7.終章 秋冬コレクション
セイヴの街中の至る所に、花と、コンテストに向けた王家と十三貴族の旗が掲げられ、お祭りムードが高まっていた。
上空には、水平展開された空壁を媒体にした映像表示により、コンテストの開催日と会場の案内が街の何処からでも確認できる。この広告が、日に数回、数分間セイヴの情報広告機関の施設である、街中にある塔の上から投影されている。
エルフの国、このイグドラム国は一年中多くの花が咲いているが、初夏のこの時期はひと際花が多く咲き乱れ、また、ポプラや柳の木のように、綿毛で種子を飛ばす樹木からは、三センチほどの丸くて白いフワフワが舞い上がり、浮遊する様子がよく見られる。多いと雪の様に降り注ぐが、街の各所にある巻き上げ装置が作動して、人への害が出ないように、綿毛は上空へ飛ばされてしまう。
ソゴゥは、遥か上空を白いフワフワがゆったり流れていくのを見るのが好きだった。夜にはこれらのフワフワが薄く発光して、幻想的な光景に変わる。
休みの日に、テラスにデッキチェアとサイドテーブルを出して寝転び、フルーツジュース片手に南国のビーチリゾートで寛ぐかの如く、フワフワを何時間も見て過ごすこともある。
イグドラム国立図書館、通称イグドラシルは、枯れて折れた世界樹を利用して作られた建物である。この世界樹は既に枯れてはいるが、樹精獣たちが触れた部分は生命力を持っていて、変形したり、成長したりする。
いつもの様にテラスで寝転んでいると、ソゴゥが居る場所より上方の壁に、樹木の幹に着生する、半月状のサルノコシカケのような巨大な出っ張りが出来ており、肉球の肢が、ソゴゥを呼ぶように、おいでおいでしているのを見つけた。
飛行魔法でその上に飛んで見に行くと、ソゴゥが居るテラスと同じくらいの広さのその新たな場所で、樹精獣たちがハンモックに寝そべり、ソゴゥを呼んだスミスがドヤ顔をして、空間を案内する。
洗濯物を干すためのテラスより、こちらは上方に木の枝が張り出して、いい感じの木陰を作っており、ハンモックが吊るせる。ソゴゥは早速テラスから自分のデッキチェアをこちらへ移動させて、樹精獣たちの寛ぎ空間にお邪魔することにした。
ある時、大きな枝とハンモックが増えていて、見るとヨルが翼を虫干ししていた。
広がった網目から翼を下へ通して、気持ちよさげに横になっている。
「ハンモックずりぃ」
「自作である」
ずるいと言いつつ、ソゴゥは安定しないのが好きではないので、一人デッキチェアに寝そべり、ふと、ヨルの翼の羽のカラーリングが変化していることに気付いた。
羽の根元が赤く、先が黒い。
「翼の色変わった?」
「翼だけではないぞ、尻尾も変わったのである」
ヨルが尻尾も出す。
「本当だ、龍の尻尾みたいになってる」
「樹精獣たちが、ソゴゥの血によりイグドラシルからの魔力が魔導書に流れる際に、我の体をイグドラシルの聖骸だけでなく、ガルダ王の羽と、龍の鱗を用いて、その特徴を組み込んで構成されるように、魔導書に体組織図を付け加えたのだ」
「え?樹精獣達が?」
「イグドラシルの知識を樹精獣たちは使いこなすようである。そのおかげで、今回は色々と助けられたのだ」
「ヨルが直ぐに復活できたのも、ヨルが俺を止めてくれたのも樹精獣達のおかげなんだね。ルキがいてくれたことは本当に幸運だったけれど、それも精霊の森の樹精獣たちのおかげだ。本当に樹精獣、ヨル、ルキ、それとガルダ王には感謝している」
「あと、この体はもっとカスタマイズできるらしいのだ。角や、爪の素材を、伝説の生き物のパーツで揃えるのも悪くない」
「へえ、楽しそうだね」とソゴゥは引き気味だ。
樹精獣たちも話を聞いていて「いい素材が入ったら持って来て!」とソゴゥにキュキュッと鳴いて伝えてくる。
「また、何処かに冒険に出かけられたらね」
ソゴゥは答え、冒険でなくても、南の島とかに旅行に出かけてみたいと思った。
アベリアは休日、食料の買い出しに街へ出かけていた。
陽の高いうちにレベル5の司書である彼女が、イグドラシルの外に出られることは、滅多にない。
街は花の良い匂いに満ち、浮足立つ人々の表情はみんな明るい。目抜き通りを歩くだけで、とても幸福な気持ちになれる。
これで、館長と並んで歩けたなら。
アベリアはソゴゥを尊敬していた。一つしか歳が違わないのに、全司書の代表である第一司書であり、ゆくは大司書となる。重責を受け止め、その在り方を正しく体現するばかりか、まだ館長となって二年しか経たないのに、ゼフィランサス王からの信頼も厚く、幾度となく大きな功績を残して来た。エリート揃いのナンバー貴族や、歴代の大司書と比べても、その存在は抜きん出ている。
セイヴの街は地方都市に比べ、エルフ以外の人種が多く暮らしており、また、観光で訪れる外国人もよく見かけ、ソゴゥの様に、黒系統の髪色をした人も多く行き交う。
丁度、こちらへ歩いて来る少女は黒く長い髪、人間の様に耳は丸く、エルフの国では珍しい、鮮やかな赤い色の豪華なワンピースを着ており、複雑に編まれた髪は左右二つにリボンでまとめられている。
ハッとするほど美しいその容姿を見て、アベリアは固まった。
すれ違う直前、その緋色の瞳と目が合う。
「か、か、か、館長!?」
アベリアの声に、少女が立ち止まって振り返る。
長い睫毛は、音がしそうなほどぱちぱちと瞬き、再び目が合う。
アベリアの前には、その思考のほとんどを占めるソゴゥと思われる女性がいた。瞳の色や髪の長さを変え、女性ものの服を着用している。
女装して街を散策されるご趣味がおありだったとは・・・・・・全く問題ありません、何故なら、国宝級に美しいので。
そんなことを、コンマの間に考えて、アベリアは「館長、今日はどちらへお出かけですか?もしよかったら私もお供してもよろしいでしょうか?」と驚くべき早口で告げる。
「ルキに話しかけているノシ?ルキはカンチョウという何かではないニョロよ」
館長ではない。館長ではなかった。
「失礼しました。あまりにも、私の知る方に似ていたもので、誤って声を掛けてしまいました」
「ルキは別に嫌じゃないので、気にしないで欲しいのデフ。もしよかったら、日持ちのする、甘いお菓子の売っている店を教えて欲しいノス」
「えっ、ええ、いいですよ!私のおすすめでよければご案内します!」
「ありがとう、ルキはルキと言うノシ、赤白頭は、なんという名前ノシ?」
「赤白、あ、ええアベリアと言います」
別人と分かっても、そっくりな顔を少しでも見ていたいと、アベリアは快諾する。
ルキはセイヴからかなり遠い第九領管轄の街から来ているらしく、お土産を探しているとの事だった。
いくつかのおすすめを回って、その全ての店で、かなりの量を購入して、驚くことに都度都度転送魔法で、どこかへ飛ばしていた。
ルキの見た目は人間のようだが、瞳が赤いため魔族の様でもあり、人種が判然としないが、魔力量が非常に多く、そのせいで最初はソゴゥかと思ったのだった。
「アベリア、楽しかったニョス、もう日が落ちるのでルキは、外にはいられないのデフ」
「こちらこそ、とても楽しかったです。あの、お友達になってもらえますか?」
「ルキでいいニョロか?」
「もちろんです」
「嬉しいニョロ、アベリアには何処にいったら会えるニョロ?」
「イグドラシルの受付で、私の名前を言ってもらえれば、会えますよ。イグドラシルに住んでいるので」
「兄と同じ場所にいるニョロ、今度会いに行くノス!」
「え?兄?もしかして!」
ルキは、陽が落ちそうな気配に、慌てて「兄に怒られるので、もう帰るノシ!今日はありがとうノシ!」と、フワリと浮かび上がると、そのまま背に黒い翼を生やして羽ばたき、あっという間に茜色の空の向こうへと飛んで行ってしまった。
残されたアベリアは、イグドラシルにいる兄という言葉と、吸血鬼のような黒い翼に赤い瞳から、え?え?どういう事?館長似の少女が、吸血鬼?で、兄とは?むしろあの、館長にべったりの護衛の悪魔の眷属?と、答えのない疑問を無限ループさせて、イグドラシルへと戻った。
図書館は、季節にもよるがこの時期は朝九時に開館し、司書には開館前の準備などの仕事が一時間前から始まる。七時過ぎても起きてこないソゴゥの様子を見に、ヨルが寝床を覗くと、樹精獣たちにぎっしりと覆われていた。いつもは、世話役の七頭だけがこの部屋に入って来るのだが、イグドラシル中の樹精獣が集まってきたのではと思うほど、隙間なく樹精獣だらけだった。
第九領管轄のイヲンの街から帰ってから、暫くこの状態が続いている。
それ程までに、ソゴゥを失うかもしれない状態は、イグドラシルの樹精獣達を不安にさせていたのだろう。
中央で眠るソゴゥは明らかに、潰されて苦しそうなのに、顔は幸せそうで起こすべきかしばし逡巡した後、公務に遅れてもいけないと思い起こすことにした。
「皆に心配をかけたみたいだ」
ソゴゥがいつもより遅れてテーブルに着くと、既に朝食が用意されており、そして何故かレベル7の司書と樹精獣とヨルしか入ることのできない第七区画のこの場所に、ルキがいた。
ルキは精霊の森を拠点とした生活を王から保証され、たまに、セイヴの街に買い物に来ては、ついでにイグドラシルに泊まって、朝食を一緒にとったりする。
この第七区画のソゴゥの部屋の通路を挟んだ向かいに、前はただの壁だったところにドアが出来ており、その奥がルキの部屋になっていたのだ。
あまり精霊の森を離れると、そこに住む樹精獣たちが寂しがるので、せいぜい一泊で戻っていく。
「兄は、めちゃくちゃ樹精獣たちにモテモテデフ」
ルキは「兄」と呼ぶとソゴゥが喜ぶので、「兄」と呼ぶことにしていた。
「ウフフ」
「ソゴゥ・・・・・・、邪神に兄と呼ばれて嬉しそうであるな」
言い訳するように、ソゴゥが答える。
「いや、俺、年下の兄弟が欲しかったんだよ。ところで、前から気になっていたんだけれど、その喋り方は、どうして?」
「兄たちのいた世界の、ゲームとかテレビとかで、相手を和ませるために有効な話し方と学んだニョス。ルキは、存在が人を遠ざけるから、威圧感のない言葉で話したら、人が逃げないと思ったのデフ」
「クッ、意外と泣ける理由だった」
「兄よ、ルキに女の子の友達ができたノシ、とても嬉しいニャス。その子も、イグドラシルに住んでいると言ってたニャン」
「ゲッ、ルキの存在がレベル5の誰かに知られたってことか」
レベル5の司書に、女性エルフは四人いる。そのうちの誰かが、ルキと知り合ってしまったという事だ。
「その子の特徴は?」
「白い髪の毛で、毛先が赤い色デフ」
「アベリアだ」
出来れば、このまま第七区画にルキがいることは知らせずにいようと考えていたが、やはりそうはいかないらしい。
悪魔に続いて、邪神がイグドラシルの深部に住むという事実に、古参のエルフ達は一体どんな反応をするだろう。
サンダーソニアやセアノサスは、数百年をこのイグドラシルに捧げ、支えている。そこへ、僅か五年と、司書職を務めただけの自分が来てから、次々とイレギュラーが増えたのであれば、きっと面白くないに違いない。
レベル5だけではなく、レベル4にも果てしなく長くこの図書館を支えてきた者達がおり、全ての司書が、自分を第一司書と認めているわけではない。
来年の大司書を就任するまでには、もっとちゃんとした司書になろう。
その前に、ルキをどう紹介するか。
ソゴゥが真っ青な顔で、黙々とクレモンをむいて食べているところへ、ナタリーが真っ赤な司書服を持ってやって来た。
レベル5の暗赤色の落ち着いたボルドーとは違い、明るく鮮やかな赤だ。
ナタリーはルキに渡し、キュッツキュッツとルキに話しかける。
「これを着て、兄について行くようにと言っているのデフが」
「ああ、このイグドラシルにいる以上、他の司書達に事情を説明する必要がある。食事が終わったら、下の階に行くから、部屋でそれに着替えておいて、あとで呼びに行く」
「分かったニョン」
ルキがイグドラシルに来たのには、ルキの核となっている樹木の粋が関係していた。この樹木の粋には、以前この核によって顕現していた樹精霊の記憶が残っているらしく、ルキの意識に少なからず影響を与えている。
ルキが精霊の森の樹精獣達を愛おしいと思うのも、樹精獣たちがルキにとても懐いているのも、この樹精霊の記憶をお互いに感じているからだ。
樹精獣たちが自分を慕うのではなく、樹精霊を慕っているのだと分かっても、ルキは樹精霊にとても感謝していた。それまで知らなかったこの尊い感情を、知ることが出来たと。
だから、ルキは会ったこともない樹精霊のことも好きだった。
それに、樹精獣たちは、自分に樹精霊の面影を見ながらも、きちんとルキを見ていると知らせてくる。彼らは賢く、情が深い。自分たちは樹精霊を慕っているが、ルキが好きだと全身で伝えてくるのだ。
兄や悪魔の着ている服と似た、赤い服に着替えると兄が迎えに来た。
「おお、似合っているな、ってか、ほぼ俺か・・・・・・なんか複雑だな。ともかく、イグドラシルにいる際は、この第七区画以外ではその司書服を着ておくように。王に、樹精霊代理として、精霊の森に住む権利を得たが、このイグドラシルでもやはり樹精霊としてイグドラシルに仕える者という立場で、イグドラシルの第七区画への立ち入りを許可するという名目とする。異存はあるか?」
「ないノス」
「ああ、あと一つ、重要な事を忘れていた。司書達の前では、俺の事は兄ではなく館長と呼ぶように、いいね?」
「分かったニョス」
「語尾、ちょっとの間だけ、普通にできる?」
「問題ありませんよ」
「おお、ものすごく賢そうになった」
「ご婦人方から血を分けていただく際は、こちらの話し方の方が受けがいいと思い、夜は普段からこのような話し方をしておりますので」
「グッ、そうだった、それについてはまた後で要相談だな。俺が、イヲンで妙なあだ名で呼ばれないようにしたい」
ソゴゥはルキを伴い、レベル5の集まる執務室へと向かった。
ルキを見るなり、アベリアが言葉を失い、他の司書達のどよめきが室内に広がる。
「館長、いつの間に娘さんがいらしたのですか?」
「いや、俺まだ二十だけど?このルキが娘だとして、俺のいつの時の子なんだ?」
サンダーソニアのボケともつかない言葉に律儀に応える。
「しかし、赤目黒髪、館長と生き写しの容姿と言い、そこのヨルさんとの子かと・・・・・・冗談です、アベリア落ち着きなさい、どうしてペーパーナイフをヨルさんに向けているの?」
セアノサスが目にもとまらぬ速さでアベリアから凶器を取り上げ、周辺の凶器となりそうなものを退かした。
「ルキは、イグドラム領海から発見された海底の箱から復活した邪神だ。少し前に、目抜き通りを、トゲ通りに変えた吸血鬼騒動があっただろう?その時の吸血鬼がルキだ」
「なんと、ルキというのはルキフグスの事でしたか」
古参の一人が、驚きながらも冷静に応える。
「ルキは、魔族によって殺された樹精霊の核を依り代として顕現し、精霊の森の樹精獣たちの庇護下にある。王も、これを認められ、ルキは精霊の森の居住権を得ている」
「しかしながら、その赤い司書服は一体?」
「恐らくなのだが、ルキを俺の側に置いておきたいという、イグドラシルの意向ではないかと思っている」
「どういうことでしょうか、館長」
サンダーソニアが尋ねる。
「ルキは今の所、唯一の『世界樹伐りの斧』に対抗できる手段だからだ。樹精霊を殺した世界樹伐りの斧は、世界樹などの樹精霊の神聖域に取り付くウイルスのようなものだ。このウイルスを取り除くことが、ルキには出来る」
「館長」
「なんだ?」
「館長、イヲンの街に行かれましたよね?」
「ああ」
「その時の報告を伺っていないのですが、セアノサス、貴方からもです」
「え、ああ、うん」とセアノサスが、それとなくサンダーソニアから距離をとる。
「あの時、イグドラシル中の樹精獣たちの様子がおかしかったのです」
「ほう」とソゴゥが空々しく相槌を打つ。
「まさか、館長が世界樹伐りの斧に感染していたという事はないですよね」
サンダーソニアの追及に、ソゴゥとセアノサスの目が泳ぐ。
ヨルとルキは魂の抜けた人形の様に、この場から意識を遠ざけて無関係を装っている。
「済んだことだよ」とソゴゥが弱気の語尾。
「報告書、報告書を提出してください!あの時は公務でした、あったことを全て、書き出してお見せください!」
「グウッ、分かった、後で必ず提出するから」
「館長、我々は樹精獣のように館長の危機を直ぐに察知出来ませんが、館長の事をいつだって助けたいと思っているのです!心配くらいさせてください」
「分かった、報告せず済まなかった。ルキは俺の命の恩人だ、それに、イグドラシルの第七区画の立ち入りが認められている。全ての樹精霊を守護する邪神として、これからも皆には承知おいて欲しい」
「護衛の悪魔に、守護の邪神ですか、イグドラシルはいよいよ楽しくなってきましたね」
予想外のサンダーソニアの言葉に、ソゴゥはポカンとする。
「館長、我々は変化を嫌っていないのですよ。イグドラシルを守る仲間が、必ずしもエルフでなくともよいのです」
「我々は、長生きであることと、気性が穏やかでありつつも知的好奇心が高いところが、イグドラシルを支えるための性質と合致していただけにすぎません」
ソゴゥはレベル5の司書達の言葉に、胸が震える思いだった。
「あの、館長、ところで、ルキさんはどうして館長とそっくりなのでしょう?」
アベリアが尋ねる。
「ああ、それは俺も気になっていた。俺がルキにウイルスと一緒に血を吸われたせいかと思っていたが?」
ソゴゥがルキに尋ねる。
「私がこの樹木の粋の前に憑りついたエルフの目を通して、初めて人の姿を見たのが、館長でしたので、その姿を写し取って顕現したのです。私はもともと陰の性質を持つ邪神ですので女性型となっておりますが、男性型にもなれます」
「ちょっと、男性型になってもらえる?」
ソゴゥが言うと、ルキは頷いて男性型に変身した。
「これだと、瞳の色以外、区別がつきませんね」
「そうだろう?なあ、セアノサス、こっちが例のイヲンの街の『王子』だから」
「分かっておりますよ、まさかずっと気にされておられたのですか?」
「いや、まあ、ともかく、そういうわけなので、何かあったら言ってくれ」
ソゴゥはレベル5の司書達の目を一人ずつ見つめる。
「大丈夫ですよ、館長。ルキさんの事は、ヨルさんと同じ同僚と思って接しますので」
ソゴゥはほっとしたように頷いた。
こうして、真っ赤な司書服の美女がレアキャラとして図書館に出没するようになり、妙な図書館通いのエルフが増えてしまったのだった。
いよいよ、セイヴの街で十三貴族による秋冬コレクションが開催されることとなった。
初日と二日目は十三領の人間のためだけに、衣装を間近に見られるようセイヴのコンベンションセンターで、午前と午後の部に分けて二千五百人の入れ替えで行われる。
また、冬の温度に設定された部屋でそれぞれの領の服を実際に着用したりすることが出来、各貴族が質問に答えられるように、人間達に付きっきりとなる。
三日目から四日目の二日間は、一万人を収容できるセイヴ大ホールにて一般客向けに行われる余興としてコンテストが催され、王家と十三領民の人間の代表と一般投票により審査が行われる。
ファッションショーとしての余興はイグドラム初となり、音楽やライトなどの演出をソゴゥが各貴族へ伝授し、演出の監修を行っている。
生演奏ではほとんどの貴族がオーケストラを起用し、演出は光や幻影、炎などの魔法を安全かつダイナミックに取り入れ、最後尾の席の観客も感動させようという気概のもと、連日リハーサルが繰り返された。
当初は、ただ突っ立って、服の説明を拡声魔法で会場中に伝えればいいと思っていた貴族たちに、ソゴゥがファッションショーというものをやると言い出したとき、彼らは意味が解らずただ困惑していた。だが、ソゴゥが見本を見せると言って、十三領のノディマー兄弟が衣装を着て、音楽に合わせてステージを歩く姿を目の当たりにした途端、一変してソゴゥの案を支持し出したのだ。
ソゴゥは貴族たちが手を抜くとは考えていなかったが、より質の高い結果が得られればと、若干の煽りを加え、焚き付けた。そして、彼らは今、十三領を超える衣装を!演出を!と、闘争心を燃やしていたのだった。
「お前、よくナンバー貴族として先輩の貴族たちに、あんな事言ったよな」とイセトゥアンが思い返して、初日本番前の会場を見渡す。
二千五百人の十三領民の他に、王族と友好国のニルヤカナヤ国とウィドラ連邦国の来賓が観覧席にいる。
第一領から順にショーが行われる。
会場は正面の舞台から、中央のランウェイを、衣装を身に着けた各貴族のモデルが歩くスタイルだが、この初日と二日は、中央をまず音楽に合わせて服をモデルがみせ、次に服の素材や着心地、コンセプトなどの説明と共にもう一度ゆっくり歩くという方法で行われる。
十三領民達は前日に引率のエルフ達に連れられて、大名行列のように馬車で首都セイヴへやって来て、イグドラムが誇る大規模ホテルに一泊し、今、目を輝かせてランウェイを歩く第一領の衣装を着たモデルに感嘆し、聞いた事がない音楽に打ち震えている。
どの服も好評で、ソゴゥの目から見ても、どの貴族も高級な素材を惜しむことなく使って、軽い、暖かい、動きやすいを実現している。
毛織物は前世で主流だった羊や山羊以外にも量産されている獣毛に種類があり、また、化学繊維はないが、鉱物を結晶化して付着させた強化繊維がある。イグドラムにはその他にも綿花の種類が豊富で、撥水性があるものや、保温除湿効果がある機能的な繊維も豊富にある。
これらの繊維の精製方法はイグドラシルの知的財産であり、他国への支援とともに収入源となっている。
こうして、二日間の移民のための服の発表が終わり、十三領民は各貴族領から一種類の外套と、二種類の上下の洋服を選んで、採寸から製造段階に入る。ただし、十三領の服は人気が集中することが分かっていたため、十三領は全ての領民の服を端から用意する予定であるため、領民が選ぶのは十三領以外の服となっていた。
三日目、いよいよ会場をセイヴ大ホールに移し、一般客に向けたコンテストが開催される。
こちらにも王族と、ガルトマーン王国や西側諸国、それと大陸中央の友好国である人間の国からも招待客が訪れていた。
「よし、お前ら気合を入れて行けよ!この会場でのリハーサルも足に血豆が出来るほどやってきた、そのことを忘れるな、観客の度肝を抜いてやれ!彼らに一生の思い出を、お前たちの姿を、感動を刻みつけろ!!」
第一貴族エリース家の者たちに活を入れているのは、ソゴゥである。
何故か、各貴族のリハーサルを見学しているうちに、口やアイデアを挟むようになり、いつの間にかこのショーの総監督となっていたのだ。
開演前の会場は暗く、正面には巨大な幕が垂れ、そこには第一貴族の家紋である羊が金色に輝き浮き上がっている。会場には鼓動のような音が、観客の期待を呷るように静かに流れ続けている。
大ホールはアリーナ様式となっており、正面の舞台から客席の中心に円形の舞台が伸びている。初日の入場券をもぎ取ったローズとビオラは、中央のステージに近い場所で、開園を待っていた。
やがて、ドン、ドンと脈打つように流れ続けていた音楽が止んで、会場は無音となり、観客の息遣いだけとなる。
特に開幕の合図もなく、正面の幕が上へあがるのではなく下へと落ちて、床に付くスレスレで観客の頭上を覆うように飛んで移動しながら、後方の壁上方へと張り付いた。
正面ステージの幕が捌け、照明の当たったステージ上では金色の羊達が暢気に草を食み、観客に気付くと仕事を思い出した様に、ステージから観客席へ飛び込んで、その軌道に虹を描きながら宙を駆け上がり、会場を明るい虹の光の世界へと変えていく。
羊が彼方へ消えていくと、正面ステージからは、行進曲に乗ってイグドラム王室を表す青い腕章を付けた、王宮騎士の隊服に似たデザインの白い服を着た第一貴族たちが、第一領の旗を掲げて颯爽と中央のステージへとやって来る。エルフの黄色い声援が飛ぶほど、彼らは性別関係なく凛々しく格好がいい。旗を器用に投げたり回転させながら、中央に一幅の絵画の様にポーズを決めて制止する。
手袋から帽子、外套を肩に掛けただけの着崩し方、どの方向から見ても服のデザインが分かるように計算され、練習を重ねた結果だ。
イグドラムにも演劇や音楽のコンサートはあるが、それらを見慣れたエルフ達でも、開始から魂を抜かれたように魅了されている。
ソゴゥは、観客から見えない舞台上空域で俯瞰し、いいぞ!と拳を握っている。
後方の壁上方へと張り付いた幕は、次に第二貴族トーラス家の雄牛の家紋を映し、第一貴族と入れ替えに、風で花びらをまき散らしながら、上空から降りたって第一貴族を追いやる。
彼らの衣装は、風に靡くと映えるデザインをしており、派手さを好むトーラス家の貴族らしく、腕章以外白で統一された第一貴族の衣装と対照的に、華やかで鮮やかな衣装が楽しく優雅な音楽と香しい花の甘さに包まれ、観客の前を春の女神の様に通り過ぎる。
この後、各貴族の特徴的な衣装が次々と前の貴族の世界観を塗り替えて登場し、第五貴族のリオ家ではボッツ、ボッツと火の玉が吹き上がり、巨大な白い獅子を馬の様に乗りこなした、乗馬スタイルの機能的な衣装が紹介され、第十二貴族のパイシースはシフォンのような繊細で優美な生地をふんだんに使ったパステル系のドレスが、女性エルフのため息を誘い、パイシース家得意の音魔法で、小さな妖精の笑い声が耳元で聞こえて、観客はくすぐったそうに首を竦めていた。
やがて、最後の第十三貴族ノディマー家となり、後方の壁上方へと張り付いた幕に三つの三日月が映し出される。
妖精の柔らかでふんわりした雰囲気と、楽しい音楽から一変、十三領のエルフにソゴゥが叩き込んだ和楽器の演奏へと切り替わり、洋風の世界が、エルフの知らない和の世界へとステージが切り替わる。
ステージと会場の壁全てが漆塗りのようにぬるりとした光沢を持った黒に変わり、蒔絵の様な桜や紅葉や竹がプロジェクションマッピングのように浮かび上がる。
やがて、中央のステージに魔法円が浮かび上がり、その中央から召喚されたように、突如、怪鳥に扮して白い翼と紫の角を持つイセトゥアンが現れる。次々と魔法円が現れ、その中から白い鱗の肌と金色の角と尻尾を持つ龍に扮したニトゥリー、白紫の鱗と白い角と尻尾を持つアトランテス海王に扮したミトゥコッシーが現れる、四つ目の円からは、狼の耳と尻尾を付けたヨドゥバシー、最後に悪魔姿のヨルが現れる。
イセトゥアンの拡張された兄弟にのみ有効な変身能力によるもので、部分的な獣化を果たしており、ヨルだけは自前だ。
ノディマー家兄弟とヨルは、妖怪のラスボス感満載の原色の和風衣装を身に着け、中央ステージで和太鼓の激しいリズムに合わせ、戦うように踊り観客を魅了する。
原色の衣装は回転するたびに水平に広がって、雄々しくも優雅で、自分が一番強いと表現する彼らを引き立てている。
ソゴゥとルキは樹精獣の耳と尻尾を付けたお揃いの衣装で、ソゴゥは目の色だけ緑に戻し、ルキの赤と反転した双子のように見せて、兄達とは別の場所で愛嬌を振りまいている。
ソゴゥは客席にローズとビオラを見つけて「キュッ!」と可愛くポーズを決めて、貪欲に「可愛い」の評価を取りに行ったのだが、会場からの「ルキさん!結婚してください!」との声に、「妹はやらんぞ」と樹精獣が決して出すことのない低い声で応えて、可愛いが吹き飛んでしまっていた。表情も、父カデンを彷彿させる凶悪さで、犬歯を覗かせ、もはや樹精獣ではなく、ただの獣だ。
立ち上がって叫ぶ声の主は、隣の席のエルフに「班長、落ち着いてください」と引き戻されてもまだ、両手を振っていた。最近図書館に頻繁に通うようになった、魔法安全対策課の班長イフェイオンである。
ともあれ、こうして延べ四日間にわたるショーが終わり、半年を残してベストイヤーの出し物として高評価を得たのだった。
十三領では、秋冬用の服の採寸も終わり、平穏な日常に新たな作業が追加されていた。
紫御殿と露草は、色とりどりの羽が一面に干され敷き詰められた建物の中で、羽の仕分け作業を行っていた。
この羽は、ガルトマーン王国から寄贈された有翼人の換羽期に抜けた羽で、これを熱風で除菌して干し、布で覆うことにより、冬用の羽毛布団を作っているのだ。
大きく芯が硬い羽根は、解して小さくして芯を除く。
有翼人の羽の色は様々で、白、黒、赤、茶色、黄色や青なども混じっている。
色も大きさも統一されていないので、色はともかく大きさと硬さは、一定の水準にそろえる必要があり、その作業が新設された作業場で行われていた。
もともと、冬用の外套の案に、ソゴゥは十三領の冬は雪が多くとても寒いと父カデンに聞いていたので、それならダウンジャケットを作れないかと考えて、羽の調達をガルトマーン王国のガルダ王に相談したのだ。その結果、十三領民全てに羽毛布団が行き渡るほどの量の羽が贈られてきたのだ。
十三領民の選んだ秋冬物は、外套は第一貴族の白い羊毛のマントと、第十貴族の山羊毛のコートが人気で、秋物は動きやすい第五貴族の服が人気ではあったが、概ね各貴族のデザインがバランス良く選ばれていた。
「領民全ての布団を作っても、羽がだいぶ余りそうよ」
四棟の施設長をしているジキタリスは、沢山の袋に詰められて送られてきた羽が、袋を開けると数倍に膨らみ、その膨張率に戸惑っていた。
「魔法で圧縮されていたんだろうね」
ソゴゥは倉庫の中に、米俵のように積み重ねられた羽の袋を見上げた。
「この一袋で、三十人分の布団が作れるのよ」
「それはすごいね、皆の分が行き渡ったら、余ったものは売り出して、その収益で領民の靴や備品を買ったら?」
「そうね、それは良いと思うわ。皆、この作業は苦ではないようだし、自分たちの分を作り終える頃には、作業にも慣れて、質の良いものが作れるようになるでしょう」
「ジキタリスさんのお父さんとお母さんの分も作りなよ、羽毛布団って本当に軽くて温かいんだよ」
「ウフフ、ありがとうございます、ソゴゥ様。ところで、ソゴゥ様に妹さんがいらっしゃったとお聞きしたのですけど」
ジキタリスは近くで作業をしている、ヒャッカを見ながら言った。
「そうなんだよ、俺も妹がいるなんて知らなかったんだ、母さんの隠し子だね、俺や母さんに似てるんだ」
「あらまあ!」
「違いますよ。ソーちゃん、お父さんが本気にしたらどうするの?」
「いや、流石に自分より長く生きている子供なんてありえないと気づくだろ?」
「そうよね、でも、お父さん女の子の子供が欲しかったみたいで、自分の事お父さんって呼ばせているのよ」
「母さんも、ママって呼ぶように言っていたよね?」
「ママって呼ばれたいじゃない。そういうソーちゃんは、お兄ちゃんと呼ばせてるわよね?」
「フフフ、俺にも下の兄弟ができた」
ジキタリスはノディマー領でエルフと人間の橋渡しをしながら、極東で暮らしていた殺伐としたあの幼い日々から最も遠い場所がここなのだと、今の暮らしに幸せを感じていた。
両親であるカルミアとジャカランダも、別の都市で職について暮らしているが、娘の暮らしぶりを見に、頻繫にここへ訪ねてくる。
「母さん、領内の湖に渡り鳥とかってこないの?この羽が無くなったら水鳥の羽を調達して、このまま羽毛布団を作り続けられないかな、せっかく作り方を覚えたんだから、羽を定期的に仕入れることが出来れば、十三領民の産業としてやっていけそうじゃない?」
「野生の水鳥から、これだけの量を採取するのは難しいわね、それよりもガルトマーン王国から仕入れた方が確実だと思うわ」
「それだと、次回からは、買い付けるか、何か向こうが欲しがるものと交換という形になるだろうね、ガルトマーン王国で需要のあるものって何だろう?」
「有翼人はお酒が好きなはずよ、特にガルーダ族は美酒を求めて旅をしたりするそうだし」
「お酒かあ、究極の酒の作り方でもイグドラシルに帰ったら調べてみるかな」
「それは良いわね、ノディマー領で手に入る材料で作れるのがベストね」
ソゴゥは頷くと、ヒャッカとジキタリスに首都に戻ると伝え、熱心に作業をしている十三領の子供たちに挨拶をして帰路についた。
イグドラシルに帰り着いたのが、夜の七時。夏は、この時間でも空がまだ明るい。おかげで、図書館の閉館時間が延び、司書や図書館職員の業務時間もこの時期は長くなる。
ソゴゥは館内の様子見がてら、二階の執務室へ行こうとエントランスホールを通りがかり、奥のせせらぎの間に、樹精獣だまりが出来ているのを見掛けた。
せせらぎの縁に座り、水の流れを見るでもなく、膝や肩に樹精獣を沢山のせてぼんやりと虚空を眺めているのは、ノディマー家次男だった。
「ニッチ、何やってるの?警察クビになったの?十三領で羽毛布団を作って暮らしたらいいよ」
「羽毛布団か、ええのう。そういえば昔、親父のお下がりの十万円を超える西〇の高級羽毛布団と、無〇良品の二万円の羽毛布団で、誰が高級羽毛布団を使うか、テストの点で決めたことがあったのう」
「ああ、それ俺が勝って、俺が貰ったんだよ。淀にフワフワで温かいって自慢しすぎて、ベッドを占領されてよく喧嘩した」
閉館間際の図書館は人も疎らで、このせせらぎの間は、樹精獣たちの他はニトゥリーと、遠くに司書がいるだけだ。
ニトゥリーは樹精獣をキュっと抱えて、膝から下し、肩や側にいたモフモフ達も、ニトゥリーとソゴゥから離れたところに移動していった。
「素剛、お前、いつから覚えておった?」
「五、六歳の頃だったと思うよ、そうか、仁酉兄さんも思い出したんだね。父さんと母さんも、前世の事を覚えているって、父さんは最近だけど、母さんはずっと前から覚えていたんだって」
「そうだったんか。何で黙っとったんかって、そりゃ、混乱させとうなかったからよのう?思い出した俺も、他の兄弟にどう言っていいか分からんし」
「仁酉兄さんが思い出したなら、光輿兄さんも、そのうち思い出すかもね」
「そうかも知れんのう、光輿と伊世兄さん淀波志には、俺からも伝えんでおくわ。あいつらのことだから、必ず思い出すやろ」
ニトゥリーがソゴゥの頭を撫でる。
「でも、まあ、お前はずっと前世の姿のまま俺たちの側におったのに、なかなか思い出してやれなくてすまなかったのう」
ソゴゥは複雑な、寂し気な笑みを浮かべて、目を伏せる。
「先に死んでごめん。皆に酷い思いをさせた。今回も、仁酉兄さんや伊世但兄さん達にも心配をかけて、本当にごめん」
「バカか、お前、どんなに注意したって逃れられんことよ、お前のせいじゃないんやから、そんなこと、もう気に病む必要はない。お前が命を粗末にするような生き方をせんことは、誰より分かっとるわ。ただし、今生では、俺より先に死ぬことは許さんからのう、肝に銘じておきや」
ソゴゥが曖昧に笑うと、ニトゥリーが首を押さえ込んできたので、「わかった、わかったから、ここ図書館だから!」とタップして開放してもらった。
「最初から、そう言いや」
悪そうに笑うニトゥリーが、さっきより元気そうでソゴゥは安心した。
もしも叶うなら、俺たち兄弟は同日同刻に・・・・・・誰かが先に居なくなるなんて、俺は考えたくない。
けれど、そんな先の不安を数えるより、やりたい事を実現するために頭を使った方がいい。答えのない悩みに悩む時間を、楽しいことを考える時間にあてる方が、俺には向いている。
「ヨルを呼んで、イセ兄と、ミッツにも声を掛けて久しぶりに飲みに行こうよ!」
「いいね、俺もそう思ってここに寄ったんよ」
外は漸く茜色に染まり、蒸し返す日中の暑さが和らぎ、草の匂いと虫の声がする。
普段着に着替えたソゴゥが、ヨルを伴い図書館前の公園にやってくる。
「もうすっかり夏よのう」
「ビールが飲みたい!」
「では、今日はビアガーデンはどうであるか?」
「いいねえ!」
ソゴゥとニトゥリーの声が重なる。
今生ではすっかり馴染みのある虫の音は、前世では聞いたことのない音で、空には、蛍の様に光る綿毛が風に流されいくつも通り過ぎていく。
ニトゥリーは、少しだけ前を歩くソゴゥの背中を見て、生きていてくれて本当に良かったと心から思うのだった。
END