表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

奇妙な告白


「朔夜、僕と結婚して下さい」

 これ以上ない完璧な状況だったはずだ。

 一大決心を決め彼女の退路を塞ぎきったはずだ。

 それなのに。

「け、決闘? 無理です! マスター相手に決闘なんて……それとも、私、何かいけないことしましたか?」

 不安そうに怯える朔夜。

 あなたがいけないことをしたとすれば僕の一世一代の大告白をとんでもないベタすぎるボケで無視したことですよとセシリオは言いたかったが、なんとか堪える。

「決闘ではありません。結婚です」

 想定外の反応だ。

「は、はぁ……」

 状況まったく把握できていない朔夜に呆れる。

 普通女性という生き物はこういったものに憧れるのではないだろうか。

「僕の妻になってください」

 そっと朔夜の手を取って囁いても、彼女は混乱しているようだ。

「……マスター? 今度は一体どんなお仕事ですの?」

 不思議そうに朔夜は見上げる。

「そうですね、僕の家族になると言う仕事です」

 鈍い。鈍すぎる。

 もう、仕事でもなんでもいい。とりあえず今は頷かせることが大事だ。

 卑怯とも言える考えで、セシリオは話を進めていく。

「期間はどのくらいですの?」

 完全に任務だと思い込んでいる彼女は出会った頃から全く変わらないように思える。

「僕とあなたが死ぬまでずっと、です」

「……それって……」

 ようやく気付いたかと期待した目で彼女を見たが違った。

「変わった任務ですのね」

 セシリオは強い眩暈を覚えた。

「……朔夜、何か僕に恨みでもありますか?」

 絞りだせた言葉はそれだ。

「数え切れないほど沢山ありますが?」

 にこりと笑って言われ、流石の彼も凹んだ。


 クレッシェンテ三大恐怖の一人。恐怖の代名詞と呼ばれるセシリオ・アゲロの唯一の弱点は、三人の養女に嫌われることだとは仲間内のみで知られている。


「マスター、養女むすめに求婚する養父ちちおやなんて初めて見ました」

 心底呆れたような様子を見せる朔夜に納得がいかない。

「あなたが心配なんです。朔夜。あなたが一番妙な男に騙されそうだ。そのくらいなら僕の妻に迎えます」

 嘘ではないが事実でもない。ただ、朔夜を手放したくない。

「またどなたかに何か唆されたんですか?」

 呆れたように朔夜は言う。

 実際セシリオは、悪友スペードとウラーノに、家族が欲しいならさっさと結婚でもなんでもすればいいと延々五時間からかわれた。しかしそれは些細なことだ。

「あいつらの言葉は関係ありません。僕はただ……信用できる者の中で一番ふさわしいのが朔夜だと思っただけです。一生不自由はさせませんよ」

 これはセシリオのよくない癖だ。生まれ持った性質とでもいうのだろうか。

 肝心な時にさえ本心を継げることができない。

「そういう問題ではありません」

 朔夜は深いため息を吐いた。

「何か問題でも?」

「……養女むすめ養父ちちおやの結婚が認められるとでも?」

「禁止する法はありませんよ?」

 ここは罪なき国だ。

「まぁ」

 驚いた。と朔夜は目を見開く。

「いいでしょう? 僕の妻なんて肩書きはそうそう手に入りませんよ」

 恐怖の代名詞の妻など、響きだけでも強そうですと告げれば朔夜はかすかに笑う。

「離婚しようとした時に手を切れないなんて不都合が付きますけどね」

「はじめから離婚を考える夫婦がどこにいますか」

 風変わりな娘であることは知っているがやはり想定していたものとはだいぶ違う反応だ。

「……マスター、頭を冷やしていらっしゃい」

「朔夜?」

「きっとどなたかに洗脳されたに違いないわ。あなた、霊感商法とかに引っ掛かりそうだもの」

 諭すような彼女の態度に納得できない。

「引っ掛かりませんよ。騙そうとした商人はみんな殺してきましたから」

「……引っ掛かってるじゃない」

 朔夜は深い溜息を吐いた。

「それに、あなたは近頃沈んでいる」

「え?」

「僕のせいですか?」

 セシリオは幼い子供のような表情でどこか苦しそうに朔夜に訊ねた。

「あの男の死体を持ち帰ってからあなたはずっと沈んでいる。僕があの男を殺せと命じたからですか?」

 朔夜が苦しむと知りつつ、そうさせたのは単に彼女を手放したくなかったからだけではない。

 あの男を絶望の底で死なせたかった。

「セシリオっ!! 馬鹿なことを言わないで頂戴。ヴァレフォールは関係ないわ……」

 あまり感情を表に出さない朔夜がこんなにも表情を歪める。そうさせたのはセシリオだ。

「嘘です。僕は彼の名を出していない。けれどあなたはヴァレフォール・ルーポの名を出した。けれど、彼は消しておく必要があった。ハデスの幹部であり、女神の意思に逆らうものとして」

「そんな……」

「現に女神は彼を助けなかった」

 朔夜は泣き崩れる。

 セシリオはただそれを眺めた。

「僕たちは暗殺者です。感情を殺し、大切なものなど作らない。何にも執着してはいけない」

 言葉通り、セシリオの声には、表情には何も含まれていない。そもそも、感情を真似ているだけで彼自身感情を持っていないのかもしれない。

 それを感じてか朔夜は微かに震えた。

「恐怖も、悲しみも、全て捨てなければならない」

 いずれはすべてが無になるのだ。

「それなのにあなたは家族に憧れているのですね」

 切なそうに歪む朔夜の表情をセシリオは完全に読み取ることができない。

「……そうですね。おかしな話です。壊すべきものを望むなんて」

 彼は自嘲気味に笑った。

「愛している、という言葉を理解できないんです。昔から。僕は欠陥品だ。だからこそ、僕はそれを手に入れたい。金も地位ももう十分すぎるほどに手に入れました。その気になれば国さえも乗っ取れる。けれども僕は権力にはそれほど興味を持てない。金があっても何故か満たされない。別に人付き合いが全く出来ないわけでもありません。それなりに表面上の付き合いだって出来ます。けれども、何かが足りない。別に友人や恋人を欲しいなんて思ったことはありません。それに理解できない。けれど、どうしてでしょうね。壊すべきものを手に入れてみたいと思ってしまうんです」

 だからセシリオはこの国にいる。

「……マスター……」

「僕がまだ手に入れていないもの。それが愛情と言うものだと思いました。もしかするとそれが手に入れば僕は満たされるかも知れない。愛情とは家族とかそう言った親しい間柄の相手に対して向けるものでしょう? 僕はそれを知りたいんです」

 セシリオはそっと朔夜の手を取る。

「貴女なら、僕の妻になっても生き残れる」

「え?」

「僕は貴女をちょっとしたことで殺したりしないし、貴女はある程度なら僕の攻撃も防げる。その程度には僕が訓練しています」

 出会ったときから、朔夜には特別な何かを感じていた。

「あ、あの……それって、そんなに大事な基準ですか?」

「勿論です。だって、僕は普通は近づいてくる女は直ぐに殺したくなりますし、長時間同じ空間にいるとやっぱり殺したくなりますし、同じ空間で食事なんてしようとするとうっかり毒を盛りたくなります」

 そもそも他人を嫌うセシリオがこんなにも手放したくないと願う人が他にいるだろうか。

「……それは異常です」

「けれども、貴女なら気になりません」

「は?」

 セシリオは朔夜の言葉を無視し話を続ける。

「朔夜が僕の部屋に入っても殺したくなったりしませんし、同じ空間で食事を取ることも嫌ではありませんし、朔夜と二人きりで長時間無言で過ごしても不快ではありません」

 むしろ朔夜がどこに居るかわからない時の方が不快だ。

「私はとても緊張します」

「どうしてです?」

「二人きりで無言は寂しいでしょう?」

「そうですか? では、次からは何か話す努力はします」

「……それに、その条件なら玻璃ちゃんでも瑠璃ちゃんでも当てはまるのでは?」

「瑠璃だと、たまに殴りたくなることくらいならありますね。一応、僕の養女むすめということになっているので我慢はしますが、うっかり殺してしまうかもしれません。玻璃は、幼すぎます。いえ、年齢のことだけではありません。あの子は精神が子供のままです。どちらかと言うとあの子は養父ちちおやとして見守りたい対象ですね」

「……既に決定事項なのでしょう?」

 朔夜は軽く溜息を吐く。

「貴女の意思は尊重するつもりですよ」

「嘘ばっかり」

「嘘ではありません」

 セシリオは跪き朔夜の手にそっと口付ける。

「大切にします」

 朔夜に拒否権などないと態度で示す。

「……マスター」

 まだ戸惑う朔夜が逃げ出さないように、わずかに手に力を籠める。

「何よりも大切にします。朔夜、僕と結婚してください」

 朔夜だけは絶対に手放さない。もはやこれは執念かもしれない。

 それに気づいたのか、朔夜はわずかに頷いた。

「……わかりました」

「え?」

「なんか変な感じがしますけど、家族だということは変わらないのでしょう? これからも」

 まるで優しく癒すような、彼女の瞳が微かに揺れる。

「……そういう、ものですか?」

 セシリオにはよくわからない。しかし、朔夜が言うならそうなのかもしれない。

「そうよ。妻も娘も家族でしょう?」

 朔夜は笑う。

「マスター、改めて宜しくお願いします」

「朔夜……貴女の生ある限り大切にします」

 絶対に手放さない。いつか訪れる終焉の日までは。

「私より長生きをすることが前提なのね」

「僕は今まで死んだことがありませんから」

 そもそも不死の肉体だ。

「私だって無いわ」

 二人顔を見合わせて笑う。

 新しい関係の始まりだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ