奇妙な家族
食卓を五人で囲む。
奇妙な光景だ。
上座にセシリオ・アゲロ。その次に居るのは彼の腹心であるシルバだ。そして、その隣に玻璃、向かいに朔夜。玻璃の隣にはぴったりと瑠璃が居る。
夕食だ。
ごくありふれた家庭料理が並ぶ夕食。
これを用意したのがセシリオ・アゲロ本人だと公になれば国中が混乱するであろうが、それさえ除けばごく普通の光景だ。
ここがセシリオ・アゲロの本拠地でさえなければどこにでもあるような微笑ましい光景。
父子家庭で父を中心に子供たちが食卓を囲む。そんな様子だ。
だが、少なくともシルバは息子と呼べるような姿ではないし、むしろ彼の方が年上にさえ見える。
三人の娘たちは目の前に並べられた料理をそれが何と理解できない様子で眺めていた。
「食べないんですか?」
セシリオは真っ先に林檎を手にとって齧りつく。
林檎は好物だ。適度に腹が膨れるし、栄養価も高い。
「食器の使い方さえ分からない子供たちです。慣れるまで時間がかかりそうですよ」
シルバが溜息を吐きながらセシリオを睨んだ。
彼は子供が嫌いだった。うるさいし何を考えているか分からない。
「いただきます」
朔夜は原型をとどめないほど煮込まれた野菜に手を伸ばす。
「匙を使いなさい」
セシリオが声を掛ければ朔夜は言われたとおりにする。
その様子を見れば匙を使うのが初めてではないことが分かる。
それどころか上流の貴族のように優雅に美しく匙を運ぶ。
他の二人を見れば匙を持つのにさえ苦戦していると言うのに。
「あなたは貴族の生まれですね」
疑問ではなく断定した。
「いいえ」
朔夜はあっさりと否定し、次に鶏粥に手を伸ばす。
「嘘を吐かないでください」
「嘘ではありません。貴族ではなく王族の生まれです」
朔夜は大人しく鶏粥を啜る。
「王族?」
「月の名を持つことが許されるのは王族だけです」
どうでもよさそうに彼女は答え、それから「おいしい」と一言零す。
「信じられませんね。王族が掏りを働くなんて」
しかし東の果てに確かに月の名を持つ一族がいることをセシリオはなぜか知っていた。
「生きるために必要なことだったわ。それに、この子たちが居るし」
朔夜は幼い二人を見る。
「血縁者ですか?」
「いいえ、船で知り合ったの」
「足手まといになるのにわざわざ養っていたのですか?」
信じられないと朔夜を見た。
「気味の悪い娘だね。マスター、俺はこの子たちが同居するのには反対ですよ。厄介事を運んできそうだ。それに、その娘は特に気味が悪い。なんというか、寿命を持って行かれそうだ」
シルバは玻璃を指して言う。彼は完全に警戒している様子だ。
「瑠璃ちゃんが居れば無害ですよ。その手は」
朔夜は茶を飲み干す。あの不気味な手にも慣れている様子だ。
「随分と豪勢ですね」
朔夜は並んだ料理を見て言う。
「お祝いです。あなたたちが家族になる。僕は嬉しいのですよ。家族が出来て。シルバはとても良い部下だけど、家族じゃない。あなた達は僕の養女です。だから、僕の家族だ」
セシリオは心からの喜びに笑みを溢す。
ただの暇つぶしの遊びに過ぎない。
けれども新しい玩具を手に入れた喜びは大きい。
「ここで生きるためにはいくつか規則がありますが、決まり以外は好きにして構いません。着るものは明日にでも調達するとして、食べ物は不自由しませんよ。寝床は、部屋が余っていますからね。一人一部屋与えます」
「それで? 何が目的ですか」
朔夜は鋭い目でセシリオを見た。あえて警戒心をむき出しにしているように思える。
「目的? そうですね、普通の家族になること、ですかね」
普通というものに縁がない。今までにないことをしてみたいと思った。
理由としてそれが妥当だろうと思う。
「へ?」
朔夜は理解できなかったようだ。
「僕は家族と言うものを知らないので、それっぽいことをしたいだけです。これも女神の導きでしょう。僕が丁度退屈していたところにあなた達が落ちていた。僕はそれを拾っただけです。拾ったんだから僕の物でしょう?」
セシリオは立ち上がって玻璃に近づいた。
「それに、この子が僕としては興味深い。何を連れて歩いているのでしょうね?」
まるで抵抗するかのように、赤黒い手がセシリオの方に伸びるが、瑠璃が玻璃の肩に触れればそれは消えた。
「この子はいずれ僕を殺すかもしれない。けれど、僕はこの子の未来を見てみたい。やがて恐怖の名を手にするのはこの子かもしれない」
命の終わりにはさほど興味がないが、この玻璃という娘が持つ未知の力には好奇心がうずくのもまた事実だ。
「正気ですか」
「ええ、勿論。恐怖の代名詞の後継者なんてちょっとカッコよくありませんか? 決めました。僕はこの三人を弟子にして徹底的に育てあげます」
セシリオは楽しんでいる。理解できないことがあるというのは非常に心が躍る。
しかし、隣のシルバは心底うんざりした様子で溜息を吐いた。