表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
FATAL LOOM  作者: 水織慧
第一章
7/18

第六話:運命の断罪者

「アリウス・ルーンクレイヴ」


 法廷の中央、ヴァレリウスは事務的に告げた。


「貴様は昨日、未承認の魔法を行使した。……異存はないな?」


 だが、アリウスは虚空を見つめたまま動かない。今まさに裁かれようとしている自分を、他人事のように、傍観していた。


 ヴァレリウスの喚く声は、アリウスにとってはノイズでしかなかった。くだらない。この世界はあまりに非論理的で、醜い。


 だから彼は、意識を切り替える。脳裏に浮かぶのは、昨日見た魔法式の残像。

 そこには嘘も裏切りもなく、ただ完璧な整合性を持つ「美」――至高の魔法(ことわり)だけがあった。


「……沈黙は肯定か。あるいは、自身の罪すら理解できぬ欠陥品か」


 ヴァレリウスは、システムのエラーを見つめるような冷徹な目で一歩踏み出した。


「……カイルス・ド・オルフェウス。レナ・ド・オルフェウス」


 ピクリ、とアリウスの耳が反応する。


「……十五年前、私が処分(デリート)した汚点(バグ)。――貴様の本当の両親の名だ」


 アリウスの目が急速に見開き、目の前の男を捉えた。


「姓が変わろうと貴様の中に流れるものが、(けが)れた血であることは変わらん。あの時、前任者が貴様という『幼いバグ』を見逃したのが間違いだったのだ」


 完成されつつあった美しい構文(コード)の流れは、一瞬にして霧散した。


「……なんだと?」


「聞こえなかったか? 両親の死は無駄だった。貴様という汚点(バグ)を残したことも、すべてが徒労だったと言ったのだ!」


「――取り消せッ!!」


 純粋な殺意が爆発し、議場の空気が凍りつく。だが、アリウスが動くより早く、審問官たちが彼を床にねじ伏せた。


「がっ……!」


 床に這いつくばりながらも、アリウスの瞳は獣のようにヴァレリウスを睨みつけている。


 ヴァレリウスはそれを待ち望んでいたかのように、恍惚と両手を広げた。


「見ろ、その理性を失った姿を! 先日下った『災厄の神託』、そして同時刻に観測された貴様の力……」


 彼は勝ち誇り、王たちへ振り返る。


「貴様のその殺気こそ、世界を滅ぼす『災厄』の証明だ。予兆は示され、元凶は特定された」


 ヴァレリウスの声が、狂信的な熱を帯びて響き渡る。


「よって神聖教会は、秩序回復のための『浄化』――即ち、異端者アリウスの即時死刑執行を要求する!」


 ――静寂。


 異論を挟む者は、誰一人としていなかった。


「……貴様を拾った愚かなルーンクレイヴ家もまた、歴史から消え去った。(けが)れた異端者を匿った報いか……嘆かわしいことだ」


 一人ヴァレリウスの声だけが、静かにこだました。




+ + +


 夜の静寂が満ちる牢獄。冷たい石壁に背を預け、アリウスは先刻の出来事を思い返していた。


 『十五年前、私が貴様の両親を処分した』


 ヴァレリウスの嘲笑が、耳の奥にこびりついて離れない。一時は激しく燃えた怒りは、今は胸の奥に沈殿している。


 その中から、皮肉にも鮮明に浮かび上がるのは、十五年前のあの日――。




 雲ひとつない晴天。休日の朝食。ありふれた幸福は、訪問者のノック音一つで断ち切られた。

 両親は玄関先で誰かと短く言葉を交わし、アリウスに「留守番をしていてくれ」とだけ言い残して出ていった。


 最後に何かを言っていたような気もする。だが、その言葉も、顔も砂嵐(ノイズ)に埋もれ、どうしても再生できない。




 ――その時。魔物の襲来を告げる鐘が鳴り響き、アリウスは記憶の底から現実へ引き戻された。


(……魔物の襲撃か?)


 思考より先に体が反応した。


 だが、立ち上がろうとした瞬間――ガギィンッ、と硬質な音が響き、強烈な衝撃が足首に走る。

 バランスを崩し、無様に石床へ叩きつけられた。


「がっ……」


 冷たい床の感触が、数時間前の屈辱を鮮烈に蘇らせる。床にねじ伏せられ、見下ろされたあの光景を。


(……くそッ。あの野郎……!)


 内側から焼かれるような殺意。


(……落ち着け。感情は判断を鈍らせるバグだ。思考しろ。現状の打破に必要なのは、怒りではなく解法だ)


 彼は荒くなる呼吸を、無理やり冷たい計算式で塗りつぶそうとする。だが、握りしめた拳の震えは止まらない。


 計算式の向こう側で、ヴァレリウスの嘲笑だけが無限ループし、論理の構築を阻害し続ける。


 ――その時、アリウスを(なだ)めるかのように、足首の拘束具がカタリと音を立てて外れた。


「…………メギナス、か」


 外へ通じる扉は鍵が開いており、門番はすでに床に伏している。やすやすと脱獄が完了した。


(やつの提案に乗る気などさらさら無いが……ただ座して死を待つことこそ、最大の論理的欠陥だ)


 アリウスは門番の一人から指輪を取り、自らの指にはめると、騒乱の気配が満ちる外へと歩き出した。




+ + +


 ――時は少し遡り、夜の帳が降りる頃。


 ドラゴンの襲撃で損壊した、南門の警備に当たっていた衛兵たちは、そこで奇妙な光景を見た。


 その日は満月で、松明などいらないのではないかと思えるほど、よく見える夜だった。


 南の方から、月明かりに照らされて、人影が近づいてくる。身長は低く、華奢な体形。闇に紛れる黒のローブを身に(まと)い、フードを目深に被っている。


 漆黒の衣に施された金色の刺繍(ししゅう)が、月光を受けて時折きらめいていた。それは、静かに淡々と歩みを進める。


「おい、お前、何者だ」


 衛兵が呼びかけるも、止まる気配がない。フードの中で目が紅く光ったと思った瞬間。

 ――衛兵たちはすでに紙吹雪のごとく飛ばされていた。


「……『プレイヤー』はどこだ」


 謎の言葉をつぶやき、それは何事もなかったかのように都市へと侵入した。




+ + +


 サイラスは新品の赤のマントを羽織り、悠々と現場に向かった。

「状況は?」


「……は、これは、サイラス様! 敵は、前日に損壊した南門から出現。止める門兵を振り払い侵入した模様です。現在全勢力を上げて対処しておりますが……全く止まる気配がありません」


「騎士たちは何をしている! 昨日の疲労など言い訳にならんぞ! ……敵の数は?」


「……それが……一人、です」


「……一人? ……聞き間違いか?」


「いえ、確かに一人で間違いありません。……人間ならばの話ですが」


「いったい何をやっている! 相手は人間? しかもたった一人?」


「申し訳ありません。報告によるとその者は黒のローブを深くかぶっており、魔法を使う……と」


「ミストラルの者か? たった一人で……なぜトライアに? ……何かおかしいな。考えても仕方ない……おれが直接行って確かめる」




 ――サイラスはそれを見た時、肌を刺すような異質な気配に足を止めた。


(なんだ? こいつは……人間、なのか? たった一人で、堂々と……)


 その人影は、煩わしい羽虫でも払うかのように無造作に手をかざす。瞬間、四色の光が弾け、群がる騎士たちを一撃で吹き飛ばした。


(――なんだ今のは? ルーンを使っているようには見えなかったが……それにしても速すぎる。これが、ミストラルの魔法なのか?)


「止まれ! 貴様何者だ!?」


 サイラスは敵前に一人進み出る。だが、敵は怯むことなく淡々と接近してくる。

 その華奢で小柄な体躯(たいく)にもかかわらず、サイラスは巨人に上から見下ろされているような錯覚に陥った。


 暗闇の中に、妖しく光る紅い双眸(そうぼう)


 背筋が凍った。それはドラゴンよりも冷徹で、無機質な殺意に満ちていた。


(――っ! ……魔物? いや、まさか)


「……邪魔だ。お前のような雑魚に用はない」


 得体の知れないそれは、言い終わると同時に手を振り払う。


「くっ、またか!」


 風の刃がサイラスを襲う。しかし、彼は反射的に剣を振り抜き、緑の閃光とともにそれを捌いた。


 ――刹那。


 サイラスの思考が停止する。脳内ではすでに反撃のため、前方へ踏み込んでいるはずだった。


 だが現実は――視界が高速で後退し、遅れて腹部に重い衝撃が響く。自分が吹き飛ばされたと認識した時には、すでに背後の建物へと激突していた。


「…………人間では……ない」


 サイラスは、その場で気を失った。




+ + +


 中央広場には、トライア騎士連合の陣が張られていた。中央には魔法ギルド長ガドルフが剣を突き立て、悠然と佇んでいる。


 ローブを纏ったそれは静かに、淡々と歩みを進めた。


「止まれ! 我はトライア魔法ギルドを統べる者。ガドルフ・ウルフストロングである! 貴様は何者だ、名を名乗れ! 答えないなら……次の瞬間にはお前の首は無い――」


 ガドルフの声に大気が震える。そして、大剣を鞘から抜き、剣先を敵へと向けた。


「……騒がしい。我が名はアトロポス。貴様らに名乗る意味などないが……消えゆく魂の残滓(ざんし)として、忘却の淵に刻むがいい。――断罪を開始する」




+ + +

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ