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Fの軌跡  作者: ひこうき
Fの出会い 編
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プロローグ(1)

バトル物です。最初で色々誤解されるかもしれませんが、バトル物です。大事なことなので2回言いました。

初っ端から主立った会話が『野郎だけ』によるものという、トンデモな事態になっております。

大丈夫です。普通プロローグでは『主人公ヒロインの運命的な出会い』がセオリーになりかけているのも分かっております。

会話がやたらと青臭いのも分かっております。

ヒロインはプロローグのすぐ後に登場します。この次のエピソードもご覧頂ければ幸いです。

―第一章―



 物事に、絶対なんてものは存在しないだろう。しかし、この世界の唯一にして絶対の事実。

 

――――支倉恭司は、世界に見放された人間である。


 季節は春。

 厳しい冬を越え、世間一般では、夢と希望に満ち溢れているらしい、春。

 桜の花びらが舞い散る快晴な午後の校庭で、新たなクラスメイトと共に体力測定に参加していた俺、支倉恭司は、深い、深いため息をついた。


 耳を澄まさずとも、聞こえてくるのは他生徒の歓声。記録が伸びたやなんやだの。

 校庭では、新入生を含めた全校生徒800人ほどが、様々な競技に熱心に打ち込んでいる。


 俺は、毎年訪れるこの季節が嫌いだった。


 新たな出会いへの希望なんかより、現実を突きつけられる絶望の方が、遥に大きかったからだ。

 人だかりから離れた俺は歓声を気にすることなく、地面に胡座をかき、手元の測定結果に目を通す。そして自身の記録を見ては、さらに深いため息をついた。

 このため息は、落ち込みからくるものではない。

 足掻いても足掻いても変わらない、残酷な現実に対する『諦め』から来るものだった。


 自分が、世界に見放された人間であるという。


 俺の測定結果は、依然として世界の除け者に相応しいものだった。それは凄惨たるものだった。

 一人で地面に座ったまま遠くを見つめていると、不意に後ろから誰かに背中をこづかれる。

「よっ、新学期早々、何落ち込んでるんだ?」

 からかうような笑みを浮かべて話かけてきたのは、高一からの仲である小西哲平だ。

 能力が低い俺を同類だと思ったのか、知り合った当初から何かと絡んでくる。今回高二に進級した際も同じクラスになってしまったのだ。

 俺は口を尖らせて言い返す。

「別に落ち込んでなんかねーよ」

「まあまあそう言うなって。どれ、結果見せてみろよ」

 哲平はひょいっと俺の手から測定用紙を取り上げた。

「ふむふむ、100メートル走、11秒58。ハンドボール投げ、30メートル。立ち幅跳び3メートル50。前回より上がったじゃないか」

 なめ回すように眺めた哲平はしかし、引きつった笑顔で俺に用紙を返す。俺はそんな友人を睨み付けながら、乱暴に用紙を奪い返した。

「それはそうだけど。じゃあお前の結果は?」

 気まずそうに頬を掻きながら、哲平は用紙に視線を落とす。

「えーっと。100メートル走、7秒34。ハンドボール投げ、210メートル。立ち幅跳び7メートル50、だな」

「そらみろ」

 そらみろそらみろそらみろ。運動音痴の哲平にさえ勝てないじゃないか。


 俺の落ちこぼれ具合は、異常なのだ。


 スポーツテストが全国最下位なのは当たり前。腕相撲では女子に負け、ハンドボール投げにいたっては小学生にまで負ける始末。

 学習面で言えば、普通に授業についていけない。それも全国の中学生に完敗するレベル。留年しないのが奇跡と言ってもいい、といった具合なのだ。

 これで、世界に見放された人間ということが納得できるだろう。

 では、一体どうしてここまで落ちこぼれることになったのか。

 その原因は分かり切っており、今更考えるまでも無かった。

「『モールド』さえなけりゃな~」

 そう俺は呟く。


 モールド。


 世界中の89億4000万人の方々にとっては地球上で最も有益な薬であり、俺にとってはまさに地獄の創設者のような存在である液状薬品の一般名称だ。このモールドと呼ばれる薬の効果は、今では俺を除いた全世界の人間が、その身を持って堪能している。

 モールドの効果。

 それは服用した人間の潜在能力を最大限まで引き出し、知力、体力、五感などのありとあらゆる能力を底上げするというもの。効果は半永久的、摂取後は死ぬまで体内に残留し続ける。そんな魅力溢れる効果に対して、副作用は一切無し。年齢制限などの条件も皆無で、その上摂取の際は、国の医療保証で料金がタダと来た。

 おかげで誰もが容易く超人になろうと、開発当初から凄まじい人数が摂取を初めて、10年前に全世界の人が摂取し終える結果となった。

 しかし俺を苦しめている問題は、このモールド自体には無い。

 人類がこの薬一つで進化したことは喜ぶべきことだし、俺もこのモールドを摂取しているのだから文句を言えた身ではない。

 俺が苦しむ問題。

 それは、この薬の影響度合いが人によって違うということなのだ。

 つまり同じ超人になれる薬を服用しても、モールドとの相性で、人によって能力に差が生まれてしまうのだ。

 このモールドとの相性は、『適合率』と呼ばれている。

 この適合率が高くなるにつれて、個人の能力が大きく跳ね上がると考えて貰って構わない。

 30~40%が一般的で、50%を超えるエリートは滅多にいない。

 そしてその逆もまた然りで、20%から30%がいわゆる、『落ちこぼれ』と呼ばれる人達だ。

 うんうん、と俺の意見に賛同した哲平は、何度か頷いた後に俺を指さす。


「適合率0%の人」


「うっさい!!」

「イテッ!!」

 もっとも気にかけていることを指摘された俺は、哲平の頭に本気のゲンコツを食らわせる。適合率が20%以上も離れてると、本気の拳ですら軽い小突きとしか思われないのだから、一層悲しくなる。

 そう、俺は世界の人口89億4000万人の中で、唯一のモールド適合率、0%の男だったのだ。それは 統計データからの紛れのない事実。本当に、世界中で俺だけなのである。

 1%でも0.1%でもない、純粋に0が一個。どうだ世界でたった一人だけダゼ!すごいだろわははと自慢できることでは無い。問題である。大問題である。

 このモールドという液状薬品の力は、本当に絶大なのだ。

 この薬品の登場が、世界を変えたといっても過言ではない。

 経済は大いに安定し、技術レベルはわずか十数年で過去100年分に相当するほど向上した。

 大まかな環境問題も、全て科学の力で解決された。

 医療レベルも、15年前と比べれば遥に向上し、今時100歳なんて珍しくない。

 ふと空を見上げれば、家庭用小型飛行船が飛び回っている。フロートシステムという技術が注目されてから暫くしたこの現代社会で、車という代物を使っている人は、今となってはほとんどいない。

 人類の能力が底上げされた結果は、ありとあらゆる所で顕著に表れている。


 当然教育面でも、この薬品の影響は大いに現れている。

 5年前を機に、考査やテストといったものが世界中で一斉に廃止された。例えそれらを行ったとしても、順位が適合率の高い順になってしまうから。意味がないのだ。

 学校、資格、会社などなど、ありとあらゆる面接も含めた試験も当然廃止。合格要点が、『アナタの適合率は?』一つだから。

 今、俺や他のクラスメイトが行っている体力測定も、モールド適合率と身体能力の統計を採るため、仕方なくやっているものなのだ。

 そんなワケで、薬の影響を一切受けられない俺が落ちこぼれているのは、当たり前なのである。

 この薬の力無しで落ちこぼれから脱出しようとするのは、三輪車でF1レースの優勝を狙うようなものなのだ。

 努力なんてものは無価値に等しく、適合率という生まれつきの才能だけで人の価値が決まってしまうこの現代社会に嫌気がさし、俺は再びため息をついた。

「ホントなんでお前、適合率が0%なワケ?どんなに低くても全員20%超えてんのにさ」

 ホレホレ、と哲平が指をさす。

 そう言うお前も学年最低レベルだけどな、と思いつつも哲平が指さす方向を向くと、新入生の女子達がハンドボール投げをしていた。

「ホラ、今投げたコ。今年最低適合率の21%だぜ。確か名前は、宮谷茜、だっけな。今年入ってきた女子の中じゃ相当なアタリらしいぜ」

 哲平の指さす少女は、随分と華奢な体付きをしていた。

 遠くで良く見えなかったが、長い黒髪は一本にまとめてあり、いかにもなお嬢様の雰囲気を漂わせている。

 周りでは他学年の男子が集まり、その少女を囲むようにして立って騒いでいた。どうやら『宮谷茜』という少女は、男子から結構な支持を受けているようで。モテ具合だけは適合率関係無いのだろうか、などと俺が思考を巡らせていると。

 女の子の投げたボールは、大きな放物線を描き、地面に落下した。

「おっ、180メートルか。お前何メートルだっけ?」

「・・・・・・30メートル」

「君の6倍だね、恭司君」

「そうだね、哲平君」

「華奢なお嬢様に力で負けた感想をどうぞ」

「もう死にたい・・・・・・」

 華奢でか弱な後輩の女子に、力で負ける高校二年児の気持ちを考えてご覧なさい。自殺もしたくなるから。

 しかし俺はこんなことはもう慣れっこだ。残酷な現実を突きつけられたところで、自殺などしない。

 哲平もこの理不尽な世界に対して不満を抱いているのか、俺の隣で愚痴を溢す。

「24%の低適合者だから言える事だけど、ほんっとこの世界って、不公平だよな!」

「まあな」

 進路も就職も富も名声も、何もかもが適合率という数値一つで決まってしまう。単純明快、理不尽極まりないこの社会は本当に嫌いだ。


 モールドと同時期に生まれてきた俺たちの世代はまだいい。

 問題は、ちょうど職を得て、幸せな家庭を持つような世代の人だ。この超人的な力を引き出す液状薬品によって、一体何人の人が幸福な人生を奪われたことか。

 例えば、必死に努力して努力して、ようやく名声を手に入れられた人がいるとしよう。

 また、仕事もせず町中をブラブラしているような遊び人がいるとして。

 モールドは、必死に努力した前者の人が、後者の人の前に這いつくばらなくてはならないような状況を、いとも容易く創り上げてしまったのだ。

 血の滲むような思いで手に入れた名声を、次の日起きたらどこの誰かも分からない遊び人に奪われて、ペコペコと頭を下げるような生活。

 モールドは確かに人類に成功をもたらした。しかし、その成功と同じ数だけの不幸が人々に訪れたことも事実だ。


 本当に辛いのは、その不幸になった人々が大方努力家だということだ。


 彼らはもう一度名声を手に入れようと、必死に努力して努力して、それでもダメで、尚更足掻こうとする。しかし結局は、適合率という才能の壁が立ちはだかり、落ちこぼれる。


 生きているのが嫌になる。


 そんな人々が次々と自殺をしていくのを知るのは、本当に辛い。

 だから、俺はそうならないために、自分が超低適合者であることを受け入れたのだ。

 受け入れてしまえば、足掻くことを『諦め』てしまえばどうってことはない。別に職が無くなるわけでもない。現に今は力が必要ない単純作業の工場でアルバイトをしている。

 上を目指さず、低適合者は低適合者のままで、そのレベルにある幸せを求めればいい。

 それだけの話なのだ。


 そうぼんやり考え事をしていると、いつの間にか立ち上がっていた哲平に呼ばれる。

「おい、恭司。あれ」

「ん?何?」

 俺もその場から立ち上がり、哲平の指差す人だかりを見てみる。

 誰かが揉め事をしているようだが、遠すぎて俺には良く見えない。揉めている2人の周りには、20人くらいの野次馬ができている。

「荒瀬だ。アイツ、また大杉にちょっかい出してやがる」

 やはり24%と0%の差だろうか。

 300Mはあろうこの遠距離から、哲平は個人の顔までしっかりと捉えているようだ。視力も大分違う。


 荒瀬。


 確かこの学校でも大分有名な金髪チャラチャラ不良だ。

 適合率が47%であることを自信にしてか、親が相当のお偉いさんだからか、度々教師にも刃向かっている。イライラしている時は、自分より適合率の低いヤツを相手に、気が済むまで殴り続けるというのを耳にしたことがある。残念ながら親の影響で退学にはならないそうで。

 俺はまだ絡まれたことはないが。大杉というヤツは、荒瀬の怒りをかったか、それとも運が悪かったか。

 いずれにせよ、この状況での俺の行動は決まっている。

「まあ、ああいうヤツは放っとくのが一番だって。何でイライラしてるのか分からないけど、関わると俺らまでとばっちりくらうぞ」

 低適合者だから、と付け足す。しかし、俺の言葉に哲平の返事はない。

 その様子が気になった俺は隣の哲平の顔を一瞥する。

 今までのヘラヘラとした表情から、怒りに燃えるような表情へと変わっていた。拳を握りしめ、食いしばられた歯がギリギリと音を立てている。

「お、おい哲平落ち付けって。別に他人のことだろ?気にすんなよ」

俺の言葉を無視し、哲平は突如荒瀬に向かって駆け出そうとした。

 とっさに俺は哲平の左腕を掴む。動きを止められた哲平が、怒りと驚きの眼差しを俺に向ける。

「!?何だよ、恭司!離せよ!」

「いいから!俺の話を聞けって!ああいうヤツに関わると、結局最後までカモに・・・・・・」

「この状況を放っておけるか!」

 そう強く言い放った哲平は、俺の手をふりほどくと、駆け出した。

「お、おい!待てよ!」

 俺も慌てて追いかける。しかし、適合率の差だろうか。

 哲平との距離は確実に引き離され、視界の先の哲平が少しずつ小さくなっていく。

 そして。

「うぉりぃやあああああああ!!!」

 俺の視界の先で、振られた哲平の拳が、荒瀬の顔面を直撃した。油断していたのか、荒瀬は大きく仰け反り、地面に激しく尻餅をついた。周りで見ていた野次馬が突然の事態に騒ぎ始める。

「やっべー!アイツ本当にやりやがった!」

 俺はそう叫びながら、ダッシュで哲平の元まで駆けつけた。視界の右端にいる哲平に比べて、俺の息は随分と上がっている。

 哲平の左隣りで尻をついているヤツがいた。

 大杉というデブっちょいヤツだ。随分と殴られたのか、顔が大きく腫れ、手足の所々から血が滲んでいる。随分酷くやられたものだ。

 そう呑気に状況を観察していると、哲平の先にいる荒瀬がゆっくりと起き上がった。

 体格はがっしりとしているが、大分痩せている。そしてやたらと高身長だった。170㎝前後の哲平と俺からすると、185㎝位はあるだろうか。

 哲平に殴られたところが赤く腫れており、荒瀬は口からペッと血混じりの唾を吐く。そしてがっしりとした腕で、乱暴に哲平の体操服の襟元を掴み上げた。その迫力に、俺は思わず後ずさる。

「いてーじゃねぇか、この野郎」

 ドスの効いた声で、哲平を威嚇する。哲平の襟元を掴んでいた荒瀬の拳に力が入り、それに気圧されたのか、恐怖を振り払うように哲平は叫びながら荒瀬に殴りかかった。


 しかし。


 哲平の拳が荒瀬に当たることは無かった。

 適合率が20%以上離れているのが痛かったようだ。恐らく、荒瀬には哲平の拳が大層ゆっくりに感じられたことだろう。

 哲平が地面にねじ伏せられた後は、まさに一方的な暴力だった。哲平をサンドバックとでも思っているのか、と考えてしまうくらい、容赦ない暴力だった。


 荒瀬は笑っていた。


 さすがに周りのギャラリーも恐ろしくなったのか、その暴君を止める者は一人も出ないまま、視界から去って行った。

 どうせ俺が助けに入っても、とばっちりをくらうだけだ。

 そう思った俺は、多少の罪悪感を意識しつつも、せめて哲平の行動を無駄にしないため、地面に座り込んだまま泣きそうになっている大杉という男子に肩を貸して、その場を去った。

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