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奇妙な理論


 セシリオ・アゲロは自身の経営する酒場に集まる悪友たちに溜息を吐く。

 もう全員四百年以上生きていると言うのに誰一人結婚経験が無い。

 それに、自分を除く二人は貴族の生まれだ。

 不思議なものだと二人を眺めた。


「セシリオ、聞いておくれ、酷いんだ」

 上質な葡萄酒を楽しみながら、輝く金の髪で多くの女性を魅了するであろうウラーノ・ナルチーゾを見る。

「なんです?」

 無駄に輝いている金髪はどうも懐かしい誰かを思い出させる。

「私の美しき蝶がまたひらひらと他の男に飛んで行ってしまったのだよ」

 ウラーノはまるで芸術品のように完璧に憂いを含んだ表情を見せる。

「……それで? それはどんな絵です?」

 もう慣れている。

 彼が恋するのは自分自身と芸術品だけだ。

「花の女神ですよ。競りで完敗でした。尤も、僕は目当ての品を手に入れましたがね」

 藍鼠の髪の異国風の装いでタロッキを弄ぶスペード・J・Aは退屈そうにウラーノを見た。

「おや? また袖飾りを新しくしました?」

「良く気付きましたね。中々気付く人が居なくて寂しかったのですが……ええ、森羅の職人に作らせました」

 スペードは着飾るのが好きだ。それでいてさり気ない品を選ぶのが上手い。

「スペードは相変わらずの森羅びいきですね」

「そうですか? でも、素材が良い」

「同感です。僕なんかはハウルの布も好きですがね。夏が涼しい」

 男三人集まってする話が装いばかりではつまらない。

 このところ仕事も少ないのは少しばかり世が平和だからだ。

「長く生き過ぎましたかね」

 退屈が嫌でこの姿で生きているはずなのに、また退屈を感じている。

「え?」

 ウラーノがわずかに驚きを見せた。

「つまらない」

 刺激がなく単調な日々を繰り返している。

「ああ、それは私も感じるよ。退屈だ」

 できないことは無いのではないかと言うほど、その道を極めた。

 ウラーノは芸術を、スペードは魔術を。そして、セシリオ自身は人殺しを極めた。

 もう、その道で敵はいないとも言える。

 刺激が足りない。

 かといって権力にもそれほど興味は無い。

「新しいことを始めては?」

 とてもありふれた提案をしたのはスペードだ。

「新しいこと?」

「今までしようと思わなかったこと、昔したいと思ったこと。なんでもです」

 スペードはタロッキを並べる。

 が、別に賭けをしているわけでもない。

 ただ、手が退屈だから並べられたそれらは再び彼の手に戻る。

「昔したかったこと、ですか? そうですねぇ……僕はあなたたちと違って家族を知りませんから、家庭に興味があります。ああ、そうだ。一家惨殺でもしましょうか。どの手順で殺していくのが一番苦しめるのに適しているのか、なんて依頼を受ける際にも役に立ちそうですね。僕のお勧めは子供母親、父親の順です」

「僕なら母、父、子の順にします」

「おいおい、野蛮だよ。私は絵画収集にも飽きてきたところだからねぇ。健康的に乗馬でもしようか」

 ウラーノは血なまぐさい話になるとすぐに話題を逸らそうとする。

「健康的も何も生まれてから一度も病気もしたことが無い人が何を言っているんですか」

「まったくです」

 皆揃いも揃って健康体だ。健康的な活動など必要ない。

「だったらスペードは何をするんだい?」

 もとはと言えば彼が言い出したのだからとスペードに問う。

「僕は別に、毎日賭けさえできれば何でもいい」

 彼はそればかりだ。賭けこそが人生。金品というよりも駆け引きに執着している。

「つまらない」

「まったくつまらない男だ」

 セシリオは期待していた答えが無かったので、席を立つ。

「どこへ?」

「適当に肩慣らしをしてきます。これから仕事なので」

「仕事の前に飲酒かい?」

「こんな男に仕事を任せる依頼人は不安にならないのですかね」

 からかう二人だって知っている。

 この、セシリオ・アゲロの仕事に失敗が無いことを。

 だからこそ安心して罵れるのだ。

 そして、奇妙な信頼関係は生温く妙な心地好さがあった。

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