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FATAL LOOM  作者: 水織慧
第一章
11/18

第九話:絶対の摂理

「――では、始めよう(Game Start)


 その一言で、世界の理が塗り潰された。

 静謐は瞬絢爛(けんらん)な狂気へと。


 空間を裂く雷柱。空を埋める火球。逃げ場はない。


 だが――


「はははっ。面白くなってきた」


 アリウスは、むしろそれを楽しむかのように、舞い踊った。

 踊り狂う雷の動きを見極め、灼熱の雨を()(くぐ)る。


 ――刹那。背筋に走る酷く冷ややかな感覚。それは首元へ白刃を突きつけられたかのごとく、冷酷で無慈悲な殺意がもたらす戦慄。

 まるで、最初からそこで待ち構えていたかのように――。


(――っ!)


 ――ストン。


 突如として虚空を裂き、姿を現したのは断罪の象徴『死の大鋏』。切り離された数房の黒髪が、音もなく宙に舞った。

 アリウスは紙一重で身をかがめ回避。刹那までアリウスの首があった「空間」が断たれた。 


 白銀の刃は月光よりも冷たく、現世の物質ではあり得ぬ重圧を放つ。


 左右から風の刃が襲いかかる。アリウスは全神経を研ぎ澄ませ、脚部に(まと)わせた風を爆発させて強引に身を躍らせる。


 ――存在の端を削り取られるような戦慄(せんりつ)


 文字通り「紙一重」の差で死地を脱し、後方へと大きく跳んだ。


 少しでも隙を見せれば、死角からは正確無比な風の刃が、虚空からは断罪の如き巨大な鋏が突如出現し、アリウスを確実に刈り取ろうとする。


(隙が、まるでない。……完全に踊らされている。僅かな隙の先に、確実に待ち構える死。やはり、完璧に計算されている。……じゃああの『感情(ノイズ)』は何だ? まるで思考と身体が別のロジックで動いているようだ)


 死の淵にありながら、アリウスは十の火球を生成。渾身の反撃として、それを一斉に解き放った。


 対するアトロポスは、ただ静かに、人差し指を立てた。


 細くしなやかな指の先に生まれたのは、極小の風の球。


 瞬く間に周囲の熱量と大気を(むさぼ)り、巨大な渦へと膨れ上がる。

 ――アリウスが放った十の火球は、抗う術もなくそのたった一つの風へと吸い込まれていった。


(……風を喰らう火球が、逆に呑み込まれた?)


 炎を喰らい赤熱化した暴風は、超高速で回転し収束していく。指先の一点へ。極限まで圧縮された。


 ――静寂。


 世界から音が消え去り、荒れ狂っていた旋風が唐突に停止する。


 アトロポスの唇が、艶やかな弧を描いた。



「お返ししよう」



 次の瞬間、指先の紅い結晶が急速に逆回転を始める。


 放たれたのは、魔法の範疇(はんちゅう)を遥かに超越した、灼熱の爆風という名の裁き。


 視界を埋め尽くす眩い光。


 ――直撃の刹那(せつな)、アリウスは足元へ水弾を叩きつけると、同時に風のシールドを展開。全身を極薄の真空の膜で包み込んだ。

 爆ぜる水蒸気。シールドでは防ぎきれない、猛烈な熱波が彼を襲う。


「が、はっ……!」


 骨を(きし)ませるほどの爆圧。だがアリウスはその破壊的なエネルギーにより、弾丸のような速さで死地を脱した。



 ――熱風が去り、灰と化した広間。


 アリウスは瓦礫の中に横たわっていた。服は無残に焼け焦げ、全身を走る激痛に顔を歪める。


 ――だが、その頬が、歓喜に震えた。


「はははっ……!」


 こみ上げる笑いを、抑えきれない。


「これほど美しい強さは、初めて見た。……最高だ」


 アリウスはゆっくりと立ち上がると、虚空に構文(コード)を刻み、天へと飛翔(ひしょう)した。

 生成された『氷』の核が、足下の大気を瞬時に凍結。


 透き通った足場を蹴り、迫り来る風の刃を紙一重で回避。稲妻のような鋭い軌道で、彼はアトロポスの頭上へと躍り出た。いくつもの薄氷が順に割れ、月光を浴びてきらめきながら落ちてゆく。


 眼下を見据えアリウスが放ったのは、空気の膜で覆った特殊な水弾。アトロポスは眉一つ動かさず、風の刃でそれを粉砕。


 水弾は弾け、霧の雨となり降り注ぐ。


 アトロポスの銀糸(ぎんし)のような髪が濡れ、その白い肌を冷たい滴が伝う。


 刹那、アリウスの指先が最後の一文を描き、複雑な構文(コード)を完成させた。


 瞬時に空間が絶対零度の冷気で凍りついた。浮遊する霧は固体化し、さらさらと落下してゆく。アトロポスに纏う水は、彼女を氷の檻へと閉じ込めた。


「……っ!」


 アトロポスは即座に、自身の周囲の熱量を暴走させ、内側から氷を粉砕。弾け飛ぶ氷片。


 ――その瞬間を待ち構えていたかのように、蒼白い雷光が(ほとばし)る。

 アリウスの放ったその雷撃は、熱で溶け始めた氷片を媒介として伝播。

 幾何学的な光の網を描き、逃げ場を失ったアトロポスへと殺到した。

 分散したエネルギーは再び一点へと収束し、爆ぜるような轟雷が彼女を貫いた。


 直後、雷の熱に灼かれた氷片が次々と水蒸気爆発を起こし、閃光と衝撃波の渦が広間を飲み込んだ。


 雷撃の余波による爆煙を纏い、アトロポスは力なく堕ちていく。彼女を護っていたローブは無残に爆ぜ、朽ちた布切れが黒い雪のように舞った。


 ――ドサリ。


 糸の切れた人形のように、彼女は冷たい地面へと叩きつけられた。

 地面に横たわったアトロポスは、激痛に顔を歪めながらも、信じられないものを見るかのようにアリウスを凝視していた。


「……ありえない。『プレイヤー』ごときが、私を……絶対の摂理を凌駕(りょうが)したというのか」


 彼女はよろめきながらも立ち上がり、再び死の大鋏を顕現させる。同時にローブを光の粒子が修復し始めた。


「かつて、この私に束になっても手も足も出なかった人間が……。お前らは、どうしょうもないほど愚かで、世界を汚す虫けらだ。裁きを待つ、ただ私に蹂躙(じゅうりん)されるだけの存在のはずだろう?」


「愚かな存在か……。確かに、人間は愚かだ。この欠陥(バグ)だらけのつまらない世界を作った人間は、くだらない生き物だ。だがおれは、ただ蹂躙(じゅうりん)されるつもりはない」


 彼女は、アリウスの言葉が聞こえていないかのように、一方的に言葉を発する。


「幾度となく湧いてくる貴様らを、その度に消してきた。……なのに、姉さまたちは戻らなかった。貴様一人を消したところで、今さら何が変わるというの? いつまで、こんなことを続けさせるの……? ……もう、疲れたの。ねえ、お願いだから。早く……消えて」


 アリウスが着地すると同時、白銀の刃が彼を襲う。


(――来る!)


 だが、アリウスはそれを容易く(さば)いた。彼女を支配していた完璧な論理が、今、目に見えて揺らいでいる。


 続けざまに放たれる風の刃。無数の火球。雷の柱。そのどれもが機械のように完璧な軌道を描き、襲いかかる。だというのに、肝心な一点で「人間的なノイズ」が走り、至高の演算を狂わせる。


(まるで、完璧な機械の演奏に、感情的な人間が割り込んだようだ。……少しだけ、何か解ったような気がする。だがまだ足りない)


 アリウスは再び構文(コード)を刻み始めた。氷の矢、雷撃、火球。あらゆる属性を織り交ぜた、怒涛の連続攻撃。


 言葉の代わりに、数千の術式を叩きつける。それだけが、彼女という矛盾を解き明かす唯一の手段だった。



 ――二人の魔法は、激しい衝撃と閃光を広間に撒き散らしながらぶつかり合った。

 もはや何人たりとも踏み入れることのできない、死の吹き荒れる場所。


 死と閃光が渦巻くその空間は、世界から隔絶された「二人だけの戦場」と化していた。




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