奇妙な存在
白い装束。白い花に包まれた朔夜はとても美しく感じられた。
この娘が妻になる。
少し不思議な気分だ。
けれども彼女を手放さなくて済むと思うとそれだけでひどく安堵した。
聖堂で、愛を誓い杯を交わす。
たったそれだけのことだ。
けれども確かに、強い魔力で朔夜を束縛したと実感した。
「セシリオ……」
朔夜は何かに気づいたのか、少しだけ驚いた表情を見せ、セシリオを見上げた。
「どうしましたか?」
おそらくはこの束縛するような魔力についてだろうと思ったが、気づかないふりをして訊ねた。
「いえ……その……今、ほんの少しですが、強い力を感じたので……」
わずかに怯えているように見える朔夜を抱き寄せる。
「それは、僕より恐ろしい力ですか?」
恐怖の代名詞とまで言われる彼女の夫となった男よりも恐ろしいものが存在するはずが無いと耳元で囁けば、彼女は首を振る。
「セシリオ、あの……ごめんなさい、私……少し緊張しているみたい」
朔夜は無理に作った笑みを見せる。
こんなにもすぐに見破られるほどの表情しか作れない程動揺するのかと驚いた。
「朔夜、結婚したからと言ってすぐに何もかもが変わるわけではありません。あなたは今まで通り、僕に甘えてくださって構いませんよ?」
幼い頃から朔夜はあまり甘えるのが上手ではなかった。
せいぜい夜中に怖い夢を見るのか寝台に潜り込んでくる程度だ。けれどももっと彼女を甘やかしたいし、頼られたいと思う。
「では……もう少しだけこのままいてください」
抱きしめ返されたことに少し驚く。
震えている。
未知の気配が恐ろしかったのだろう。しかし、朔夜は縋る相手を間違えている。
「……困った人ですねぇ。恐怖そのものに助けを求めるなんて」
だから愛おしくて手放せないのだ。
「だって……マスターしか頼れる人がいません……あの日、拾ってくれたのはマスターだけです」
涙を零す朔夜をそっと撫でる。
せっかく美しく化粧を施したというのに、これでは崩れてしまう。
しかし、怯えて泣いている朔夜もまた愛おしい。
彼女はセシリオに怯え、セシリオに縋っているのだ。
なんと愚かしく愛おしいのだろう。
絶対にこの娘を手放すものか。
包み込むように抱き、彼女の意識を奪う。
「……いいところで邪魔をしないでください」
背後に感じた気配に告げれば男の笑う声が響く。
「何か用ですか?」
誰かは思い出せないが、この気配に覚えはあるようだ。
「いや、ちょっとそのお嬢さんに用があったのだけど、君が意識を奪ってしまったからね」
なんというか、軽そうな空気の男だ。
朔夜に近づけたくない。
「用件は僕が聞きます。僕の可愛い奥さんは少し疲れて眠ってしまいましたから」
きっと緊張していたのでしょうと言えば、男は苦笑する。
「二、三質問があっただけだよ」
男はそう言って探るように朔夜を見た。
なんとなく、彼に見覚えがあるような気がしたが、記憶を手繰っても一致する人物が浮かばない。
記憶力には自信があったはずだが、どうしても彼の情報は浮かばない。
「僕が代わりに答えますよ。朔夜のことなら僕はとてもよく知っている」
何せ、彼女を育ててきたのだから。
男から隠すように朔夜を抱える。
すると彼は呆れたような顔を見せた。
「……参ったねぇ。彼女の口から直接聞かなきゃ意味が無いのだけど」
男は髪をかき上げ足元に視線を落とす。
「出直すよ」
そう、言って揺らぎ消える。
「もう来ないでください」
魔術師だったのか。
朔夜に近づく害獣だ。排除しなくては。
「朔夜はもう僕だけのものです」
彼女の寿命が尽きるまで手放すつもりなんてない。
意識を失った彼女を抱きかかえ、しっかりとその温もりを確かめる。
幻ではない。
朔夜の熱は僅かながらもセシリオを安堵させるものだった。