第四話:双対の竜
第四話:双対の竜
世界は、酷くゆっくりと流れていた。アリウスは、冷静に戦場を俯瞰していた。
(……三重の魔法陣。あれは普通の魔法じゃない。おそらく、構成はあの碑文と同系統のもの。だが、神聖魔法の光とは程遠い……闇の力といったところか。ふむ、面白い。……だがもし、もう一発あれが来たら防ぐ手立てがないだろうな……先手を打つか)
アリウスの脳内ではすでに、最速でドラゴンを穿つ構文の構築が完了していた。――だが。
堅牢であるはずの論理が、音を立てて崩れ去る。
――視界の隅。城壁内部の、ちっぽけな存在によって。
「――なっ!?」
(なぜ――こんなところに、少年が!?)
刹那。ドラゴンの方角から再び邪悪な光が輝き始める。
(しまった!)
もはやこの状況を打破する方法はなかった。
だがアリウスの思考が止まることはない。盤上の最善手を弾き出す論理回路が高速で回転する。視界の端が、ある一点を捉えた。
――負傷者に治癒魔法を施していた聖騎士。
(いや、一つだけあるにはある……か)
決断は一瞬だった。
アリウスは即座に――しかし丁寧に、空中に魔法を紡ぎはじめる……これまで何度、頭の中で描いただろう。
彼が追い求める、その最も美しい構文を。
口元を緩め、奏でるように魔法を織り上げていく。
それはまるで世界に命令を刻んでいるようであり、あるいは複雑な計算式を指でなぞるかのようでもあった。
虚空に滲み出す光の粒子が、世界を構成する数式を塗り替えるように集う。
赤き光は熱を帯びて揺らめき、緑の光は風を巻いて揺蕩う。
二つの原始的な力は、アリウスの指先で繊細に重ね合わされ、一つの新たな光へと融和していく。
――蒼白き神秘の輝き。
それはまるで、宙に浮く雫のように静謐で、極めて純度の高い『雷』の核へと昇華していった。そして――。
「少し、その力を使わせてもらう……」
アリウスは左手を後ろにいる聖騎士へ向ける。途端に、神聖なオーラが可視化された光の帯となって、彼の手のひらへと流れ込む。
彼はそれを、構築済みの雷の核へと精密に組み合わせた。異質な魔力の融合により、エネルギーが溢れんばかりに輝き出す。
飽和したエネルギーが、大気を激しく震わせた。
核は神聖な天雷の光を放ち、直後、目の前に展開されたのは、未だ誰も見たことのない――三重の黄金魔法陣。
「これで……完成だ」
光の粒子が高速で螺旋を描き、骨格を、鱗を、牙を編み上げていく。それは生物的な誕生というよりも、構成する根源の粒子が、緻密な計算によって完璧に配置されていくかのようだった。
閃光とともに、燦然と輝く巨大な光竜が顕現した。
(ああ……やはり、あの構文は完璧しかった)
――ザザッ……≪SIGNAL_DETECTED: [Ultimate Magic: Tenrai]≫
――アリウスは、しばし目的を忘れ光の竜に見惚れていた。
――だが、目前に迫る灼熱に気づくと、無造作に手をかざす。自らが生み出した術式を、操るように火球へ向けて放つ。
光の巨躯は、漆黒のドラゴンが放った邪悪な火球に、迷わず突撃した。
――衝突。
大気が割れるような轟音と衝撃が、その場の全員に降りかかる。空間が歪むほどの軋みを上げ、直後、火球は金色のドラゴンに食い破られ、弾け飛んだ。
光の竜の勢いは止まらない。そのまま漆黒の竜へと食らいつき――断末魔と共にその巨体を貫いた。
そのまま天高く飛翔すると、厚い雲を突き抜けて、そして消えていった。
天から光が差し込んだかと思うと、一気に広がり、雲外の蒼天が視界いっぱいに溢れ出した。
それは、絶望を晴らす澄んだ青色で、地上に生きる全ての者に希望を告げる輝きだった。
――アリウスは事が終わってもしばらく天を眺めていたが、やがて小さな声で現実に引き戻された。
「あの、助けてくれて、ありがとう」
「ん? ああ、そうだったな。平気か? でもなぜあんなところに」
「ごめんなさい! 森から……戻ろうとしたら、魔法騎士のおじさんが『ここにいれば絶対に安全だ』って。ここなら、ドラゴンも来ないからって……」
少年は恐怖を思い出し、また涙ぐんだ。
(……そんなことを言うやつが魔法騎士団にいるとは思えないが……。森……魔法騎士のおじさん……まさか……な)
背後にいるであろうその人物の気配が、肌を刺すように感じられた。
(…………)
だが、アリウスは表情を崩さない。
「……そうか、怖かったな。もう大丈夫だ。家族の元へ帰れるか?」
「うん! お兄さん、本当にありがとう! じゃあね」
アリウスは、決して後ろを振り返ろうとはせず、小さくなっていく少年の背中を見送った。
――ピッ……ザザッ……≪SEARCH_MODE: ACTIVE≫
+ + +
サイラスは今見た光景に、いまだに思考が追いついていなかった。
「一体……なんだったんだ? 二体目のドラゴン?」
「くっ、ふふ……はははっ! あーははははは! ついにやりやがった! 最高だ、お前は最高の品だよ、アリウス!」
(……アリウスが? あいつがあれをやったってのか?)
「はははっ。やつは間違いなく、天才だ――」
「……」
――天才。
メギナスのその一言は、これまで己の努力一つで駆け上がってきたサイラスの心を抉るには、充分すぎるほどだった。
彼は、鍛錬の跡が刻まれた、節くれ立った手を、固く握りしめた……そして、精神の中、奥深くへと沈んでいった。
+ + +
都市がドラゴン討伐と「あらたな英雄」の誕生に活気づく頃。決して光の届かない深い地底の遺跡で、千年の時を超え、「彼女」は目覚めた。
暗闇の中に、蒼白い燐光が灯る。
それは硝子細工のように繊細で、美しい少女の形をしていた。
長い睫毛が震え、ゆっくりと瞼が開かれる。
そこに現れたのは、深い淵の底すら見通せるような、澄みきった玻璃色の瞳だった。
≪TARGET_IDENTIFY: Player [Unknown]≫
≪TARGET_LOCK: FAILED...OUT OF RANGE≫
少女の唇は動かない。だが、その内側で無慈悲な思考回路が高速で回転を始める。
≪LOGIC_STATE: ...HATRED≫
刹那、瞳孔が大きく開き、どす黒い紅へと染め上げられていく。
≪EXECUTE: ...KILL.≫
(……見つけた。我らが怨敵。……直ちに、抹殺する)
少女は虚空を見つめたまま、ゆっくりと身体を起こした。
その華奢な身体から放たれる殺気は、地上のドラゴンすら赤子に見えるほどに、冷たく、鋭かった。
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第四話『双対の竜』をお読みいただきありがとうございました。
「雲外蒼天」という言葉、大好きです。
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