表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

鋼鉄の乙女と緋色の糸

作者: 花竜
掲載日:2026/02/01

ゴルザックは、純度100%のバーサーカーであった。


 彼が咆哮すれば大気は震え、彼が戦斧『血塗れの咆哮』を振るえば、オークの群れは一瞬にして「かつて生命体だった肉塊」へと姿を変える。


 一度スイッチが入れば、敵味方の区別などという高度な概念は、彼の脳内から蒸発して消えるのだ。


 「ウォォオオオアアアアァァァッッッ!!!」


 その日もゴルザックは吠えていた。


 村を襲ったオークどもを蹂躙し、ついでに余勢で村の正門を粉砕。


 さらに勢い余って鍛冶屋の壁に巨大な風穴を開けたところで、ようやく彼の脳内の沸騰が収まった。


 「……フン」


 返り血で真っ赤に染まった胸板を揺らし、ゴルザックは静かに汗を拭う。


 「お、おいゴルザック……またやりやがったな!」


  半壊した鍛冶屋から主人が震えながら飛び出してきた。


「これで今月3枚目だぞ、この壁! どうしてくれるんだ!」


 「心配するな。俺が直してやる」


 ゴルザックが斧を構え直すと、主人は絶叫して彼の足に縋りついた。


 「やめろ! お前が直そうとすると村が地図から消える! お願いだから帰ってくれ!」


 ゴルザックは不機嫌そうに鼻を鳴らし、踵を返した。


 彼は破壊神である。


 皿を洗えば粉砕し、薪を割れば家を叩き折る。村の『破壊保険』料率を一人で跳ね上げている男。


 だが、そんな彼にも、誰にも言えない「聖域」があった。


 その日の夜。


 ゴルザックの自室は、静寂に包まれていた。


 外見に反して清潔極まりないその部屋は、土足厳禁。


 壁には小花柄の布が飾られ、窓辺には可憐な野花。


 ゴルザックは、血塗れの斧を丁寧に武器掛けに戻すと、自らの巨大な体躯にはあまりに不釣り合いな、小さな刺繍台の前に座った。


 「ふぅ……」


 彼は瞑想するように目を閉じ、ゆっくりと開く。

 

 その瞳に、戦場の狂気はない。宿っているのは、求道者のような静謐な情熱だ。


 ゴルザックの指は、岩のように太く、ゴツゴツとしている。


 だが、その指先が一本の細い針を手に取った瞬間、魔法が起きた。


「……今日は、この緋色の糸で鳳凰の羽を仕上げる」

 

 ゴツい指先が、信じられないほど繊細な動きで針を操る。


 一針、また一針。


 外で村人が「あぁ、俺の家が、ゴルザックのせいで……」と泣く声も、今の彼には届かない。


 彼にとって刺繍は、戦いで使い果たした破壊衝動の後に訪れる、凪のような癒やし。


 同時に、一ミリのズレも許さない「完璧主義」との新たな戦いでもあった。


 「戦場では、多少の首の角度のズレは許される。だが、刺繍に誤差は許されん」


 かつて彼は、脳内の仮想刺繍仲間にそう語っていた。

 

 もし狂戦士団の仲間たちがこの光景を見れば、間違いなくショックで心臓が止まるだろう。


 数日後。


 村の広場に、ゴルザックが立っていた。


 彼の手には、完成したばかりの刺繍があった。


 緋色と金の糸で縫われた鳳凰は、今にも布から飛び立ちそうなほど躍動し、神々しいまでの美しさを放っている。


 彼はその刺繍を、村長が「ゴルザックでも壊せないように」と特注したミスリル製の掲示板に、慎重に画鋲で留めた。


「む、村長! ゴルザック様が掲示板に何か貼ってるぞ!」


 村人たちが、怯えながらも野次馬根性で集まってくる。


 そして、そこに貼られた「芸術」を目にした瞬間、全員が硬直した。


「なんだ、この美しい鳥は……!」


「まるで生きているようだ。王宮の御用達職人の仕事か?」


ざわつく広場。


 誰もが、目の前のバーサーカーと、その芸術品を結びつけられない。


 その時、一人の少年が純粋な瞳でゴルザックを見上げた。


「ねぇ、おじちゃん。これ、誰が作ったの?」


 ゴルザックはゆっくりと振り返った。


 その顔には、微かな、しかし誇らしげな笑みが浮かんでいる。


「……俺だ」


 広場に、絶対的な沈黙が降臨した。カラスの鳴き声すら空気を読んで止まった。


 「……おい、ゴルザック」


 沈黙を破ったのは、やはり鍛冶屋の主人だった。


 「お前……その、岩みたいな拳で、この針仕事をしたってのか……?」


 「当たり前だろう。これのどこか不満か?」


 ゴルザックが腕を組むと、主人は白目を剥いてその場に崩れ落ちた。


 「あの破壊神が、手芸男子……!?」


 「脳筋バーサーカーが、まさかの女子力……っ!」


 村人たちの困惑が限界を突破しようとした、その時。


 「ゴルザック! オークだ! またオークの群れが来たぞ!」


 村に警戒の鐘が鳴り響く。


 パニックになる村人たちの中、ゴルザックは静かに、掲示板から大切な刺繍を剥がした。


 そして、それを壊れ物を扱うように優しく、しかし確実に、頑丈な胸板の内側――懐へとしまい込む。


 「……フン。さて、ウォーミングアップの時間か」


 彼は『血塗れの咆哮』を肩に担ぎ、夕日に向かって歩き出す。


 背中は相変わらず「死」そのものだった。


 だが、その懐には、世界で一番繊細な鳳凰が眠っている。


 「ウォォオオオアアアアァァァッッッ!!!」


 破壊と芸術を抱えたバーサーカーの咆哮が、再び空を切り裂いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
戦場と自室でのギャップが面白かったです。 大雑把なバーサーカーが細い針を器用に使いこなしている姿はそれ自体が芸術ですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ