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Fの軌跡  作者: ひこうき
Fの軌跡 編 (前)
10/60

ICDA(1)


 驚くべきは、宮谷のその食欲だ。クレープ屋から目的地に到着するまでのおよそ1時間で、20個はあったであろう大小のクレープを全て平らげたのだ。俺には宮谷の異様な力よりも、どうしてこれだけ食た上で、この抜群のスタイルを維持できるかが不思議でならなかった。

 目的地、ICDAまでの道中、俺たち二人は相当道草を食った。

 ゲームセンターがあれば迷わず寄るし、本屋があれば少し立ち読みをする。俺に気を遣っていたのだろうか。

 そして、最終的に俺たちの足が止まったのは、一つの円柱の形をした超高層ビルの目の前だった。1フロア辺り、半径200メートルはあるだろうか。それが250個以上は重なっている。最新のフロートシステムを使用したエレベータ数十個が、その超巨大ビルの窓側を囲むように配置され、滑るように上下運動を繰り返す。

「あれ?このビルって・・・・・・」

 ビルの手前に掲げてある会社名に視線を送る。アルファベットでBARINGと書かれいる。

 ベアリング、だろうか。確か、日本から発足した世界的な総合家電ブランドだったと思われる。

「こ、ここが、ICDA?」

 もしそうであるならば、俺の立てた仮説は大きな間違いということになる。まさか、家電を専門としている会社が超人薬の作成に力を入れているはずもあるまい。

 そして、この少女は本当に一体何者なのだろうか。

「入るわよ」

 そう短く言った宮谷の後を追いかけるように、俺は付いていく。

 日本最大級の超大手会社だ。当然適合率0%の俺が、このような場所に足を踏み入れた事はない。多少の緊張を伴いながら、俺は宮谷と共に巨大なエントランス口に入る。

 ビルの第1フロアに入ると、俺の視界の先ではまるで超高級ホテルのような、広大なロビーが広がっていた。そのロビーを囲むように多数のエレベータが配置されており、ロビーの中心では広さに見合わない小さな受付台が配置され、笑顔の美人お姉さん二人が座っている。足下は大理石、上を見上げれば、遥上に1フロアの天井が存在した。

 大抵はこういった場所こそ物静かで閑散としているものだが、1フロアのロビーでは人が激しく出入りしている。その9割がスーツ姿のサラリーマンで、皆ケータイを片手に誰かと通話しながら、腕の時計で時間を確認しつつ早歩きで移動していた。

 宮谷はその流れに逆らうように、この場から一番遠いエレベータを目指して歩いていく。俺は慌てて追いかける。

 通り過ぎていくスーツ姿の男性達が、この場に見合わない格好の俺達に怪訝な視線を送る。思わず怖じ気づいた俺は、耐えかねて宮谷に小声で聞いた。

「なぁ、ベアリング社員の適合率の下限って、どれくらいだっけ?」

 う~ん、とその場で唸った宮谷は、確か、と短く区切る。

「49%だったハズよ」

「よんっ・・・・・・!」

 驚きのあまり、大きな声を漏らす。怪訝そうな視線が、一層俺達に集中してきた。

 49%といえば、50%と能力的には大差ない。適合率が50%を超えている人数は全人口の5%程だったのを思い出す。

 じゃあ、と短く俺は区切って、前を歩く宮谷に聞く。

「ここにいる人達って、ほぼ全員適合率50%以上の人?」

「そういうことになるわね」

 俺達に集まるこの視線が、全て適合率50%以上の人から。小猫がライオンの飼育場に放り投げられたようなものだ。世界のトップ集団の前に、適合率0%という俺の抱える最大のコンプレックスが否応なく浮かび上がってしまう。

 俺と宮谷は、一番奥に存在するエレベータにたどり着くと、上階から本体が降りてくるのを待つ。

 ドア上の液晶パネルは、現在エレベータが最上フロアである278フロアに存在して、こちらめがけて降りてきているという情報を示している。

 俺は再び宮谷に聞く。

「なぁ、本当にこの場所でいいのか?なんか、低適合者の俺たちとは全く無縁そうな場所だし」

「低適合者?」

 宮谷が不思議そうに聞く。

「ああ、確か私、学校では21%ってことになってたわね」

「えっ、じゃあ実際は違うのか?」

 モールドが浸透した現代では、産まれてくると同時にこの液状薬品の摂取を受ける。そして、摂取を受けた後、専用の機械を通して適合率を測定され、出てきた数字は国のデータベースに個人情報として登録される。入社の際は当然、高校に入学する際も国のデータベースからその情報を引き取ってくるのだ。国の管理するコンピュータにハックを掛けるという最難関の道を乗り越えて、ようやく情報の改竄ができるワケだが、今まで成功した輩はいない。

 つまり、学校側に提示される個人情報が偽物というのはあり得ないはずなのだが。

 不思議そうな顔をする俺を、横からまじまじと眺めた宮谷は、まるで俺の心を見透かしたようなことを言う。

「さては、国が提示する情報が間違っているはず無いから、私が適合率を偽造するなんて不可能だ、なんて思ってる?」

「ま、まあな」

 内心を完全に見透かされた俺は、少しだけ動揺する。

 宮谷はエレベータ上部のパネルに視線を送る。周りは騒音だらけで、よほど近くにでも来ない限り、俺たちの会話が聞かれる心配はない。

「じゃあ逆に聞くけど、その国から学校に提示される個人情報が正しいっていう保証はどこから?」

「い、いや、それは国の言うことだし……」

「そこよ。そこなのよ」

 いつの間にか俺の顔をのぞき込んでいた宮谷が、真剣な表情で俺を見つめる。

「何も知らない一般人は、国が自分達に絶対の信頼を置いていると思っている。そして一般人は国を信頼している。それは大きな間違い」

 顔を正面に戻して宮谷は続ける。

「実際この世界で、絶対なんてものが存在すると思う?そんなバカげた物は存在しないわ。教科書もメディアも何もかも、私達に提供される全ての情報に人の手が加えられている。例えば、人間の体に心臓があるのは当たり前ってなっているけど、アナタはそれを自分の目で確かめた?違うでしょう?もしかしたら、心臓が無いまま生きている人だって、この世の中にはいるかもしれない。他人を介さず自分の五感で物事を捉えなければ、それは必ず正しいとは言えないの」

 つまり、と俺が区切る。

「世の中には絶対なんてものは存在しない。だから、国の情報が絶対に正しいとは言い切れない。そう言いたいんだな?」

 俺の言葉に宮谷は振り向くと、黙って頷く。

「何も知らない一般人だったアナタに教えといてあげるわ。アナタが思っている以上に、この世界は黒く、深い闇で閉ざされている。上辺に住む一般人は提示される情報を鵜呑みにし、いつしか自ら真実を暴くことを諦めた。どんなことにも先達がいて、そこから自分に来る情報は必ず正しいと思いこんでいる。本当はその情報は違うかもしれない。でも彼らは疑わない。真実は闇の中へ放り込まれて、それを知っているのはごく少数」

 エレベータが到着した。中は全くの無人だった。そのエレベータに乗り込んでから、俺は正面の鏡に背を持たれる。

 宮谷はエレベータの入り口を向き、階のボタンを押さないまま、俺に背を向けた状態で立った。

 ドアが完全に閉まると、宮谷は続ける。

「そして、私たちが今から向かう場所は、おそらくこの地球上で最も深く、真っ暗な闇に閉ざされた場所。設立されて8年。一度も一般人の前に晒されたことのない、世界第一級のトップシークレットの組織」

 1回区切って俺の方を向く。エレベータの入り口を背にする形になると、宮谷は笑顔を見せた。

「ようこそ、International Code Direction&Delete Association、通称ICDAへ。私たちICDAは、この世界の真実を受け入れる覚悟と勇気があるのならば、アナタを歓迎するわ」

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