表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Fの軌跡  作者: ひこうき
Fの出会い 編
2/60

プロローグ(2)


 その後、俺から状況を知った教師が駆けつけて、事態は収束した。

 荒瀬の両親は、学校とも繋がりが深い組織のお偉いさんで、職を失うのが怖かったのか、教師は荒瀬に対して軽い注意しかしなかった。哲平の怪我は大杉というヤツよりもずっと酷く、体力測定後の午後の授業には参加せず、保健室で安息をとっていた。

 俺が保健室を寄った際、哲平は意外にも元気だった。顔にはいくつかのガーゼが張ってあり、笑う度に変に歪んだ。その様子を見て、俺も思わず笑った。

 そして現在、放課後。

 俺と哲平は、公共の飛行船に乗っての帰宅途中だった。

 飛行船といっても、10年前まで使われていた、ガスを入れて浮遊する飛行船ではない。空中で静止ができる飛行機とでも言ったらいいか。

 俺と哲平は、飛行船内の窓側に座り、黙りこくっていた。

 普通ならば、登下校の時間帯は混雑しそうなものだが、船内は閑散としており、俺と哲平を含めても数名しかいなかった。 

 窓の外は個人飛行船が忙しく行き来しており、沈みかけの夕日と相まって、都会らしい風景を映し出していた。

 沈黙が続く中、俺の前に座っていた哲平が口を開く。

「サンキューな。大杉逃がしてくれて」

「何改まってるんだよ」

 感謝される理由はない。むしろ俺が謝るべきなのだ。哲平を助けに入らなかったことを。

 俺が言葉をつまらせていると、哲平が俺の心境を察したように言った。

「別に気にスンナ。第一俺が勝手に起こした行動だし、お前は止めるよう忠告してたろ」

「まあな。飛び込んだお前が悪い」

「くっ、コイツ開き直りやがって!」

「教師を呼んだことも感謝してほしいな」

「孤独な生涯を送っていくお前の姿が浮かんだよ……」

 軽い談笑の最中、俺は哲平に一つの疑問を感じた。当然といえば当然の疑問であるが。

「なぁ、哲平」

「何?」

「お前、何であんなことした?」

 あんなこと、とはもちろん、今日の荒瀬の件だ。

 哲平が上を向く。

「恭司よ、俺が人助けしちゃダメなのか?」

「いや、そんなことは言ってない。ただ、とばっちりくらって負けるの知ってて、何で助けに入ったかなって」

 哲平は少し唸った後、開き直ったように言う。

「何でだろ?」

「おい」

 ハハハ、と軽笑の後に、哲平は明るい調子で言う。

「いやな、なんかああやって楽して得た力を振りかざしてるヤツ見てると、俺のオヤジやお袋を否定されたみたいでな。ついカッとなっちゃったんだよ」

しまった、と。哲平の話を聞いた後に、俺は激しく後悔した。

「わりぃ」

「気にスンナって」

 バカだった。何で忘れていたんだろう、と自分を責める。

 哲平の両親は、8年前に自殺をしていたのだった。

 哲平が小さかった頃に、両親二人で経営していた会社が倒産。当然例の薬の影響だ。それから数年後に投身自殺。

 哲平は明るい調子で続けた。

「だからさー、俺の親ってあれじゃん?割と努力家だったのよ。会社が潰れた後も、借金抱えても、元ライバル会社の平社員やりながら金貯めて、もう一度会社再建するんだって。無駄に一生懸命になってさー」

 哲平の言葉に、俺は黙って耳を傾ける。

「結局才能の壁を越えられなくて、その会社すらクビになってさ。で、橋の下でおだぶつよ」

 哲平が前から頭をのめりだして、笑顔で聞いてきた。

「俺の親、バカみたいだろ?」

「そんなことねーよ」

 俺は一応、否定する。

「うそつけ。怒んねーから、本当のこと言ってみろよ」

「・・・・・・まあな。バカみたいだ」

「ん」

「お前の両親、バカだよ」

 哲平は笑顔のままだ。

 俺は哲平から視線を逸らすと、窓の外を眺めながら吐き出すように言う。

「だって、勝てもしないものに抗おうとするなんてバカじゃないか。それで、一番大切な命捨てて、息子に借金残して、ホント何がしたかったのか分かんないな。まあ、生き方なんて人それぞれだから、否定はしないけど。けどな、俺に言わせればバカだね。大バカだ」

 お前らしいな、と哲平は笑顔を見せた後、前向きに座り直す。

「俺も、オヤジとお袋はバカだったと思うよ。けど、間違っていたとは思えない。だって、この世に絶対なんてものは存在しないじゃないか。そりゃ、この薬の壁を超えられる可能性なんてほぼ0に等しいけど、それでも抗い続けた俺の両親はスゲェと思うよ」

「借金背負わされて、辛いバイトの毎日を送っていてもか?」

 哲平は、迷いのない声色で返してくる。

「ああ。俺のオヤジとお袋は、尊敬に値するってな。だから、俺も『諦め』ない。荒瀬にだって、いつかはケンカで勝ってやろうと思ってるし、適合率なんて関係ないね」

 俺は少し考え込む。そして浮かんだ疑問を哲平に投げかける。

「お前、大杉を助けようとしたのは初めてか?」

「んにゃ?何でそんなこと聞くんだ?」

「いや、お前のバカ具合を測定するため」

「助けに入った数なんて、もう数え切れないな」

 高一の頃から、時々キズを作って帰ってきたのはそのためだったか、と納得する。と同時に呆れつつも、笑みをこぼす。

「お前は大バカだよ。いや、大バカ超えて超大バカだ」

「おう。最高の誉め言葉だ」

 しばらくお互いに苦笑していたが、ため息で一区切り付けて、俺から切り出す。

「まーでも、俺はお前みたいにはなれないな。能力が低いからって、自分から無茶なことに挑戦しようとは思わない。抗う辛さは知らなくても、負けることは、その行動が無意味なのは知っているからな」

 それでいいだろ、と哲平は優しげに呟く。

「俺とお前は正反対の人間なんだよ、恭司。俺は、抗うことの辛さを知っていても抗う。お前は、抗うことの辛さを知らないが抗わない。俺はバカでお前は利口だ。俺の方が高適合者だけどな」

 うっせ、と俺は投げやりに返す。

 自分で言うのも何だが、俺自身、俺は低適合者の中でもかなり利口な方だと思う。

 過去に栄光を手にしていた大人と同じで、低適合者の現代学生は、足掻けば何とかなると思い上がりやすい。

 過去に一度成功しているから、その時以上に努力すればなんとかなる。

 そういう思考で足掻く大人に対して、考査などの他者と競う場を無くした俺達には、本格的な敗北と失敗を喫するような機会があまり無い。

 だから、無駄だともしらずに才能の壁に挑戦する。

 そして、足掻いて足掻いて足掻いては、不変の現実を思い知らされる。

 結局最後は『諦める』。哲平の両親のような大人になるのを未然に防いでいる点では、彼らには有益な挑戦かもしれないが。


 だけど、俺は違う。


 その挑戦が自身にとって無益であることを理解している。なぜなら俺は常に正しく現実を知り、それを受け入れているから。

 哲平の両親のような大人にはなり得ない、なれないから。

 これからの時代では必要ないと判断された上で廃止された、考査やテストがいい証拠だ。こういうものが、努力が無価値だという現実を俺に正確に教えてくれる。

 

 だから、挑戦しない、抗わない、失敗しない。

 

 過去も今もこれからも。

 勝ち目が無く成功率が低いと断定できた物事には挑戦せず、もっとも確実で安定した道を選ぶ。これほど利口な低適合者が他にいるだろうか。


 その点、俺に言わせれば哲平はバカの極みだ。


 コイツは他の低適合者と違って、挑戦の無意味さを知っている。抗うことの辛さを理解している。結局は無駄骨に終わることを確信している。

 なのに、挑戦する。抗う。失敗する。そして何度も挑戦する。

 荒瀬の件がいい例だ。負けても負けても何度も挑戦する。

 本当に哲平は、バカだ。

 俺がそんなことを考えていると、哲平が再び身を乗り出してきた。

「なぁ、恭司。俺前から気になってんだけどよ」

 少し躊躇うような素振りを挟んでから、哲平は俺に聞いてくる。

「お前、何でそんな『諦め』グセがついたんだ?」

 俺は少しだけ、頭を揺さぶられた気分だった。一度軽いため息をついてから、自分の目頭を摘む。

「わりぃ、聞いちゃいけないことだったか?」

 哲平が苦笑いで聞いてくる。俺が泣くほど悲惨な境遇でも歩んできたと思っているのだろうか、コイツは。強ち間違いでも無かったが。

「孤児だったんだよ、俺」

「・・・・・・は?」

 哲平が目を丸くする。

「政府の育児施設に引き取られる、えーと・・・・・・7歳までだったかな。それまでは、路上での生活だよ。物心ついた頃には、途上国の路地にいたんだ。まあ、生き残る為には、色々妥協しなきゃいけないことがあってな。親がいなかったから、俺自身で出した結論。生き残るには『諦め』が肝心。大人の連中相手に食料奪おうとしても、どうせ力で負けて、無駄なエネルギー使うだけだし。黙って食料を恵んでもらうのを待つか、動けるだけ元気だったら自分で探すか。『諦め』ぐせがついたのは、そのせいかな」

 哲平はまだ目を丸くしている。数秒フリーズした後、慌てた様子で再起動。

「ばっ、お前何でそんな重要なこと言わなかったんだよ」

「進んで言う話題でも無いだろ?周りに変に気味悪がられるのも嫌だったしな」

 数回の瞬きの後、はっー、と哲平がため息。

「お前がそんな壮絶な人生を送っていたなんてなー」

 哲平に遠い目で見られる。気持ち悪い。

「なんだよ」

「いや、恭司君に対する感情が180度変わったな、と」

「気持ち悪いこと言うな、俺にそんな趣味は無い」

「ちげーよ。同情してるだけだよ」

「してもらわなくて結構」

 ん?と哲平が首を傾げる。

「さっきお前、物心ついた時には途上国にいたって言ってたよな。じゃあ何でお前日本にいんの?」

「別に。俺を引き取ってくれた施設が日本にあったんだよ。施設の人が偶然途上国に来ていて、路上で倒れている俺を含めた子供達を引き取ってくれたってワケ。支倉は施設長の名字だし、恭司だって施設のお姉さんにつけられた。顔立ちはアジア系だけど、俺は何処の国出身か未だに分からないしな」

 いつの間にか、船内は俺と哲平だけになっていた。夕日も大分沈み、空は少しずつ闇に飲まれていく。深い沈黙の中、飛行船の駆動音だけが聞こえていた。

 俺の話を聞いた哲平は、そっか、と軽く呟くと、完全に沈黙した。俺の前席に座り直し、こちらからはその表情を伺えない。

 両者の間を沈黙が包む。

 その耐え難い雰囲気に、俺は思わず席を立った。哲平がどうした、と尋ねてくる。

「いや、今日バイトのシフト入れてるの忘れててな。先に寮に戻っといてくれ」

 嘘だった。その場の空気に耐えきれずのとっさの小嘘。

 

 高校に入った際、俺は育児施設を出た。

 規定では、18歳までは施設に残っていてもいいことになっていたが、俺の同期は既に全員施設を出ていたので、俺一人が施設で温々お世話になるのは我慢ならなかったからだ。

 現在住むべき家が無い俺と哲平は、学校の持つ学生寮に住んでいる。

 入寮者の多くは、実家が遠いとの理由だが、10年前に比べ交通手段が著しく発達した現在では、よほど遠くからの生徒でない限り、寮というものは利用しない。つまり、寮を利用している人はもの凄く少ない。

「バイトって、ああ、あの安時給の工場か」

 哲平は手を叩くと、思い出したように言った。俺は若干バカにされているようで、投げやりに応答する。

「悪かったな、才能がない俺には、能力が関係ないあのバイトが合ってるんだよ」

 俺も哲平も、国からの生活補助金は貰っている。ただ、欲望旺盛な高校生にはその金額は少々頼りないのだ。俺は箱詰め工場で、哲平は引っ越し業者。二人とも週の大半はバイトで埋め尽くされている。

 俺の言葉に対し、少し考えるような素振りを見せた後、哲平は笑顔で答える。

「ん。分かった。じゃあな」

「おう」


 普段通りの、何気ない会話。


 特に意味のない、ただの挨拶。


 それが、俺が聞いた哲平の最後の言葉であり、俺の非日常の始まりを告げるものだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ