終末への歩み
深呼吸。
精神を統一。
外的情報の採取を抑え、体の全神経を掌に集中する。
体を駆け巡る血液。それを押し出す胸の鼓動の周期に合わせ。
「―――――はっ!」
かけ声と共に、ICDA実行部ナンバー4、宮谷志穂は右掌に力を加えた。
ズズッ、と。
粘性に満ちた感覚が両腕から伝わってくるのと同時に、感情から生み出した情報が対象に流れ込んでいくのを感じる。
彼女が現在面向かっているのは、先行く者に立ちふさがる非常用シャッター。ICDAの全フロアに配置されている。本来ならば侵入者の身動きを抑えるために製造された、最強固の盾だ。
宮谷が、自分の両腕を介してシャッターに情報を流し込むこと数秒。
ピシピシッ、っと。
適合率92%、ライエル・ウェーバーの挙刀を受けてなお僅かに歪んだだけだったシャッターは、その身に巨大な亀裂を走らせた。
原理は非常に単純だ。
このような隔離用のシャッターは異様なまでに外圧に強い。それは当然のことで、シャッター自体に加わる圧力は全て『外側から』のものであると想定されて造られたからだ。
逆を言うと、このような強固な壁でも『内側から』の圧力には弱かったりする場合がある。
宮谷の能力である重力操作。
彼女は自身の能力を応用して重力場の情報を送り込み、シャッター内部に強力な斥力を発生させた。
おかげで、C3クラスの爆発にも耐えうる強固なシャッターは内部を無茶苦茶にかき回され、視認するには十分過ぎる程の巨大な亀裂を生み出してしまった。
すっ、と宮谷はシャッターから数歩の距離を取る。
そして彼女は、腰のホルダーから一本の拳銃を取り出した。
昼間の『青』服用者の際に使用していた銃ではない。あれは彼女が、任務外の時に携帯している護身用の銃だ。
そして現在、彼女が両手で握っているのが、本来彼女が使用している戦闘用の銃。
名を、『I&W―600』。
ICDAの研究部が、宮谷専用に作成した『世界最強』の回転式拳銃だ。
伸びるような美しいホワイトボディとは裏腹に、この拳銃は常人には想像もつかないほどの威力を秘めている。
使用弾薬は60口径のマグナム弾。
大口径ではあるが、半世紀前から存在していた『発砲可能』な規格だ。
しかし、通常の拳銃ならば400M/sを越えれば十分強力だと騒がれる中、I&W―600によって放たれる弾の初速度は、悠に700M/sを超える。
通常弾丸の初速度は、火薬からの運動エネルギーのベクトルに大きく左右される。生み出された莫大な熱量を、いかに逃がさぬように閉じこめ、射出に込められるかによって、弾丸の威力は大きく変化する。
そのため拳銃の初速度には、当然ながら限界が存在する。それは拳銃自体の耐久性という面からでも、使用者の能力面からでも理解できるが。
宮谷はこの限界を、自身の『重力操作』の能力によって容易く超えた。
この拳銃は宮谷にしか扱えない。何故ならこのI&W―600は、宮谷の『重力操作』を最大限に活かせるように構築されているからだ。
弾丸の射出の際に、宮谷の『重力操作』によって拳銃内部に小さな重力場を発生。火薬の爆発による熱密度を最大限に高め、熱効率を限りなく100%に近づけた上で、エネルギーを弾丸に載せることができる。
そしてこのI&W―600は、宮谷の能力を考慮して内部機構が組まれている。
これが、この回転式拳銃が『宮谷専用』と呼ばれている所以だ。
また、威力の向上のみに目を向けたため、銃自体の反動が凄まじいものとなっている。適合率50%を越える者ですら、手に取ったところでまともに扱えるかは怪しい所だ。
しかし、宮谷はその問題すら自身の能力によって解決した。
足下に重力場を発生させて体全体を固定して、反動から体を支えることができる。また関節周辺も重力場で固定することによって、拳銃を構えた腕もブレることはない。
つまり反動の心配をする必要が無いばかりか、彼女はこれほどの威力の拳銃を用いてなお、スナイパー並に精密な射撃を行なうことができるのだ。
宮谷が構えた、I&W―600。トリガーが引かれると同時に、銃口から爆炎が迸った。
音速を超越した弾丸による衝撃波が周囲を飲込むよりも早く、60口径のマグナム弾がシャッターに激突した。
ゴンッ!
と、まるで鉄筋が叩き折れたかのような鈍い音を発して、シャッターが大きく揺れた。先ほど造られた亀裂が、一層拡大する。
そして、常人ならば反動から転げ回っているところを、宮谷は僅か1㎝も動かずに佇んでいた。
まるでBB弾の拳銃を扱っているかのような悠々とした様子で、宮谷は片手で世界最強の拳銃を連射し始めた。
ゴンッ、ゴンッ、ゴンッ!
機械的に連続で放たれる弾丸に、シャッターの亀裂が少しずつ広げられていく。
そして、I&W―600の搭載可能数である五発が、全て撃ち放たれた結果。
想像を絶する程の堅さを保っていたシャッターに、人一人通るには十分過ぎるほどの巨大な穴が開いていた。
「ふぅ……」
宮谷は左腰についたポーチからマグナム弾を5つ取り出すと、手際よく愛用の銃に詰め込む。そして右腰についたホルダーにしまってから、破れたシャッターをくぐって駆け出した。
今現在、彼女がいるのは32フロア。ライエルの言葉についカッとなり、気分転換に射撃訓練にでも行こうと、拳銃の調整をお願いしていた技術担当者の研究室にお邪魔していたのだが。
そんな最中での、突然のコンディション・レッドの発令。ICDA設立以来初めての出来事に、実行部上位ポストである彼女もすぐさま行動を起こそうとしたのだが。
おそらくは敵のハッキングによって、研究室内部に閉じこめられた。
しかしそこで『はいそうですか』と大人しく閉じ込められる彼女ではない。愛用の銃を使って研究室のシャッターを強引に壊して脱出した後、実行部のメインフロアを目指して移動中というワケだ。
「くっ、また……!?」
彼女の進路を、再びシャッターが遮る。これで進路をシャッターに阻害されるのは、実に5度目だ。
宮谷は腰から拳銃を取り出し、駆けたまま連射した。
ガンッ、ガンッ!
と、先ほどよりも幾分軽い音だったが、2発の弾丸を一点に集中砲撃することで、シャッターには小さな穴が穿われた。
「時間も無いし、弾は無限じゃない……のっ!」
宮谷は駆けたまま右手をかざす。そして先ほど開けた穴を見据えた。
ゴキゴキッ、と。小さかった穴が、少しずつ押し広げられていく。宮谷が穴の中心に、反発の重力場を生み出したのだ。
「っ!あちゃっ、やっぱ足りないか……!」
小さく舌打ちした宮谷は、トドメに一発発砲した。先ほどとは比較にならない重音を響かせて、シャッターに巨大な穴がくり抜かれた。
そして宮谷はその穴を勢いよく飛び込んでくぐり、着地と同時に再び駆け出す。
その時。
再び、ビルをへし折りかねない程の衝撃が、遙か上のフロアから伝わってきた。
「くっ……」
危うく振動で転倒しそうになったところを、自身の能力で支えて、再び駆け出す。
「どうやら侵入者は、随分高い所まで行ったようね……!」
急がなければ、と宮谷は強く思った。
ICDA設立以来初めての侵入者となれば、全員がこの処理に当たっていると考えるのが妥当だろう。だがしかし、コンディション・レッドが発令されてから約10分が経過した現在でも戦闘が続けられているということは、敵の戦力もそれなりということになる、と宮谷は考える。
「せめて現状が分かればいいんだけど……!」
そう呟いた宮谷は、駆けながらスクリーンを開く。ケータイとは別にICDA実行部で配られた、組織内部での使用を目的とした小型端末だ。
「ダメ、やっぱ何も映んないわね……」
情報管理を目的とする司令部で使われる端末ならば、各フロアに設置されたマイクからの音を拾うこともできる。
しかし、基本ヴァーチャル関連の仕事は無縁な実行部では、そこまでのアクセス権限は無かった。
効率化と称してICDAでの役割を分担させた上層部に、この場に限って宮谷は文句を垂れた。しかし今愚痴を溢したところで何にもならないことは彼女自身良く理解しており、ただひたすら走った。
そして、非常階段へと続く入り口に到達する。
しかし、当然のことながらそこはシャッターによって遮られていた。
加えて、これまで宮谷が易々と破ってきたシャッターでは無い。その厚さは先ほどまでのシャッターの数倍に及び、表面にも対衝撃用の特殊コーティングが施されていた。
ふぅ、と肺に溜まった空気を吐き出した宮谷は、自身の左手をシャッターに重ねる。
そして、ありったけ強力な重力場を内部に発生させた。
低く籠もるような音を響かせながらしかし、宮谷の目前の壁が揺れる気配は無い。
宮谷は左手で重力場を発生させながら、その重心目がけてI&W―600を連射した。
ゴンッ、ゴンッ、ゴンッ!と発砲の度に衝撃が広がり、ゼロ距離での弾丸によってシャッター表面には大きな傷が造られるが。
しかし、それは反対側までは届かなかった。
「……なら!」
宮谷は、左ポーチからマグナム弾を取り出し、補充すると。
二本目の、I&W―600を取り出した。
彼女本来のスタイルである、二丁拳銃。世界最高峰の威力を秘めた二丁の銃口を、目前のシャッターに押しつけ。
再び宮谷は、連射を始めた。
左右での僅かな時間差によって放たれる、60口径のマグナム弾。跳弾によって周囲の壁は見事に抉られるが、シャッターが貫通する様子はまるで無い。
そして、補充した弾丸が尽きようとした時。
「っ!?えっ……?」
先ほどまで頑なに閉ざされていたシャッターが。
突如、起動した。
そして腹に響く重厚な音を響かせながら、少しずつ上昇していく。
数秒後には、呆然とする宮谷に対して、非常階段への道を開けていた。
「どういうこと……?司令部が、回線の主導権を取り戻した……?」
はっ、と我に返った宮谷は、突如開いたシャッターのことは疑問に感じつつも、非常階段へと身を躍らせた。
とにかくひたすら階段を駆け上がり、上フロアを目指す。重力補正による軽い身のこなしで階段を駆け上がる。
そして100フロアまで到達するかどうかの時。
「宮谷様!」
「っ!アナタは……」
非常用階段を駆け下りていた青年に出くわした。
左腕に軽い怪我をしているようで、右手で傷口を押さえていた。確か司令部で、セキュリティ担当だったな、と宮谷は思い出す。何度か顔を合わせたことがあったが、しかし名前までは思い出せなかった。
「状況は……!?状況はどうなったの……!?」
「そ、それが……」
*
最悪。
侵入者によってつくり出された状況は、まさにそう呼ぶに相応しかった。目前に広がる凄惨たる光景に対し、宮谷はそれ以外の表現を思いつかなかった。
偶然出くわした青年に案内されるまま、宮谷は180フロア、つまり侵入ポイントの近辺に来たわけだが。
目に入る全て場所が、血で染められていた。そして至る所で人々が倒れ伏せ、苦痛から呻き声を発している。現在このフロアでは、負傷した人物を医療班がタンカーで運び出している所だった。
当然運び出される者の中で、命を落とした者は、少なくない。
「最初にコンディション・レッドを発令したのは、アナタよね……?」
「は、はい。私がモニターを確認している時に、179フロアのオートセキュリティから警告がありまして、それで侵入に気がつきました」
「……被害状況は?」
目前の光景から目をそらさず、宮谷は隣りの青年に言葉をかけた。
「……はい。把握出来ているだけで死傷者は700を越えます。ICDA全体の被害は、既に50%に到達しました。直接戦闘を行なった実行部の損害は……」
そこで青年が、言葉を濁した。
聞かずとも分かった。これほど凄惨な光景を見せられれば、どれだけの被害が出たのかを想像するのは、難しいことではなかった。
視界一杯に広がる無惨な光景。それだけではない。彼女の五感に、最も直接的に働きかけるのは。
―――――匂い、だ。
戦場の匂い。死の匂い。
幾多もの死傷者から発せられる強烈なまでの死のイメージ。実際にその場に立ってみなければ分からない、圧倒的なまでの負の香。
彼女の隣りを、負傷者を運んだタンカーが通った。
―――その負傷者の両肩から先には、腕がない。
これでもマシな方だろう、と宮谷は思ってしまう。侵入者によって二度と日の光を浴びることが無くなった彼女の仲間が、一体どれだけいることか。想像するのも恐ろしかった。
「侵入者は、今何処に……?」
呆然とした様子の青年に、再び宮谷は聞く。
「分かりません……上層フロアにはいると思われますが、もうあの化物を止められるような戦力は……」
「化物……?」
その言葉に反応した宮谷は思わず面向かい、青年の肩を掴んだ。
「化物って、どういうこと!?侵入者は、複数人じゃないの……!?」
ち、違います!と上擦った声で、青年は怯えながら返した。
「侵入者は二人ですが、戦闘をしていたのは一人ですよ……!それも……子供でした」
「こど……も……」
信じろという方が無理があるだろう。ICDAにいる者は全員が超人的な能力を持っている。真っ正面から衝突したとしても、小国家の軍と対等に渡り合えるだろう。
それを、それほどの組織を、たった一人の子供が蹂躙し尽くした。
小さく舌打ちした宮谷は、その場で翻した。
「ど、どちらに……!?」
青年の問いかけに対し、宮谷は振り向かずに答えた。
「決まってるでしょ!私が侵入者を止めないと……!」
はっ、とその場で立ち止まる。
「そういえば、ライエル……それに雅美達はどうしたの?」
「そ、そうです、それをご報告しなくてはと……!」
青年は続けた。
「そ、それが……ユウリ様がいらっしゃった訓練場とそのモニタールームが、綺麗さっぱり無くなっているのです」
ドクンッ、と。
宮谷は、心臓を鷲掴みにされた気分だった。それほどの衝撃を受けた。
「な、無くなったって……どういうこと?」
彼女自身、声が震えているのは分かる。
「分かりません。ただ、訓練場へと続く扉が、綺麗さっぱり無くなっているのです。元々存在していたはずの場所が、今ではただの壁になってしまって……」
この青年の言っていることを、宮谷は理解しかねた。危機的状況下で錯綜しているのでは、とも考えてしまうが、青年からは嘘の雰囲気を感じ取ることはできない。
どういうことなのか、と宮谷は頭を抱えたい気分だった。
もし青年の言っていることが本当だとすると、この不可思議な現象は、どう転がっても敵の仕業だろう。
だが、一体どうやって非常階段の扉を壁に変えてしまったのか。果たしてそのような、魔法染みた芸当ができるものなのだろうか。
それ以前に、侵入者はどうやってICDAに侵入したのだろうか。
ICDAの周囲を取り囲む壁。
それは宮谷がこれまで苦戦してきたシャッターとは、次元が違う程の頑丈さを誇っていたはずである。聞くところによると、最高速度で戦闘機が突撃しても貫通されないほどの強度を保っているはずだった。
仮に侵入に時間がかかるようでは、内部に侵入される前にICDAが手を打っていたハズである。ではそれが出来ずに、侵入を許してしまったということは。
最強固の防壁を容易く突破する手だてを、侵入者が持っていたということなのか。
そう考えた宮谷は、これまでの一連の現象が繋がるのを感じた。
突如表社会で蔓延しだした『青』。
そして、何者かの侵入。
さらには、壁が創り出されるという奇妙な現象。
ICDAの存在を知っていたということは、Fコードに纏わる情報も掌握していたということ。
『青』のモールドは、服用者の体の『原子構造』を組み替えていた。
では侵入する際に、単純な破壊という手段によってではなく。
壁の『原子構造』を組み替えていたとしたら?
そして、訓練場へと続く道を塞ぐ壁が、『原子構造』を組み替えて造られた物だとしたら?
―――侵入者は、『原子構造』を組み替える手段を持っていたということになる。
何もおかしな話ではない。
もし仮に。
仮に、今回の侵入者が『青』のモールドに関係しているとしたら。
Fコードの情報を掴んでいる侵入者は、『青』が『原子構造の組み替え』情報を利用しているように。
『原子構造の組み替え』を利用した手段を、持ち合わせているということになるだろう。
では、その『原子構造』を組み替える侵入者の攻撃を受けた者達は、どうなる……?
ここまで思考をして、宮谷は全身が粟立つのを感じた。
もし彼女の推測が正しければ、ICDAは本当の危機に瀕していることになる。
急激に発現した目眩にふらつくが、足で踏ん張って耐えて、目前の少年に話しかける。
「……アナタ、ちょっと見せて」
「はい……?」
宮谷は俯いたまま続ける。
「ちょっとだけ、傷見せて。侵入者にやられたんでしょ?」
「は、はあ……そうですけど……」
首を傾げながらも、青年は抑えていた左腕を宮谷に差し出す。
そして、その傷口を見た宮谷は。
腰から、拳銃を取り出した。
そしてその傷口に銃口を押し当て、引き金に指を載せる。
「―――っ!」
とっさに、青年が宮谷から飛び退いた。
「な、何のおつもりですか!?宮谷様……!」
「動かないで!」
次の瞬間、宮谷の拳銃が火を噴いた。
放たれた弾丸は、青年の左腕を掠った。そして背後の壁に飲込まれ、瓦礫を盛大に砕く。
「ひ、ひぃ!」
その光景に目を剥いだ青年は、腰を抜かした状態で必死に逃げ始める。
「あっ!ま、待って……!」
宮谷の呼ぶ声に、青年は反応しない。ヒィヒィ言いながら、必死に階段を引きずり登っていく。
「あっ、あっ、何なんだよ……!何なんだよ!畜生ッ!」
宮谷が階段を上って追う。それを目視した青年は、再び短い悲鳴を上げてさらに逃げ惑う。
「ま、待って!分かったわ、もう追わない!追わないから!だから話を聞いて!」
「ヒィィィッ!」
青年は足を止めない。そして、宮谷を無視して一方的に罵声を上げる。
「くそ、くそぅ!ふざけるなああ!こんな所で死んでたまるかよぉ!」
「ごめん、ごめんってば!いきなり銃を突きつけたことは謝るから!」
青年は狂ったかの様に笑う。
「はははっ!畜生が……!どうしてこうなっちまったんだよぉ!いきなり侵入者とか……!どうかしてるだろぉ!?」
「待って……お願い!」
青年の見開かれた両目から涙が溢れる。
「いつも通りで終わるはずだったんだ……!モニターずっと眺めて、退屈なままでよぉ!」
「早く、早くその傷口を処理しないと……!」
青年は笑う。
「俺は生き延びてやるぜ……!もう誰も信じない……!自分の力で生き延びて……生き延びて……」
「待―――」
宮谷の呼び声を。
青年の、絶叫が打ち消した。
「ガアアアアアァァァァァッ!!」
侵入者、クロの一閃が掠った部分から、闇が溢れた。そして、その闇は一瞬にして青年の全身を包み込む。
「あ、あ、なんだよ、なんだよこれ―――」
それが、正気の青年が最後に言った言葉だった。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった、恐怖で歪んでしまった青年の顔。
その顔が闇に飲込まれた後、青年は人で無くなった。
―――『青』服用者になった。
青年だけではない。
クロの剣閃によって、命を絶たれた者。
クロの剣閃によって、負傷した者。
クロの剣閃を、掠りでもした者。
死者も生者も、傷の深さも関係無かった。
Fコードからの『原子構造の組み替え』情報を、たらふく喰った剣。
その剣の餌食になった者全員が、その身を『青』服用者に変えてしまった。
傷口から広がった闇は、一瞬にして人を飲込み。
少年の剣によって血を流した700名以上もの人々が。
一斉に、その姿を黒獣へと変えてしまった。
世界が、700以上もの黒獣の雄叫びによって包まれた。