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竜騎士団の影と、最初の選択 #005


 ミィナと名乗った、あの青い髪の、まるで風そのものが形を成したかのような少女。


 彼女の、あまりにも場違いで、しかし、どこかこの場の、凍りつき、張り詰めていた空気を、不可思議な力で強制的に変質させる、太陽のような天真爛漫な言葉。


 それが、不思議な間を生み出した。


 竜騎士団の隊長ヴァレリウス。


 彼の、顔には、その太い眉間に、今までで最も深く、そして、その奥に複雑極まりない感情を宿した皺がある。目の前の、あまりにも予測不可能で、そして、その力の底が全く見えない二人目の竜姫の出現に、彼が練り上げていたはずの、そしておそらくは完璧であったはずの計画が、今、まさに音を立てて崩れ去ろうとしているのを、シャリクは、その男の、僅かに引き攣る表情から、はっきりと読み取った。


 (こいつ、明らかに、完全に動揺してる。だけど、あの目は……諦めたわけじゃ、絶対にねえな……。きっと、何か、何か別の手を、もっと陰湿で、もっと厄介な手を、今この瞬間も考えてやがる……!)


 シャリクは、ヴァレリウスの、その僅かな表情の変化と、その瞳の奥に宿る、決して消えることのない執念の光から、彼の内心の激しい葛藤と、そしておそらくは次なる、より悪辣な策略の予兆を、肌で感じ取っていた。


 彼の背後の騎士たちもまた、長剣の柄に手をかけたまま、どう動くべきか、その絶対的な指揮官であるヴァレリウスからの、次なる命令を待っている。



 リュミエールは、その美しい顔に、僅かな警戒の色を浮かべつつも、ミィナの、その子供のような、どこまでも無邪気な振る舞いの奥に潜む、本質的な、おそらくは彼女自身すらも完全には制御しきれていないであろう、底知れぬ何かを、感じ取っていた。



 ヴァレリウスが、まるで喉に詰まった、苦い、苦い何かを無理やり吐き出すかのように、重々しく、そして隠しようのない不快感を隠そうともせずに咳払いをした。


 高圧的な態度は、ほんの僅かではあるが後退する。


「フロステアの、かの氷雪に閉ざされた地の、正統なる血を引くという誇り高き第一王女殿に加え、まさか、セリュウの奔放なる姫までが、そのお美しいお姿を現されるとはな。これは、一体、何の、悪趣味極まりない茶番だ? それとも、何かの壮大な遊戯か?」


 その声には、もはや隠しようのない、そして彼の、歪んだプライドを、根底から深く傷つけられたことに対する苛立ちが滲み出ている。


「この、シャリク・ヴァルデインという、魔力の一欠片も持たぬ、ただの、そしておそらくは精神もどこか欠落しているのであろう少年は、我ら竜騎士団の、その絶対的な、そして何者にも侵すことのできない管轄下において、厳重に、そして一片の情けもなく徹底的に調査すべき、危険極まりない対象であると、そう、既に、我らが騎士団の最高評議会において、絶対的な判断が下されたのだ。その、あまりにも青臭い、そして聞くに堪えぬ理想論で、まとめて異を唱えようとも、その、我らが、血と鉄と、そして数多の犠牲の上に築き上げてきた騎士団の、その絶対的な総意たる決定が、そう簡単に、そして無様に覆ることは、断じて、断じて、断じてないと知れ」


 どこまでも強気で、そして傲慢極まりない言葉とは裏腹に、ヴァレリウスの視線は、リュミエールと、楽しげにシャリクの腕に絡みつくミィナの双方を見る。


 二人の、それもそれぞれが、このアストレア大陸においても屈指の、そしておそらくは規格外の力を持つ竜姫を、同時に、そしてこの、あまりにも狭く、そしてあまりにも戦術的自由度の低い空間で敵に回す。それは、いかに大陸最強を謳う竜騎士団の、それも特殊任務を専門とする精鋭部隊の指揮官といえども、あまりにも無謀で、そして、あまりにも、あまりにも愚かで、そして何よりも危険な選択だ。


 彼は、一度、心の底から呪詛するかのように、誰にも、それこそ彼自身の魂にも聞こえぬほどの、小さな、小さな声で舌打ちをする。そして、シャリクに、これが、本当に最後の、そして一切の情けも容赦もない、絶対的な通告であるとでも言うかのように、その、獲物を狙う、そして決して諦めることのない肉食獣のような鋭い視線を、再び、そして執拗に向けた。


「今日のところは、我々も、その大人の分別とやらをもって、大人しく、潔く、一旦退こう。それが、おそらくは、この、あまりにも滑稽な状況においては、最も賢明な判断というものだろうからな。しかし、ゆめゆめ忘れるな、シャリク・ヴァルデイン。そして、フロステアの、セリュウの、その、あまりにも高貴なる、世間知らずの姫君方よ。皇竜の器の、重大で、そしてあまりにも危険な処遇は、追って、このアストレア大陸の全ての国家と、そして我らが、偉大にして絶対なる竜騎士団総本部において、正式に、そして何よりも厳粛に、そしておそらくは血腥い形で、協議され、そして決定されることとなろう。命を惜しむのであれば、いかなる軽挙妄動も、そしていかなる愚行も、厳に慎まれることだ。さもなくば……。その時は、我々も、もはやいかなる、それこそ神々の慈悲と見紛うほどの容赦も、そしていかなる、それこそ聖母の愛と見紛うほどの慈悲も、一切、微塵たりとも、持ち合わせることは、断じて、断じてないであろうぞ」


 ヴァレリウスは、そこで、その、まるで呪詛の言葉のような、そして一切の希望を打ち砕くかのような言葉を、まるで断頭台の、その冷たく、そして無慈悲な、鋭く切った。


 彼は、背後に、まるで石像のように微動だにせずに控える部下たちに、もはや言葉を発することなく、無言のまま、その厳つい、そしてどこか敗北の色を浮かべた顎で、撤退の合図を送る。


 騎士たちは、ほんの一瞬の、しかし彼らの内心の、この予期せぬ事態に対する動揺と、屈辱を隠しきれない微かな躊躇いの後、その絶対的な指揮官の命令に従う。


 ヴァレリウスは、最後に、もう一度だけ、シャリクの顔を、まるで何か、決して忘れることのない、彼の復讐の対象となるであろう、重要な何かを、その、歪んだ記憶の最も奥深い場所に、永遠に刻み込むかのように、じろり、と、その全てを見透かすような、そして底知れぬ悪意を込めた視線で睨みつける。



 (行った……のか……? あの、まるで、この世の全ての悪意と理不尽を、その一身に凝縮したかのような、化け物みてえなオッサンが……立ち去ったのか……?)


 全身から、どっと、今まで、この十五年の人生の中で一度として感じたことのないほどのどこまでも深い疲労感が、無慈悲に、容赦なく、のしかかってくる。


 竜騎士団の、あの、血と鉄と、そしてシャリクにとっては絶望以外の何物でもない、あの忌まわしい匂いを色濃く纏った気配が、この、もはや彼の居場所ではない納屋から完全に消え去り、そして、おそらくはこの、彼が生まれ育ったはずの辺境の地の、その近辺からも遠ざかったであろう、と思われる頃。納屋には、再び、しかし先程までとは、その種類も、そしてその重さも全く異なる、どこか、全ての、それこそ世界の終わりを思わせるほどの緊張から、ようやく解放された後の、気の抜けたような、そして、どこか、あまりにも大きなものを失ってしまったかのような、虚脱感に満ちた静寂が、ゆっくりと、しかし確実に、そしてどこか物悲しく訪れた。

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