第三話:天才の壁
第三話:天才の壁
アリウスはドラゴンを見据えたまま、背後のサイラスへ力強く言い放った。
「サイラス、おれが隙を作る。……タイミングを見て氷魔法で攻撃してくれ」
「氷!? 無駄だ! 今雷撃が通じなかったのを見ただろう!」
(――氷魔法なら、なおさらだ)
「来るぞ!」
怒りに駆られたドラゴンの右腕が、二人を薙ぎ払わんと側面から襲いかかる。サイラスは素早く上空へ回避し、眼下を通過するドラゴンの腕に一閃。
雷光が迸る――が、硬い鱗に弾かれた。衝撃を回転で受け流し、着地する。
(だめだ、硬すぎる。氷にしたところで何にもならんぞ!)
だがアリウスは、すでに黙々と魔法を描いている。
「――本気か? くそっ……やるしかないか」
サイラスは舌打ちすると、一度距離をとり、『水』と『風』のルーンを使い、核を合成。手の中で凍気が爆ぜる。
輝きを失った『雷』の結晶を引っこ抜き、完成した『氷』の結晶を叩き込んだ。
刀身が一瞬にして凍てつく冷気を纏う。
サイラスはそのまま、右側面からドラゴンに向かい走り出そうとして、思いとどまった。
「――アリウス!」
ドラゴンが大顎を開け、再び魔法陣が輝く。――刹那。
アリウスの足元から幾何学的な光が迸った。
高速で展開した術式から、無数の植物が噴出する。それらは意思を持った蛇群のようにうねり、ドラゴンへと殺到した。茨の蔦が顎を強制的に縛りあげ、咆哮を封じる。
なおも蔦は成長を続け、身体全体に這い回っていく。拘束を逃れようと暴れるドラゴン。だがそれは気づいていない。背後から忍び寄る、一本の緑条――巨大な茨の蛇。
それは、ドラゴンの脆弱点に向かって、発光する種子を射出した。
種子はサイラスの穿った傷口へと、吸い込まれるように潜り込んでいく。
茨の蛇は生命力を吸い取るかのごとく、たちまち太く強靭になっていった。
アリウスは、漆黒の巨体を蔦が呑み込んでいくのを見届けると、静かに後方へ下がる。そのまま、サイラスの横を通り過ぎた。
――まるで、その存在に気づいてすらいないかのように。
「やはり土の魔法障壁だったか……案外脆いな」
視線すら合わせず、ただの確認作業のように呟かれた言葉。
その言葉に、サイラスの思考が凍りついた。
(おれの雷撃が弾かれたのは、鱗の硬さじゃなかったというのか……? 一瞬の攻防で、それを見抜いたとでも?)
圧倒的な敗北感が、ドラゴンの炎よりも熱くサイラスの胸を焼いた。
暴れもがくドラゴンの地響きが、立つのも困難なほどに地を揺らす。緑の大蛇はしなやかに強靭に、漆黒の巨体を締め上げていく。
やがて、ピキピキという音が広がり始める。漆黒の鎧はひび割れ、その隙間から光が漏れ出す。
――刹那、豪快な爆発音を上げ一斉に砕け散った。中から炎が噴火するように溢れ出し、大蛇は一瞬にして消し飛んだ。
――目の前には、炎を纏った紅蓮の竜が姿を現していた。
だが、アリウスは怯むことなく一歩前に出ると、背後へ向かって声を張り上げた。
「サイラス頼むぞ!」
その声は、轟音渦巻く戦場において、雷鳴よりも鋭くサイラスの鼓膜を打った。
――サイラスはアリウスの背中を見送りながら、いまだ衝撃の中にいた。
(おれが必死に習得した最強の雷撃が通じず……あいつは、あんな雑草のような魔法一つで無力化したというのか?)
「だが……だとしても、あんなの近づきようがないぞ……。ん?」
先ほどアリウスが発動した魔法陣が消えていない。
ドラゴンが一歩動いた瞬間――その足下から凍てつく冷気が迸った。
それは、燃え盛るドラゴンの炎と互角。紅蓮の炎と玻璃の凍気が互いを食い尽くさんと激しくせめぎ合う。
「なんなんだ、あいつは……くそっ」
サイラスは無理やり思考を切り替えると、即座に戦闘態勢に入る。何も考えず、ただドラゴン目掛けて疾風のごとく駆けていった。
ドラゴンを覆う炎は弱まり、近づけるほどにはなっていた。あと、少しの隙でもあれば――やれる! サイラスがそう確信した時、冷気の風が横を吹き抜ける。
ドラゴンに向かって一直線に向かっていく無数の氷の矢。その半分は炎に溶け、もう半分がドラゴンを襲う。一本が、紅の眼に直撃。ドラゴンはよろめき唸り声を上げる。
――一瞬の硬直。
思考よりも速く、鍛え抜かれた身体が地を蹴っていた。最短の軌道を描いて宙へ舞うと、狙いを一点に収束。
ドラゴンがサイラスの存在を認識した時には、すでに――氷の剣が脳天を貫いていた。
サイラスは凍ったドラゴンの頭から剣を抜き取ると、いつもの所作で刀身を振り払い、鞘へ静かに収めた。地面に着地しアリウスに向き直る。
(……悔しいが、こいつがいなければ勝てていたかどうか)
「アリウス……」
「それよりも怪我人の手当てが先だ! サイラス、そっちを頼む」
「……」
サイラスは、騎士たちの歓声を浴びながらも、心の中は、歓びではなく、別の感情が渦巻いていた。――だが、彼はすぐに考えるのを止め、何も考えず、ただ目の前の重傷者を運んでいった。
――サイラスが最後の一人を担ごうとした時、いつの間にか、そこに上司の姿があった。
「メギナス様!」
「……ドラゴンはやられたか」
「メギナス様?」
「ああ、サイラス、俺が不在の中よくやった」
「いえ、申し訳ありません。私がいながらこの様で……多くの団員が……」
「気にするな、ドラゴンなんて普通の人間の手に負える相手じゃねえ……普通の人間にはな」
メギナスはドラゴンを見、続いて城門の近くで怪我人を看ていたアリウスへと視線を移した。
「……」
――「普通の人間」。
その言葉がサイラスの腹底深くへと、残酷に突き刺さる。この騎士団長は自分ではなく、アリウスを見ている。
サイラスもメギナスの視線の先を追う。
――違和感。当のアリウスはこちらを見て突っ立っていた。
(……どうした、何を……見ている?)
見ているのは、こちらのその――奥。
咄嗟に後ろを振り向くサイラス。なんと、先ほどまで倒れていたはずのドラゴンが首をもたげ、大きく口を開けている。
――次の瞬間、邪悪な光を纏う紫黒の三重魔法陣が展開された。
「な、なんだ、あれは――!?」
「おいおい、まさか俺まで狙う気かよ!」
魔法陣から超高密度の漆黒の火球が迸り二人を襲う。間一髪、彼らは左右へ回避。奥にいたアリウスも咄嗟に飛び退く。直後、通り過ぎた火球が城門へと直撃した。
サイラスが起き上がり城門を見る……いや、正確には城門があったはずの場所を見た。
そこには、ぽっかりと大穴が開き、溶けて赤橙色に光る断面の向こうに、都市の内部が揺らめいて曝け出されていた。
「……馬鹿な! まだ、こんな力が」
「はははっ、面白くなってきやがった。あの城門を紙切れみたいに吹き飛ばしやがるとはな……」
「……ん?」
だが、さらに最悪なことに、サイラスの目に映ったのは、その大穴の中心にぽつりと一人佇む、少年の姿だった。
「何っ!? 避難が遅れたのか? メギナス様、笑い事ではありません! 少年が!」
急ぎドラゴンを振り返り、サイラスはゾッとした。
――再びあの邪悪な三重魔法陣が展開されていたのである。
「終わった……」
誰かのつぶやきが聞こえた。
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