非現実
ここからヒロインが登場します(といってもプロローグでこっそり登場しておりますが)。物語もようやく動きだします。
宜しくお願いします。
3
哲平は、その日から行方不明になった。
哲平が失踪した日。帰るに帰れず、街で彷徨っていた俺が寮に戻って来たときには、既に哲平はいなくなっていた。
それからはや2週間。
哲平の捜索は続けられている。全く手がかりが出てこないことから、警察の一部では、何処か人目のつかない所で自殺をしたのでは、という見解も出ている。
しかし、俺には哲平が自殺したとは思えなかった。あの、飛行船の中での会話。哲平は確かに、抗う、と言っていた。あの頑固者に、自分の信念を曲げてまで自殺が出来るはずがない。俺が導き出した結論は、そんな単純なものだった。
この2週間は、特に何もやる気が起きず、ボーっと過ごす毎日。適当に学校に出て、適当にバイトをして。
こちらから何度連絡をしても哲平は応答しなかった。しかし、もしかしたらその内哲平から連絡があるかもしれないと僅かな期待を寄せて、肌身離さずケータイだけは所持していた。
今は学校の昼休み。俺は教室で、窓の外を眺めながら一人で昼食を取っていた。他のヤツらからの誘いがあったが、断って一人で食べている。相変わらず何もやる気が出ない。
「しかしまあ」
うるさいなぁ、と心の中で不平を漏らす。それはそうだ。俺が進級してからこの教室で静かな昼休みを送ったことはない。
『マサマサー!可愛いよー!!マサマサー!!』
教室の真ん中を占拠した男子達が、特定の名前を叫び、騒ぎ立てているためだ。『IハートMASA』という文字がデカデカとプリントされたバンダナを頭に巻き、液晶パネルのスピーカー前で、発光ペンを全力で振り回している。
「放送アイドルね……」
俺は椅子に深く腰掛けたまま呟く。丁度俺が2年生になったこの4月上旬から、何処の誰かが昼休みの校内回線を占拠して、毎日30分間の校内放送を行っているのだ。その内容はバラエティに富み、近頃のニュースは当然、校内の至る所の情報を掻き集めて話題にしている。放送主は自分のことをマサと呼んでいて、顔は一度も晒されていないが、可愛らしい独特の声をした女子のため男子学生から絶大な人気を誇っている。オシャレに関する放送もしているから、女子にも人気があったりする。特にこのクラスの男子はモテないためか、放送を欠かさず録音しているヤツまでいる始末だった。
「ただ……」
この放送の問題は、外部からという点なのだ。つまり、この『マサ』と呼ばれる女子は、毎日昼休みになる度にわざわざ学校外の何処かで校内回線をハッキング。その後マイクを握っているということだ。完全に犯罪な上、学校側も黙ってはいないのだが、如何せんこのマサと呼ばれる女子のハッキング技術が尋常で無く、かれこれ1ヶ月近く警察が捜査しているのにも関わらず、未だ手がかりの一つも掴めていないというのだ。一体マサと呼ばれるこの女子は、どれほどの高適合者なのだろうか。
一方の俺は、犯罪者の声で踊っている男子達が理解出来ない上、アイドルなどといった類は全くもって興味が無い。だからと言って恋人がいるわけでもないが。もし仮に恋人が出来ようものならば、まず間違いなくこのクラスの男子勢から制裁を加えられる。恋人禁止令というクラス内条約すら発令されているくらいなのだ。
俺は騒がしい男子に視線を送りつつ、購買で買ったパサパサのパンを冷たい牛乳で喉奥に流し込み、しばらく外を凝視しては、深いため息をつく。
季節はまだ春だというのに、昼頃になれば教室の温度もそれなりに上がる。男子達の騒ぎ声に加えて、一層俺のやる気を削いでいた。俺は一人机に頭を伏せて、力なく唸る。
今頃、哲平は何をしているのだろうか。哲平はどうして失踪したのだろうか。
そんなことを考えていると、余計に体に熱が溜まる。
別に俺と哲平は、無二の親友ってワケじゃない。関係を聞かれたら、友達以上親友以下ってところだろうか。ただ、哲平の無茶苦茶な行動に付き合っているのは、やはりお互いの境遇が普通ではないからだろう。
高校に入って、最初の自己紹介で最初に哲平が言った言葉は、俺には親がいません、親はモールドに殺されました、だった。クラス中のテンションが一気に下がったのは覚えている。
俺の番になって、俺にも親がいません、俺はモールドに殺されてます、と言ったら、クラス中のテンションがさらに下がったことも、良く覚えている。オマケに哲平だけが笑っていたのも。
哲平が絡んでくるようになったのは、その後だった。
ふと、アイツは俺なんかと絡んでいて楽しかったのだろうか、と思う。
哲平が失踪する前に言ったあの言葉は、的を射ていると思う。俺と哲平は、似ているようで正反対の人間だ。自身の信念を否定するようなヤツなんかと一緒にいて、哲平は本当に良かったのだろうか。
いつの間にかマサの放送は終わっていた。男子勢がぞろぞろと席やら廊下目がけて散っていく。思いっきり背伸びをした俺は、食べ終わったパンの袋と牛乳パックを捨てるべく席を立った。重い足取りで、教室の外のゴミ箱を目指す。真新しい教室のドアを開き、ワックスがけされた廊下に足を踏み入れようとした瞬間。
ドンッ、と。
俺の耳が、重く響く音を捉えた。
「?」
今の音は、何だったんだろう。何処か別の教室で、派手に机でも倒れたのだろうか。
大して問題視はしなかった俺は、近くにあるゴミ箱にパン袋と牛乳パックを捨てる。隣の水道場で手を洗い、濡れた手からハンカチで水分をぬぐい取った。
その直後だった。
ドンッ、ドンッ、ドンッ。
先ほどの音が、連続して聞こえてきた。今度は鳴りやまず、音の聞こえる間隔はどんどん狭まる。しかも時間が経つにつれ音は重みを増していき、ついには耳を塞ぎたくなるほどに膨れあがる。
どうやら他生徒も、この音に疑問を抱いたようだだった。クラスにいた女子は会話を止め、寝ている生徒は起き上がる。校舎全体が、一瞬の静寂に包まれたようだった。
この静寂を破ったのは、短く途切れた人の悲鳴だった。
「な、なんだなんだ?」
今の叫び声をきっかけに、教室が一気にざわめきだす。人の叫び声がしたのは、どうやら窓の外のようだ。
俺がいるのは、3階の校庭側の水道場。方角的には、逆方向の中庭あたりだろうか。その悲鳴の正体を突き止めるべく、次々と生徒がベランダに出て行く。俺も慌てて教室に戻ると、賑わうベランダから強引に頭だけを出して、中庭の様子を見た。
悲鳴の正体は、荒瀬だった。
2週間前と比べて、荒瀬の容姿は随分と変わっていた。まず第一に、痩せた。元々痩せてはいたが、残り少ない無駄な肉を全て落とした感じだ。かつてのガッシリとした体格の面影はどこにも見あたらず、小麦色だった顔の表面は真っ青になっている。髪は伸びた代わりに薄くなり、金髪に黒髪が混ざっていた。 全体的にげっそりした、という表現が適切だろうか。
荒瀬は何かから逃げるように、何度も転びながら必死に走っている。そして、息切れした状態で口から漏れていたのは、助けてくれ、という言葉だけだった。掠れた声で何度も何度も叫んでは、必死に走ろうとするが、足が言うことを聞かないようだ。すぐに転ぶ。
ざわめきの中で、一人の生徒が言った言葉が、俺の耳につく。
「アイツか、小西を自殺に追いやったってヤツ」
なんじゃそりゃ、と心の中で俺。しかし冷静に考えてみると、そんな噂が広まるのも仕方が無いのかもしれない。哲平は荒瀬から暴力を受けた日に失踪しているのだ。大方学校に警察が来て、荒瀬に事情聴取をしているのを目撃したヤツからの適当な憶測だろうが。
荒瀬がげっそりしてしまったのは、哲平を殺してしまったと思いこんでいることから来る罪悪感のせいだろうか。
そんな俺の思考を遮るかのように、他生徒のざわめきが一瞬大きくなる。俺は再び身を乗り出すと、荒瀬とは別に、校舎から新たに人が出てくるのを捉えた。
大杉だ。先日荒瀬に殴られていたのを思い出す。身長は小柄で、横幅がでかい、典型的な肥満体型。適合率は哲平と同程度で、確か22%だったはず。しかも見るからにひ弱そうだから、荒瀬に狙われるのも無理ないな、と俺は勝手に納得する。
俺の視界の先では、荒瀬がちょうど起き上がったところだった。そして、荒瀬が大杉を視界に捉えた瞬間、目が大きく開かれる。
「うあああああ、来るな、来るなー!!」
再び尻餅をついた荒瀬のすり切れた叫び声が、ざわめきをかき消す。
そんな荒瀬を見た俺は、この状況が大層奇妙なことに気づく。
この状況は、不自然極まり無かった。学年屈指の高適合者である荒瀬にとっては、低適合者である大杉など赤ん坊のようなものだ。だからこそ、苛立ったときはまるでサンドバックかのように扱っていたはず。そんな荒瀬が今、必死に大杉から逃れようとしている。その気になれば片腕だけで地面にねじ伏せられるのに。
溢れる野次馬を押しのけ、何とかベランダの手摺りまで辿りついた。2階、つまり三年生の階のベランダを見てみると、こちらと同じく人で溢れ返っていた。4階の一年生の階も同じく。校庭に生徒の影は見あたらなかったので、いつの間にか全校がこの事態を見守るような形になっていた。
「うぁ、うぁ、うぁ」
荒瀬の言葉にならない悲痛の声が聞こえる。荒瀬はゆっくり歩いてくる大杉から逃げようと、尻餅をついたまま後ずさる。
校舎全体のざわめきが、いつの間にか消えていた。聞こえるのは、荒瀬の激しい息づかいと、無表情の大杉のゆっくりとした足音だけ。
そしてついに、視界の先で大杉が荒瀬に追いついた。大杉は暫く荒瀬を見下ろすと、乱暴に襟首を掴み上げ、強引に引き起こす。
その行動が引き金になったのだろうか。獰猛な目を大きく見開いた荒瀬は、恐怖を振り払うように叫びながら、大杉を殴ろうと拳を振り上げた。
起伏の大きい荒瀬の右拳が、大杉の顔面を捉えた次の瞬間。
「――――え?」
一瞬、俺は何が起きたのか分からなかった。
大杉が、荒瀬の拳を受け止めたのだ。
左手の人差し指一本で。
「あ、あ、あ」
目の前の光景が信じられないかのように、荒瀬が情けない声を漏らす。
俺の中に確かに存在した不変の現実が、音を立てて崩れていく。
何をしようが、才能の前では無意味。低適合者は高適合者には絶対に勝てない。
そんな、当たり前だと思っていたことが、目の前でいとも容易く否定されてしまった。
俺が放心状態から戻った矢先に。
――荒瀬の右腕が、宙を舞った。
大杉に掴まれた荒瀬の右腕が、肩の付け根辺りからばっさりと切断されたのだ。大杉の手には、刃物などは持たれていない。
大量の血が荒瀬の右肩から吹き出し、ボタボタと地面に垂れる。
その血が頬につくと大杉はようやく、その丸々太った顔の形を崩した。
ニヤリ、と。
「があああああああああああああああああ!!!」
荒瀬の叫びに一瞬遅れて、全校から悲鳴の渦が巻き起こった。あまりの痛みから地面で転げ回っているようである荒瀬の苦痛の叫びも、その悲鳴でかき消される。
悲鳴の中で、大杉の楽しそうな笑い声が嫌にはっきりと聞こえる。
「はははははははは!!いいよ!いいよぉ!荒瀬君!いつも僕を虐めていた君が、僕の前で這いつくばっている!適合率なんて関係ない!僕はもう、もう嬉しくて嬉しくて!ああ、なんて、なんて気分がいいんだ!!」
その、心の底から嬉しがっている大杉の声を聞いた俺は、全身の鳥肌が立つのを感じた。
混乱する頭を押さえて、今すべきことを必死に考える。俺の中に存在した不変の現実が否定されたことを驚くより、目前の異常な事態を収束させることが先決なのは当然だ。校舎はまだ悲鳴の渦に包まれ、他生徒はあまりに衝撃的な光景から来る恐怖に、目前の状況から目を離せずにいる。誰もこの状況を解決するべく動こうとはしない。
俺は、叫び回る生徒達の間をくぐり抜け、教室を勢い良く出た。長い廊下を全力で走り、階段を目指す。
この事態を収束させるには、まず大人に知らせる必要がある。少年漫画の主人公のように、助けに飛び込むなんてバカな真似をするつもりは微塵もない。最も合理的な方法であるとはいえ、困ればすぐに教師頼りの自分が多少情けなかったが、今はそんなこと言っている場合ではない。
普段使用するエレベータの到着を待っている時間は無い。そう判断した俺は、長年使用されずに寂れている非常用階段を駆け下り、2階に降りた。と同時に、校舎内では新たな悲鳴が生まれる。現在の状況を把握すべく、俺は1階と2階の踊り場の窓から外を覗いた。血で染まった中庭では、放心状態になっている荒瀬を、大杉が抱きしめていた。少し冷たい風と共に、優しげな大杉の声が入ってくる。
「大丈夫。荒瀬君。君をすぐ楽にするなんて、野暮な真似はしないよ。君が満足するまで、僕がずっとずっと、苦しめてあげるから」
荒瀬の左腕が、激しく潰れた。大杉の右手に、二の腕辺りから握りつぶされたのだ。左腕からも血が噴き出し、再び荒瀬から悲痛の叫びが上がる。
俺は一瞬、強い吐き気を感じた。
コイツは相当、イカレてる。
もう、のんびり状況把握などしていられない。俺は4つ飛びで階段を駆け下りる。不安定な態勢で着地し、危うく転びそうになったのをなんとか堪え、再び足に力を入れる。
職員室は、学校の校舎から大分離れた別館の奥にある。この状況を一切知らないであろう教師に警鐘を鳴らすべく、全力で職員室に向かって走っていると。
「がっ!」
俺は何かに思いっきり足をつまずかせ、勢いよく吹っ飛ぶと、地面に頭を強く打ち付けた。クラクラする頭を持ち上げ、すぐに視界の先の異変を捉える。
「な、なんだこれ・・・・・・?」
1階の廊下や壁に、いくつもの巨大な穴が出来ていた。どうやらさっきの重音は、この穴が出来た時の音のようだ。
大きさは、直径3Mくらいだろうか。ほぼ等間隔に、玄関の方へと続いている。
「これ、全部大杉がやったのか・・・・・・?」
俺は、我に返ったように頭を上げる。そして、今自分が呟いた言葉を繰り返す。
全部、大杉がやった?
目の前にあるのは、頑丈なプレートに開いた直径3Mもの巨大な穴。しかも穴は相当深い。適合率が50%を超えてるヤツでも、このプレートは貫通できないと聞いていた。
俺はさらに、先ほどの大杉を思い出す。
アイツは一体どうやって、荒瀬の腕を切断した?
大杉は、ナイフなどの刃物を一切持っていなかった。それどころか、荒瀬の拳を押さえた左腕以外、一切体を動かしていない。
いや、そもそも低適合者である大杉に、あんな芸当は出来るはずがない。
現実ばかり考えていた俺の石頭の中で、突如訪れた不可解な現象達が、お互いに激しく衝突する。俺はさらに混乱する。
「と、とにかく、何とかしないと・・・・・・」
取り返しのつかないことになる。頭はそのことだけはしっかりと理解していたようだ。
さっきの転んだ際に頭を強く打ちつけたせいで、視界がぐらつく。不安定な足取りで、何とか俺は玄関を出た。
玄関からの大杉達までの距離は、ざっと100メートル前後、といった所だろうか。大杉は荒瀬の首を絞め上げて、気が狂った殺人鬼かの如く笑っている。校舎ではようやく生徒達が落ち着きを取り戻し、警察を呼べだの大杉を止めろだの、この状況を収束させるべく動き始めている。
俺が今すべきことは、教師にこの事態を知らせること。自分の目的を再確認した俺は、ぐらつく頭を押さえ、足に力を入れ、再び駆け出そうとする。
と、その時。
暖かな風が、俺を包んだ。
少しずつその風は密度を増し、高度を下げていくと、最終的には地面で小さな円を描いて徘徊する。
「わっ、わわ!」
地面で渦巻く風に足を捕られ、俺は思わず尻餅をついた。痛む腰をさすりながら、ふと上を見上げると。
一人の少女が、空から落ちてきた。
いや、降りてきた、というのが適切かもしれない。
少女は不思議なくらいゆっくりと落下し、地面間際ではさらに加速度を緩める。
地面に渦巻く風の影響で、チェック模様のスカートや綺麗な黒髪が不規則に揺れる。
そして地面に足が触れるかどうかの辺りで一度空中に静止し、背を向けて俺の目の前に着地した。
「な、な、な」
再び増えた混乱要因に、俺は尻餅をついたまま口をパクパクとさせる。
そんな中、空から落ちてきた黒髪の少女は、ゆっくりと俺の方を振り向いた。
「・・・・・・!」
不覚にも。
こんな状況なのに、俺はその少女に見とれてしまった。
生徒の悲鳴が遠くに聞こえ、その少女以外の視覚的情報が全て遮断される。
容姿端麗とは、まさにこのことを言うのだろう、と俺は混乱状態の頭で思う。黒く澄んだ大きな瞳を初めとする、予め考慮されていたかの如くバランス良く配置された顔のパーツ。
身長は160㎝前後だろうか。すらりと伸びた美しい肢体の上に、この学校の制服を纏っている。同じ制服でも、中身が違うだけでここまで変わるか、と感嘆してしまう。春風に揺れる一本に纏め上げられた黒髪も相まって、まるで一つの完成された芸術品が置かれているようだった。
はっ、と我に返る。俺の後ろにある校舎からは、依然として生徒の騒ぎ声が聞こえる。尻餅をついたまま上を見上げると、大杉の件とは別に、4階の女子達がこの黒髪の少女を指差しながら慌てふためいていた。制服のリボンの色も合わせて考慮すると、この少女はこの学校の一年生で、今は4階から飛び降りたようだ。
確かに、適合率が20%代の人が飛び降りたらひとたまりもないだろうが、50%ほどの高適合者となれば、4階程度の高さから飛び降りたとしても大した怪我はしない。予め用意をしてから飛び降りれば、無傷で着地するのもさほど難しくないだろう。
つまりこの少女は、適合率50%並の超高適合者だということになる。
俺の頭の中での混乱要因が一つ削除された。飛び降りた理由は知らないが、無傷なのは納得できた。
と思ったのだが。
「宮谷さ~ん!大丈夫ですか~!?」
「茜~!大丈夫~!?怪我ない~!?」
校舎の方から、連続して二人の女子の声が聞こえた。どうやら、俺の目の前にいる黒髪の少女は、宮谷茜というらしい。
どこか聞いた名前だなと、俺が脳のデータベースに検索をかけていると、宮谷という少女が上の女子達に笑顔を向けた。
「大丈夫で~す!心配してくれて、ありがとうございま~す!!」
高く、澄んだ声だった。華奢な見かけによらず、意外と大きな声に多少驚く。
そしてその少女は俺を見ると、微笑した。
宮谷茜の微笑を見た瞬間、俺の頭の奥底に眠っていた特定の記憶が、一気に表に引きずり出された。
思い出した。あの、2週間前の日の哲平の言葉が浮かぶ。
宮谷茜、一学年の最低適合者。
適合率は、21%。