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Fの軌跡  作者: ひこうき
Fの覚醒 編
19/60

兆候

「何だ……?今の夢……」

 目が覚めたとき、部屋の奥に飾られている時計は夜7時を指していた。

 それを視界に捉えた俺は慌てて起き上がる。しかしその勢いからか、傷口に鋭い痛みが走った。

 どうやらあれから、俺は眠ってしまったようだ。その事実に俺は多少の後悔を含んだため息を漏らした後、ゆっくりとソファから立ち上がる。

 部屋には俺一人しかおらず、閑散とした中でアナログ時計の秒針の音だけが響いていた。

「宮谷達との約束の時間まで、あと1時間くらいか」

 そう呟いた俺は、乱暴に頭を掻く。そして、今から自分が起こすべき行動について考える。

 別にこのまま宮谷達を待っていてもいいが、俺はとりあえず宮谷達の言葉に従って、施設内を見て回ることにした。

 テーブルに置いてあるケータイをポケットに突っ込み、学校から指定された茶色の鞄を手に持って、宮谷から貰ったカードを確認してから部屋を出る。

 昼間には点いていた264フロアの照明が消えており、円形の廊下は真っ暗だった。

 俺は近くに見えた緑色に発光するパネルに触れ、廊下の明るさを取り戻した後、再び264フロアを見渡す。

 俺が出てきた264―2号室以外に、このフロアに4つの部屋がある。宮谷曰く、ここは実行部の高ポストに与えられる特別室だそうで。

 これからICDAに入るのだから、挨拶でもしておいた方がいいのだろうか、と一瞬迷うが、高ポスト相手だと思うとすぐに諦める。それに今部屋にいるとも限らない。

 そのまま足を進め、出てすぐ目の前にあるエレベータに乗り込むと、宮谷から貰ったカードをパネルに押し当てた。

 途端にエレベータがガコンッという乾いた音を発し、パネル上に0から9までの数字が表示される。俺がICDAの準一員であることが確認されたため、フロートシステムが起動したようだ。

「さてと、何処に行こうかな……」

 一応宮谷から施設の構造は教わっていたが、今では完全に忘れている。記憶力の無い自分に落胆しつつ、どうしたものか、と唸る。

「ん?」

 パネル上に表記された0から9までの数字の横に、Iという文字が浮かび上がっているのを視界に捉える。

 Information、施設内情報のことだろうか、という勝手な憶測から、俺はその文字に指を触れた。

 突如、目前のエレベータのドアが白色に変化する。そして、その上から次々と施設内構造について触れた画像が描かれていった。

 どうやらこのエレベータのドアは、宮谷の部屋壁のように、映像を映し出せる特殊なパネルになっているらしい。

 俺はそれを舐めるように眺める。

「え~と、2フロアから10フロアまでが監禁所……」

 絶対に行くものか、と心の中で誓う。指で壁を押しつつ、円形の柱を上にスライド。特に優先すべき場所は無い。

「まあ、まずは順に下のフロアからだよな」

 時間が無い為、全フロアを見て回るのは難しいかもしれないと感じつつ、俺は1が表記されたパネルを2回押す。エレベータに搭載されたフロートエンジンが始動し、俺を乗せた巨大なカゴは11フロア目がけて急降下を開始した。

 フロートシステムを無視するかの如く揺れまくるカゴに目眩を感じつつ、数秒もするとエレベータはその動きを止めた。そして、静かにドアを開く。俺は11フロアに出て、その光景を見渡した。

「うぉ」

 

 目の前の光景を捉えた俺は、思わず驚きの声を上げる。


 俺が乗ってきたエレベータを中心として、半径100メートルはあろうか11フロアを満遍なく使用した、超広大な空間が広がっていた。

 ハイスペックと思われるデバイスの輪が何輪も広がっており、白色の波模様を描いている。合計で500機は下らないだろう。

 俺が今いる太い柱がもっとも高い位置に存在し、奥に行くにつれて高さが低くなっていた。

 11フロアをぐるっと囲む円形の巨壁は、全て巨大なパネルとなっており、世界地図と共に数々の情報がポップアップされ、忙しく更新されている。

 視線を上に向けると遥上に薄黒い天井が見え、この11フロアが巨大なドーム状になっていることが分かった。

 放射状に伸びた数十本の通路を白衣を着た人々が行き交い、あちこちから電話の鳴り響く音が聞こえる。10代後半に思われる女性もいれば、科学者らしく60代後半の白髪のオジサンまでいる。四方を音源とする騒音で、俺の驚きの声も掻き消される。

「こ、これは場違いな所に来ちゃったなぁ……」

 この11フロアにいる、ICDAの研究部と思われる人々は、皆波紋の如く配置されたデバイスに面向かい、忙しそうに手を動かしているか、資料片手に通路を駆けているか。手前のモニターからは、何やら原子構造の配列のような物が伺え、一層俺がこの場に相応しく無いように思えた。

「うん、このフロアは俺にはダメだ」

 そう呟いた俺の言葉も、ざわめきにしっかりと掻き消され、エレベータに戻るべく後ろを振り向くが。

「ちょっと、君」

「は、はい!?」

 後ろから誰かに力強い声で呼ばれた。方角からして、対象は俺で間違いない。教師にイタズラがバレた小学生の如く背筋を伸ばす。

 ゆっくりと後ろを振り向くと、そこにはスーツの上に白衣を着た、30代前半と思われる男性が立っていた。

 そして笑顔の男は、ゆっくりと俺に近づいてくる。

「君。ちょっと僕の研究室までの荷物運び、手伝ってくれないかな?」

 そう言った男性は、11フロアの一角を指差す。溢れんばかりのダンボールが、俺の視界一杯に飛び込んできた。

「あ、いえ。僕ICDAの一員では無いんで。後急いでるんで」

 決して嘘は言っていない。

「いやいや、そのカードは何?それを持っているってことは、ICDAの準一員ってことでしょ?」

 男は俺の右手に握られたカードを指刺し、怪訝そうな視線を向けてくる。

「えっと、でもそれが……?」

「ICDAでは、準一員は正式な一員になるまで雑用係のようなものなんだよ。普通はみんな雑用を嫌がって、そのカードを持たないけどね」

「……」

 後で死ぬほど口座の金を使ってやる!と俺は宮谷に対して復讐を誓いながら、男に引っ張られるがままにダンボールの山までご案内される。

「さぁ、持って持って」

 男に急かされ、俺は渋々手前のダンボールを一つ持つ。中身が何なのかは知らないが、大分重いことから固形物だろう、と推測していると。

「うわああああああああああああああ!!!」

 

 俺が持っているダンボールの上に、さらに3つのダンボールが載せられた。

 

 そのままダンボールをほおり投げ、前に倒れる。腰から嫌な音がしたと同時に傷口に鋭い痛みが走り、情けない声を上げてしまう。

「君、力無いねぇ」

「ほっといてください」

 背中をさすりつつ、俺は落ちたダンボールを一つだけ持ち上げる。

「あれ?」

 ふと、そう呟いた男は俺の顔をのぞき込む。

「君はどっかで……まさかねぇ」

 まあいいか、と男性は唸った後、4つのダンボールを手に大型パネルの方へと向かった。

「あれ?エレベータ使わないんですか?」

 後を追いかける俺に、男は背を向けたまま言う。

「何を言ってるんだ。男の荷物運びならやっぱり階段でしょ」

「何で階段なんてローテクな移動手段が、ICDA本部に存在しているんですか」

 今時寂れた小学校すらエレベータが当たり前なのに。

 俺のグチを兼ねた質問に、男は短くため息。

「ICDAのメンバーは皆、一般人からすれば超高適合者だろう?研究部は特に体を動かさないしね。運動も兼ねて、非常用の階段が多々使用されているのさ」

 それはもう非常用じゃないな、と心の内にツッコミを押さえて、俺は頷く。

 忙しく行き交う人々を避けながら、黙々と歩く男性についていく。嫌な予感を感じつつ、俺は前の男に聞く。

「あの、因みにこれらの荷物は何フロアまで……?」

「87フロア」

「あっ、僕もう一つ急用が出来たんで」

「待ちなさい」

 回れ右してすぐに男に背中を掴まれる。振り返った俺の視線の先では、10㎏はあろうダンボールを、男は片手に4つ持っていた。尚かつ平然とした表情である。それなりの高適合者なのだろうか。

 再び回れ右した俺は、渋々男についていった。液晶パネルの下に白地のドアがあり、男は器用に肘で開けると、中からは気が滅入りそうな螺旋状の階段が伺えた。しかも見た感じから、フロアを一周するように続いている。1フロア上るだけでも相当骨が折れそうだ。

 男はそのまま前進し、階段の一段目に足を付ける。俺も慌てて上り始めた。

「ほら。頑張って頑張って」

 そんな言葉を何度も反復で聞かされながら、必死に階段を上る。とにかく上る。途中何度も白衣の人々とすれ違う。

 超高適合者の彼らにはいい体操のようなものなのだろうか。道理でメインであるはずのエレベータが寂れてるわけだ、と納得しつつ、足に力を入れる。ダンボール一つの俺が息を荒くしているのに、4つも持った目の前の男性は少しも呼吸を乱していない。

「ちょ、ちょっと待ってください……」

 しばらく上ってから、あまりの重労働に俺は弱音を吐きつつその場に止まる。

 隣で光っているフロア表示のパネルは、現在43フロアであることを示しており、多少の達成感を俺に与える。

 が、数段上にいた男性はそんな俺を見てから、呆れを含んだため息を漏らした。

「はぁ。君は一体、どうしてそんなに力が無いんだい?ICDAに入るってことは、最低でも適合率が65%以上、てことだよね?だったら、もっとサクサクと……」

「あ、俺適合率0%ですよ」

 俺の言葉を聞いた瞬間、男は階段から足を滑らせ、盛大にダンボールを散らした。そのまま転げ落ちる。

「え、えーと……」

 意外というか、さっきの宮谷の件から、案外予想通りだったというか。

 取り敢えず俺はダンボールを置いて、男の元へと駆けつけた。頭をさすっていた男は俺を視界に捉えると、一気に後ずさりする。

「き、ききききききみきみ!きみ!君だったのか!」

 え?と俺は呟くが、男は気にする様子無く続ける。

「何でだ、まさかもう許可が下りたのかいやしかし、そのような連絡はまだ……」

 男はその場にしばらく座り込んだままで、ブツブツと謎の言葉を呟く。

 数秒した後、はっ、と俺の存在を再認識。咳払いをしてお尻をはたきつつ、その場に立ち上がる。

「いや、申し訳なかった。予想外の事態でね。取り乱したところを見せてお恥ずかしい」

「え?いや、別に」

 でも、と俺が短く区切る。上に戻り、置いたダンボールを持ち上げつつ質問する。

「どうしてそんな驚くんですか。別に俺が0%なのは、新発見でも何でもないでしょ?」

 宮谷や浦田さんの慌てっぷりも、少々気に掛かっていた。

 モールドの摂取を受けた当時は、人類初の適合率0%者としてマスコミに引っ張りだこだったらしいが、今ではその騒ぎの名残は跡形もない。単なる落ちこぼれとして、小さなエリアで静かな生活を送っていたはず。

 俺という人間は珍しいかもしれないが、驚くほどではあるまい。

 男は俺に近づくと、周囲に人がいないことを確認してから耳打ちする。


「実はね。上層部から、適合率0%の少年には絶対に関わるな、ていう第一級の指令が下されているんだよ。ICDA設立当初から」


「……え?」

 ICDAから、俺に関わるな、という絶対の指令。俺は、男の言葉に何かが揺さぶられたのを感じる。

 一体どういうことなのか。

 男が何を言っているのか、俺には理解できなかった。

 当然だ。俺は生まれてこの方、ICDAという極秘組織に関わったことは無い。少なくとも俺の記憶の範囲では。

 だが、当のICDAは俺に対して何かしらの対応をしてきていた。俺が言葉を飲み込めないのも、理解に苦しくはないだろう。

 慌てて大きな声で聞き返そうとするが、男に静かにするよう視線を向けられる。

 俺は潜めた声で、されどハッキリとした声色で聞いた。

「ど、どういうことですか……?ICDAが俺に関わるな、って」

「さぁ……?僕も分からないよ。ただ、もしその少年に少しでも関わるようなことがあれば……上層部は即刻処罰を下すとのことだよ」

 もしも俺に関われば、その場で即座に処罰。

 男の言葉を頭の中で何度か反復して、ようやく宮谷達の慌てた理由を理解した。

 しかし、一体何故。

 俺が世界で唯一、適合率が0%だから?

 いや、確実にそれが理由の一端であることに疑いは無い。なぜならばそれこそが俺の唯一の特異性であり、先ほどの宮谷の説明からしても、この点を前提に見れば俺が他者とは違う存在であることは明らかだからだ。

 では、どうして適合率が0%なのか。

 幾度となく、俺はこの疑問を解決してこようとした。

 しかし今まではその疑問に対し、『そういうものだから』と無理矢理納得したフリをしてきた。

 ICDAが、メンバーに俺に関わらせたくない理由がある。ならば、この解答には疑念が残る。


 何か、適合率0%という事には、重大な意味が潜んでいるのだろうか。


「ちょっと、聞いてもいいかい?」

「……っ?」

 俺はしばらくの間、自身の事に関する思考に没頭していた。男の声によって、現実に引き戻される。

「どうして君は、このICDAに入ることになったんだい?」

 周囲に注意を払いながら、男が聞いてくる。

「いや、今日『青』使用者との戦闘を目撃してしまって、そのままズルズルと……」

「なるほどね。イレイサーの影響を受けないから、記憶を改竄されなかったのか」

 男が静かに頷いた後、真顔で俺に忠告をした。

「少年、悪いことは言わない。これ以上施設内を動き回らない方がいい。変に他のメンバーに知られると、後々面倒だからね。それから、下手に逃げようとはしないほうがいい。無謀な上に、余計にリスクが増すから」

 男はそう忠告すると、器用に俺からダンボールを奪い、そそくさと計5つを持って俺の前から消えた。

 先ほどまではあれほど執拗に手伝いを迫っていたのに、俺がその刑罰対象と知るや否や即座に消え失せた。やはり、俺の身に何か重大な意味があるのだろうか。

 まあいいや、と俺が再び動こうとしたとき。


「―――――がっ!?」


 突如の頭の奥に、鋭い痛み。


 一瞬の、まるで頭から足下まで駆け抜けるような激痛に、俺はふらついた。

 螺旋階段の手摺りに縋るように倒れ込む。


 視界がぼやける。目先が霞む。そうして目蓋の奥に広がった、その先に。


 静かに佇む、一人の少年の影。


 そう、夢で見た。あの少年。

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