奇妙な仕事
子供を三人拾ったと言えば、例の悪友たちに酷く笑われた。
急に博愛主義にでもなったのかとか、時間と金の無駄だとか、いつまで持つかが楽しみだと散々バカにしてくれたので、セシリオは二人の顔面にグラスを命中させて居住区に戻った。
失礼な連中だ。
家に戻ると夜であるため、幼い二人は眠っている。
二人仲良く手を繋いで眠っている姿は昼間の活発な様子からは想像できない。
それに、この時ばかりは玻璃の周囲のあの禍々しい何かが消えるのだった。
「お帰りなさい、セシリオさん」
食卓にカップを置いて朔夜が口を開いた。どうやら帰りを待っていたらしい。
「まだ起きていたんですか。子供は寝る時間です」
子供には食事と寝床が必要だ。
「眠れません。だってとっても月がきれいです」
朔夜が笑む。
なんと愛らしいのだろうなどと感じる。
幼い彼女の仕草一つ一つが記憶の中の一人の女性と重なる。
かつて愛した人の子の娘。いや、違う。もっと昔に出会った誰かと似ている気がする。
「朔夜は月が好きですか?」
記憶を辿るのを止め、訊ねる。
月はセシリオにとってとても重要なものだ。
「ええ、好きです。いつも私たちを優しく見守って下さるもの。太陽はダメよ。じりじりといじめるの」
大人びた彼女から子供を感じた。
セシリオは思わず笑う。
彼女の純粋さに安堵した。それだけじゃない。
「そうですか。では、朔夜は女神に愛されているのですね」
思わずそんな言葉が出た。
「え?」
朔夜は驚いたようにセシリオを見上げ、不思議そうな表情を見せる。
「月には女神が住んでいます。我らが母なる絶対神が」
セシリオは朔夜を手招く。
嘘ではない。女神は確かに、朔夜をとても気に入った。
「来なさい。これから見る物はあとの二人には秘密ですよ」
二人だけの秘密ですと彼女に告げると、なぜかとても心が躍る。
「え?」
「あの子たちにはまだ早い。特に瑠璃は荒らしてしまいそうだ」
うんざりと言って見せれば朔夜はくすりと笑った。
「約束します」
子供じみているのに、隙が無い。
朔夜からは一種の才能のようなものを感じる。とても隠し事の上手い娘に育つだろう。
ゆっくりと手を引きながら階段を上がる。
「ここには勝手に入ってはいけませんよ」
もうひとつ上の階に上がるための階段の前で釘をさす。
「一体何があるの?」
「女神の部屋です」
そう答え、ゆっくりと幼い少女の手を引き、階段を上がる。
「気を付けて下さいね」
最後に、細い梯子を昇り、その場所に着く。
「……これは……」
丸い鏡と金貨。それに聖杯と剣。最後に杖が飾られている。
祭壇。
祈りを捧げる場だ。
本来であれば各国の宮殿の中にあるはずのそれを再現したような空間は一見貧しいながらも厳かな空気を醸し出している。
「我らが母に感謝と祈りを捧げる場です」
「祈り?」
「ええ、祈りです」
いつか迎える死の為の空間だとセシリオは考えている。
死なない自分にも死が訪れる時は来る。その時に祈りが必要になる。
セシリオの本能のようなものがそう告げていた。
「マスター、居ますか?」
突然の声に朔夜がびくりと震えた。
「ああ、シルバですか。任務の報告なら後にして先に入浴でもしてきてください。僕は今忙しい」
せっかく朔夜と二人きりの秘め事のつもりが台無しだとわざと不機嫌を演じた。
「すみません」
別に忙しくもないのだが、声の主はあっさりと納得してその場を去る。
彼は絶対この神聖な空間に足を踏み入れない。怯えているのだろう。
「そうだ、朔夜はお手伝いをしたいと言っていましたね」
「はい」
「では、朔夜に仕事を与えましょう。毎朝一番に母の為の花を買ってきてください」
単なる思い付きであったが、花は良い。信仰の証としてわかりやすい。
「え?」
「白い花が良いですね。彼女は白い花が好きです」
セシリオは笑う。
これは遊びに過ぎない。
そう、長く生き過ぎたセシリオ・アゲロと言う名の化物のささやかな遊びに過ぎないことなのだ。
「はい、がんばります」
朔夜はきりっとその場で背筋を伸ばす。
子供らしい仕草。
なのに、それに酷く違和感を感じる。
彼女は大人の前で無理に子供を演じているような、そんな違和感を持った子供だった。