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青になるまで

作者: 冬ノ
掲載日:2026/04/08

赤号の前で、彼は立ち止まっていた。

ただそれだけのことなのに、時間は粘つくように進まない。

早く青になれ、と心でつぶやく。

その言葉は信号機にではなく、どこかもっと深いところに向けられていた気がした。

人生も、こんなふうに間延びしている。

不要な場面だけを切り落とし、肝心なところまで一息で辿り着けたらいいのに…

そんな考えが、疲労の奥から浮かび上がる。

毎日は仕事で埋まり、手応えは薄い。かつて未来と呼んだものの輪郭がいつの間にか薄れつつある。

学生の頃、無邪気に描いていた線とは、あまりにも違う現在地。

それならいっそ、数年分を跳び越えてしまえたらと…

そう考えているうちに、まばたきをするたびに景色が変わっていることに気づく、朝は余韻もなく夜になり、春は抵抗する間もなく夏と入れ替わる。

彼は年を取り、役割を得て、気づけば誰かに説明される側の人間になっていた。

「順調ですね」と言う声が、表面をなぞる。

しかし、胸の奥に小さな空洞があった。名づけられない違和感だけが、静かに残っている。

ある日、立ち止まり、ふと過去を振り返ろうとした瞬間、理解した。

振り返れない。

何でもなかった道。

誰にも届かなかった努力。

意味がないと決めつけて、息をひそめていた時間。

それらは、最初から存在しなかったかのように欠けていた。

早送りされた人生は、滑らかで、整っていて、そのぶん驚くほど薄く、軽かった。

目を覚ますと、彼はまた同じ交差点に立っていた。

赤信号。見慣れた街。

けれど、不思議と焦燥はない。

空を見上げた。雲が、少しずつ形を変えながら流れていく。

目的地も理由もなく、ただ流れている。

その無為な時間が、胸の奥で静かに触れてきた。


人生を早送りしたいと思ったことがある。

だが本当は、早送りしたかったのは人生ではなく、

「意味がない」と切り捨ててきた瞬間そのものだったのかもしれない。

信号が、青に変わる。

彼は急がず、地面の感触を噛みしめるように、一歩を踏み出した。

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