9,解剖実習③
鶏を解剖する理由。
鶏の体の構造を理解するため。
自分たちが食べている肉の部位を確かめるため。
ただ…それだけ。
市場に出回る鶏たちの肉は、人間に食べられ、次の命に受け継がれるためにある。
しかし、解剖実習で使われた肉は食べられはせずに廃棄されてしまう。
人間同士を食べることはできない。
共食いをしてしまえば、体が段々と崩壊していく。
では、解剖実習で使われた人間というのは最後にはどうなってしまうのだろうか?
答えは簡単だ。
廃棄される。シンプルな答え。
人間の解剖実習を見ていると、生き地獄という言葉が似合う。
実際、悠太の母の顔の皮が剥がされ、首から下半身にかけて肉が切り裂かれ、内蔵や筋肉が顕になった時に、祥生は込み上げる吐き気を抑えることができず、ケースの中にあった袋に思いっきり胃の内容物を吐き出してしまった。
顔だけを見れば人体模型のように見える。
しかし、その下からはグロいという他ない。
無駄に手際がよいこと、綺麗な作業で内蔵などを傷つけるような作業ではないこと。
これが気持ち悪さをさらに引き上げる。
「この部分が肺だ。
肉を切り離す時は丁寧に、骨にそって行うんだ。
それから…」
長谷川は解剖をしている白衣の人間に指示を出している。
指示というよりも教育?という言葉が合う。
段々と悠太の母の面影はなくなっていく。
髪の毛は皮膚ごと切り離され、もはや顔の原型はどこにも見当たらない。
ただの骸骨になってしまっている。
内蔵は少しずつ丁寧に取り出され、15分後ぐらいには体から内蔵は全て摘出された。
動物の解剖なら見事な作業だと言えたのだろうか…
だが、まだ残っている。
腕と足をさらに切り離し、筋肉の付き方を見ていく。
メスが肉を裂く時、まだ体に残っていた血液が切り口から溢れ出している。
切り取られた時の断面はアニメでしか見たことがないようなくっきりと骨が見えるものになっていた。
腕の片方は切り離して解剖。
しかし、片側は体にくっついたまま肉が裂かれ、中にある骨がむき出しになる。
その光景は耐えがたく、胃の中の物を全て出したはずの祥生はまだ吐き気を覚えた。
悠太はと言うと、涙を流しながら声を出さずにその解剖実習を見守っていた。
時々、自分の無力さを思い知っているのだろうか、ケースの壁を拳で叩く様子が伺える。
助けられなかったという無力さ、既に死んでいる親に対して何も出来ないという諦め…
彼の精神状態は限界に達していたはずだ。
それでも解剖実習は終わらない。
足も同様に、片方は体から切り離され、もう片方は体にくっついたまま骨を見るために切り裂かれる。
長谷川はいかんせん、骨だったり筋肉について説明をしているが、それはあくまで白衣を着て解剖を行っている人に対してだった。
祥生と悠太に対して話しかけたり、説明したりすることは一切ない。
そこで祥生は改めて自分たちが「動物」として扱われていることを自覚する。
そして、自分たちは今、同類を目の前で解剖されるのを見せられる為だけに連れてこられたということを理解したのだ。
仕分けされた内蔵たちは動きを止め、血を流すことすら今はしていない。
体の皮膚は血の気を失い、青白くなっている。
顔は瞼を剥ぎ取られているため、眼球がむき出しになっていた。
今や、安らかな眠りの顔を悠太に見せることもできずにいる。
祥生にはこの空間では何の音も聞こえなくなった。
ただ目の前で解剖されている人間の様子だけが読み取れる。
自分が出した吐瀉物の匂いがケースに充満していることも今は感じていなかった。
そして解剖は最終段階へと突入し始める。
身体中の骨という骨から肉が剥ぎ取られていき、足の方から段々と骨だけになっていく。
剥ぎ取られた肉はどの部位なのかも分からない程、原型を留めていない。
そして最後に残ったのは顔に張り付いた肉だけ。
メスが眼球を取り出し、銀のトレーの上に置かれる。
取り出されてしまえば、眼球など、誰のものなのか分かったものではない。
その後は顔の肉が剥がされ、完全な骸骨になってしまった。
もはやこれだけでは、元の人間がどんな容姿や体型をしていたかなど分からない。
剥ぎ取られた肉たちは写真や記録されたあと、廃棄された。
骨も含めて。
これにて解剖実習が終了した。
祥生と悠太は元の部屋へと戻される。




