ICDA(2)
「ようこそ、International Code Direction&Delete Association、通称ICDAへ。私たちICDAは、この世界の真実を受け入れる覚悟と勇気があるのならば、アナタを歓迎するわ」
宮谷は俺の方を見たまま、左手の掌を後ろのフロア表示のパネルに重ねた。そして、スカートのポケットから、昼間使用した、ボールペン状のイレイサーと呼ばれるピンク色の物体を取り出すと、パネルの方へ振り向き、今度はそれを押し当てる。
「生体番号、2346521。宮谷志穂」
そして宮谷は続けた。
「適合率、87%」
「は、はちじゅう・・・・・・!?おわっ!」
宮谷の言葉が発せられた直後、突如エレベータが動き出したのだ。感覚的には、上層フロアへと向かっているようだったが、パネルのフロア数表示は1フロアのままだった。
エレベータ内部の震え方からして、尋常な速度ではない。俺はエレベータ内の手摺りにしがみつき、ただ宮谷の背中だけに視線を集中して、こみ上げてくる恐怖をごまかす。
そして僅か数秒後には、エレベータは上昇運動を止めた。
間抜けたチンッ、という音と共に、ドアが勢い良く開いていく。
「さっ、どうぞ降りて」
呆然としている俺に、宮谷はエレベータから降りるよう勧めてくる。俺はようやく我に返ると、宮谷に恐る恐る質問をする。
「あの~、宮谷、茜さん?」
「?違うわよ、私の本名は宮谷志穂。宮谷茜は一般人と接する際の偽名」
へぇ~と、俺が納得する素振りを見せて、その後数秒の沈黙。
「・・・・・・どうしたの?」
この謎の沈黙を疑問に思ったか、不思議そうな顔をする宮谷。
「あの、では宮谷志穂さん。アナタは、適合率が21%では無く?」
コイツは何を聞いているのだろうか、といった表情の宮谷は、さも当たり前かのように言う。
「87%だけど」
「何で!?」
次の瞬間、俺は激しくツッコミを入れていた。
「何で世界記録を超えちゃってるんだよ!いやまあ、これで昼間の超人的な力は納得できたけどさ!」
慌てふためく俺に対し、宮谷はため息をついてから呆れたように言う。
「支倉恭司、アナタは理解力が無さ過ぎるわよ。さっきも言ったでしょ、この世界の真実は闇に葬られてるって。一見華奢な少女が、実は謎の組織の謎の超人でした。それだけのことじゃない」
「そんな簡単に片付けていい問題!?」
普段は諦めのいい俺だったが、この件に関しては納得することが出来なかった。そんな俺に対して、宮谷は軽く睨んでくる。
「それとも何?こんなささやかな真実を知った程度で、アナタはもう耐えられないの?ならこの程度の覚悟と勇気と見なして、私が直々にこの場で首を切り落としてあげてもいいけど」
「いやあ、適合率が87%なんてすごい!僕はこれからどんな真実が待ち受けているのか、楽しみでタノシミデシカタナイナ」
語尾が少々おかしくなってしまった。冗談よ、と宮谷は小さく笑うと、俺にエレベータから降りるよう促した。俺は今度は素直に従う。
エレベータを降りると、そこには広々とした円状の、閑散とした空間が広がっていた。物体は一切存在せず、俺達以外に人はいない。
俺達が使ったエレベータの入り口を除いて、周囲が全てガラス張りになっており、都会の広大な風景が伺える。
足下は大理石で出来ており、歩く度に足音が響く。中央に太い柱が通っており、その周りがさらに8個のエレベータになっている。
「なぁ、宮谷。ここって第何フロア?」
「243フロア」
かつかつと足音を立てながら、宮谷は中央のエレベータに向かう。俺は慌てて追いかけた。
俺の前を歩く宮谷が、無感情な声で俺に話しかけてくる。
「アナタにまず、ICDA本部の構造を教えるわ。面倒だから、質問は私が話し終えた後にお願いね」
「了解」
俺達はエレベータの前まで到着すると、宮谷はエレベータのパネルを2、6、4の順に押していく。俺達は今から、264フロアに向かうのだろうか。
ガゴンッという乾いた音がした後、フロートシステムの作動音が聞こえる。エレベータの到着を待ちながら、俺の右隣にいる宮谷は解説を始めた。
「この建物は、外から見ても分かるように円柱の形をしているわ。そしてこの建物の中心に、ICDAの本部が存在するの」
ほら、と宮谷が左手の人差し指を上に向ける。
「この建物全体をトイレットペーパーに見立てると、トイレットペーパーのペーパー部分がベアリングという会社で、芯より内側がICDA本部になっているようなものね。当然ICDAという組織を、一般人の目に付かないようにするためよ。ICDAは、2フロアから、278フロアまであって、私達が今いるこの243フロアからでしか、ICDA本部に入ることは出来ない。いわば、このフロアがICDA本部の入り口のようなものね。そしてこの243フロアにたどり着くためには、1階の一番奥のエレベータでICDAの一員であることを証明しなくちゃいけない」
これを使ってね、と宮谷が俺に、先ほどのボールペン状の物体を見せる。
「これはイレイサーって言ってね、詳しい説明は後でゆっくりするけど、大まかな役割はICDAの一員であることの証明と、秘密を知った人々の記憶の改竄で……」
「話が逸れてないか?今はICDA本部の構造説明だろ?」
そうだったわね、と俺の右足を踏みつけながら宮谷。今のだけで十分足の骨が折れた気がする。
「さっきも言った通り、ICDA本部は、このビルの2フロアから278フロアまで、合計277フロアあるわ。どのフロアも半径100メートルほどの円状になっていて、2~4フロア分を使った大きな場所も存在する。大まかに各フロアの説明をすると、2~10フロアが収監場。主に、組織で重大な失態を犯した人や、コードに纏わる犯罪者を収監する場所よ」
俺もそこに収監されるのだろうか。
「11~100フロアが、コードに関する薬品などを研究する研究部の本拠地」
俺の仮説が多少掠ったようだ。コードが何なのか、未だに分からないが。
「101~200フロアが、コードに関する事件を取り締まる実行部の本拠地。201~242フロアが、200以下のフロアの統制と管理をする司令部の本拠地。上層フロアへの報告もここでしているわ。そして243フロアが……」
宮谷が大理石の床を指差す。俺はとりあえず頷く。
「で、244~250フロアまでが、組織やコードの秘密を知ってしまったなど、何かしらの罪を抱えた人を裁く、ICDAの審問会会場とその待機室」
ここにも俺はお世話になるのだろう。
「そして251~270までが、実行部や研究部、司令部の高ポスト、またはICDAの重要役員に与えられる特別待遇の個室。因みに私は実行部の高ポストよ、高ポスト」
何故にそこを強調する。
「ちょっといいか?大体構造は分かったんだけど、ICDA本部の周りで働いているベアリングの社員は、このICDAの一員なのか?それとも彼らは全く関係無いのか?」
質問は後で、って言ったじゃない、と宮谷が口を尖らせる。
「ベアリングの社員とICDAは全く無関係よ。私達ICDAが、ベアリングの人々に隠れてこの建物を使わせてもらっているワケ。日本じゃトップクラスに大きいビルだし、何より交通の便がいいしね」
はい、と宮谷が手を叩く。同時に呼び寄せていたエレベータが到着し、俺達の目前のドアが開かれていく。
「何か質問は?」
「今の説明で逆に混乱要素が増えたから、質問したいことが多すぎて困るんだよ。まだICDAがどんな組織なのかも分からないしな」
唸る俺に対し、質問は構造についてだけよ、と宮谷が言う。先ほどの指摘を根に持っているのだろうか。
「あのさ、これだけの規模の組織がビルの内部にあったら、絶対にベアリングの社員に気づかれるでしょ、普通。何でばれてないの?」
いい質問ね、と笑顔の宮谷。宮谷は自分の天井を指差す。
「知っての通り、このビルは278フロアということになっているわよね。でも実際は、279フロア存在するの」
「設計を間違えたのか?」
俺の言葉に、宮谷はバカね、と軽く笑う。
「当然、ICDAをベアリングの社員から隠すためよ。私達がいるこの243フロア、つまり、ICDAへの入り口専用のフロアを作るために、ビルを建てる段階でわざと一つフロアをズラしたの。これだけ大きいビルになると、242フロアから243フロアまでのエレベータでかかる時間が他より少し長いなんて、普通気にならないでしょ?だからベアリングの社員達は、実は隠れた243階が存在するなんて知らずに、毎日のようにエレベータを利用しているワケね。他にも音や光、匂いを完全に吸収する特殊なコーティングを全フロアに施してあるし、私達が使用する特殊なヤツ以外は、一切外部からの電波は通らないようになっているわ」
一通り宮谷が解説を終えたところで、俺は感嘆のため息をついた。そしてエレベータに乗り込む。
中で落ち着いてから気がついたが、先ほど利用したエレベータに比べると、このエレベータは随分と小さい。ベアリングの社員達が利用していたエレベータは、最新型のフロートシステムを使用していたので、悠に30人は乗れるような広さだった。それに比べ、今俺が乗っているエレベータもフロートシステムを使用しているようだが、広さ的に乗れる人数は、せいぜい5人といったところだろうか。
俺と宮谷が乗って暫くすると、自動でドアが閉まった。そして静かに上昇運動を始める。
俺の左隣の宮谷は、顔をエレベータ正面に向けたまま呟くように言う。
「まあ、今こんなこと言われてもワケ分からないわよね。まだコードとか、そもそもICDAがどんな組織かも知らないんだし。上のフロアに行ったらそれらも含めて詳しく教えてあげるから」
はいはい、と俺。
「今から行くフロアって、264フロアだよな。そこって、この組織のお偉いさん達の個室があるんだろ?」
「そうよ、今から行くのは、私の部屋」
お前の部屋?と俺は思わず聞き返しつつ、怪訝な視線を送る。その送られてくる視線に気がついた宮谷は、頬を膨らます。
「何よ。さっきも言ったでしょ。私はICDAの中では、結構上位のポストにいるのよ。言っておくけど、私は実行部ではナンバー4なんだからね」
つまり、コードと呼ばれる物に関与した事件を取り締まる、実行部という場所で4番目に偉いということか、と俺は自分で脳内補正する。
「でも、何で教えてくれるのがお前の部屋でなんだ?普通はこう、取調室とかに半ば監禁状態でやるものだろ」
刑事ドラマの見過ぎ、と呆れたような宮谷。
「アナタが落ち着いて話を聞けるようにするために決まってるじゃない。別に今すぐフロアを2階に変更して、目が血走った囚人達に囲まれた取り調べ室の中でもいいのよ」
「いや、やっぱり宮谷志穂様の部屋がいいです」
そう、と宮谷が呟いた後、すぐにエレベータは264フロアに到着した。
「さ、ついたわよ」
今度は宮谷から先にエレベータを降りた。俺も続いて降りる。
俺の視界のすぐ先にあったのは、乗ってきたエレベータと柱を一周囲むように重く構えた、真っ白な壁だった。そして、その壁には72度をきっかりに、高級感漂う巨大な扉が円状に5つ付いている。
「251~270フロアまでの各フロアには、それぞれ5個の個室があるわ。正確に言うと、251~258フロアに研究部、259~266フロアに実行部の高ポストの部屋が配置されていて、267~270には司令部の部屋があるの」
つまり、研究部、実行部のそれぞれトップ40に個室が与えられるわけか、と俺は自分一人で納得する。
264―2、と書かれた扉の前に立つと、宮谷は再びイレイサーを取り出し、扉の横に付いている真っ黒なパネルに押し当てた。
「生体番号、2346521。宮谷志穂。適合率、87%」
第1フロアのエレベータの時と全く同じセリフを言った後、パネルから手を離した宮谷が一歩後ろへ下がると、重音を発しながら巨大な扉がゆっくりと開いた。
そして俺達は、扉の中へと入る。
「すっげぇ・・・・・・」
部屋の内部を見た俺は、思わず呟く。広々とした空間に、正面には超高級ブランドと思われる半円状のキングサイズソファに長方形のクリアテーブル、白色ソファの先には10メートルはあろう超巨大なスクリーンが置かれていた。赤一色のカーペットが床を敷き詰めており、視線を上に上げると宝石の如く輝くシャンデリアが映り込んでくる。俺のすぐ隣には、老母メーカー製の巨大なグランドピアノが置かれ、奥に存在する複数の部屋からは、これまたキングサイズのベッドや浴槽が伺えた。
宮谷に支給されたというこの部屋は、俺に超高級ホテルのスイートルームを想像させる。
部屋に入った宮谷は、俺にソファに座るように勧める。鞄を置いてから遠慮気味に座った俺に、一区切り息継ぎをしてから宮谷は聞く。
「何か飲む?そこに置いてあるのがメニューよ」
両腕両足を組むようにして座った宮谷の視線を追うと、その先にはソファの前のクリアテーブルに埋め込まれた超薄型のパネルがあった。そこに登録されているメニューを眺め、絶望。
「宮谷。このパネルに表示されている飲み物の金額は、高校生の俺にとっては0が2つほど多い気がする」
「別に気にしなくていいわよ。料金は私が払うから」
「はぁ」
笑顔の宮谷に、注文をするよう勧められる。せっかくの厚意だから、と俺はメニューの中で一番安いコーヒーの注文マークを押した。それでも俺が買う飲み物と比べて桁が違ったが。
宮谷も俺の後に注文をする。
「さて。少しは落ち着いたかしら」
「まあ。別に慌てちゃいない」
注文を終え、ソファに腰掛けている俺に、正面の宮谷が切り出す。
「それじゃあ、注文を待ちつつアナタに教えましょうか。この世界の真実を」
その言葉に、一瞬だけの静寂が部屋を包む。この広々とした部屋に、向かい合うようにして二人。話の重要度も相まって、俺は結構緊張していた。
少し長くなるわよ、と宮谷が足を組み直す。
「アナタに世界の真実を理解してもらうためには、全ての根源である、『少年F』について話す必要があるわ」
重要なお知らせ
連載開始当初は問題無いと判断しておりましたが、自分の仕事が佳境に入ったため、今後毎日更新の形を維持していくのが困難となりました。
また、次からのエピソードに関して、自分の中でも大分悩んだのですが、今後の物語を運んでいく上で前提となる重要な内容ですので、毎日少しずつ読んで頂くよりも、まとめて一気に読んで頂いた方がいいという結論に至りました。
そこで大変申し訳無いのですが、本日の更新を持って、一時毎日更新の形を終え、数日おきの更新という形にさせて頂きたいと考えております。その分、1回の更新の分量も長くなります。
大変身勝手な理由で申し訳ありませんが、どうかご理解の程を宜しくお願い致します。
3月中旬からは、再び毎日更新の形に戻れると思いますので、引き続きの継読をお願い致します。
次回更新日は、12月28日を予定しております。