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Fの軌跡  作者: ひこうき
Fの覚醒 編
20/60

出会い(1)

「な、何だったんだ……?今の頭痛は……」

 先ほどまで頭の奥底で脈打っていた鋭い痛みがようやく引き、俺はその場で立ち上がった。しかし未だに鈍く残る痛みを振り落とすように、俺は首を左右に振る。


 そして、再び浮かび上がる、少年の影。


「―――――!」


 真っ暗な、『俺』という仮初めに押さえ込まれた、本当の『僕』。


「だ、ダメだ!」

 再び激しく頭を振る。

 その少年の姿に恐怖を抱いたのか、俺はその姿を否定するように、自身の存在を確かめるかのように、どうでもいい事で声を張り上げた。


「と、とりあえず、何かメシでも食うか!」


 先ほどまでの視覚イメージを無理矢理押し込む。

 腹の虫は睡眠状態だったが、他にすることがないための考えだ。さっきの男の忠告を完全に無視していることは置いといて。

 頭にしつこくまとわりつく不安と疑問を振り払うかのように、俺は階段を駆け上がる。

 そしてそのまま勢いよくドアを開けると、43フロアに出た。

 43フロアは、これまでのフロアとは打って変わって、まるで大手デパートの一角のようになっていた。目に入ってくるのは、外で開店しても全く違和感の無いようなレストラン、その奥には広大な洋服コーナーに日用雑貨店と思しきスペース。ずっと先まで伸びる清潔に保たれた白色の床に、突き当たりにはゲームコーナーのようなものさえある。先ほどとは違い、盛大に行き交う人々の中にはカジュアルな私服姿の人もいる。

 彼らもICDAのメンバーなのだろうか。一体何でこんなフロアが必要なのかと疑問に思いつつも、俺は少々期待を膨らませつつ、賑わうフロアの中へと足を進める。



「へぇ、すっげぇ」

 思わず感嘆の言葉を漏らしたのは、エリア1のショッピングモールと栄え比べできそうな程のフロアの完成度からだった。

 賑わう人々を避けつつ隣を見れば散髪店もあるし、銀行のようなものもある。当然の如く大小様々な飲食店は連なる上、今時珍しいシアターのような物すら存在していた。

 次々と分野の違うお店に魅了され、本当にショッピングモールに来ているような気分になる。

 

 そして、このような賑わう場所では定番の物まで。


「おいおい……」


 暫く足を進めていると、困った表情を浮かべて周りをキョロキョロと伺う少女がいた。


 どう見ても迷子である。


 ぱっと見小学校低学年くらいだろうか。身長は俺の6割ほど。割と可愛らしい顔つきだ。

 水玉模様のキャミワンピースに、緑色をしたミリタリーコート。少女の細い足を飲込んでしまうかのような、モコモコの白いブーツがはかれている。

 地面に付きそうな程伸びた綺麗な細髪は純青色をしており、その大きな瞳も済んだ水色をしている。

 小さく華奢なその体からは、何とも涼しげな雰囲気を発していた。

 北極に近い北の国では青髪青眼の人がいる、というマイナーな情報を、脳内のデータベースから引き出す。

 ということは目前の迷子少女は日本人ではなく、外国の子供なのだろうか。

 その青髪の少女は、誰かに助けを求めるかのように周りを伺う。しかし、その少女の視線を汲もうとする者はいない。

 そもそも何で、こんな小さな女の子がICDAのど真ん中にいるのだろうか、という疑問に。まさかこんな小さな少女が、ICDAの一員なワケあるまい。何処からか迷い込んできたのか、それともICDAのメンバーの子供か。

 いずれにせよ、この少女を放っておくのは可哀想な気がした。何故だか誰もがその少女を避けるようにして移動しているので、俺が行くしかないだろう。

 俺は周りをウロウロとする少女にゆっくり近づき、話しかける。

「君、迷子なの?」

 突如後ろからの声に、その少女は小動物のようにビクッと体を震わし、ゆっくりと俺の方を振り向く。大きな瞳が俺を捉えると、一瞬だけさらに大きく見開かれるが、すぐに元に戻る。 無表情の少女の閉じられた口からは、言葉が出てくる気配は無い。

 俺はその場にしゃがんで、少女と視線の高さを同じにした。笑顔を繕い、やさしく話しかける。

「君、名前は?お母さんとはぐれちゃったの?」

 少女は俺の言葉に首を傾げ、キョトンとした様子でじーっと見つめてくる。

 言葉が通じないのだろうか。もしそうだとすれば、中々困ったことになる。まさかICDAのような極秘の施設の中に、迷子センターなど有るはずもない。親探しは大分骨が折れそうだ。

 だからといって、このまま言葉が通じない少女をほっとくのも気が引けた。

 確かに面倒事は御免な性格だが、そこまで冷酷な人間でもないはず。どうしたものか、と俺が唸っていると。

 ぐぅ~、と。少女の腹部から虫の鳴き声が聞こえた。それにビクッと反応した少女は、そのまま下に俯き頬を紅く染める。

「ははは、お腹が空いてるのか」

 俺は少々笑みを溢しつつ、周囲に視線を飛ばす。近くにレストランは山ほどあったが、どうしたものか。

 悩んだ末、俺は一つの考えに至る。

「そうだ」

 そう呟いた俺はしゃがんだまま、学校指定の鞄からクレープを取り出す。

 昼間宮谷に貰った内の一つをとっておいたのだ。

 さすが最新型の高性能保冷袋。数時間経った今でも、見るからにおいしそうにクレープを保冷してくれている。クレープの中身も、イチゴやバナナなど子供が好きそうな内容だったから、好都合だ。

 俺はそのクレープを見せると、少女は疑問符が頭から出てきそうな表情で見つめている。

 クレープを食べたことが無いのだろうか。

「何処か食べられる場所に移動しよう。こんな人の往来が多い場所じゃダメだ」

 俺の言葉が伝わったかは定かではないが、少女は手を引く俺に黙ってついてくる。

 近くにベンチがあったので、そこに二人で座ってから、無表情の少女にクレープを渡す。

「クレープ、食べたこと無い?」

 俺の言葉には反応せず、ただクレープをまじまじと眺める少女。

 そして両手一杯に抱えたそのクレープに恐る恐るかぶりつく。と同時に少女が笑顔で満たされた。おいしそうに頬張る。

 どうやら気に入ったようだ、と俺は心の中でほっとする。

「さてと、これからどうしたものか」

 俺はクレープを黙々と食べる少女の隣りに座ったままで、ケータイを取り出し時間を確認する。

 宮谷達との約束の時間まで、あと40分程度。

 別段見たい場所があるわけでもないのだし、取り敢えずは迷子少女の助けにでもなるか、と思ったり。

 隣りを一瞥すると、既に少女は巨大なクレープを食べ終わろうとしていた。

 速い。

 大小50個のクレープを容易く平らげた、宮谷の食べる速度を思い出させる。健康高校男児である俺でも、一個食べ終わるのに数分はかかったのに。

 少女はあっという間に巨大クレープを食べ終わると、口にクリームをたっぷり付けて、星が飛びだしそうな満開の笑顔を見せる。

 俺は鞄からティッシュを取り出し、少女の口まわりを拭く。少女は少しも抵抗を見せずに、ただ俺の面倒を受ける。

「俺は一体何をやっているんだろう」

 ICDAという極秘組織に入って、小学校低学年と思しき少女の面倒見。何だか笑えてきた。

「まあいいや」

 俺は少女の手を握ってベンチから立ち上がる。少女も俺についてベンチから降りた。そしてそのまま、再び人混みに紛れる。

「さてと、どうしたものか」

お子さんが迷子の方はいらっしゃいませんか~、と叫びながら歩くか、と一瞬思うが、それが実行出来るほどの勇気を俺は持ち合わせていない。

 ではいっそのこと、宮谷の部屋まで連れて行くか、と思った俺は、少女の手を握ったまま方向を転換しようとすると。

 人混みをかき分けて、一人の女性がこちらに走ってきた。20代くらいに見える。

 しかし格好は、何処か別の学校の制服と思しきものを着用しているから、実際は学生なのだろうか。

 その女性はそのままこちらまで駆けてくると、良かった~、と笑顔を見せる。身長は150㎝前後、肩の辺りで揃えられたショートカットの黒髪。されど何処か大人びた雰囲気を漂わす、宮谷とはまた別な美少女だった。

 優しげな口調で笑顔で俺に話しかけてくる。

「どうもありがとうございました。あの、その子ですね」

「この子の母親ですか」

「この制服を見てどうしてそんな言葉が飛び出すんですか。私は立派な高校一年生です」

 口を尖らせて、俺に不機嫌そうな表情を見せる女性。

「いや、あのすごく大人びているもので、つい」

 ははは、と俺は力無く笑う。向かいの女性もよく言われます、と苦笑い。


 そんな中、俺と手を握っていたはずの少女が、いきなり目前の女子高生に飛びついた。


「雅美~!寂しかったよ~!」

「……は?」

 笑顔全開で、雅美と呼ばれる女性に抱きつく少女を見て、心の底から不思議に思う。

 こ、この少女は日本語喋れたのか。しかもこんな流暢に!と脳内で驚きの言葉が連続再生される。

しかし同時に、雅美って何処かで聞いたぞ、と脳のデータベースにアクセス。

 雅美と呼ばれる女子高生は、抱きつく少女を床に降ろしてから、頭を撫でつつ俺に笑顔を見せる。

「初めまして、小野寺雅美といいます。どうも、この子がお世話になったみたいで……、あ、私はこの子の保護者みたいな者です」

 決して母親じゃないですよ、高校一年生ですよ、16歳ですよ、と小野寺さんが真顔で強調する。

「あ、えっと小野寺さん」

「雅美でいいですよ」

 優しげな笑顔に一瞬心奪われそうになるも、俺は取り敢えず名前で呼ぶことにする。

「あの、雅美さん。その子は一体……」

 ここ、ICDAですよね、と俺は付け足す。

 雅美さんは一瞬キョトンとしてから首を傾げ、そしてなるほど、と呟く。

「アナタはICDAに入ったばかりなんですね」

「ああ、えっとまあ、そうですかね……」

 また雑用をやらされるのか、という俺の心配をよそに、俺の前でピョンピョン跳ねてる少女が、雅美さんに話しかけた。

「あのね、あのね、雅美!このお兄ちゃんが、くれーぷって食べ物くれたの!」

「クレープ?」

「あーっと!その子がお腹空いているみたいだったんで!」

 教育ママの子供にゲームを渡したのがバレた人の如く、俺は慌てて成り行きを説明する。

「そうだったのですか。随分ご迷惑をおかけして」

 律儀に頭を下げる雅美さん。その雰囲気も相まって、とても年下には思えない。

 俺の視線の下にいる笑顔の少女は、そんな雅美さんの袖を引っ張る。

「ん?」

 しゃがんで耳を貸す笑顔の雅美さんに、少女はぼそぼそと耳元で囁いた。一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐに雅美さんは笑顔を取り戻す。そしてゆっくりと起き上がってから俺に面と向かった。

「アナタは―――」

「はい?」

 いいえ、と雅美さんは言葉を消す。

「実は先ほどこの子とはぐれてしまってですね。ずっと探していたんです。何かご面倒を見ていただいたお礼をしたいのですが」

「いや、別にいいよ」

 俺は苦笑いを浮かべながら答えるが、雅美さんはダメです、と俺の右手を掴む。

「きちんとお礼はしないと。食べ物まで頂いたんですし」

 そう言って俺の右手を掴んだまま歩き出す。猫被り状態の宮谷の時と違い、俺はめちゃくちゃ緊張していた。こんな美少女に手を握られながら人前を歩くなんてことは滅多にない上、柔らかい手越しに伝わってくる体温を感じれば、健全な高校男児なら緊張して当然だった。

 握られた手に汗が滲んでないか心配しつつも、行き交う人々を避けつつ、雅美さんに引かれるがままに進んでいく。

「あ、あの!雅美さんは……」

「敬語は使わなくていいですよ、恭司さん。アナタの方が年配ですし」

 ん?何で彼女は俺の名前と年齢を知っているんだ?と俺は疑問に感じつつ、咳払いする。

「あのさ、雅美さんも、ICDAの一員なのか?」

「そうですよ?司令部の一員です」

 ようやく手を離した雅美さんに並ぶ形で歩く俺に、今度は笑顔の少女がしがみついてきた。こっちも笑顔で頭を数回撫でてやるのを、雅美さんは微笑ましそうに見ている。

「この子が私以外に懐くのは、恭司さんが初めてですよ」

「へぇ、そりゃうれしい」

 子犬の如く気持ちよさそうに頭を撫でられる、青髪青眼の少女。目を閉じて楽しそうにしている。

 通り過ぎる人々は、何か恐ろしい物でも見るような視線を送ってきていた。一体この光景の何処に、恐れるような点があるのか。

「なぁ、どうしてICDAの中には、こんなショッピングモールみたいな場所があるんだ?本当に必要なのか?」

 少女の頭を撫でつつ、歩きながら周りを見渡す。

「恭司さんもそうなると思いますけど、大抵のICDAのメンバーはこの中で暮らしているんです。だから、生活に必要な物は売ってますし、多少の娯楽用もありますよ」

 そう言って雅美さんは奥のゲームセンターらしきものを指差す。数名の人が中でレーシングゲームに夢中になっていた。

「でも、暮らしてるって流石に全員はこの建物に入らないだろ?」

 当然、と雅美さんは短く区切る。

「別にこの中だけじゃないですよ。全国各所に存在するICDAの支部にも部屋は相当数ありますし。ただ、本部にいた方が交通面でも便利ですからね。日本でのICDAのメンバーは15000人程いますけど、大体その内2000人はこの建物内で暮らしてますよ」

2000人。ICDAのメンバーが10万人だったから、結構な数だ。

「取り敢えず、何処かで食事にでもしましょうか」

 そう言って雅美さんは飲食店の方へ視線を向ける。時間的には夕食時だ。雅美さんもまだなのだろうか。

「あの、俺は別に……」

「もう夕食はお済みですか?」

「いや、未だだけど」

「ならよし。お礼で私が奢りますよ」

 笑顔の雅美さんは、再び俺の右手を掴んで強引に引っ張る。左手で少女の手を繋いでいたので、二人とも雅美さんに引っ張られる形となった。

「ここでいいですかね」

 しばらく店の外を見て歩いて、最終的に雅美さんが止まったのは一つのファミレスらしき店だった。

 店内はそれなりの広さで、この時間帯からか客も大分いる。大抵は白衣かスーツ姿の人だったが。店の外ガラス内のサンプルには、何故だか子供用のランチなどもある。

「ここしか子供用のメニューを置いてある所が無くて、いつも私達はここを利用しているんですけど」

 ここで大丈夫ですか、と苦笑しながら聞いてくる雅美さん。

「俺は全然大丈夫」

「そうですか。助かります」

 俺に優しげな笑顔を見せた後、少女の手をつないで店内に入っていく雅美さんを、俺は慌てて追いかける。

 清潔に保たれた店内から、いらっしゃいませ~と笑顔のお姉さんが駆け足で出迎えに来た。俺達は近くの4人用の席に座った。

 何故か少女は、俺の隣りに座る。俺が通路側で、雅美さんとは向かい合う形になる。

 少女は笑顔で俺の腕にしがみつき、雅美さんから微笑ましそうな視線を頂戴した。

「随分懐かれましたね~。何かクレープ以外にも?」

「いえ、別に何もしてませんよ」

 俺が苦笑しながら再び頭を撫でていると、店員さんが3人分のお水を持って来た。

「いらっしゃいませ。ご注文がお決まりになりましたらこちらを」

 笑顔で注文用のパネルに視線を送った後、頭を下げて店の裏へと消えていく。

「なぁ、あの店員も、ICDAのメンバーなのか?」

 はい、と正面の雅美さんが肯定する。

「この施設にいる人全員が、ICDAの一員ですよ。彼女達も、こういった仕事以外の時間は研究とかしてます」

 接客業は副職のようなものか、と勝手に納得する。

 ふと視線を隣りに向けると、座っていたはずの少女は身を乗り出して、メニューが表示されたパネルを弄っていた。

 何か食べたい物があるのだろうか。メニューを切り替えて探している様子だったが、目的の料理が見つからなかったのか、暫くして不満そうな表情を浮かべる。

「まさみー、わたし、くれーぷが食べたい」

「ユウリはいつものでしょ?それにさっき食べさせてもらったばかりなんだから、クレープはまた今度ね」

 う~、と恨めしそうに少女が雅美さんを睨む。

 本当に雅美さんは面倒見がいいなぁ、と密かに感心。俺よりずっと年上に見えるよ、と言ったら怒られそうだったので、その感想は心の内にしまっておく。

 俺は苦笑しながら、ユウリちゃんの頭を撫でる。

「また今度来るときに買ってきてあげるよ」

 あのクレープは俺が買った物ではないが。

「ほんと!?ありがと~、お兄ちゃん!」

 顔をさらに明るくしたユウリちゃんは、イスの上に立つと俺に再び抱きつく。

 こら、と少女を注意する雅美さん。

 イスに足を付けるな、と軽く叱りつけてから、雅美さんはメニューが表示されたパネルを引き寄せる。

「恭司さん、何が食べたいですか?」

「何でもいいよ」

 本当に俺はどんな料理が出てこようとも構わなかったのだが、俺の返答を遠慮と捉えた雅美さんはムー、と呻き声を出しながらメニューを凝視する。

 こういった状況では、進んで食べたいメニューが無くても、何かしらの具体的な料理を提示した方が相手のためにもなるのだが。

 どうも雅美さんから発せられるしっかり者の雰囲気に押されたのか、食べたい物を言うのは、俺が彼女よりも子供みたいに感じられて躊躇われた。

「まさみー、くれーぷー」

「だから、恭司さんが今度買ってきてくれる、って言ったでしょう?いつもので我慢なさい」

 そして素直に食べたい物を提示した少女は、あっさりと却下され、ぶー、と頬を膨らませながら座る。

 しかし隣りに座る俺が視界に入ると、何かを思い出したのか、すぐに無邪気な笑顔にを見せた。

「そういえば、お兄ちゃん!自己紹介がまだだったね。私、ユウリ・アリフォンス。ユウリって呼んで」

 アリフォンス。確かロシアでは有能な王って意味だっけ、と雑知識を思い出す。

「へぇ、ユウリちゃんか。いい名前だね」

 笑顔で隣りの少女の頭を撫でる俺。そのまま視線を正面に戻し、笑顔の雅美さんに聞く。

「雅美さんはユウリちゃんのお母……お姉さん?でも、髪の色も違うし、ユウリちゃんは外国の子供っぽいし」

ははは、と雅美さんは机に肘を付きながら苦笑い。

「ユウリが私にしか懐かないから、上層部に面倒見るように頼まれてるだけです」

「ユウリちゃんは何歳?」

「まだ8歳ですよ」

 俺の隣りでは、年相応の元気な女の子が、ルンルンという鼻歌を歌いながら腕にしがみついていた。

 物心ついた頃から一人だった俺にしてみれば、妹が出来たような感じで大分良かったのだが。

 ふと、店員の決まり挨拶が聞こえた俺は、店の入り口に視線を送ると。

 今日一日で、随分見慣れた顔がいた。宮谷だった。

「あれ、アイツなんでここに……」

 パチンッ、と正面の雅美さんが、いつの間にか手に持っていたケータイを閉じる。表情は笑顔のままだ。

「ついさっき私が呼んだんです。8時に約束してたんですよね?」

 ユウリちゃんに抱きつかれたまま、慌てて俺は腕時計を確認する。

 現在時刻は7時56分。宮谷との約束の時間まで、残り5分を切っていた。雅美さんが連絡をしてくれてなければ、俺の命は無かったに違いない。

「あれ、でも雅美さんは宮谷を知ってるのか?後何で俺達の約束を……?」

「知ってるも何も」

 雅美さんは一度水で喉を潤してから、笑顔のまま続ける。

「私は司令部ではナンバー9。これでもICDA日本の司令部ではトップです。アナタのことは、さっき志穂から報告という形でたっぷり聞きましたよ、支倉恭司さん」

 俺は一瞬だけ、彼女に冷たいものを感じたが、それとは別にすぐ納得する。

「なるほど、道理で俺のことを色々と知っていたわけだ」

「そういうことです。まあ、それとは関係無く志穂とは友好関係がありますけどね」

 はあ、と俺は曖昧な返事を返す。

 目の前の少女の言葉に、存外にも俺はさほど驚きを抱いていなかった。大量の非現実的な話が頭にたたき込まれた影響かどうかは定かでは無いが、少なくとも彼女の歳不相応の大人びた態度からは、何かただ者ではない様子が伺えていたのだ。

 雅美さんは宮谷に向けて笑顔で手を振る。

 その様子を目視した宮谷は、笑顔でこちらにやって来たが、テーブルまで来て俺を視界に捉えた瞬間、驚きの表情を浮かべる。

「な、なんでアナタが雅美といるの……?」

 来て唐突に、宮谷が俺を指差す。不思議そうな表情のまま、思考を巡らせているようだった。

「恭司さんと8時に約束してましたよね?ユウリの面倒を見て貰ったので、そのお礼にってレストランに連れて来ちゃったんです。約束を破らせるのも申し訳なかったので、志穂もここに呼ぼうかなって」

「ユウリって……」

 宮谷の視線が泳ぐ。

「ほら、この子だよ」

 目を閉じて、気持ちよさそうにしているユウリちゃんの頭を撫でながら、俺は宮谷に示す。


 途端に、今まで驚きで満たされていた宮谷の表情が激変した。


 悪い方向に。


「な、なななななななななな何をやっているのアナタはああああああああ!!!!!」

「ぐえええええええ!」

 傍にいた宮谷に襟元を掴まれ、一気に引き上げられる。周りの客からの視線が集中していた。

「ももももももも申し訳ありません!!副会長!!本当に申し訳ありません!!!」

 超高速連続でユウリちゃんに向けて頭を下げる宮谷を見て、副会長?と俺が疑問符を浮かべていると、思いっきり睨まれた宮谷に、強引に地面にねじ伏せられる。そして頭を本気で押さえつけれ、無理矢理土下座をさせられる。

「アイタタタタタタタ!!宮谷手を離せ!」

 店内の床に頭を着けた俺が上の宮谷に文句を言うと、彼女は頭を押さえつけたまま、俺に高速かつハッキリとした声色で耳打ちをしてきた。

「アンタの目の前にいるこの青髪青眼の女の子は、全司令部最高責任者にしてコード査問会最高議長兼、ICDA本部の副会長よ」

「そ、それはつまり……」

「ICDA上層部で2番目に偉いって事」

「んなワケないだろ?こんな小さなガキンチョが……」

 メシ。

 何処の骨かはお察し下さい。

「数々ご無礼申し訳ありませんでした!」

 俺は宮谷に全力で土下座をさせられた。

 ICDAという世界最重要組織の副会長に、町中で売られていたクレープを与えた上、適合率0%如きが上から目線で頭を撫でて、子供相手のように手を引く。


 これは本当に命が吹き飛ぶかもしれない。


「にははー。別に怒っちゃいないよ。むしろまさみ以外が相手してくれて楽しかったし。志穂ちゃんもそんなに堅苦しくしないでよ~」

 通り過ぎる人々が、俺達に畏怖の視線を送っていたのはそのせいだったか、と納得していると、ユウリちゃんは俺に頭を上げるよう言ってくる。ほっと安堵と共に俺は視線を上げや否や、宮谷に再び押さえつけられる。適合率87%の本気の押さえつけは、相当イタイ。

「おい、宮谷。ユウリちゃんが頭を上げていいって」

「アナタは目上の方への礼儀がなってないから、そのままじっとしてなさい。後副会長かユウリ様と呼びなさい」

「別にユウリちゃん、でいいよ~」

 何とか視線を上げると、足をブランブランと揺らしているユウリちゃんは苦笑いしていた。

「それにしても、志穂ちゃんも隅に置けないよね~」

 ユウリちゃんが奥の雅美さんに視線を送る。全くです、と頷く雅美さん。

「な、何のことでしょうか……?」

 宮谷の押さえつけている手から、冷や汗が滲んでいるのを感じる。声が震えていることから、ユウリちゃんに相当怯えているようだ。

「あれだけ適合率0%の少年には、絶対に関わるなーっていう命令が出てたのにー」

「そ、それは!」

 俺を押さえつける宮谷の手にさらに力が入る。

 今現在一番理不尽な状況に立たされているが誰なのか、もう一度全員に吟味して欲しい。顔が潰れそうだ。

「全く志穂ちゃんったらー。ICDAの第一級指令を破ってまで、自分の彼氏を私達に見せびらかしたいなんてねー」

「それは全力で否定させて頂きます」

 からかうようなユウリちゃんに、さらに腕に力を入れる宮谷。本気で顔が潰れる。

「もー、志穂ちゃんは素直じゃないね。今だってそうやって愛しの彼氏を肌身離さぬように……」

「ぐええええ!!」

 ユウリちゃんの言葉を聞くや否や、宮谷が俺を蹴飛ばす。そして壁に頭を激突。本日何度目だろうか。

 俺が頭をさすっていると、苦笑いの雅美さんが助け船を出す。

「こーら、ユウリ。志穂をからかうのもその辺にしておきなさい。志穂もです。適合率0%の恭司さんをそんな乱暴に扱ったらダメじゃないですか。死んでしまいますよ」

 おお!俺は雅美さんが女神の如く思えた。美人で面倒見が良くて、その上優しくて他者への気配りもバッチリ。まさに理想の女性像だ。

 しかし、雅美さんは本当に一体何者なのだろうか。ICDAのトップ層を子供扱いしてるし。子供だけど。

 それなのに宮谷には敬語だし。

 俺も何で年下相手をさん付けで呼んでいるのだろう、と疑問に思っていると、宮谷が俺の傍に寄ってきた。そして倒れたままの俺の隣りにしゃがむと、ひそひそ声で話しかけてくる。

「アナタ、副会長に失礼なことしてないでしょうね」

「した覚えが有りすぎて困るくらいだ」

「なんてことなの……」

「どうしたよ?」

「バカ、副会長はコード査問会の最高議長でもあるのよ。つまり、今日私が報告した上層部の人は、副会長。アナタへの判決を決めるのも彼女。報告の時は何故かあっさりとICDAに加わるのを許してくれたけど、どうなることやら……」

「それは……」

 まずいなぁ、と心の中で俺。

 ユウリちゃんが俺の命を掌握しているという事実に多少の違和感を覚えつつも、もっとちゃんと接した方が良かったかもしれない、と激しく後悔する。

 そんな倒れたままの俺を見たユウリちゃんは、まるで俺の思考を読んだかの如く無邪気な笑顔を見せる。

「にははー。別に、恭司兄ちゃんにも志穂ちゃんにも酷い判決なんて出したりしないよ。二人の愛を妨害しちゃいけないしね」

 そんな物は存在しません、と真顔の宮谷。

「まあそんな訳だから、恭司お兄ちゃんもこれまで通りに接してくれていいからね~」

「分かった」

「分かるな!」

 再び宮谷に顔面を押しつけられる。本当に鼻が砕けそうだ。

 それより、と雅美さんが咳払いをする。

「志穂は、恭司さんに何か渡す物があるんじゃ?」

「……あ!」

 何か大事なことを思い出したのか、宮谷は押さえつけた俺の頭を解放すると、ポケットをまさぐる。そして、黒色のボールペンのような物を取り出すと、俺に差し出してきた。

「これは……イレイサー?」

 そう、と宮谷は頷く。

「副会長のご厚意のおかげで、ものすごーくあっさり仮登録が終わっちゃったから、アナタに渡しとくわ。本登録はまだだけどね」

 本登録?と俺はそのボールペンを受け取りながら聞き返した。

 宮谷に代わって、雅美さんが答える。

「仮登録状態っていうのは、まだ名前だとか、年齢だとか、生体番号だとか、その程度の情報しかイレイサーに含まれていない、ってことです。本登録というのは、実際にそのイレイサーを身につけた状態で、感情の波長などの、実際のデータを採ることで完了します。だからまだ仮登録の段階だと、イレイサーを使った記憶操作などはできません」

そうね、と宮谷は腕を組み、考える素振りを見せる。

「なるべく早い段階での本登録が望ましいし、このバカも早く能力が使えるに越したことはないわ。夕食後の運動も兼ねて、この後データ採集に、実行部の訓練フロアに行きましょうか」

 一人で勝手に今後の行動を決めつけた宮谷は俺の前を通り過ぎ、先ほどまで俺が座っていた席に無遠慮にも座る。同時に雅美さんが注文していた大量の一品料理を店員が運んできた。


 その後、大食いの宮谷によって俺の夕食がほとんど消え去ったことは、言うまでもない。

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