、冷めない内に食べて食べて」
マサキの説得に、ついに『食べたい』という本能が勝った。ゴクリ、と生唾を飲込んで、俺はマサキからボウルを奪い去ると、中のコーンスープを一気に飲み出した。空腹のあまり味わうという行為を忘れ、ただお腹を満たそうと一気に流し込む。
そんな俺をマサキはニコニコと眺めていたが、俺がむせたところで慌てて背中をさすってくれる。そして物の10秒もしないで、俺はなみなみとあったスープを全て平らげてしまった。
「っぷは! うっめえええ!! 何だよこれ、こんなウマいスープ何処で手に入れたんだ!?」
「あ、それね。今日町中で配られてたんだ。偶然その場を通りかかった私とハナズンが、数個貰ってきたの」
「配られてた……? お金は?」
ふるふる、とマサキは首を横に振る。
「無料だって。私達みたいな孤児に、『ニホン』っていう国から来た『ホゴシセツ』の人達が、無償で配っていたんだ」
「へぇ~、ニホン、ねぇ」
何処の国だか分からないが、こんな途上国にわざわざ食料を配りに来るのだから、さぞかし裕福な国に違いない。
「いやー、生き返ったよ。お腹空いてないとか強がってたけどさ、ホントはこの一週間、ほとんど何も食べて無くて死にそうだったんだ」
「あ……」
「まあ、2日後の誕生日楽しみにしてろよ。このスープで力が戻ったし、何が何でもお前にラジオをプレゼントしてやるからな!」
「あ、あのね、フーくん……」
久しぶりの食事に、元気を取り戻した俺が意気揚々と騒いでいると、目前で笑顔を浮かべていたマサキの様子が少しおかしくなった。急にそわそわし出して、キョロキョロと辺りをうかがい始める。
「どうした、マサキ?」
「……」
「おーいってば」
「……あ、あのねっ! フーくん!」
珍しく大声を出したマサキに俺はかなり驚き、手に持っていたボウルを落としてしまった。カランカランと音を立てて転がるボウルをマサキは気にする様子も無く、俯いて下唇を噛んでいた。
ふと、視線を小屋の入り口に向ける。そこには小屋の外に移動し、壁に寄り添うようにするハナズンがいたが、入ってくる気はないらしい。どうやら俺とマサキを二人きりにさせたいようだ。
そんな僅かに緊迫感を帯びる状況の中、マサキがおもむろに口を開く。
「あ、あのね、フーくん。落ち着いて聞いて欲しいんだけど……」
「お、おう……」
「実は――――」
*
「――――何だよそれッ!!」
俺が上げた怒声に、不安そうな表情を浮かべていたマサキがビクッと反応する。
「何だよ、ふざけんなよッ!」
「フーくん、落ち着いて! お願いだからっ!」
「マサキ、お前は……お前は……!」
俺だって怒声を上げたくなかった。笑顔が似合うマサキを、こんな涙目な状態になんて追いやりたくなかった。
でも、マサキの口から語られる話を聞いて、俺はどうしても感情の高ぶりを抑えられなかったのだ。
『B19管区孤児移住プログラム』
それが、マサキの口から話された内容だった。
簡単に言ってしまえば、B19――――つまり、このスラムにいる俺達のような孤児を、受け入れ可能人数に達するまで保護し、ニホンという国に送り届けるというプログラムだ。送られた孤児は、ニホンという国が運営する施設に入り、そこで新しい生活をすることになる。
今日マサキが会ったのは、このプログラムを孤児達に伝えるために来国した施設の人間で、彼らが俺達から信用を得るために、こうしてコーンスープの缶を配っていたというワケだ。
別に、俺が激昂している理由はその計画自体には無い。例え異国の地で生活することになったとしても、俺達のような孤児が一人でも多く助かるのは良いことだし、本来ならば俺も飛びついているところだ。
しかし、どうしても許せない事がある。
それは、その受け入れ期限がマサキの誕生日である、明後日までということ。
これがどういう事を意味しているのか。
――――もしそのプログラムに参加した場合、俺がこれまでマサキのために積んできた努力が、水の泡になるという事。
下らない理由だと思われるかもしれない。ワガママな子供の言い分かもしれない。それでも、俺は自分の努力を無に帰すのが嫌だった。最後まで諦めないで、自分の言ったことを貫き通したかった。マサキだけは、そのことを理解してくれていると信じていた。
けど、彼女はこう言った。
「フーくんと私、ハナズンの3人で、ニホンに行こう?」
これが許せるだろうか。俺には無理だった。
何のために、俺が今日まで努力してきたのか。どれほどの思いで、ただ苦痛でしかない作業をこなしてきたのか。
どうしてもマサキの笑顔が見たくて、だから殴られようとも、お腹が空こうとも、黙って仕事を続けて、必死にお金を貯めてきたのに。
俺には許せなかった。簡単に諦めてしまうマサキが。自身の誕生日を無下にしてまで、俺達の身を案じてくれる彼女の優しさが。
どうしようも無く子供だった俺は、その怒りの感情に任せて、何も悪くない彼女に向けてこんなことを言ってしまった。
「行きたいなら、お前とハナズンだけで行け。俺は『ニホン』なんて国、ごめんだね」
「フーくん……」
「あーあ、みっともねぇ。そうやってすぐ諦めるから、お前の両親も助からなかったんじゃねぇのか?」
「――――ッ!」
「お前が弱虫で、強盗に襲われた時にビビッてたから。お前が勇気を出して、助けでも呼んでりゃ――――」
そこで、怒りに駆られていた俺はようやく気づいた。
マサキが、大粒の涙をポロポロと流していることに。
「ゴメンね、ゴメンね、フーくん……」
彼女が一方的に傷つけられただけなのに。マサキは皆のことを思って、自身の夢を無下にしてまで提案しただけなのに。
俺に責められても、泣いていても、嗚咽を漏らしていても、それでもマサキは謝り続けながら、笑顔を浮かべていた。
――――やってしまった。
激しい後悔の念に駆られたのは、彼女をこれ以上無いくらいに傷つけた後だった。
『手遅れ』という言葉が、憎いほど似合っていた。
俺が今まで築いてきた、仲間として、親友として、そして想い人としての関係が、一瞬にして崩れ去った自信が、これ以上無いくらいにあった。
ここで謝れば、まだ修復可能かもしれない。
でも、結局俺は謝罪の言葉を口にできなかった。こんな所にも腐ったプライドが発揮されてしまって、守る対象であったマサキに謝る事が、この上なく格好悪い行為に感じられてしまったからだ。
口元を押さえて泣いているマサキを一瞥すると、静かに立ち上がった。そして掛けるべき言葉を一切言わないまま、俺はその場を立ち去る。
ボロ小屋を出たとき、地面に胡座をかいているハナズンと目が合った。睨み付けるその目は暗に俺を責めているようで、悔しさを覚えてしまった俺は視線を逸らす。
そして、関係を無茶苦茶に掻き回したまま、俺は何も言わずに自分の居場所を立ち去ってしまった。