10,観察
2人の精神状態は混沌を極めた。
泣きわめいたり、暴れたり、絶望を感じることすら忘れて、虚無の世界に入り込んでいる。
展示場に戻ったあとも、2人はベットで横になり、ひたすらに天井を見つめた。
悠太は天井と睨めっこをしている最中、目の中に水が溜まり、溢れていることなど気にしない。
祥生は必死に脳を動かそうとしたが、何も考えられない。
というよりも、何も考えたくなかった。
時間はすぎ、収容の時間になる。
バックヤードに戻るのを拒否してしまえば、罰を受けてしまうことを知っているため、2人は仕方なく戻った。
夕食を出されたが、2人とも食べる気力が湧かなかった。
眠ることもできずに、バックヤードに戻っても天井と睨めっこを続けている。
その2人の静寂を遮るように祥生の近くで声がした。
「なんだ、1口も食べないのか。」
びっくりして祥生はベットから転げ落ちた。
長谷川かと思ったが、声が少し違う。
小澤だった。
彼は手にバインダーとペンを持って何かを書き込んでいる。
おそらくは自分たちの行動の記録なのだろう。
よく見ると、悠太の方にも白衣を来た人が1人いる。
祥生は警戒して、小澤がいる方向と逆の方向へと後退りをした。
「そんなに怯えなくてもいいだろ。
僕は君の担当なんだから、慣れてもらわないと困る。
おやつでもいるかい?」
そう言って小澤はポケットからチョコレートを取り出してこちらに差し出してきた。
しかし、祥生は取ろうとはしない。
すると、小澤は諦めてチョコレートをポケットにしまう。
そして何やらバインダーに何かを書き始めた。
バインダーをこちらへ見せてきた時、そこにはこんなことが書かれている。
『僕は君たちの言葉を理解してはいけない。
つまり、話してはいけない。
けれど、知りたいことが1つある。
話していないように僕に伝えてくれ。
君たちは今、何を望んでいる?』
話を理解したが、ここで話をすればこの小澤という人間を貶めることができるのではないか?
そう思ったのだが、陥れたところで何も変わらないだろう。
だったら、貸しを作り、味方してもらう方がいいのかもしれないと祥生は思った。
「…自由。」
ボソッとギリギリ聞こえる声でそう答えた。
「僕は君たちを傷つけたりはしない。
ただ、世話するだけ。
ここにいれば、最低限の生活は保証される。
逃げない方が身のためだとだけ言っておく。
この言葉が君に伝わっていればだけど。」
この言葉を聞いた時、味方になってくれる可能性は限りなく低いことが分かった。
やはり自分たちだけで逃げなくてはならない。
だが、小澤を陥れることはしなかった。
もしかしたら、他の人が暴力を振るうクセがあったら大変だからだ。
祥生は小澤の方へと少し近ずき、バインダーを指さした。
「これが気になるのか?
これは記録だよ。
長谷川さんのところへ持っていく。
研究結果としてデータを集めるためのものなんだ。
君に言ったって分からないよ。」
小澤の顔をよく見た時、彼の目は長谷川とは違うと感じた。
違う狂気を感じる。
言葉にするのは難しいが、長谷川の目は完全に自分たちを人外として見ていたような目。
でも、小澤の目は…世話を楽しんでいるかのような…目?
それでも怖い雰囲気を纏っていることには変わりなかった。
その後、小澤はどこかへと行ってしまう。
祥生は夕食を少しだけ口に運んで寝ることにした。
明日はこの場所から逃げられるチャンスかもしれない。
これを逃す訳にはいかないのだ。




