8,施設見学
物音と周りが明るくなり、まぶた越しに光を感じ、起床する。
これが、檻の中でないのならいい目覚めだっただろう。
どんな夢を見たか、祥生も悠太も覚えてはいなかったが、お互いに悪夢であることは分かった。
顔を見合わせると、酷い顔をしているなと互いに思った。
だが、そんなことも言ってられない。
今日を逃してしまえば、逃げ道を考えることができなくなってしまうかもしれないからだ。
夕食と同じように朝食も用意され、人の手で差し出された。
食欲はほとんどないが、食べないといけないという気持ちだけで、食事を口に運んでいる。
食べ終わり、しばらくすると見覚えのある人間が2人の檻まで歩いてきた。
長谷川だ。
「昨日はよく眠れたかな?
今日から実習開始です。
これからずっとここにいるんです、その中も心地よくなってくるはず。」
「んな訳あるかよ。」
悠太がボソッと呟いた。
その言葉を嘲笑うかのように、長谷川の表情が網越しにニヤけたのを確認してしまう。
「今日は施設の見学をしてもらう。
でも、そのまま歩かせる訳にはいなない。
だから、これに入って施設の中を見学してもらう。」
長谷川が呼びかけると、2人の白衣を着た男が透明なガラスのケースを台車に乗っけて歩いてきた。
大きさは、自分たちが入ってもある程度の自由があるほどの大きさだ。
てっきり、歩いて回るものだと考えていたため、2人にとってこれは誤算だった。
言われた通りに、ケースの中へ入る。
ケースから祥生は自分の台車を押してくれている人のネームプレートを見ることができた。
『小澤』
そう書いてあった。
特にこれはなんの情報にもなりやしない。
それにこの人だって自分の言葉を理解はしてくれないだろう。
そういう設定なのだ、この施設は。
「では、見ていきましょうか。」
そういうと、自分たちのいた部屋の前の通路まで押された。
昨日の夕方ぐらい?まで自分たちが展示されていた場所だ。
見るだけで嫌気が刺してきてしまう。
「ここは、分かっていると思いますが、展示動物のエリアです。
あなたたち2人も展示動物ですから、ここに展示されます。」
台車を押していくと、別の部屋がいくつもあることがわかった。
ここに収監されてしまっている人は祥生と悠太だけではないのだ。
部屋を1つずつ順番に通り過ぎていく。
驚くことに、部屋にいる人たちは皆、普通に生活をしていたのだ。
自分たちが通りかかると「いつものか。」程度の顔をしている。
しかし、どの部屋の人間にも言えることだが、目が死んで閉まっていた。
まるで、最初に会った時の長谷川のように。
「なんでこんなことするんだよ。」
祥生は純粋な疑問を投げかけた。
その瞬間に台車がピタリと止まり、長谷川もその場で止まって、こちらを向いた。
「人間はとても愚かな生き物です。
それを実感させるためです。
その後はどうなるのか、人間世界に返す、ですが、これはまだ成功していません。
この施設である程度生活していた人間は元の人間社会に戻ることはできていない。
動物園の動物だって同じだ。
2度と野生には返すことはできない。
人間が手を加えてしまった瞬間から。
だから、純粋な研究として、動物がどう扱われてきたのかを身をもって体験して貰うことで、データが取れる。
いつか、これが自然のためになる時が来る。」
「狂ってる…人間を人間じゃなくしてしまうなんて。」
祥生がこの言葉をはなった瞬間、長谷川の形相が豹変した。
怒りを思いっきり顕にしたような顔だ。
「私が、人間じゃなくできるものか。
何度、この醜い生き物でいることを悔やんだか、人間をやめてしまいたいと思ったことか。
しかし、どんな形であっても、人間という肩書きは自分にかされてしまう。
だから、私は君たち2人を動物にしたが、肩書きだけは残ってしまっている。
人間じゃないからと、自分のことを言う馬鹿もいるがね。」
何も言えなかった。
そのまま、長谷川が歩くと同時に、台車も走り出す。
チラッと後ろを向くと、小澤と目が合った。
その目は疲れきったような目だが、祥生は彼の目に何か違う感情が見えたような気がした。
けれど、ここの人間に何か考えたところで無駄だとその気持ちは無視することに。
エレベーターに乗り、2階へ移動。
扉が開くと、先程自分たちがいたところがマシに見える程の光景が広がっていた。
地獄のような、そんな感じだ。
「ここは家畜と実験動物のエリアだ。」
何人もの人間が広い部屋に閉じ込められている。
片側はそんな感じだが、もう片方には優遇されたような部屋に男が何人かいて、いくつかの部屋に、お腹が異様に膨らんだ女性がいたのだ。
祥生は農業高校卒業生だ。
だから、これがなんなのかすぐに分かった。
優遇された部屋にいる男は、いわば種をつけるための人間。
そして、異様に腹の膨れた女性は子を身ごもっているのだ。
大部屋が男女で別れさせられているのも納得だ。
彼らは本当に家畜。
子を産み、母親の母乳を搾取されるだけの存在。
そして、その子どもは何も知らずに、利用される為だけに産まれてくる。
吐き気を覚えたが、ケージの中で吐いてしまう訳にもいかず、耐えた。
そして、大部屋の女性の部屋を見た時、祥生は驚きのあまり、ケージに手を思いっきりぶつけてしまう。
部屋の中に自分の母親を見つけたのだ。
「母さん!」
「あぁ、そうでしたね。
あなたのお母さんは子を産むために扱われる家畜の役割を与えられたんですよ。
子を産んだ後は搾乳ですかね。」
長谷川の方を向き、怒りを顔に出したが、それすらも嘲笑われてしまう。
今自分にできることは何もない。
無力さに打ちひしがれてしまう。
「男の人はどうなるんですか?」
悠太が少し震えた声で聞いた。
「肉ですよ。男は優秀な遺伝子を持つものだけが、VIP待遇を受けられる。
そう出ないものは屠殺されて肉を取られる。」
祥生の母は生きる気力を失っているかのようだった。
祥生が呼びかけても気が付かないほどに。
そのまま、台車は前に進んでしまう。
「ここは実験動物のエリア。」
その場所では人間が裸の状態で、固定され、注射やら何やら試されている様子が見えた。
なるべくそっちを見たくはなかったが、自分の親がその場所にいるかもしれないと思うと、探してしまう。
幸い、実験動物のエリアに2人の親はいなかった。
「では、あなたたちの放飼場を見に行きましょうか。」
エレベーターに乗り、下の階へ降り、外の部分に出た。
2人で1つの放飼場が用意されていたのだ。
広さはまぁまぁで、人間が使う公園のような感じだった。
そして、遊具が置かれている。
祥生は1つの方法を見つけ出したような気がした。
とある高い部分から肩車で飛べば1人は外に出られるのではないのかと。
周りの壁は下からでは絶対に届かないが、上からならギリギリ届きそうな高さだった。
詰めが甘いな。
祥生は出てもいないのに勝ちを心の中で確信してしまっていたのだ。
「明後日にはここで過ごす時間も与えられる。
明日はまた違うことをしますからね。」
明後日が勝負。
どっちか1人が出られれば、逃げ延びられれば助けを呼ぶことが出来るかもしれない。
それに賭けるしかないのだ。
その時、少し遠くの方でバンッという音が聞こえた。
悠太の父の頭を撃ち抜いたあの音に似ている。
「なんの音だ。」
「外にいる人間を撃った音だよ。
この外には野生の人間を放っている。
小川くん。君のお父さんもね。
彼らは食べるものを求めて、この施設に近寄ろうとする。
ただ餌を求めているだけなのに殺される。
まるで、餌が人間の手でなくなり、人間の街に降りてきて殺されるクマのようにね。」
そんなことよりも、祥生は自分の父が外にいることに驚いた。
そのうち餓死してしまう。
この施設に近寄れば撃たれて殺されてしまう。
八方塞がりではないか。
母親といい、父親といい、両親が大変な目にあっているという事実を知り、祥生の心は崩壊寸前だった。
「こんなものだ。
それじゃ、展示場に戻ってもらうよ。」
台車を押され、部屋へと戻された。
展示場のベットの上で、祥生はうずくまり、枕をずぶ濡れにするまで泣いてしまう。
だが、ココから出ることを諦めてはいなかった。
祥生と悠太はどうにかしてココから出ようと、思考を巡らせている。
明日何をするのかを疑うことも忘れて。




