戦闘開始
世界の最深部、その扉を壁の破壊という、実に強引な手段で切り開いた少年少女。その扉の崩落の際に巻き上げられた粉塵が、周囲を灰色一色に染めあげる。
崩れ去った瓦礫の上に佇む彼らを出迎えたのは、突然の侵入者に反応した警報音だった。
「おーおー、騒がしくなってきたねぇ」
実に楽しそうな笑顔を浮かべるクロ。
先ほどの壁を突き破る際、破片で切ったのか、クロの頬からは一線の血が滴っていた。
少年はそれを左手で拭うと、右手の白剣を薙いだ。
ヴァァッ、と。その軽い一振りで巻き上げられた粉塵が吹き消される。
「―――――お?」
同時に、クロの視界に無数の機関銃が飛び込んできた。
対侵入者用に設けられた、オート迎撃システム。設立以来初めて機動したそれらは、ICDAを取り巻く周囲の壁を沿うように出現し、わずかな時間で二人の侵入者を包囲する。
そして、その無数の銃口が一斉に火を噴いた。
「ハハァッ!」
少年は笑い声と共に剣を前に掲げ、少女は盾に身を潜める。
銃弾の嵐が、二人を飲込んだ。
高速で放たれる鉛弾が周辺の床壁を次々と撃ち抜き、粉砕し、乾いた銃撃音と共に再び辺りが灰塵で満たされていく。
時間にして、約数秒。その間に放たれた弾丸は悠に数千を超えていた。
しかし。
巻き上げられた灰塵によって空間が灰色に染まる中、煌めく剣閃が走った。
届かないはずの距離で展開されていた幾多もの銃。描かれた剣先の延長線上に存在していたそれらが、次々とその身を散らされていった。生半可な外撃なら掠り傷すら残さない剛鉄製の 銃が、木棒の如く易々と切断されていく。
そして少年のたった数振りで、対侵入者用に設けられていた迎撃システムが完全に停止させられた。
「なんだよ、歯ごたえねぇな……」
不満げな様子のクロ。携えた白剣を肩に据え、ゆっくりと歩を進めていく。
しかし表向きの態度とは裏腹に、少年の心は今、高く躍っていた。
わずか一本で自身の命を奪いかねない代物が無数に展開され、その矛先が全て自分に向けられる。
たまらない、とクロは思う。
戦場でしか得られない、スリルと興奮。一般人には臭うだけの排煙の香も、これから期待される血みどろの争いも、クロにとっては喜びを際立てるスパイスでしかなかった。
どうして、などと考えたことはない。彼のボス――シロはマスターと呼ぶが―― に命を与えられてから少しの期間しか過ぎていないものの、クロ自身、彼には戦いが一番合っていることを確信していた。
調整と称して改造生物と闘わされた時も、彼は自身の心が躍っていることに気がついていた。
そして今から剣を交える相手は、全員が常人を超越した存在だと言う。
クロは歓喜のあまり身震いした。今すぐにでも戦いに飛び出したい気分だった。
しかし、その楽しみを半減してしまいかねない人物が、一人。
彼の横にいる相方、シロだ。
彼と同時期に生み出された彼女。
肉体的には同一人物に近いはずなのだが、どうしてここまで性格が違ってしまったのか、彼にも疑問である。
好戦的なクロに対して、なるべく穏便に事を運ぼうとするシロ。両者の性格の違いは、それぞれの武器にも反映されている。
ボスから与えられたフェーズ3の命令、その一つである『ICDAへの40%以上の損害』。この隣りの少女なら、なるべく人を殺さず、機器の破壊で済ませようなどと言いかねない。
せっかくの楽しみを奪われてたまるか、と悪態ついたクロは、隣りの少女に面向かわずに話しかけた。
「よし、じゃあ『ICDAへの損害』の方は俺が受け持つから、シロ、お前は『アイツ』を叩き起こしてこい」
クロから投げかけられた言葉に、彼の隣にいた少女は小さく頷いた。そして。
スゥッ、と。
その姿が揺らいだ次の瞬間。少女の姿は、その場から完全に掻き消えていた。
「さて、と……そろそろ来たかな」
少年の言葉の節々からは、喜びが滲んでいた。彼の視界の先では、特殊部隊を思わせる武装をした人々が、次々と姿を現したからだ。
その様子に満足したかのように、フフン、とクロは鼻を鳴らしてから、再び剣を構えた。
「さぁって、俺の剣に何人付いてこれるかなぁ」
再び残忍な笑みを満たした少年はぐっと力を込め、次の瞬間には足下の瓦礫を蹴り、宙を裂いた。
自分の相方が、深い秘密を隠していることに気づかずに。
クロの言葉に、細く笑んでいたことに気づかずに。