第五話:異端の烙印
アリウスは、ギルド長の背後に掛けられた、一振りの大剣をぼーっと眺めていた。
職人の手による精巧な一品。
鞘には銀細工が施され、隙間から刀身が覗いている。錆びつかないよう魔法で保護されているのか。柄には、ルーンをはめ込むくぼみが三つ。
トライアの職人には手に余る仕事だ。魔法都市ミストラルの職人が手がけたものだろう。
(ミストラル……か)
「……おい! 聞いているのか!」
アリウスの焦点が、目の前の人物に移る。
椅子に座っているはずなのに見下されるほどの巨躯。岩のような手。捲り上げた袖からのぞく、巨木を思わせる腕。
あれならば、背後の大剣をやすやすと扱えるだろう。
広い肩幅の下には、分厚い鉄のような胸板が収まっている。とうてい、今年六十歳の老人とは思えない肉体だ。
唯一、真っ白の髪と顔に刻まれた深い皺だけが、その年齢を物語っていた。
ギルド長は深い眉間の皺をさらに寄せ、なお答えないアリウスを一瞥すると、鼻を鳴らして隣のメギナスへと視線を移した。
「こやつは、この『ガルドフ・ウルフストロング』が統べる魔法ギルドにおいて、許可もなく得体の知れぬ力を行使した。……秩序を乱すのは魔物だけでいい。私の庭で、飼い犬が勝手に牙を研ぐなど、不愉快極まりない」
「し、しかし……都市の民たちはドラゴン討伐の『英雄』と称えております。これはいかに」
「くだらん。ドラゴンごときで英雄などと」
ギルド長は巨体を揺らし、退屈そうに言い捨てた。
「アリウス。貴様のその力、教会ごときが嗅ぎ回るような『異端』の類か知らんが……真の強者には不要な小細工だ。私の美学に反する」
「ギルド長、まさか……」
「やはり血は争えぬ。貴様は破門だ。アリウス。その紋章を置いて、今すぐ私の視界から消え失せろ。……さもなくば両親と同じ道を辿ることになるだろう」
「――っ!」
「ギルド長!」
――二人の抗議の叫びは、重厚な金属音によって遮られた。
廊下から響く、重く、規則正しい足音。護衛の制止など歯牙にも掛けず、扉が乱暴に開け放たれる。
「失礼する」
――そこに現れたのは、純白の衣を身にまとった、ギルド長に引けを取らないほどの体躯の男だった。
襟は金属製かと見紛うほどに張りがあり、鋭角に天を突いている。裾も同様で、歩行の動作ごときでは一切その形を崩さない。
生地はシルクのように滑らかで、まるで塵一つ寄せ付けないのではないかと思うほどに、異常な清潔さを漂わせていた。
その男はドア枠の上部に手を掛け、くぐるようにして入ってきた。後ろに、同じ純白の衣を纏った者が二人、それに続く。
だが、ガルドフは眉一つ動かさない。悠然と椅子に背を預けたまま、組んだ腕の指先をトントンと動かすのみ。
「……ノックもなしか。礼儀を知らん客だ」
「聖都セレスティア神聖教会、異端審問官長ヴァレリウス・ブラックウッドだ。……貴殿がトライア魔法ギルド長ガルドフ・ウルフストロングか」
「いかにも。だが、ここは教会本部の管轄ではないはずだが? 私の領域で何用だ、聖職者殿」
ヴァレリウスは無言でギルド長の前まで歩み寄る。そして傲慢に見下ろしながら、一枚の紙を机に叩きつけた。
「……神ピュティアより『緊急神託』が下った」
「神託だと?」
ガルドフが眉をひそめる。
ヴァレリウスは抑揚のない声で、しかし絶対的な事実として告げた。
「昨日、この地である『反応』が観測された」
彼は紙片の一点を指で弾く。そこには、赤き文字で不吉な言葉が刻まれていた。
「『Code: Atropos』――かつて世界を滅亡の淵に追いやった『災厄』の予兆だ」
「災厄? 馬鹿な」
「神は過ちを犯さない。このトライアに、災厄の種が芽吹いたと仰せなのだ」
ヴァレリウスの視線が、ガルドフを射抜く。
「昨日、貴様の飼い犬が、神を冒涜する危険極まりない魔法を使ったそうだな。異端審問官の権限において、そやつを拘束、連行する。その魂の奥底まで『審問』せねばならんからな……それが本当に人間なのか、それとも災厄の化身なのかを」
「……ふっ。そいつが災厄? ふっはははは」
「何がおかしい? 貴様……神を侮辱する気か?」
ガルドフは顎でアリウスをしゃくった。ヴァレリウスの圧力に対し、一切引く様子はない。むしろ、面倒な処理を押し付けるかのような傲慢ささえ漂わせていた。
「そいつは私の流儀に反したため、たった今、ギルドから追放したところだ。もはや我々とは無関係。……煮るなり焼くなり、好きに連れて行け。ともすると本当に……災厄かもしれんぞ」
「ふんっ。……ギルドの管理責任についても、近い内に『神の裁定』が下されるだろう。だが、今はこいつだ。今最もこの世の秩序を乱す元凶を連れて行く……連行しろ」
「――ちょっとお待ち下さい」
メギナスはアリウスの肩を掴み、顔を近づける。
「(……いいか、騒ぐな。おれはミストラルの人間だ。脱出の手引きはしておく。今夜零時、西門で待つ)」
ささやくと同時に、メギナスはアリウスの肩から、乱雑に何かをむしり取った。
「何を企んでいる?」
ヴァレリウスが不正でも見つけたかのごとく、鋭い視線を投げる。
「失礼、こいつを……まだ返してもらっていなかったもので」
掲げて見せた手には、四元素を表す四色の菱形と、その中心で輝く銀の竪琴――魔法ギルドの紋章が収められていた。
メギナスはヴァレリウスの視線をかわすと、冷徹な声色を作ってアリウスに言い放つ。
「アリウス、お前にもはや選択肢はない。ここを出ていくんだ」
アリウスはメギナスを見ることなく、肯定も否定もせず、ただ静かに歩き出した。
その瞳は、自身の運命さえもただの演算結果として処理しているかのように、冷たく澄んでいた。
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