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奇妙な運命

 仕事帰りは既に日が昇りかけていた。

 うっすらと明るくなっていく廃墟。

 一歩奥に踏み込めば王都にだって廃墟街はある。そこはまるで迷宮のように入り組んでいた。

 親の居ない子供たちが汚なくも逞しく生きているその街で、セシリオ・アゲロは酷く驚く体験をした。


 彼の財布を狙う勇者いのちしらずが居たのだ。


「おや? 珍しいこともあるものだ」

 心が躍る。セシリオは気配を探った。

 子供は彼に気付かれたと知るとすぐに廃墟の迷宮へと駆ける。

 しかし彼もまたこの迷宮で育ったのだ。ここらの道は知り尽くしていた。

「実に興味深い。待ちなさい」

 追って行く。

 子供ならば相手の力量もわからずにということもあるだろうが、そもそも大抵の人間はセシリオの気配そのものに本能的な恐怖を感じて避けようとするだろう。

 しかし、この子供は違う。実に興味深い。

 しばらく追うが意外とすばしっこい子供だった。

 姿は見えなくとも気配で大体の位置はわかる。が、子供は子供なりにも気配を消していた。

 普通の子供より小さな気配が三つ。

 そのうちの一つはこの世の者とは思いたくない禍々しい何かを抱えているようだ。

「魔術師の捨て子ですかね」

 もっと悪ければ別の何かかもしれない。だったら関わらないのが一番だ。

 けれど、彼は自分の財布を狙ってきた子供に興味がある。

「作戦を変えますか」

 ただ追っても姿を現してはくれないだろうし、あの建物は崩れていていくら身体が小さいとはいえ大人の彼が入れるような場所ではない。

 おびき出そう。

 彼は考える。

 そうだ、林檎がある。

「出て来なさい。別に殺そうとは思っていませんよ。お腹が空いているのでしょう? あまり新鮮とは言えませんが、そこそこ食べられる林檎をあげますよ」

 ふざけ半分に子供に声を掛ける。

 こんな中途半端なやり方で出てくるとも思えないが、彼にとって子供が現れようが現れまいがただの暇つぶしでしかない。

 幸運なら好奇心が満たされる程度の気持ちだった。


「本当に?」


 声がした。

 幼い子供の声だ。


「ん?」

「本当にくれるの?」

 恐る恐る、と言う声。

「ええ、差し上げます。顔を見せてくれますか?」

 声の主に酷く興味を持った。

 その子は勇敢で責任感が強く、それでいて聡明に違いないからだ。

 石の崩れる音がする。

 そして、廃墟の隙間からひょっこりと子供が顔を覗かせた。

 女の子だった。汚れて傷んだ衣服を纏っている。なのに不思議と気高ささえ感じさせる瞳だった。

「君が僕の財布を狙った勇者ですか? 思ったよりも若いですね」

 若いと言うより幼い。

 年の頃は五つ程だろうか。

「林檎」

 少し力強い声で彼女は言った。

「え? ああ、そうでしたね」

 ナイフを取り出し林檎を半分に切って半分を彼女に差し出せば、何かが凄い勢いで彼の前を通り、林檎は両方消えていた。

「え?」

 まさか自分の手から突然林檎を奪うことができるような存在がこの空間にいるとは思わなかった。

「さくやはとろいんだよ。だからみつかるんだ」

 さらに幼い声が響く。

「あの人、わざと隙を作ってたわ」

 栗毛の子供。

 生意気そうなその子供は、あの少女を「さくや」と呼んだ。

「さくやと言うのですか?」

 最初に姿を見せた子供に訊ねる。

「ええ。朔日の朔に夜で朔夜。生まれは日ノ本王都。歳は五つ。他に質問は?」

 まるで台本を読みあげるかのように彼女は言う。異国出身である程度の教養があるとは驚きだ。

「今の素早い餓鬼と、もう一人隠れてる子の名前は?」

「この子は瑠璃、もう一人は玻璃。玻璃は人見知りなの」

 おそらく最年長は朔夜なのだろう。

 セシリオは興味深く彼女たちを見た。

「全員日ノ本生まれですか?」

 東の果てとは随分と遠くから来たものだ。

「ええ。商人の船に乗せられてここまで来たわ」

 よく見れば彼女たちは奴隷の証を持っていた。身体のどこかに番号がある。

 同じだ。

 セシリオは彼女たちに運命を感じた。

 何より、朔夜からは懐かしさにも似た何かを感じる。

「僕と、来ませんか?」

 思わずそう提案した。

「え?」

「なんだかとっても面白くなりそうです」

 セシリオはゆっくりと朔夜に近づいた。

 提案と言っても、彼女たちに断るという選択肢を与えるつもりはない。

「とりあえず、食べる物と寝床だけは保証しますよ」

 それは子供たちにとって甘過ぎる誘惑。

「……この子たちの命も保証してくれる?」

 朔夜の鳶色の瞳が真っ直ぐとセシリオを見つめた。

「ええ、保証しましょう」

 興味深い。

 幼い少女が、自分の命より、更に幼い子供たちの命を優先させる。

 彼女は他の二人の為に自分の命を捧げると、そう示したのだ。

「僕と、生きてくれませんか? お嬢さん」

 恭しく傅いてみせる。

 夢のようだ。

 また、あなたに会えるなんて。


 セシリオが彼女の手を引けば、隠れていた最後の一人が慌てて彼女の手を掴んだ。

「ダメ」

 それはとても儚い声だった。

 そして気配ない動きに驚いた。

「え?」

「さくやはわたしの」

 小さな自己主張。

 弱々しくも愛らしく図太い。

 幼い少女の周りには赤黒い何かが蠢いている。

 不気味なそれを彼は見た。

 ただ、見た。

 そして何かがあると認識したが、それ以上は何も感じなかった。

 不吉ではあるが害意は無い。

 それ以上でも以下でも無い。

「お前も来なさい。今日から家族です」

 セシリオは少女を拾い上げた。

 小さな彼女は懸命に抵抗したがすぐに諦めた。

 何より、隣の少女が大人しく従うのだ。

 彼女にとって少女は絶対的な存在なのだろう。

 少し遅れて小生意気な少女が追いかけてくる。

「お前も、今日から家族です」

 セシリオは笑む。

 家族が三人もできた。

 家族と言うのがどういうものかは知らないが、とりあえず、一緒に暮らしてみればきっとそれらしくなる。

 それはぎこちない模倣遊びの始まりだった。

 けれども、彼の心は確かに期待に満ち、それでいて彼の人生のどの時間より穏やかだった。

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