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Fの軌跡  作者: ひこうき
Fの軌跡 編 (前)
17/60

決意、そして疑念

「志穂君の話からすると、そうだね。これが、君が知りたかった『青』だ」




「!」

 青。

 今回の事件の鍵。

 先ほどからこの存在を気に掛けていた俺は、思わず生唾を飲込む。

「その『青』って、何なんですか?」

「これもね、モールドの一種なんだ。けど、その効果は僕達が使用している物とは次元が違う」

浦田さんは少しだけ考える素振りを見せたが、いい言葉が見つかったのか顔を明るくする。

「そうだね、分かりやすく説明すると、これはクラージェからの情報を吸収するんじゃない。回収するんだ」

「回収?」

 一体どういうことだろうか。吸収と回収の違い。

「本来、君達が知っているモールド『黄』は、地面、大気、光、これらの地球の事象に含まれるクラージェが発信した『潜在能力を引き出せ』という情報に体が触れた際に、この情報を吸収していた。つまり、体に触れていないクラージェの情報は吸収できないよね」

 だけど、と浦田さんは短く区切る。

「この『青』は違う。触れた情報だけでなく、使用者の半径3㎞のクラージェの情報を、可能な限り掻き集めるんだ。しかもそれは、半永久的に続けられる。まさに回収だろう?」

「え、ちょっ、ちょっと待ってください!」

 気になったところがあったので、浦田さんの言葉に割り込む。

「あの、それはいいんですけど、でも回収したところでどうせ無意識の内にその情報は削られるんじゃ……?確か人間には、無意識の内に余分な情報を掃き出すフィルターのような物が存在しているんですよね?だから、半睡眠状態のFコードから流される2つの情報の内の『原子構造の組み替え』を完全に排除して、もう一つの『潜在能力を引き出す』を、モールドを使って少しずつ溜め込んでいると。それでも大部分は削られてしまう、って言ってたじゃないですか」

 俺の意見に、浦田さんは首を横に振る。

「違うんだ。この『青』にはもう一つ効果があってね、その効果とは、使用者に存在する無意識の情報処理能力、つまりフィルターの効果を、極限まで低下させること」

「……!」

 今までは、クラージェからの情報は体内で削られるから、モールドという受信機を使用して体内に蓄積させていた。

 けど、それでも少しずつ。何故なら、無意識の情報処理で大部分が消されていたから。


 だがしかし、仮にそのリミットが無くなったら。


「そう、分かったみたいだね」

 俺の思考を読んだかの如く、浦田さんは頷く。

「無意識下でフィルターが作動せず、当然意識下での情報処理などできやしない。そんな状態で、クラージェの莫大な情報が『回収』されて、一気に体内に入ってきたらどうなるかな。志穂君ら高適合者を遥に超える力を手に入れる代わりに、感情を一気に浪費し、そして……」


「Fコードの命令に抗う全ての手段を失って、47年後の人類の姿になる……」


 俺の言葉に、浦田さんと宮谷が同時に頷く。

「分かったかしら、支倉恭司。今日アナタが見たあの大杉が、人類の最終的な姿形よ」

 大杉。

 全身の皮膚が真っ黒に硬質化し、髪が一気に伸びて赤色へと変化。高適合者の宮谷の力を圧倒し、野獣の如く破壊行動を繰り返す。

「そう、最早人間ではない。フィルターが消え去るから、『原子構造の組み替え』によって肉体のほとんどが再構築され、感情も無く、ただクラージェの発信する情報のみに従う操り人形」

 俺はゴクリッ、と唾を飲込む。背中に嫌な汗が伝った。

「『青』には三段階あってね。まず第一段階として、摂取直後から体に力がみなぎる。これは能力のリミットを外した際の反動だと思って貰っていい。そして摂取してから10分後、第二段階へと突入」

 宮谷が説明を代わる。

「第二段階は、恐らく3段階の中で一番力が発揮できる段階よ。信じられない程の速度で感情を失う代わりに、そうね、私の数倍の力は発揮できるわ」

 適合率87%の宮谷の数倍の力。

 ただの蹴りで人を数十メートル吹き飛ばしたあの力の上をいく。とても想像出来ない。

「そして、第二段階に突入してから5分後には、最終段階へと移行する。感情を完全に失い、Fコード、クラージェの忠実な操り人形になるわ。この最終段階は最早恐ろしいの段階を超えている」

 宮谷は指を立てる。

「さて、ここで問題。最終段階になると感情を全て失っているから、感情から能力への加算が無くなる。では、大杉はどうしてあんな化物じみた力を発揮できた?」

「それは……」

 確かに大杉は化物に姿を変えてからも、尋常でない力を発揮していた。しかし、感情を失っている状態で一体どうやって?

 迷った様子の俺に満足したようで、宮谷は口元を少しだけ緩める。

「簡単よ。感情の代わりに、もっと具体的な物を情報に変換して、能力に加算すればいいのよ」

「……何を?」

 宮谷が指を数える。

「骨とか、血とか、肉とか、内臓とか、脳とか。つまり、感情の次は、人間の肉体」

「……おいおい」

 宮谷の言いたいことは、世界一知能が低い俺にも良く分かる。

「別にあのままほっといても、大杉は自身の肉体すら失って消えて無くなっていたわ。

 最終段階、47年後の人類は、感情を失うと同時に無意識下でのフィルターを失う。そして『原子構造の組み替え』指令を受信するようになり、改造生物のように己の体を変えてしまう。他者を殺戮し尽くすまで互いに殺し合い、最終的には自身の身を滅ぼす。この地球に沸いた人類を一掃するには的確な命令よね」

 鳥肌と共に、俺に一つの疑問が浮かんだ。

「なぁ、大杉のヤツ、右腕を剣みたいに変形させてたんだけど、あれはどうやっって?」

 さっきも言ったでしょ、と宮谷は言葉を繋ぐ。

「『青』を使用すると、無意識下で作動しているフィルターが消えるから、クラージェからの情報を鵜呑みに出来る。大杉は自身の腕を剣に変化させて、荒瀬の右腕を切断した。私に対抗する武器とした。改造生物と一緒よ。クラージェからの『原子構造の組み替え』という情報の元、肉体を変化させたの」

 なるほど、と俺は納得すると同時に、怪訝な視線を宮谷に送る。

「待てよ、そんなに青について詳しく知っているってことは、ICDAが『青』を開発して……?」

 まさか、と浦田さんが肩をすくめる。

「恭司君。僕達が『青』を開発した所で、一体何のメリットがあると言うんだい?ICDAの存在目的を否定するような物じゃないか」

「それじゃ、一体誰が?」

 俺の言葉に、浦田さんと宮谷は視線を合わせる。

「さぁ、今の所は分からないわ。本当に分からないの」

「ここ最近、そうだね。2週間くらい前かな。その頃突然、裏社会に『青』が出現したんだ。それは瞬く間に広がっていき、今では志穂君の学校の生徒のような、関係無い一般人までもが入手している。そして志穂君ら実行部は、その『青』服用者の処理に追われている」

 宮谷が代わりに続ける。

「これだけは分かるわ。『青』の配布者は、Fコード、クラージェを把握している。そして、私を遥に超えるであろう、信じられない程の高適合者の持ち主」

 なんで?と俺の質問に対して、宮谷は続ける。

「だってそうでしょ?適合率75%越えの天才集団である研究部のトップ層が、何年掛かっても解明できなかったシステムを、容易く創り上げたのよ。人間の無意識下のフィルターを取り除くということを。本当にただ者じゃないわ」

 宮谷の言葉に、俺は少し唸る。

「じゃあさ、その『青』を開発した人は、元ICDAの一員なんじゃないの?だって、Fコードについて知っているんだろ?」

 俺の言葉に、浦田さんがため息を漏らす。

「いや、僕達も最初はそう思って、ここ2週間は内部捜査もしていたんだ。でも、特に裏切り者のような人物は見あたらないんだよ、残念ながら」

 浦田さんの情報をきっかけに、しばしの沈黙が流れる。

 耐えかねた俺は、未だ壁に持たれている浦田さんに質問を投げかける。

「あの、その『青』にも、解除薬があるんですよね?確か、宮谷が『緑』とかって言っていたような」

 うん、と浦田さんが小さく頷く。

「『緑』は僕達研究部が、実行部が入手した『青』の解析の元、一週間前に開発した新薬。その仕組みは、体内の『青』の検索と消去」

 浦田さんは続ける。

「でも、実際はあんまり役立ってないんだよね」

「え?どうしてですか?」

 苦笑する浦田さんに、宮谷も苦笑いを浮かべる。そして、浦田さんに代わり解説を始めた。

「この『緑』はね、第二段階までの人しか救えないの。最終段階に突入した人に摂取させても、既に感情を失っているから意味無いのよね。それと、いい?支倉恭司。この『青』を服用する人間の大半が、人生に絶望している低適合者なのよ。そんな彼らが、やっと手に入れた力を簡単に捨てると思う?」

「それは……」

 絶対無いな、と心の中で俺。麻薬みたいな物だろうか。

 恐らく現実主義者の俺でも、一度服用してしまえば止められなくなるだろう。今日の大杉がいい例だ。

「『青』使用者の取り締まりで追われてる中、気分転換兼ねて学校に来たら、大杉ってヤツが『青』を使用しているのを発見。そして本部に始末の許可を取ってから……。今日の一連の出来事については分かってくれたわね」


 一通り話し終えた宮谷は、フゥ、と小さなため息を漏らしつつ、俺に聞いた。

「長かったわね。これで、私達からの大体の話は終わりよ。次はアナタについて」

 俺は思わず背筋を伸ばす。宮谷は再び身を乗り出し、テーブルのパネルを弄りながら聞いてくる。

「今までの話を聞いて、アナタが記憶を書き換えられなかった原因に心当たりは?」

 思わず口籠もる。

 何か考えは無いかと、浦田さんの方を向くが、当人は無表情のままだ。

 助け船は無いと悟った俺は、暫く考えた後に、一つの原因らしき物に思い当たった。

「あ、そうだ。イレイサーって、つまり結果的にはモールドに働きかけて『○○の記憶を忘れろ』っていう情報を送ってるんだよな」

「そうね」

 宮谷はパネルを操作しながら頷く。

「じゃあ、モールドが無いに等しければ、イレイサーでは記憶を改竄出来ないわけだ」

「だから、それがどうしたの?」


「あのさ、俺、モールドの適合率0%なんだけど」

 

 ズルッ。

 

 俺の言葉を聞いたと同時に、宮谷は足を滑らせテーブルに激突した。ゴンッ、という鈍い音が発せられる。

「はっ……?」

 俺は驚きから声を上げる。

 イタタ、と頭をさする宮谷が、ゆっくりと視線を俺に向けた。

「あ、アナタが、世界でたった一人の、適合率0%の人!?」

「い、いや、そうだけど……」

 それがどうしたんだ?と俺は心の中で呟く。

 そんな俺達二人のやりとりを端から見ていた浦田さんは、短いため息をつく。

「なるほどね。イレイサーはモールドに干渉する。そのモールドが無いも同然の恭司君に、イレイサーが効くはずも無いか。道理で記憶がそのままのワケだ」

 そして頭を押さえた浦田さんは、納得したように呟く。

「どっかで見た顔だとは思ってたんだが、まさか彼が世界で一人の『例外』だったとはね。あれだけ入学先のことは調べておけって上層部に言われていたのに。僕は知らないよ~」

「す、すいません……。まさかその当人があの学校にいるとは思えなくて」

「どうするんだい、これから。この事は上層部に報告を?」

「い、いえ。とりあえず雅美に相談してから……」

 俺を除け者にして、二人の間で何かやりとりがされている。

「あ、あの~」

 俺の存在を忘れていたのか、突然の声に反応した二人が一斉に俺の方に振り向く。

「あ、あの。何か問題が……?」

 恐る恐る聞く俺に対し、宮谷の首が全力で横に振られる。

「大丈夫大丈夫!全然問題ないないない」

「とてもそのようには見えないんですけど」

 俺の返答に、誤魔化すためか、何かを思い出したのか、宮谷が大きな声を上げる。

「そうそう!聞くの忘れてた!な、何か、ICDAのことで質問は?」

「いや、いきなり振られても」

 少々不安は残るが、どうやらこの二人は現状について教えてくれそうも無かったので、俺はすぐに諦める。

 少しだけ唸って、脳内から疑問を振り絞る。最初に出てきた疑問を口にした。

「そういえばさ、ICDAの人員は、みんな何処から来てるの?雇われたりしてるの?」

 俺の質問に、目を丸くする宮谷。

 浦田さんが説明を入れる。

「モールドを摂取した時点で適合率が65%を越えた者全員が、ICDAに強制連行されるんだ。例え、摂取したばかりの新生児でもね。と言っても、65%を越える人なんて、全人口の0.001%だから、本当に少数の人間だ。僕も最初にモールドを摂取した時は驚いたよ。測定結果が出るのを待ってたら、いきなり黒尽くめの人達に連行されるんだから」

 ソファに座り直した宮谷が口を開く。

「私の場合は、組織が設立された直後からICDAに入っていたわ。父親がICDAのトップだし」

 父親、の部分で宮谷の表情が少し曇った。

 宮谷は続ける。

「大抵の人は、ICDAが設立された時に政府によって掻き集められたの。その平均適合率は71%。そして、参加の意思がある者は組織に入り、無い者はこの世から消された」

 

 今度は俺がテーブルに顔をぶつける番だった。


「け、けけけけ消された!?」

 そう、と曇ったままの宮谷が頷く。

「この世界の秘密を知ってしまったから。記憶を消したとしても、能力が高いまま外の世界に放ってしまったら騒ぎになるから、確実に世間に知られないようにするにはそれしか無かったの」

 宮谷は一拍置く。そして、隣りの浦田さんと視線を合わせた。

「じゃあ、もう質問は無い?私達の話、世界の真実は理解してくれたかしら?」

「まあ、大体はな。理解はしたけど、納得はしていない」

「それで十分」

 俺の言葉に、宮谷の表情の真剣味が増す。そして、息を大きく吸ってから俺に聞いた。


「支倉恭司。アナタは、私達ICDAに参加する意志がある?」


 今後聞かれるとは分かってはいたものの、それでも俺は心臓を鷲掴みにされた気分だった。

 落ち着いて深呼吸を行ってから、声を潜めて宮谷に聞く。

「無い、と答えたら?どうなるんだ?」

「死んで貰うわ」

 そうなるわな、と心の中で俺。イレイサーが通用しなかった今、世界の真実を隠すには、俺という存在を抹消するしかない。

「もしアナタがICDAに入る意志が無いのなら、今すぐにでも監禁所に行って貰うわ。そして、上層部とコード査問会の判断から制裁を決める。普通なら記憶を消すだけで済むんだけど、アナタの場合はまず間違いなく処刑されるわね」

 記憶を消せないから、と付け足した宮谷の言葉に、俺は生唾を飲込む。

 嫌な汗が背中を伝わり、傷口にしみこんだ。

 これまで散々色んな話を聞かされたが、結局総括すればこういう事だ。


 質素ながらも平穏な日常を捨てられずに、死ぬか。

 恐ろしい非日常に身を投じて、生き長らえるか。


 正直、ずるいと思った。

 宮谷が、あの場で俺を殺さなかったこと。ここまで俺を導き、世界の真実を晒したこと。

 あの拳銃を下げた瞬間から彼女の脳裏には、俺が断るなんていう考えが掠ることは、一度たりとも無かったのだろう。その上で、一見信頼とも言えなく無い態度を示され、退路を『死』によって断たれたのだから。

 十中八九、全ての人間が受け入れるに決まってる。当然ながら、諦めが身に染みた俺も例外ではない。

 つまり、俺の答えは、決まっている。

 俺は既に、心身共に非日常に染まっている気がしたから。


「……分かったよ。ICDAに、参加する。……いや、参加させてくれ」


「そう」

 俺の言葉に、宮谷が表情を和らげる。

 さて、と宮谷が正面に向き直るとと、真面目な表情で俺に話しかけてきた。

「支倉恭司は、International Code Direction&Delete Association、通称ICDAに参加する意志がある。それでいいわね?」

「ああ。それでいい。世界一の落ちこぼれなんかで良かったらな」

 俺の返答に満足したのか、宮谷はその場を立った。壁に持たれていた浦田さんも、近くのカートに寄って片付けを再開する。

「私達は今から、今日のことを上層部に報告しに行くから。正式な手続きが済んだ後、能力測定とか色々あるけど、それはまだ先の話。アナタは適当にぶらついて、施設見学でもしていて」

 そう言った宮谷が、俺に何やらカードらしき物を差し出す。

 俺はそれを受け取って、まじまじと眺める。両面共に真っ白の、一見何の変哲も無い普通のカード。

 不思議そうにそのカードを眺める俺に対して、立った状態の宮谷は解説をする。

「そのカードをエレベータ内のパネルに読み込ませれば、243フロア、つまりICDAの出入り口と、上層部のフロア以外には行けるわ。アナタが組織の準一員である証明にもなる。私の口座情報も入っているから、施設内でなら好きな物を買えるわよ」

「え、使っちゃっていいのか?」

 俺の聞き返しに、笑顔の宮谷が頷く。

「普通に使って。あ、レストランとかは至る所にあるから、お腹が空いたら利用してね」

 そうだね、と隣の浦田さんが腕時計を確認する。

「僕達の報告と、今度の任務の打ち合わせが終わるのが大体夜の8時頃だから、それまでは志穂君の言う通り施設見学をしていなよ。自分の目で確かめた方が、現実を実感しやすいだろうしね」

 ただ他の人員の邪魔はしちゃだめだよ、と浦田さんは笑顔で付け足す。

 二人はその場を離れると、巨大な扉の方へと向かう。俺は慌てて呼び止めた。

「ちょっ、ちょっと待って!」

 二人は同時に振り返る。

 俺は一瞬躊躇ったが、言葉を続けた。

「その……8時が過ぎたら、俺はどうすればいいんだ?帰っていいのか?」

 俺の言葉に、二人は目を丸くする。

 カートを止めた浦田さんが少々唸った。

「そうだね、上層部の判断にもよるけど、数日間はこのICDA内部で暮らすことになると思うよ」

「はい……?」

 数日間、ここで暮らす?

 浦田さんの言葉を消化しようと努めながら、再び発せられる浦田さんの声に耳を傾ける。

「じゃあ、8時頃になったら、またこの志穂君の部屋に戻ってきて」

「あー!ちょっと待って待って」

 何?と今度は宮谷が聞き返してくる。

「俺、今日7時からバイトなんだけど……」

 えっ?と宮谷は、さも信じられないと言いたげに目を丸くする。

「これだけ飛んだ話を聞いて、バイトの話……?い、いや別に今更だし……休めばいいじゃない?」

「いやいや良くない!死活問題なんだよ!」

 短く息をついた宮谷は、呆れ顔で分かったわ、と俺に言う。

「取り敢えず、すぐにこの本部から出るのは無理よ。悪いけど諦めて。後で私が連絡しといてあげるから、ほら、バイト先教えて」

 宮谷がケータイを取り出す。

 俺は渋々ケータイを取り出し、画面を開いた。

「あれ……?」

 思わず疑問の音を漏らす。

 電波状況が圏外になっていたのだ。このご時世、太平洋のど真ん中でも電波柱は3本立つというのに。

 俺の思考を察したのか、宮谷が微笑を浮かべる。

「言ったでしょ?ICDA本部には、外からの電波を遮断する特殊なコーティングがしてあるって。後で私が特殊な回線を使って連絡しておいてあげるから」

 宮谷が俺の傍によると、ケータイを奪い取る。そしてそのバイト先の情報を本人のケータイに移し終えると、俺に軽く投げ返す。

「じゃ、悪いけど失礼するわ。羽目外さない程度によろしくね」

 そう言い残した宮谷と浦田さんは、部屋を出て行った。重々しい音と共に、再び扉が閉じられる。

 そして、広々とした部屋に俺一人。

 周りは完全に静寂に包まれており、それが妙に緊張感を高める。

「えーと……」

 俺はとりあえず、ソファに座り直した。

 ケータイをテーブルに置き、深いため息をつきながら、ソファに横になる。

「まさか、現実がこんなことになっていたなんてな……」

 そう小さく呟きながら、頭上のシャンデリアを眺める俺は考え事に浸る。

 しかし、自分のこの頭が不思議でならない。

 少年F、Fコード、クラージェ、モールド。

 常人ならばまず信じられないような数々の真実が脳内に一斉にたたき込まれたのに。


 ―――――俺は何故だかそれらを、心の何処かで理解していた。


 ―――――まるで、元々知っていたかのように。


 この世界は、俺のような一般人が想像しているよりも遥に深い闇に閉ざされていた。

 その闇に隠れた真実を、俺は知ってしまった。

 そして、これからもその真実と関わり続けるのだろう。

 俺は一瞬鳥肌が総立ちするのを感じた。そして同時に、俺自身について再認識を始める。

 俺の適合率が0%。これは、強ちデメリットでもないのかもしれない。

「強大な力にはそれ相応のリスクがある……ってことか」

 これまでの不公平極まりない世界は真実では無かった。

 モールドの適合率が高いということは、その分感情の消費が早いということ。より早くFコードという玩具の操り人形になるということ。

 つまり適合率が0%の俺は、感情が浸食されることは、無い。

 47年後例え人類が滅びようとも、俺だけが生き残っている。

 俺はすぐに思考を止めた。そんな未来を想像したくも無かった。

 俺が横になっているソファは、流石高級ブランドだからだろうか、俺の体を包み込むように受け持つ。

 そして、そのソファに受け入れられた俺は、ふと眠気を感じ、そのまま静かに目を閉じた。

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