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奇妙な難問


 三人の娘たちとの生活で、セシリオ・アゲロを最も困らせたのは玻璃だった。

 彼女は他の二人に比べ、極端に知力が低い。

 いや、教育を受けていないのだから当然だろうが、瑠璃以上に言葉を知らず、まったく読み書きができなかった。

 勿論、瑠璃だって読み書きはできないし、朔夜もいくつかの単語を読むことくらいしか出来ないのだが、それでも玻璃は二人に比べて随分と遅れていた。

「……シルバ、あなたにその三人の教育係を命じます」

 もうめんどくさい。そう思ったセシリオは部下に命じる。

「は?」

「慣れているでしょう? 新入りの教育には」

 元宮廷騎士。

 ただそれだけの理由で三人の娘を押しつけた。

「……マスター、俺が子供嫌いなの知っていてそれを?」

「子供嫌い? 五歳未満限定で?」

 随分前に子供は苦手と言っていたような気もしたが、セシリオは都合よく忘れたことにした。

「言葉の通じない子供は嫌いです。めんどくさい」

 扱い方が分からないと彼は言う。

「子供には取扱説明書なんて無いですからね」

「それはいい。是非とも玻璃の取扱説明書を作ってください」

 朔夜は思考こそ読めないが従順で理解力がある。

 瑠璃は反発するものの単純で扱いやすい。

 しかし、玻璃は違う。一人だけ異空間に居るのではないかと言うほどあらゆる意志の疎通がうまくいかない。

「俺には無理です」

 簡単に弱音を吐くシルバに悪戯心が芽生えた。

「では、朔夜は僕が見ますから後の二人を頼みます」

 シルバの負担も少しは軽くなるだろうし、何よりセシリオは一番のお気に入りを手放さなくて済む。なんて見事な案だろうと自讃したくなるほどだ。

「……今、一番楽なのを選びませんでしたか?」

「まさか、あの子が一番難しいですよ。本心が読めない」

 セシリオは玻璃を抱きかかえ瑠璃に何かを言い聞かせている朔夜を見た。

「まぁ、朔夜の扱い方さえ理解できれば後の二人は従うのでしょうが」

 まるで小さな母親だ。

「朔夜、来なさい」

「はい」

 玻璃を抱きかかえたまま朔夜は駆け寄る。

「玻璃を彼に渡して」

 そう告げると、少しだけ驚きを見せた朔夜は従順にシルバに玻璃を差し出す。

「はい、気を付けて。死をふりまくの」

「は?」

 一瞬、シルバは手を引っ込める。

「でも、敵意が無いことをわからせれば大丈夫よ」

 ただ、身を守るための本能。

 目に見える形で見せるのは警告色に似たそれだ。

 玻璃は有毒植物と同じ。

 呪詛と言う毒を持っていて、それを周囲に教えている。

 虫に譬えるなら猛毒の蜂。鮮やかな模様で周囲にそれを告げる警告色。

「大丈夫ですよ。その子は敵意を持っていない。警告です。毒を持ってるから攻撃するなという動物と同じですよ」

 セシリオが言えばまだ疑うようにシルバは彼女を受け取った。

「それで? 読み書き計算、武芸に何を教えろと?」

 シルバはうんざりした様子で言う。

「宮廷騎士はいろいろと特技が必要なのでは? 特技の一つくらい身につけてくれたら面白いのですがね」

「面白さは求めていません。まずは自分で着替えて顔を洗えるように教育すればいいのでしょう?」

 朔夜に頼りきりのこの娘。この先どうなることやら。

「依存心が強いので、しばらく朔夜と引き離してみましょうか」

 依存しすぎるのは良くないことだ。

「……それって、俺の役目ですよね? 俺に死ねと?」

 つまり敵と認識される行為をしろと命じたのだ。彼の上司は。

「冗談ですよ。とりあえず、着替えは十分に与えました。寝床も柔らかな寝台を選びましたし、浴室も清潔です。あとは何か必要な物はありますかね?」

 普通の家庭なんて知らない。

 子育てなんて分からない。

「さぁ? 俺も、孤児なんでよくわかりませんよ」

 シルバは暴れた瑠璃の襟をつかんで拾い上げる。

「けど、騎士団長、おっと、今は大聖堂管理人でしたか? アルジズが言う分に、子供には物語が必要らしいですよ」

「物語?」

「親が読み聞かせることで少しずつ文字や言葉を覚えるらしいですが、どうなんですかね? まったく記憶にありません」

 シルバは首をかしげる。

「ちょっとヴィオーラに行ってきます」

「は?」

「玩具と子供向けの用品はあそこが専門でしょう?」

 セシリオは大真面目に言う。

 玩具と物語なら子供の伯爵が統べるあの地に溢れているだろう。

「それまでは聖典でも読み聞かせてあげてください。女神の教えは何よりも正しい」

 セシリオはさっさと旅支度を始める。

「スペードに移動魔術でも頼みますかね。ああ、忙しくなる。あ、ちゃんと食事を与えて下さいよ。子供に食事を与えたり教育を与えるのは親の義務というやつらしく怠ると育児放棄というものになるらしいので」

「……どこでそんな言葉を習ったのですか?」

「魔女が親切に教えてくれました。なんだか義務とか規則とか多いみたいですけど、暇つぶしには少しくらい付き合ってあげても良いですよね。百年くらいあっという間でしょう?」

 呑気に言う彼にシルバは不快ため息を吐く。

 その間じたばたと暴れる瑠璃を抱え上げたり、すやすやと寝息を立てている玻璃に戸惑ったりと忙しい。

「とりあえず、俺はこいつらを寝かしつけて朔夜に読み書きを教えます。それで文句は?」

「上々です。でも、朝食はしっかりと」

「分かっています。ミルクにパンにチーズでしょう? 働かない子供のくせに随分豪勢ですね」

 シルバは深い溜息を吐いて瑠璃を脇に抱え上げ階段を上がる。

「朔夜、ついてくるんだ。俺の部屋は地下だけど、書庫は二階にある。たいした資料もないが、聖典は沢山あるからね。一冊くらい君の部屋に運んでも構わない」

 結局シルバは教育となると甘くなる。

 セシリオはそれを知って尚、彼を手元に置くのだ。

 飴と鞭の使い方が上手い。

 いや、彼は本当に危険がある時以外は極めて生徒に甘い教育者だ。

「では、留守は頼みましたよ」

 女の子がどんな玩具を好むかは分からない。

 けれど、それを選ぶという行為はなんだかわくわくする。

 セシリオは少しばかり足早に外へと飛び出した。

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