モールド(3)
ようやくICDAの話が出来るわね、と深いため息をついた宮谷。
「では、私達ICDAについての説明をしますか」
混乱状態の俺を無視し、宮谷が説明を始める。
「もう今までの話を聞いて分かると思うけど、私達ICDAの最終目的は、Fコードの抹消にあるわ。ICDAは、8年前に設立されて、現在人員が、全世界合わせて10万人くらい。ここは日本の本部だけど、世界中にICDAの施設があるわ。日本にもあと8個ほどの中規模施設と、20個ほどの小規模施設ががある。ICDAの人員は大まかに、研究部、実行部、司令部、上層部に分かれていて、どれもが独立して、けど協力しながら行動している。まず、研究部は・・・・・・」
説明お願い、と宮谷がジェスチャー。はいはい、と苦笑いの浦田さん。
「僕達研究部はね、主に、Fコードに纏わる器機や薬品なんかを研究しているんだ。当然クラージェやモールド、リファポットも研究しているし、今世の中に出回っている『青』についての研究も、先日始めた」
『青』。これも、今日一日で宮谷達が何度も発していた言葉だ。『青』についての説明は後でするわ、と俺の心を読んだかのような宮谷が口を開く。
「じゃあ、次は実行部ね。私達実行部は、実際に外に出ての活動をしているわ。行動目的は色々有るけど、主な目的は、Fコードに纏わる情報の隠蔽、消去。そしてFコードに纏わる犯罪の取り締まりよ」
「Fコードに関する情報流出を抑えるってのは分かるけど、犯罪って何?」
う~ん、と宮谷が唸る。
「色々あるんだけどね。例えば今日、アナタが見た化物状態の大杉」
数時間前の映像を脳内再生する。血まみれの荒瀬と大杉を殺害した宮谷を思い出し、すぐに映像をかき消す。
「あの大杉が化物になったのも、実はFコードの影響なの。それには、『青』が大きく関わっているんだけどね。さっきも言ったけど、後で説明するわ」
続けるわよ、と無表情の宮谷。
「そして、司令部。ここの仕事は、私達実行部や研究部の管理。それからFコードに纏わる情報の管理に加えて、コード査問会や上層部への報告もしている。ああ、コード査問会って言うのは、Fコードに纏わる犯罪者を裁くところね」
付け加えた後、一度息を吸い直してから、宮谷は続けた。
「そして、最後に上層部。ここは、未だにどうなっているのか、実行部の高ポストである私も分からないの。ただ、上層部の連中は各国の本部にしかいなくて、全人員の1%だけ」
「宮谷の父さんも?」
「ええ」
即答した宮谷。その表情が少しだけ曇った。やはり、父親との間で何かあったのだろうか。浦田さんも少しだけ顔を歪めている。
宮谷は、無理に表情を明るくすると、話を続けた。
「それじゃ、ようやく今日の話に移れるわね」
宮谷は空のティーカップを浦田さんに渡す。俺もついでに渡した。
「最初に、見せたいものがあるんだけど」
宮谷が、片付けをしている浦田さんに視線を送る。
浦田さんはその手を止めると、スーツの内側から何やらカプセル状の物体を取り出した。直径5㎝程のカプセルの中は、黄色の液体で満たされている。
「これが何か、分かる?」
バカにすんな、と心の中で俺。
「モールドじゃないのか?話の流れ的にそれしかないだろ?」
「正解」
宮谷が軽く流す。そして薄笑いを浮かべながら、俺に聞いてきた。
「じゃあ、モールドが一種類だけじゃないのは、知ってた?」
「・・・・・・はい?」
彼女の口からさらりと出た新事実に、俺は気の抜けた声を出す。そして慌てモード発動。
「ちょっ、ちょっと待てよ!えっ!?モールドって、複数あるの!?」
慌てる俺に、浦田さんが苦笑いを浮かべる。
「知らなくて当然だよ、恭司君。君達一般人にしてみれば、モールドは一種類で正解。けど、実際にはもう一つ」
言葉は冷静。
しかし、その瞳を子供のように輝かせている浦田さんは、スーツの中からもう一つカプセルを取り出した。
「いいかい、恭司君。君達が知っているモールドは、この黄色い色をした液体だ。僕達の間では、この純黄色から『黄』と呼んでいる」
そして、と浦田さんは続けながら、テーブルにそのカプセルを置く。
揺れる液体は、純粋な橙色。透き通った印象を受ける色合いだ。
「そしてこれが、僕達研究部が開発した、新型モールドだ。もう2年前に開発済みだけどね」
すごく役立ってるわ、と俺の正面で微笑を浮かべる宮谷。
「その新型モールドには、どんな役割が?」
その質問に、浦田さんがさらに目を輝かせる。しかし言葉は至って普通。
「この橙色をしたモールドは、言わば人間が創り出したモールドだ。君達が知っているモールドとは大分違ってね。今までのモールドが、クラージェからの一方的な受信だったのに対して、こののモールドは、クラージェが発信する情報そのものに干渉するんだ」
「?」
自慢気に話す浦田さんに対して、いまいち意味が分からない俺。
浦田さんは続ける。
「つまりどういう仕組みかって言うとだね。僕達の感情の一部を情報に変換して、そしてその情報をリファポットに伝達。つまり僕達自身が、僅かながらだけど、結果的には地球に干渉することになるんだ」
まだ意味が分からない俺。浦田さんの説明が少々抽象的なのだろうか。
そんな俺の様子を見かねたのか、複雑そうな顔の浦田さんが少々唸る。
「う~ん、そうだね。じゃあもう少し具体的に説明しようか」
ポンッ、と手を叩く浦田さん。
「例えば、僕がこの橙色のモールドを摂取したとしようか。すると、僕にはどんなことが出来るようになるかっていうと。まず、簡単な重力操作ができる。それから、周囲の風向と風圧を変更できるし、電力操作もできる。空気を集中させて自然発火を起こすことも出来るし、空気の鎌鼬を作ることも出来る。水を操ることもできれば、本当に小さな地震も起こすことが出来る」
「な、なんですかそれ・・・・・・」
それこそ、本当に超能力者じゃないか。
俺は未だに理解しきれていないままだが、浦田さんは続ける。
「つまりだね、Fコード、クラージェは地球を支配していただろう?どうやって支配していたかっていうと、さっきも言ったと思うけど、水、大気、重力などの、地球の事象を全て情報に置き換えて、それにリファポットという装置を利用して独自の情報を混ぜ加えていたんだ。そこで僕達研究部は、規模は違うにしても、本質的にはそれと同等のことが出来ないか、と考えた。
僕達がこの橙のモールドを摂取した場合、自分の感情から創った情報を、体内のこのモールドを媒介としてリファポットへ発信。そのリファポットの中に自分の情報を追加して、地球に送ることが出来るようになるんだ。だから、例えば『A点で何Gの重力場を発生』という情報を発信することで、地球がリファポットに載せられたその情報を受信。その結果、A点で本当に重力場が発生する」
「な、なるほど」
ここで、昼間のあの不可解な現象を思い出す。
ベランダにいた生徒を破片の雨から守り、変わり果てた大杉を地面に押さえつけた、あの謎の圧力。あれは、宮谷が『橙』を摂取して、彼女の周囲の重力を変化させたのか、と俺は一人で理解する。
「でも、それだったら無敵じゃないですか。だって例えば、地球全体の重力を数万倍、とかいったこともできるんですよね?」
いや、と浦田さんは左右に首を振る。
「残念ながら、それは出来ないんだ」
「どうしてですか?」
俺の質問に対し、浦田さんは右の人差し指と中指を上げる。
「理由は二つある。まず一つ目の理由として、この地球へ送られる情報の源は、人間の感情だ。確かに感情の情報量は莫大だけど、安定した自然の情報を強引に書き換える、もしくは一部を改竄するには、それを遥上にいく、途方も無い情報量が必要なんだ。とても人一人が産み出せる情報量では無い」
加えてだ、と浦田さんは挟んで。
「このモールドは、人によってその特性を変える」
「人によって……モールドの効果が変わるんですか?」
俺の問い返しに対して、浦田さんはゆっくりと頷く。
「これは言葉で説明するよりも、実際に能力を使うところを見せた方がいいかもしれないな。少しだけ、実践してみせようか」
そう言った浦田さんは、内ポケットから『橙』色のカプセルをもう一つ取り出し、ソファに座っていた宮谷に目配せした。同じく目配せで返した宮谷はポケットから同じ『橙』のカプセルを取り出すと、カプセル先端の小さな針を自身の腕に刺した。隣では浦田さんも自身の腕に刺している。
「あの、このモールドを使うのにも感情を使うんですよね?こんなことの為に無駄遣いしちゃっていいんですか」
俺の心配を感じ取った浦田さんは少しだけ目を丸くするが、すぐに優しげな笑顔を戻す。
「大丈夫。この際説明しちゃうと、そうだね、大分昔使われていた乾電池で、アルカリ電池とマンガン乾電池があったろう?それを思い出してごらん。
マンガン乾電池は、少しずつ起電力が低下していくけど、アルカリ電池は起電力がずっと一定に保たれていて、末期になると急激に低下しただろう?それと同じさ。別に普段感情を減らしたところで、人格には大した影響は無い。明確な症状が現れるのは相当末期だ。それに、感情に大きな損害を与えるほど、大仰なことはしないからね」
浦田さんは空になったカプセルをポケットにしまうと、給仕用の、お茶の準備をしていたカートからリンゴを2つ取り出した。そして、目の前のテーブルに置く。
「それじゃ、いいかい恭司君。今から僕と志穂君、両方が重力操作の能力を使って、それぞれ別のリンゴを持ち上げるから」
よく見てるんだよ、と浦田さんが言い、両者がそれぞれのリンゴを見つめた次の瞬間。
「おお!」
俺の目の前で物大人しそうにしていた2つのリンゴは、机の上で僅かにその実を振るわせた後、すうー、と実に滑らかな動きで浮かび上がった。そしてそのまま空中で停止しているのだから、マジックショーか何かを見ている気分になる。
「ふぅ」
そう浦田さんがため息をついた後、2つのリンゴは力なく机に落ちる。
「どうだったかな?」
「すごいです!ホントにこんな超能力が使えるんですね。でも、個人によって変わる、というのは?」
それはだね、と浦田さん。代わって宮谷が話し出す。
「なら次は、ソファごとアナタを持ち上げるわ」
そう言うや否や、宮谷は無表情のまま右手を俺に向ける。
俺が座ったソファが突如震えだしたかと思うと、俺を乗せたまま空中に上昇し始めた。
「うわ、うわわ」
空中に浮かぶソファに座ったことなど無い。いつ落ちるやもしれぬ不安から、俺は背もたれ部にしがみつく。
「じゃ、後は浦田さん、お願いね」
「了解だ」
そう返答した浦田さんは目を閉じて、俺が座る空中ソファ目がけて右腕を伸ばす。そして左腕で二の腕を掴み、力を込める素振りを見せた。
悠々としていた宮谷とは違い、こちらの表情は険しい。目を瞑って精神を統一し、必死に能力を振り絞っているかのような。
そして、浦田さんの全力に応えて。
―――――僅かに、数㎝ほどソファが再上昇する。
あれ、これだけ?と俺が疑問に感じていると。
「じゃ、私は能力を切るわね」
その宮谷の言葉をきっかけに。
次の瞬間、俺はソファごと落下した。
ソファはカーペットが掛かったフロアに垂直姿勢のまま激突し、綺麗なほど垂直姿勢だった俺は、ソファから伝わった衝撃を全身に受ける。
その際、ウギッ、とまるで尻尾を踏まれた猿のような声を出してしまったが、落下からの地響きによって掻き消された。
「何を……するんですか……浦田さん……」
ジーン、と背骨から滲むような痛みが広がり、そのため痛みを堪えた声で、ぷるぷる震えながら俺は聞く。
浦田さんは腰を低くして、両手を合わせて謝りのポーズ。
「ごめんね。でもね、これでも僕は一生懸命能力を発動させて、精一杯ソファを支えていたんだ」
「……え?」
浦田さんは再び壁に背を持たせてから話し始める。
「今ので身を持って分かって貰えたと思うけど、同じ能力が使えるとはいえ、個人によってその能力レベルに、差はある」
「――――!」
その言葉に、俺は痛みも忘れて食いついた。
やはりそうだ。超能力者になれる薬とは言っても、モールドであることに変わりは無いのだ。
個人によって残酷なまでに能力に差が開く、多くの人を不幸にし、それ以上に多くの人を幸せにした薬品。
「ただ、君達一般人は忘れてしまったかもしれないけど、こういった所で個人の特徴、個人の長所というものは活きている」
そう言った浦田さんは、再び宮谷に目配せする。
「じゃ、今度はこの机の上に転がったリンゴを、私の精一杯の力で風力操作をして、風の力だけで机から落としてみせるわ」
そう言った宮谷は、目を閉じる。先ほどのソファを持ち上げた時の悠々とした様子は無く、ムムム、と唸りながら集中している。
宮谷の唸りを聞きながら待つこと数秒。俺の肌を、僅かに冷たい風が撫でたかと思うと、机の上に置いてあったリンゴの一つがゆっくりと転がりだした。微風に押されて転がり転がり、そしてたっぷり数秒かけて、最後には机の下に落ちる。
「これが……私の限界よ……」
そう言う宮谷は、息も絶え絶えの様子だった。
それを端から見ていた浦田さんは満足そうな微笑を浮かべると、机に残ったもう一つのリンゴに、自身の右手の掌をかざした。
「それじゃ、僕の番だ」
浦田さんがそう言った、次の瞬間。
「―――――!」
風の槍、とでも表現しようか。
高密度に圧縮された空気の小槍が、机の上で鎮座していたリンゴの胴体を一瞬にして貫いた。
貫通されたリンゴは弾丸の如きスピードで吹き飛ばされ、壁に激突してその身を四散させた。この一瞬の出来事の間、浦田さんは特に苦にする様子も無く、壁に背中を預けたままだった。
「…………へ?」
一瞬にして起こった奇怪な現象に、俺が目を丸くし言葉を失っていると、そんな様子を見かねたのか浦田さんが解説を始める。
「つまり、重力操作に関しては志穂君の方が上、風力操作に関しては僕の方が勝っている、ということだ」
浦田さんは続ける。
「君達一般人にとってのモールド『黄』と比べて、新たに誕生した『橙』のモールドが決定的に違う点。それは、クラージェによって流されている情報によって自身を強化するのではなく、僕達自身が自分で感情を削り取り、感情を情報に変換し、情報をリファポットに流し、そして地球に通すことで強化している、ということだ。
自身の感情を情報に置換して、地球に流し込む。未解の情報を事象に変える行為がどれだけ危険かは、先ほどの説明で理解してくれているよね?」
その言葉に、俺はその先ほどの説明を思い出す。
一度情報に置換された物である不安定情報素にミサイルをぶつけた結果、エリア数個分を一瞬にして消しかねない規模の爆発が起こった。
「もし仮にクラージェをFコードに乗っ取られずに、地球上の事象情報と人間の感情情報の解析を終えて、その結果を持って帰ってくることができていたならば、誰でもどんな能力でも使えるようになる超薬ができあがっただろう。だが残念なことに、クラージェはFコードを読み込ませた段階でアクセス拒否状態に陥っていた。
だから僕達研究部は、Fコードの力無しで人間の感情情報、地球の事象情報の解析は不可能と断定して、個人の感情の波長パターンに注目した薬品として、『橙』のモールドを生み出した」
「個人の感情……その波長パターン?」
俺が繰り返すと、浦田さんは頷く。
「そう。人は誰でも、生まれてからの時間の大部分を、地球という環境の中で生活しているよね?そして、成長していく過程で培われていく感情も、その周りの環境によって大きく姿を変える。つまり、育つ環境は人それぞれだから、一人一人違う波長パターンを持った感情が出来上がるワケだ。そして、人それぞれの感情の波長パターンは、周囲の環境の影響を多分に受けているから、その周囲の環境情報と似通った物になってくる。
逆を言うと、僕達が育ってきた地球上には、必ず個人の波長パターンと似通った情報を持つ事象が存在することになる」
「―――――!」
浦田さんの言葉の意味する所をようやく理解した俺は、必死に頭を回転させる。
「つまり、こういうことですか。人の持つ感情の形は全員がそれぞれ違っていて、その感情の形を『橙』のモールドで変換した情報が、地球での何らかの事象情報に似ている。だから、その自分だけの感情の形から生み出された情報を、リファポットを通じて地球に流せば、その情報に似通った情報を持つ事象が現実として現れる。それがさっき見せて貰った、宮谷で言えば『重力』であり、浦田さんで言えば『風力』だった」
俺の言葉に、宮谷と浦田さんの両方が頷く。
「感情パターンの形成は、完全に人それぞれ。生まれてから触れたことのある全ての事象が、具現化する可能性がある。私の感情の形は、風には似ていない。だから、まともにリンゴを飛ばすこともできない。浦田さんの感情の形は、重力には似ていない。だから、まともにソファを持ち上げられない。分かった?」
「分かりました」
ならよし、と宮谷は続ける。
「そして、この感情の形と似通った地球上の事象は大抵一つ。だから、『橙』のモールドを使用した際、大抵の人がまともに発動出来る能力は一つだけ。私は重力操作で、浦田さんは風力操作。どっちもICDAの中じゃトップクラスに優れた能力よ。酷い人だと、現れた事象がムズかゆくなる効果だった、なんてこともあるから。まあそれも神経操作の一種でレアだけどね」
確かにそれは笑えない、と俺は心の内で頷く。せっかく手に入れた超能力がそんな酷い物だったら、神様に見捨てられているとしか思えない。適合率が0%の俺は、人のことは言えないが。
「もちろん、似たような境遇で育ってきた人には似たような能力が現れる場合もある。そういった時は両者とも同じ能力が具現化するけど、当然差は出てくるわ。そこで、アナタ達一般人が親しみのある『黄』のモールドのように、『橙』のモールドの超能力も、その強さや利便性に応じてランク付けされている」
ふうっ、と一息で話し終えた宮谷に変わって、浦田さんが解説を続ける。
「『黄』のモールドはパーセンテージによって評価されてるけど、この『橙』のモールドによる超能力はそこまで厳密に評価する必要が無いから、E、D、C、B、A、AA、AAA、S、SS、そしてSSSまでの10段階に分けられている」
例えば、と浦田さんは言葉を繋ぐ。
「僕の風力操作の能力は、ICDA内部ではAAA、志穂君の重力操作はSSとされている。因みにオーバーSランクは、一人の例外を除いて全員がナンバー10以内の高ポストの者だ。SSSランクまで到達した者は、現在2人しかいない」
全員が高適合者であるはずのICDAでも、こういった格差は存在するのか、とまるで他人事のように俺は思う。
非現実的な話の中でも、きちんと上下社会の構造が読み取れるのは、俺としてはあまり楽しいものではない。当然、諦めが身に染みた状態では大してショックは受けていないが、この社会の構図が否定されることを期待していなかったと言えば、それは嘘になる。
そして、そんな俺の考えを読んだかのように、浦田さんが言う。
「君達一般人の世界では、適合率一つで価値が決まる。ICDAでも、基本は変わらない。『橙』モールドのランクと、『黄』モールドの適合率。つまり、『橙』による超能力と、『黄』による基礎能力だね。この二つの総合評価によって、ICDA内部での序列が決まる。もちろん、両ステータスが均衡している者同士でならば、多少の融通は利くかも知れないが、基本的に上下の例外は無い。そしてこの世界で唯一個性を示す超能力によって、どの部に所属するか決まる場合が多い。
重力操作のような、戦闘に特化した能力を得た者が実行部に収まるのは、理解できるだろう?」
「え、ええまあ……」
一般人レベルでの高適合者すら、俺には霞んで見えるのだ。ましてや、その高適合者を遙かに超越する力を持ったICDAの人達の話題など、正直おとぎ話程度にしか聞こえない。
俺のいい加減な返答を受けた浦田さんは、ゆっくりと頷く。
そして、ポケットから新たな物体を取り出した。一見どこにでも売っていそうな、普通のボールペンだが。
「!」
イレイサーだ。宮谷が使った、あのボールペン型の謎の装置。
「この際説明しちゃうと、イレイサーは他者の記憶への干渉をする装置なんだ。場所、時、対象の情報をイレイサーに音声入力することで、それに沿った記憶の改竄ができる。原理は簡単で、モールドに干渉して偽造の記憶情報を送るだけだ。人間の言語情報や意識は共通する部分が多いから、情報を流し込んでも危険は無い。君も、志穂君がこれを使うのは見ただろう?」
「はい。見ました」
宮谷がイレイサーを使用した直後に、ベランダ中の生徒が倒れた。あれは、記憶に干渉された際のショックからだろうか。
「あの、仕組みとか良く理解したんですけど、どうして『橙』のような、新たなモールドが必要なんですか?だって宮谷にしたって、適合率87%の超人ですよね」
俺の質問に、正面で座っている宮谷が否定の表情を見せる。
「確かにICDAには、私ほどでは無いけど、適合率が70%を超えるような人が溢れる程いるわ。けど、力だけじゃ解決出来ない問題もあるのよ。それに何より、今回のような事件もね」
そう言った宮谷は、微笑を浮かべながら浦田さんに視線を送る。
その視線を感じた浦田さんは、再びスーツから一つのカプセルを取り出した。中の純青色の液体が不規則に揺れる。
「志穂君の話からすると、そうだね。これが、君が知りたかった『青』だ」
お疲れ様でした!そして、ここまで読んで頂いてありがとうございました。第2章、Fの軌跡編、次回の更新を持って終了となります。そして、いよいよ物語は第3章、Fの覚醒編へ突入します。こうご期待!
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