VS 『青』服用者
思い出した。あの、2週間前の日の哲平の言葉が浮かぶ。
宮谷茜、一学年の最低適合者。
適合率は、21%。
バカな、と俺の頭がさらに混乱する。学年一の低適合者が、4階から飛び降りて全くの無傷。ありえない。絶対に、ありえない。
しかし俺はすぐに我に返る。今はこんなことに驚いている場合ではない。物事の優先順位を誤るな、と自分を叱り、起き上がってから職員室を目指して駆け出そうとした。
そして俺の前に立つ宮谷を横切ろうとした際。
足を引っかけられる。
俺は再び吹っ飛び、頭から地面に激突した。再度頭に大きな衝撃を受けた俺は、ユラユラと立ち上がると、背後の宮谷を睨み付ける。
「いったああああああ!!!何すんだよぉ!?」
この状況を分かってんのか、と頭を押さえながら付け足す。
俺の言葉に対し、軽くため息をついた宮谷ははっきりと俺に言う。
「あなたがどこの誰だか全く知らないけど、どうせ教師でも呼びに行こうとしたんでしょ?そんなことしても無駄よ。むしろ迷惑だわ」
さっきの4階の女子達に向けて言った人物とは思えないほど、目の前の黒髪の少女が発する言葉は、口調も内容も激変していた。俺は一瞬言葉を失う。
「ばっ、この状況で助けを呼ばなくてどうすんだよ!このまま荒瀬を見殺しにしろってか」
荒瀬?と宮谷は首を傾げる。そして誰のことを指しているのか分かった様子で、ああ、と無表情で手を叩く。
「だから、助けを呼ばなくても大丈夫だって言ってるのよ」
今すぐにでも行動を起こすべきなのに、俺は何故か宮谷の言葉に耳を傾けていた。
そして彼女は再び俺に微笑を浮かべると、告げた。
「すぐに終わるから」
「―――あれ?」
突如風を切るような擦れた音が起きると、目の前から宮谷が消えた。俺は慌てて自分の周辺を見渡すが、彼女の姿は何処にも見あたらない。
「・・・・・・!足音!」
ふと聞こえた足音の方向に顔を向けると、視界の先には宮谷がいた。
そしてまっすぐ。
大杉の方に向かっている。
バカな!と心の中で叫ぶ。どういうワケかは知らないが、今の大杉は超高適合者である荒瀬を軽く捻っているのだ。一学年の最低適合者の華奢な少女がどうにかしようなど、それこそ笑い話では済まなくなる。
俺は思わず駆け出そうとする。こんな混乱したフラフラな状態で、イカレた殺人鬼モドキに突っ込もうなど、普段の冷静で利口な俺が見たらどう思うか。しかし、足に込めた力は分散せず、そのまま一歩目を踏みだそうとすると。
「え?」
俺が宮谷を視野に捉えてから行動を起こす前に、宮谷の回し蹴りが、荒瀬を掴んだ大杉の顔面を直撃していた。その蹴りをモロにくらった大杉は30メートル以上は吹っ飛び、遠くの桜木の幹に激突する。その衝撃で大木は真っ二つに裂け、大きな音と振動を発生させながら荒々しく倒れた。桜の花びらが盛大に拡散する。
「な・・・・・・すっ、げぇ」
思わず呟く。と同時に俺は全力で駆け出した。
頭上のベランダで、この異常な事態に生徒達がざわめいている。当然、宮谷茜の異様なまでの力が原因で。
彼女、宮谷茜は一体何者なのか。
最初俺がいた位置から大杉がいた位置まで、100メートル前後はあった。しかし宮谷はその距離を僅か1秒前後で移動して見せた。この学校での100メートル走の最速タイムが4秒56である。しかも、ただの蹴りで巨体男子を30メートル以上も吹き飛ばしたのだ。尋常な力ではない。
彼女は、学年一の低適合率者では無かったのか。頭の混乱具合は一層激しくなり、頭痛が鳴りやまない。この僅か数分間で、現実と空想が激しく入り乱れ、俺の思考はもはや正しく機能していなかった。
「はぁ、はぁ、・・・・・・おい、お前・・・・・・」
たっぷり10秒以上かけて、宮谷の元に駆けつけた俺は呼びかける。
「あら、アナタも来たのね。ちょうどいいわ、この人お願いね」
笑顔の宮谷は俺の姿を認識すると、彼女の小さな右人差し指を下に向ける。
目の前の光景を見て、俺は再び吐きそうになった。
荒瀬だ。右腕左足を失い、左腕は真ん中から有らぬ方向に折れていた。全身とその周辺の地面一帯が血まみれになっている。辛うじて意識はあるようだが、痛みと出血で、もはや片言も話せない状態だろう。
宮谷は俺に背を向けると、凛とした声で指示を出す。
「さっき救急船を呼んだから。もうすぐ来ると思うから、止血とかできたらお願い」
助かるかもしれないしね、と宮谷は付け足す。
それだけ言うと、彼女はゆっくり大杉の方へ向かって歩き出す。俺は慌てて呼び止める。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
宮谷は顔だけ振り向く。俺に一切の興味もないような、無表情。
「お前、一体何者なんだよ。何で低適合者のお前が、こんな力を持ってるんだ?」
そう言いながら、俺は視界の先にある倒れた大木を指差す。俺の言葉に宮谷は目を丸くし、数回瞬きする。そしてすぐにいたずらな笑顔を見せる。
「さぁ?どうしてかしらね。でもどうせすぐ忘れちゃうんだから、教えてあげない」
冷たく俺をあしらうと、彼女は再び背を向ける。すぐに忘れるとは、どういう意味だろうか。俺が彼女の言葉の真意を分かりかねないまま、宮谷は歩き出す。
「お、おい!お前、これからどうするんだよ!」
「お仕事」
そう言い捨てるように言葉を放った宮谷は、足を止めることなく大木の方に向かっていく。
はぁっ?と心の中で俺は首を傾げる。理解不能な出来事が重なり過ぎて、俺の頭はパンク寸前だった。このままだと本当に頭から湯気でもでるんじゃないだろうか。
再来した生徒のざわめき中、俺の耳が擦れた呻き声を捉える。
その呻き声の主は、俺の眼前に倒れている荒瀬だった。荒瀬の存在を一瞬忘れていた俺は、慌てて彼を起こそうと近づき、背中に手を回そうとすると、ベッタリと血が付着した自分の両手の動きを止めた。
―――酷い。
改めて間近で荒瀬の怪我を見た俺は、第一にそう思った。酷い怪我だ。特に腕のついていない右肩と、左足を失った太ももからの出血量が半端じゃない。このままでは、病院からの救急船が到着する前に出血多量で命を落とすだろう。
俺は無意識の内に、これ以上の血の流出を防ぐ為に荒瀬の肩を押さえた。触れた際の痛みからだろうか、荒瀬が短いうめき声を上げる。
「止血するには―――」
縄のような、縛って血流を止められるものが必要だった。保健室にある包帯が全く効果を発揮しないのは目に見えていた。しかし、周りを見渡しても、どこにも縛れそうな代物はない。
俺はとりあえず、学校指定のシャツを脱ぐと、近くの針金で出来たフェンスの先に引っかけた。そして勢い良く引き、シャツを意図的に切り裂く。
俺のシャツはちょうど真ん中から綺麗に裂けた。すぐに俺は荒瀬の傍に戻り、その二つに分断されたシャツの片方を右肩に押し立てると、あらん限りの力で縛る。
そしてすぐに残ったもう片方のシャツを使い、左足の太ももを縛り上げた。これで多少流血が押さえられると思ったが。
「ちっくしょう・・・・・・!」
流血の勢いは、ほとんど変わらなかった。シャツのような柔らかい布で縛ったところで、大した圧力にはならなかったようだ。縛ったシャツはじわじわと赤く染まり、荒瀬の顔は確実に青ざめていく。
やはり流血を止めるには、縄のような頑丈な代物が必要だった。しかし、状況からして、この場を離れることはできない。何処にあるかも分からない縄を探している内に、荒瀬は絶命してしまうだろう。
どうする、どうする、どうする。
俺の頭からは、この状況を攻略できるような考えは一切浮かばず、ただ焦りから熱を発している。
他に方法がない俺は、荒瀬の肩と太ももを両手で強く塞いだ。しかし、指と指の隙間からは着実に血が溢れ出てくる。
くそ、止まれ、止まれ。
何度も強く願っては、押さえつけている両手にさらに力を込める。しかし、流血の勢いは緩まない。
ふと、どうして俺はこんなに必死になっているのだろう、と思ってしまう。この出血量だ。俺がどうこう足掻いたところで、結果は変わらないだろう。必死になるだけ無駄骨なのだ。
頭の中で、諦める、という俺にもっとも適した言葉が、ゆっくりと浮かび上がってくる。
そうだ、いつもみたいに諦めてしまえばいい。この件だって、別に荒瀬が死んだところで俺が責められるワケではあるまい。完全に大杉の引き起こした事態なのだ。
いつもみたいに成功の見込みが無いことは諦めて、逃避してればいい。そうすれば、絶対に間違った道に足を踏み入れることも無い。
荒瀬の傷を塞いでいた俺の両手から、少しだけ力が抜けた。
次の瞬間。
上から、細長い何かが落ちてきた。それは地面に当たると、小さく跳ねた後動きを止める。
蛇口のホースだ。
思わず上を見上げると、他生徒が俺に呼びかけていた。
「おい、恭司!止血をしたいんだろ、それを使え!俺たちもすぐに行くから!」
俺は、落とされたロープを見る。3メートルほどの長さがある緑色の物体は、人の手でも千切れられるよう、真ん中に切れ込みが入れてある。
目の前に、助けられる人がいる。助けられる手段がある。
俺は本当に、この状況で諦めるべきなのか。
否。
「うぉおおおお!助かった!」
俺はダッシュでそのロープへ駆け出す。掴むとその場で半分に千切った。そしてすぐに荒瀬の傍に戻り、真っ赤に染まった俺のシャツの上からきつく、きつく縛った。
そして少しその場から離れて、傷口を観察する。
流血はほぼ無くなり、多少の血が滲み出る程度になっていた。
「よ、よかった・・・・・・」
助かった。決していい様態とは言えないが、流血が阻止された以上、まず悪化することは無いだろう。 後は安静にさせて、救急船が来るのを待てばいい。先ほどの混乱や焦りは嘘のように消え去り、晴れ晴れとした達成感が俺の心を占める。
しかしすぐに、自分の考えを改める。
いや、まだ終わっていない。解決するべき問題が、残っている。
超高適合者である荒瀬を、いとも容易くここまでにしたヤツが。
視線を荒瀬から倒れた大木の方へと向けた次の瞬間。
「!」
凄まじい衝撃波と共に、倒れていたはずの10メートルはあろう大木が、まるで小枝の如く勢いよく空に跳ね上げられた。そして、ちょうど一年生がいる4階のベランダ辺りに達したところで、加えられた衝撃に耐えられなかったのか、その大木が内部から盛大に爆散する。
小さな矢の如く降り注ぐ、大木の鋭利な破片の雨に、ベランダ中の生徒から悲鳴があがる。
その破片の雨は四方八方に拡散し、俺の方にまで降り注いできた。
「危ない!」
咄嗟に俺は、荒瀬の上に覆い被さった。背中にいくつかの木の破片が刺さったようで、鋭い痛みが俺の体を走る。
破片の雨は、時間にすれば数秒程度で降り終わった。俺はゆっくり荒瀬から離れ、自分の背中の状態を手探りで確認する。
10㎝ほどの木の破片が3本刺さっていたが、どれも浅かった。多少の痛みを覚悟で、背中から引き抜く。
「い!っつ・・・・・・」
少しだけ血が付着したその破片を乱暴に地面に落とすと、俺はすぐに校舎の方を見上げた。
爆散地から大分離れた俺がこの傷だ。大木の間近にいた4階の一年生は、重傷を負っているに違いない。
しかし、そんな俺の予想を裏切るかのように。
「あ・・・・・・れ?」
震える一年生達は、全員無事だった。傷一つついている様子がない。
視線を下に降ろすと、ベランダにいた二年生も三年生も、全員が無事だった。
そして視線をさらに下に降ろすと。
「な、なんだこれ・・・・・・」
数千本はあろう鋭利な破片が全て、中庭の地面に突き刺さっていた。校舎の壁やベランダにいた人には一切刺さっておらず、ベランダから数メートル先を境界線に、全てが綺麗に地面に垂直に突き刺さり、校舎と平行に一つの太い直線を描いている。
まるで、ベランダの先に強力な重力場が作られたように。
そしてその数千もの木の破片が突き刺さった場所の左隣りに、黒髪の少女が悠々と立っていた。俺との距離はおよそ20メートル。
「宮谷!」
俺が立ち上がり、少女に駆け寄ろうとすると。
ドンッ、と空気が揺れた。俺の視界前方から押し寄せてくる厚い空気の壁に全身を押され、勢いよく尻餅をつく。そして、大木があった場所から、一人の少年がゆっくりと起き上がる。
大木の下敷きになっていたはずの大杉だ。怪我らしき怪我は全く見あたらず、その代わりシャツとズボンは大きく破れ、そこから肌が露出していた。
大杉の肌の色を見た俺は、鳥肌が立つのを感じる。
そこから伺えた大杉の肌は、人間味ある肌色ではなく、炭のような黒色をしていた。手足を含め胴体全てが黒に染まり、唯一首より上だけが黒色に変化していない。
「ああもう、イタイな~。せっかく人が楽しんでいたのに」
そう言いながら、大杉は蹴られた自分の頬をさする。
にやにやと笑う大杉に、正面10メートルの距離に立っていた宮谷が凛とした声で聞く。
「大杉誠さん。少々質問をしたいのですが」
「何?」
「アナタは何処で『青』を手にいれたんですか?誰かに貰ったんですか?」
「そんなの言うわけないじゃん。ダメだよ、この『青』は、僕だけのものなんだから」
頭を掻きながら、面倒臭そうに大杉が答える。
『青』とは、一体なんのことだろうか。
確かに、宮谷と大杉は『青』と言っていた。もしかしたら、二人の並外れた力に関係している何かなのだろうか。
後ろからでは表情は分からなかったが、宮谷は少し俯くとスカートのポケットから透明の液が入った、5㎝程度のカプセルを取り出す。カプセルを持った腕を前に伸ばし、それを大杉に見せる。
「今ならまだ、間に合います。コードからの情報がアナタの体を蝕みきる前に、早くこの『緑』を」
その様子を見た大杉は、一瞬目を大きく見開くと、腹を抱えて笑い出す。
「あ、あ、あっはははははははははは!!何言ってんの!?バッカじゃねぇの!?せっかく手に入れた力をわざわざ捨てるヤツがいるかよ!あっはははは・・・・・・」
大杉は笑い続ける。そして笑いの最中に。
激しく吐血した。
「がはっ!ゴフッ!ぐ・・・・・・ぁぁあああああああああああああああああ!!」
耳を劈くような叫び声と共に大杉は地面に倒れ伏せ、かっ、かっ、と短い音を発しながら、頭を抱える。
そしてついに、首の付け根から大杉の顔全体までもが黒色に変色していく。
大杉の体が完全に黒色に変化した後、全身から煙が出始めた。ジュウウウッといった何かが溶けるような音と共に、大杉の体がみるみるしぼんでいく。野獣のような呻き声を発した大杉は、ゆっくりとその場から立ち上がった。
なんだ、アレは。
大杉が身に纏っていた服は全て溶けて無くなり、その全貌が周囲に晒される。黒一色の肌に、大きく見開かれた白目。体は骨と皮だけを残したかの如くやせ細り、赤色に変色した髪は地面に付くほど伸びて、風にゆらゆらとなびいていた。
俺の目の前にいるのは、果たして大杉なのか。いや、あの状態を人と呼んでもいいのだろうか。その変わり果てた異形の姿を見たベランダの生徒が、再び騒ぎ始める。
「そう、またダメだったのね・・・・・・」
俺の前方にいた宮谷が、通信機らしき物をスカートのポケットから取り出すと、左耳に当てた。
「こちら宮谷。対象の浸食が第3段階に突入したのを確認。対『青』用ワクチンの使用は不可能と断定。対象の殲滅と、イレイサーの使用許可を求む」
何だ、宮谷は誰と会話しているんだ?
視界の先で誰かと通話している宮谷に、俺が声をかけようとすると。
突如大杉が、雄叫びを上げた。
近くの大気が全て大杉を中心に集まり、一気に放たれた感じだ。超高圧力に桜の葉が大きく舞い上がり、大地が揺れ、窓ガラスが次々と割れる。短く切れた悲鳴を上げると、ベランダにいた生徒は次々と教室に逃げ込んだ。
「うおおおおおおおおっっ!!」
あまりの空気の圧力に、俺は前を見ることが出来ず、体がピリピリと震えるのを感じる。前屈みになり、後ろに吹き飛ばされそうになるのを必死で堪える。
ふいに、俺は荒瀬のことを思い出す。
この状況でケガ人を外に放置しているのはマズイ。超現実主義者かつ合理主義者である俺が、自分の身よりも他人の身を心配しているのが少々驚きだったが。
顔だけ後ろを向くと、そこに荒瀬はいなかった。
一瞬吹き飛ばされたかとも思ったが、既に教室から駆けつけたクラスメイト数名が協力して荒瀬を校内に連れようとしているのを視界に捉える。
安心した俺は吹き飛ばされないように気をつけながら、顔を正面に戻し、後ろに後退しようとすると、僅かに開けた視界に、今度は宮谷の姿を捉えた。
宮谷は、この超高圧力をものともせず、平然と立っていた。そして、左耳に掌を重ねて、じっとしている。
ふっ、と。この圧力が収まった。俺は思わず前に転びそうになり、足で踏ん張って耐える。
次の瞬間。
雄叫びを終えた大杉が、目の前の宮谷に襲いかかった。10メートルもの距離を一瞬で縮め、真っ黒に染まった右拳を荒々しく振り上げる。間一髪で宮谷が横に飛んで避けると、そのまま大杉の拳は地面に叩きつけられた。
衝撃が、俺の足下を走り抜ける。大杉の拳は、大地に直径5メートルほどの巨大なクレーターを作り、その際、中庭全体に放射状の細い亀裂が走った。
獣の呻き声のような声を発し、横にいる宮谷を視界に捉えた大杉は再び襲いかかる。振り下ろされる拳を宮谷は避けると、大杉から距離をとる。
その時だった。
「対象の殲滅と、イレイサーの使用許可、確認しました」
無表情の宮谷はそう呟くと、耳から通信機を取り外す。両手を後ろに回し。
スカートの中から、二丁の拳銃を取り出す。宮谷は拳銃を大杉に向けると、躊躇い無く引き金を引いた。
二つの銃口が火を噴き、その際に発生した轟音が空気を震わす。
しかし弾丸は、大杉の体を貫通することは無かった。
「え・・・・・・?」
俺が驚きのあまり声を漏らす。宮谷が撃った2つの弾丸は、大杉の腹に当たるとそこで進行を止め、力なく地面に落下した。
「皮膚が、弾丸を通さないほど硬質化しているのか・・・・・・?」
真っ黒に染まった大杉の体を眺めながら、俺は小さく呟く。
常人なら卒倒してしまいそうな異常事態からすぐに回れ右をして全力逃走をしたいところであったが、俺の足は驚き7割、恐怖3割で全く言うことを聞かなかった。
まるで瞬間移動をしているかの如く、再び大杉は超高速で宮谷に殴りかかる。宮谷は軽い物腰でその攻撃を跳んでかわしつつ、背後から上下逆さまの状態で銃を連射する。
しかし今度は本体に届くどころか、カッ、という短い咆哮だけで弾丸の勢いが殺される。金属音を鳴らしながら、動きを止められた数発の弾丸が地面に落下した。
空中で一回転して、片膝を着いて着地した宮谷は小さい舌打ちをした後、再び接近した大杉の拳をかわし、身軽なバックステップたった2回で大杉から20メートル以上もの距離をとった。
そして、多少震える俺の隣りに並ぶような形になる。
獲物を取り損なった野獣の如く唸った大杉は、真っ黒の左腕で右の二の腕を掴む。
流れる風に赤色の長髪がなびく。
俺の視界にさらに信じがたい光景が飛び込んできた。
大杉の黒い右腕が、その形を崩し始める。そしてゴキゴキという、骨が折れるような鈍い音を発しながら、ある一つの形に収束した。
大杉の右腕が、細長い槍にも似た黒色の剣に姿を変えたのだ。
再び雄叫びを上げた大杉が、宮谷と俺に向かって突進する。
いや、目視できたワケではない。気がつくと、いきなり目の前に大杉がいたのだ。俺の左隣りに立っている宮谷の懐に入り込み、右腕が変化した鋭利な剣を一閃するべく構える。
その一連の動きだけは、やけに遅く視界に入ってきた。
宮谷!心の中でそう叫ぶ。しかし宮谷は銃を構えるどころか、その場を動こうとさえしない。
胴体を真っ二つに斬られる宮谷の姿が頭に浮かぶと、ついに大杉の剣が振られた。
次の瞬間。
「ガッ!」
突如大杉が、何らかの圧力によって地面に押し潰された。何らかの力が継続して働いているのだろうか、大杉は地面から動くことができないようだった。ベキベキッ、という大地が砕ける音を発しながら、大杉もろとも周辺の大地が半球状にくり抜かれていく。
そんな大杉を哀れむような表情を見せた宮谷は、俺の目の前で地面に押し潰されている大杉の近くにしゃがむと、優しい口調で話しかける。
「許してね、大杉君。君はもう、人じゃないのよ」
だから、と宮谷は呟き、目を閉じる。右手の銃を、大杉の後頭部につけると。
引き金を引いた。
バギッ、と。ゼロ距離で放たれた弾丸により、硬質化した皮膚が貫通される音がした。