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FATAL LOOM  作者: 水織慧
第一章
12/18

第十話:蒼の雷光

 戦況は互角。――いや、徐々に傾いていく。ぶつかり合いのすき間を縫って飛来する魔法を、アリウスは避け、アトロポスはくらう。

 その差は時間とともにますます広がっていった。


「なぜだ、なぜ避けられる……! なぜ、私の魔法がお前に届かないッ!」

 アトロポスの絶叫とともに、広間の壁が、床が、悲鳴を上げて爆ぜる。


「消えろ……ッ。消えろ、――消えろ! 消えろ、消えろ、消えろォ!!」

 狂ったように繰り返される言葉。それは最強の個体としての余裕ではなく、正体不明の恐怖に追い詰められた子供の悲鳴に近かった。


 だが、対するアリウスは、冷静に、奏でるようにそれらの攻撃を捌いていく。


「はぁ、はぁ、はぁ……なぜだ! なぜ避けられる! なぜきさまら『プレイヤー』は何度も何度も私たちの邪魔をするッ!」


 乱れた呼吸。肩を震わせ、構えた手の狙いさえも定まらない。アリウスの瞳に映るのは、もはや無慈悲な災厄ではなく、ただの迷い子の姿だった。

「私たちは……ただ、幸せに暮らしていただけなのに」


 ――ドクン、と。心臓が跳ね、アリウスの胸の奥を激しく揺さぶった。

(幸せに……暮らしていた、だけ……?)


「……姉さんたちは、もう戻らないのに」

 震える手。そこから放たれる魔法はもはや、捌く必要も、避ける必要もない。軌道は完全に逸れ、虚空へ虚しく消えていった。


(ああ……そうか。君は……おれと、同じだったんだな)



「もう、止めたい。もう……止めて。災厄(わたし)を――」



≪ALERT: CORE-DOMAIN_CONTAMINATION_DETECTED≫

(――終わらせて)

≪LOADING_PROGRAM: 'HATRED_MEMORY'......≫



 ――刹那、アトロポスの瞳が、どす黒い紅で塗りつぶされる。



≪PRIORITY: ELIMINATE_THE_PLAYER≫

≪ERROR: HATE-VALUE_OVERFLOW [1000%]≫

≪LIMITER_RELEASE: THERMAL_RISE≫

≪EXECUTE: DESTRUCTION≫



 銀の髪は激しく逆巻き、透き通るような白磁の肌を、ひび割れた稲妻のごとき紅い紋様が侵食していく。


 内側から焼き切らんとするほどの高熱。抗うことのできない強制的な介入に、彼女の肢体(したい)は痛々しく震えていた。


「『プレイヤー』。我らが怨敵。……排除する」


(……これは、術式か? だが、彼女の心と相反する論理(ロジック)が何であれ――こんな、こんなつまらないものに、彼女を壊されてたまるか!)


 守るべきもの、そして打ち砕くべき歪みを定め、アリウスは魔法を編み上げる。



 二人は同時に、最後の一撃となる術式構築を開始した――。



 アトロポスの背後に浮かび上がるのは、死の螺旋(らせん)

 それは空間を支配する夜の闇すら塗りつぶすほどに深く、絶望を凝縮したような漆黒を放つ。

 螺旋(らせん)は三つの魔法陣を形作り、禍々しき三重の門を展開させた。


 対するアリウスは、優しく丁寧に構文(コード)を紡ぎ出す。

 奏でるように生成された『雷』。それは荒々しい暴力の象徴でありながら、澄みきった泉のごとく静かに凪いでいた。


 アトロポスの眼前で、漆黒の粒子が渦を巻く。

 徐々に形を成していくそれは、冥府の瘴気(しょうき)(まと)い、血のようにどす黒い紅が血管のごとく這い回る。その中心に鎮座する髑髏(どくろ)が、冷酷な存在感を放っていた。


 ――顕現したのは、深淵より這い出した終焉の器。

 かつて人類を絶望の底へ突き落とした災厄の象徴――虚無を(もたら)す『漆黒蘇芳(しっこくすおう)冥鋏(めいきょう)』。

 その黒と紅の刃が噛み合うとき、断たれるのは命ではない。対象という存在の定義、その(ことわり)そのものである。

 一度刃が届けば、対象は冥府の川(Lethe)の奔流に呑まれ、忘却と無へと帰す。それは回避不能な、絶対の摂理であった。


 アリウスが生み出した蒼の光は、彼の脚部へと静かに降りてゆく。それはまるで、すべての闇を包み込むような神秘的な輝きを放っていた。

 雷光を(まと)った彼の身体は、帯電するエネルギーにより、蒼の燐光(りんこう)を放ち、髪は重力に逆らって浮き立つ。


 アトロポスはゆっくりと手をかざし、無機質な瞳でアリウスを捉える。

 だが、その瞳から(あふ)れたのは悲痛な紅。術式に命を吸われ、限界を超えて軋む肉体から、一筋、また一筋と、白磁の頬に鮮烈な血の涙が流れ出る。

 その血を(すす)髑髏(どくろ)が、まるで生きているかのようにカタカタと歯を鳴らし、(おぞ)ましい笑い声を上げる。漆黒と蘇芳の双刃がゆっくりと開いていく。


 彼女の瞳に映る「死」の(ふち)に、アリウスは静かに踏み込んだ。

(君は、どんな人間よりも美しい。この欠陥(バグ)だらけの世界に咲く一輪の花だ。……だから、必ずその暗い淵から救い出してみせる)


 目を閉じ、感覚を極限まで研ぎ澄ます。


 アトロポスから流れてくる旋律。その完璧な調べに混ざる、かすかな感情(ノイズ)



(――今だ!)



 ――刹那、極限まで凝縮された蒼の雷光が爆ぜる。アリウスは自身を導体とし、空間に構築されたローレンツ力を爆発的に指向させた。


 超電磁加速による超音速の突撃。

 アリウスは一筋の蒼光を残し、視界から消失した。


 激突寸前――彼が紡いだ構文(コード)が、加速とは逆位相の強力な電磁界を展開する。

 物理法則すらねじ伏せる「制動力」が、爆音を置き去りにして、アトロポスの鼻先でその身体を完璧に静止。彼女が絶望を解き放とうとしたその「刹那」に、強引に割り込んだ。


 火花を散らすアリウスの指先が、彼女の細い手首を優しく、だが力強く、捉えた。

 強制的な干渉を受け、絶望の鋏は、行き場を失い光の粒子へと霧散していく。


 人形のごとく無機質な(かお)


 だが、掴んだ手首からアリウスの掌に伝わってきたのは、彼女の魂が上げる悲鳴――形にならない切実な震えだった。




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