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4.昼と黄昏の兄弟

吸血鬼騒動から数日、ソゴゥは久しぶりの午前休暇で、溜まっていた洗濯物の片付けに取り組んでいた。

洗いあがった物を干す作業を終え、テラス一体を埋め尽く服やシーツ、枕カバーそれに布の靴を満足げに眺めると、コーヒー休憩に居間へと戻る。

司書服は水では洗ってはいけないようで、ここへ来た当初から樹精獣達が回収してクリーニングしてくれている。

今も向かいのソファーで、ナタリーが、司書服の毛玉を取って、繊維の方向を整えるようにブラッシングしてくれている。ナタリーの様子を見ていると、ナタリーの腕から抜けた毛が司書服に付いているのに、付いた毛は司書服に溶ける様に同化していく。

司書服は、樹精獣の毛で出来ているのだろうか?

それに、どうやって肉球で、洋服ブラシを持っているのか不思議でもある。

あまり見過ぎていたせいか、ナタリーが恥ずかしそうに、両前脚で顔を隠した。

「ごめん、じっと見過ぎちゃったね。いつもありがとう」

ナタリーの横で、黒い司書服にブラッシングしているヨルを見る。

ヨルは自分でやらされているようだ。

この悪魔も、俺が魔導書で召喚した際に、その体はイグドラシルの聖骸で構築されたようだから、イグドラシルの樹精獣たちとは兄弟のようなものなのだろう。

樹精獣たちがヨルに遠慮がないのは、自分たちの仲間と思っているからなのかもしれない。

そんな樹精獣たちも、ここのところ元気がない。

集まって深刻そうな顔で何かを話し合っている姿を、しばしば見かける。

恐らく、第九領管轄の森の樹精霊が亡くなられたのが原因だろう。

樹精霊の宿る木は、雷を受けても、山火事にあっても、その木だけは耐え残るほど頑丈で、樹精霊は宿る木があれば不死身の存在なのだが、今回は、木は残っているのに、樹精霊だけが消されてしまったのだという。

この樹精霊に仕えていた樹精獣たちの悲嘆が、イグドラシルの樹精獣達にも伝わってきているのだ。

彼らの情報伝達方法は不明だが、ソゴゥに情報が伝わる前から、樹精獣達が既に落ち込んでいたので、彼らの方が早く知っていたのだと思う。

今度、彼らの好物を持って、第九領の森に行ってみるかな。

ソゴゥは居間で寛ぎながら、エルフコーヒーを飲んで、これ以上ないほど気を緩めていた。

窓辺に、水色の鳥が来るまでは。

ニャッ、ニャッと小さな樹精獣達が、手紙鳥が来たことを知らせる。

あの色のふくよかな丸い鳥は、イセトゥアンが王宮関連の業務連絡として使っている鳥だ。

ソゴゥが鳥を手に乗せると、水色の鳥が手紙に変わる。

「今日の午後、ガルトマーン国の国賓を連れてイグドラシルの見学に行くので、対応よろしく」

「それだけであるか?」

「うん、詳しい時間もなければ、人数も、ガルトマーン国のどの立場の人が来るかも書いてない」

ニャッツ、ニャニャっと、イーサンたちが騒いでいるので、窓辺を見ると、更に二羽の水色と黄色の鳥が来ていた。

ソゴゥはまた、鳥を手に乗せる。

「すまん、まだ書いている途中で、飛んでった。ガルトマーン王国の王位継承権第十三位のカルラ・ガルトマーン王子を連れていく、時間は十三時頃になるだろう」

「もう一羽は、何て書いてあるのだ?」

ソゴゥは一緒に来た黄色の一羽を手に乗せる。

「マグノリアが、今夜来て欲しいとの事だが、どうする?って、ヨル、いよいよ、モデルの仕事が入ったんじゃないのか?」

「うむむ、これもエルフの勉強と思う事にしよう」

ソゴゥはナタリーが綺麗にしてくれた司書服を受け取ると、袖を通して、ヨルを伴って司書長のいる階に移動した。

司書長のサンダーソニアは、夏の納涼祭と称した、少し涼しくなる内容の民話や小説、子供向けにはお化けの絵本を集めた特設コーナーの確認に一階を移動していた。

エントランスホールには、天上からは夏の風物詩が描かれた長い垂れ幕が下がり、前大司書が季節を大切にして来た習慣が引き継がれている。

一階の、エントランスホールから直ぐの親子向けの読み物が置かれた書架辺りで、サンダーソニアを見かけ、ソゴゥはガルトマーン国の国賓の来館があることを伝えた。

「来客応対は私の方で引き受ける。奥の応接室を借りるが、何か問題があるだろうか?」

「いえ、応接室は、本日は使用予定がありませんので、大丈夫です。他の司書達には、私より通達しておきます。館内の案内をされる予定でしたら、やはり第三区画の神殿書庫と、第一のせせらぎの間、第二区画の迷宮書架、書架横丁などが良いかと」

「ああ、そうだな、向こうの希望を聞きながら、その辺りに連れていこう」

ソゴゥはサンダーソニアに各員の通達を任せ、十三時前に正面入口にレベル5以上は集まるように伝えた。

図書館というか、テーマパークの様だとソゴゥは相変わらず思う。

王宮の馬車がイグドラシルの敷地正面口に到着し、そこから公園を突っ切って、国立図書館建物入口前に整列する司書達の元へ、王宮騎士団、特務隊隊長のイセトゥアンが、ガルトマーン国の王族を伴ってやって来た。

ソゴゥが前に出て、イセトゥアンの隣にいる有翼人の青年の前に立つ。

「ようこそ、遠いところをお越しくださいました。私は、イグドラシル第一司書のソゴゥです。本日は私が館内をご案内させていただきます」

ソゴゥは、カルラ王子を見て、そして喉で空気を潰すような妙な音を立てた。

「これは、噂に名高い第一司書殿、私はカルラ・ガルトマーンです」

カルラ王子が差し出す手を、ソゴゥは何とか受け取って握った。

カルラ王子は、イセトゥアンと同じくらいの身長で、短い赤い髪は毛先が緑色で、緑にも赤にも見える瞳をこちらに向けていた。背中には鮮やかな緑色の翼があり、また緑色の尾羽には赤い飾り羽が混ざっている。

見ているそばから、額の汗を拭っているソゴゥにイセトゥアンは首を傾げながらも、とりあえず王子をイグドラシルの中へ案内するように、目で促した。

おかしいのはソゴゥばかりでなく、ヨルも警戒の高さを示すように、いつもより近い距離で、ソゴゥに張りついている。

有翼人は好戦的で有名だが、流石に緊張しすぎなのではと、イセトゥアンは呆れながら、三人の後に続く。

ソゴゥは、イグドラシル館内の案内もせずに、真っ直ぐにカルラ王子を応接室に案内し、ドアを閉め、カルラ王子がソファーに落ち着いたところで尋ねる。

「カルラ王子、今回のイグドラム来訪の目的は何なのでしょうか」

前置きも何もない性急な切り出しに、イセトゥアンは不躾過ぎやしないかと、ヒヤリとする。

質問を投げかけられたカルラ王子は、むしろ嬉しそうに目を細めて答える。

「視察と言ったところでしょうか、お互いの国の事を知り、今後の双方の在り方について、もっと協力できることがないか勉強しに参ったのです」

イセトゥアンはカルラ王子の後方に立ち、向かいのソファーの座るソゴゥの様子を不審げに眺める。取り澄ましてはいるが、やはり非常に緊張しており、普段の公務中のソゴゥの在り方と違っていると感じた。

「ソゴゥ」と、つい、いつもの様に呼びかけると、ソゴゥがギロリと睨む。

「すまない、第一司書殿」と言い直すイセトゥアンを、カルラ王子が振り返り「もしかして、ご兄弟なのですか?」と尋ねる。

「ええ、そこのイセトゥアンは、私の兄です」とソゴゥが応える。

「やはりそうでしたか、よく似ていらしたので。それにしても、エルフは美しい方が多いですね。あなた方に至っては、精霊の様に、常に光を纏っていらっしゃる」

ソゴゥとイセトゥアンは顔を見合わせる。

「光ですか?」

「ええ、エルフ同士では気付き難いのでしょう。ところで、唐突ですが、服用するだけで光り輝くような美貌が手に入る薬がある、というのをご存知でしょうか?」

ソゴゥは首を傾げ、イセトゥアンに目を向ける。

イセトゥアンも知らないようで、首を振る。

「私達が、そのような薬を摂取しているとお考えでしょうか?」

「まさか」とカルラ王子は慌てて否定する。

「あなた方のそれは、生来の魔力量の多さ故でしょう。そうではなく、無理矢理に魔力細胞球を膨張させ、魔力細胞の貯蔵数を上げて魔力保有量を増加させる薬ではないかと、私は推測しているのです」

「魔力量を増やすことが、美容と関わりあるのでしょうか?」

「魔力量の多い種族は、魔族も含め加齢により魔力量が減少していくことで、容貌にも老いが現れます。当然、それは自然な事であり、回帰の準備と我々は受け止めておりますが」

ソゴゥはカルラ王子の言葉に同意するように頷く。

「しかしながら、社会性をもつ種族において、自然の流れに逆らってでも美しくありたいという者の気持ちも理解できないわけではありません。理論的には、老化により保有できなくなった魔力量を薬によって補うことで、老化を遅らせることが出来るでしょう。ただ、老化とは別に、元々魔力を多く持たない者が、この薬を服用することで、細胞が活性させ一時的に美貌を得ることが出来るのです。つまり、輝き続けたければ、定期的な薬の服用が必要となります」

「本当にそのような薬があるとするなら、色々と気になりますね。ただの美容薬なら多少の常習性や依存は、服用者の健康被害がなく、経済的な圧迫にならなければ問題ないように思えますが、魔力量を外付けで増設することが、果たして体にどのように影響するのか。魔力保有量は、命にもかかわるため、国の認可を受けていない薬は流通しないはずです。イグドラシルで、認可薬物の中に、魔力量増加に関わる薬品があるか検索を掛けてみましょう」

「書架へ移動するのですか?」

「いえ、ここで出来ます」

ソゴゥは言い、ガイドと呼ばれる司書が持つ魔法書を開き、魔力量増加、薬をキーに検索を掛ける。何度か繰り返し、該当する書籍名や本文をテーブルに投影してカルラ王子に見せる。

「どうですか?」

「拝見します」

カルラ王子はそれらを確認する。

「認可されている薬品には、私が探している効能を謳った物は無いようです。もしかしたら、非合法なものとして出回っているものなのかもしれません」

「では、私の方から警察機関に届けておくと致しましょう。何か分かりましたら可能な範囲でお伝えいたします。ちなみに、カルラ王子は何故その薬に興味を持たれたのでしょうか」

「薬の材料が気になったのです。古来より、こうした若返り薬や、不死の薬などの原料には、倫理に悖るものが使用されてきています。今回も、こういった薬の製作に、魔力量の多いイグドラム国のエルフや我が国のガルーダ族などに、魔の手が及んでいるのではと危惧しているのです」

「なるほど、それならばゼフィランサス王にも報告させていただきます」

応接室のドアがノックされ、司書の誰かがお茶を運んで来てくれたのかと思い「どうぞ」とソゴゥが返事をする。

開いたドアから、トレーにティーセットを乗せて樹精獣達がやって来た。

「ジェームス、どうしたんだ?」

「キュッツ、ミューエ」と恐ろしく機嫌の良い声を上げており、ソゴゥとヨルが首を傾げる。

樹精獣達はテーブルにお茶とお菓子を置くと、カルラ王子の周囲に集まり出した。

カルラ王子を観察しているようだ。

イセトゥアンは、かつてイグドラシルに住んでいた有翼人が、その凶暴性や火気を好む性質から、イグドラシルを追われた歴史を持つことを思い出した。

十年前、自分と三男と四男が誘拐されたのは、イグドラシルを有翼人の元に取り返そうという、スパルナ族の男の企てだった。

イグドラシルは有翼人を受け入れず、イグドラシルの樹精獣達が追い出しに掛かるのではと心配になった。

当の、イグドラシルの代理人と言うべきソゴゥは、緊張はしているようだが、その緊張の種類はイセトゥアンの懸念とは別のところにあった。

樹精獣達は、カルラ王子の翼や尾羽を頻りに気にしている。

「キュウジュエ」と、ナタリーがカルラ王子に話しかける。

「これは、イグドラシルの守護聖獣達ですか」

「そです、樹精獣と呼んでおり、ここにいる七体は、私の世話係を務めてくれている者達で、いま話しかけてきたのはナタリーと言います」

「この、ナタリーは何と言ったのでしょうか?やはり有翼人がイグドラシルに立ち入るのを嫌っているのではないですか?」

「いえ、それが、来訪をとても喜んでいる様です」

「そうなんですか、それは良かった」

本当に嬉しそうにカルラ王子が応えた。

ジェームスがソゴゥの袖を引き、カルラ王子を指さす。

他の樹精獣達は、その場で小躍りをしている。

ソゴゥとヨルには、一体何が、彼らをここまで喜ばせているのか分からなかった。

そして、先ほどナタリーがカルラ王子に話しかけた言葉は、ここではソゴゥしか理解していなかったが「羽を一本下さい」だった。

カルラ王子の逆鱗に触れるかも知れないと、ソゴゥはとりあえず、その言葉を通訳することなく、心の内に留めていた。

小さな樹精獣達がソファーによじ登り、カルラ王子の翼に触れようとしたところで、ヨルとソゴゥが、三匹を素早く回収する。

カルラ王子としては、イグドラシルの樹精獣に歓迎されていることに感動し、彼らが自ら近づいて来てくれることを嬉しく思っているようだったが。

だが、第一司書とその護衛は、我が子のいたずらを窘める両親の様に、樹精獣たちがカルラ王子に触れる前に回収してしまう。

「樹精獣たちのすることは、イグドラシルの意思なのでしょう?好きにさせておいたらよろしいですよ。私は気にしませんから」

ソゴゥはソルトをヨルはイーサンとハリーを抱え、三匹は抱えられながらも、まだ前脚をウゴウゴと動かしている。

「キュッキュ、ジューエ(羽を一本下さいってば~)」

「わー、スミスまで、何でだ?」

そうこうしている間に、オレグがカルラ王子の尾羽を引っこ抜いた。

「痛ッツ」

「わーーーーーー!オレグ!!」

ソゴゥがオレグを攫うようにして抱き上げると、ヨルと共にカルラ王子に頭を下げ、オレグの頭も下げさせた。

「すすす、すみません、うちの子が。どうしても、羽が欲しかったようで。先ほどから、どの樹精獣たちも、口々に羽が欲しいと申しておりましたが、あまりに不躾なお願いと思い、伝えずにおりましたところ、強硬手段に出てしまったようです」

「いや、驚きましたが、別に羽の一つくらい記念にさし上げますよ」

「本当にすみません。ありがとうございます。オレグ、カルラ王子にお礼を言いなさい」

オレグは、ぺこりと頭を下げて「キュエ」と鳴いた。

オレグが引っこ抜いたのは赤い尾羽で、樹精獣たちは輪を作って観察し、キュッキュッツと互いに喜びを伝えあっている。

「そんなに喜んでもらえたら何よりですよ」

樹精獣達はそれぞれにカルラ王子にお礼を言い、羽を大事そうに抱えたオレグと共に応接室から出て行った。

その後、ソゴゥはガチガチに緊張したまま、カルラ王子にイグドラシル内を案内し、無事任務を果たして、送り出すと早々に第七区画へと引きこもった。

王子が国内にいる間の世話係りを任されている長男が、何かやらかさなければいいが。

まだカルラ王子の羽を持って謎の踊りを続けている樹精獣達を横目に、ソゴゥは解放感から液体のようにソファーに融けきっていた。


夜、イセトゥアンと待ち合わせていたマグノリアのデザイン事務所近くの路上で、ダリアが絡まれているのを見掛けた。ダリアは以前見掛けた時と同じ男装をしており、絡んでいるのは女子の三人組だ。

暴力沙汰とはならなそうなので、ソゴゥがそのままスルーして行こうとすると、目があったダリアが表情を明るくして、こちらへとやって来た。

「私は、彼と約束しているのだ。すまないが、そういう事で明日は別のパートナーを見つけて欲しい」

「は?」

「うそでしょ、ダリル!貴方、そっちの彼はどう見ても男の子じゃない!」

「王族のパーティーは二人一組である必要があるが、パートナーは同性でも可能だ。要するに、何かあった時にパートナーが面倒を見るという便宜上のルールだ。何も問題はないだろう?」

「でも貴方、異性愛者だって言っていたわよね!」

合っているね。

そんで、なんで、異性愛者どうしの女子の痴話げんかに、俺巻き込まれてんの?

しかも女子たち、ヨルを認識したとたんトーンダウンしたし。

ソゴゥは暗い目をして、道路の煉瓦を視線でなぞりながら、モテる奴は税金を二倍払えクソが、と意味不明な事を思っていた。

わけも分からない揉め事に巻き込まれて解放された後、ダリアと一緒にマグノリアのデザイン事務所に行くと、ダリアにひら謝りされた。

「彼女たちには、私は男だって偽っていたんです『ダリル』なんて偽名まで使って。皆、面白いように騙されるので調子に乗ってしまったの、ごめんなさい」

マグノリアさんの執務室兼応接室で、ボルドー色のソファーに座り、お茶ではなく、シャンパンを振舞われながら、ダリアさんの謝罪を聞いている。

「どう見ても女性なのに、本当に気付いていなのかな」

「もともと面識のあった者でも、気づかない人がほとんどよ。初見で直ぐに男装だって見抜いたのは、ソゴゥ様くらいです」

「貴女、いい加減その恰好はやめなさいな、好きでやっているわけではないのでしょう?貴女にはもっと似合うスタイルがあるのに、バカ子ね」

マグノリアは尖ったヒールを履いた足を、優雅に組みかえる。

「ところで、明日の王族のパーティーって何ですか?」

「あら、ダリア、もうその話しをソゴゥ様にしたの?」

「詳しくはまだしていないわ、ボス」

「なら、イセトゥアンが来るまで待ちましょう、それまで、この間のデザイン画についてと、イセトゥアンから預かった素材についてなんだけれど」

マグノリアはデザイン画の複写に細かく修正案を書き足したものを広げ、一つ一つ丁寧にソゴゥとヨルに説明した。

また、サンプルをマグノリアの事務所で手掛けてくれるという事になった。

サンプルの出来栄えにより、本格的な製作の依頼となるのだが、ソゴゥはマグノリアの事務所での製作をお願いしたいと考えていた。

「それと、イセトゥアンが持って来たこれなのだけど」

マグノリアが魔力を帯びた物を保管するための箱を持ってきて、ソゴゥ達の前に置いた。

何をそんな厳重な箱の中に保管しているのだろう。

ソゴゥの疑問を汲み取ったように、マグノリアが少し困った様子で答える。

「そのまま置いておけない物だったのよ」

「イセトゥアンは、一体何を持って来たんですか?」

「開けるわね」

箱の中には、綺麗な真珠色の大きな貝殻のような物が入っていた。

「これを、ボタンなんかの装飾に使えないかと渡されたのよ」

「綺麗ですね、これ一体何だろう?」

「あと、狼の毛を大量に渡されたわ。そっちはニットに出来そうだったから、工場に連絡して加工方法を検討しているところよ」

「ありがとうございます。家長のヨドゥバシーが喜びます」

ソゴゥが、正体の分からない箱の中の物を矯めつ眇めつしているところへ、遅れてイセトゥアンがやって来たので、イセトゥアンにこの物体が何かを尋ねる。

「ああそれ、龍の鱗だ」

「引っこ抜いてきたの?」

「まさか。ヨドが、土地神様の様子をたまに見に行っているらしいんだが、最近滝付近にやたら落ちているらしくて、拾い集めておいたんだそうだ」

「土地神様は病気なのか?何で鱗が抜け落ちているんだよ」

「母さんは、あの龍は、龍に成りたてだから、何度か脱皮の様に変態していく過程にあって、抜け鱗は問題ないって、ヨドに言いていたそうだ」

「それならよかった」

「ちょっと、ってことは、これは龍の鱗なのね?」

「そうです」とイセトゥアンが答える。

「あのね、龍の鱗なんて素手で触れないわよ?」

「そんなはずはないですよ、物質としてちゃんと存在しているじゃないですか」

イセトゥアンが箱から龍の鱗を摘まみ上げて、ソゴゥに渡す。

「ほら、触れるだろ?」

「すべすべしているね、ボタンには丁度よさそうだ」

ソゴゥが、鱗を光に透かして見たりしている。

マグノリアは長い溜息を吐く。

「ダリア、ちょっとその鱗を触ってみてくれるかしら」

ソゴゥは鱗を箱に戻し、ダリアがそれを摘まみ上げようとして触れた瞬間、小さな悲鳴を上げて飛びあがった。

「痛い!」

「そうなのよ、痛いのよ」

「ボス、先に言っておいてください。静電気みたいなのが、指先から肘に抜けていきましたよ!」

「ボタンを掛けるたびに、この痛みに耐えないといけないとなると、相当なマニアにしか需要がないと思うのよ」

「そんなマニアはおそらく領民にはいませんね。ところで、触る人によって静電気がはしるのは何でなんだろう?」

「不思議だな」

首を傾げる兄弟。

これだからノディマー家はと思いつつも、マグノリアは箱をソゴゥ達の方へ寄せる。

普通のエルフには強すぎる神気が、兄弟達には分からないのだ。

「というわけで、こちらはお返しするわ」

「ああ、はい、じゃあ僕が預かります」

ソゴゥは言い、無造作に鱗を掴むとカバンに入れた。

「そうだわ、イセトゥアン、それにヨルさん、あなた達には、明日のロブスタス王子が開催するガルトマーン王族来訪の歓迎パーティーに、うちの商品を着て出てもらいますから、そのつもりでね」

「イセ兄は、カルラ王子の案内役は大丈夫なの?」

「ああ、パーティーの間は別の者が護衛に付くから、隊服でなくても問題ないだろう。俺は、ヨドの代わりに十三貴族として参加することにした。基本、十三貴族は関係者が出席しなくてはならないと通達されていたらしい。まあ、本当ならこんな時にこそヨドは顔を売っておいた方がいいと思うが、あいつ今はそれどころじゃないからな」

「そーだね、イセ兄もヨドも同じ顔で背も一緒だし。フェロモン量ぐらいじゃない?二人の差って。一度聞きたかったんだけれど、モテるってどんな感じ?俺とイセ兄のモテの差っていったい何だろうねー」

「あら、ソゴゥ様、そんなことを気にされていたの?」

マグノリアが興味津々に身を乗り出す。

「私は分かるわ、ソゴゥ様とイセトゥアンの差はね、人を不安にさせるかどうかなのよ」

「え、人を不安にさせるってどういう?」

「俺どっち?」

「イセトゥアンは、人を不安にさせるのが上手いのよ。イセトゥアンを見ると、ちょうど黄昏時のように周囲から光が消えて、色が失われ、視界が狭まって不安で、心細くなって、それでいて夜の気配を感じさせる、何か得体の知れない妖しい期待が胸に押し寄せてくるの。彼を見ると、彼以外の光と色が失われ、彼だけしか見えなくなる、そんな感じね。存在が持つ性分だから、本人が相手にどう見られようと工夫をしても、その雰囲気は変えられないわ」

「要約すると、エロいってことだな」

腕を組んで、ソゴゥが独り言ちる。

イセトゥアンは、両手を上げて左右に首を振っている。

「ソゴゥ様は、真昼間ね。圧倒的な光で、見る者の心の底まで透かしてしまって、邪な感情さえも浄化してしまうから、恋愛感情を持たれにくいのね。だから、人柄を知って惹かれた相手でないと、ソゴゥ様の相手になり得ないわ。でも、だからこそ、ソゴゥ様の結婚は成功するわ。ソゴゥ様の事を良く知り、人柄で惹かれあった者同士で結ばれるのだから」

「マグノリア姐さん!何か、希望が見えてきました!」

「え、俺は?俺の結婚は?」

「ごめんなさいイセトゥアン、私には見えないわ、その将来が」

「ちょっ、え?マジで?」

「モテるばかりが、いいとは限らないってことだね、うんうん。ところで、ヨルは?」

「圧倒的ね、見る者を暴力的なまでに魅了してしまっているわ」

「暴力は良くないね、ヨル。気を付けなさい」

「ソゴゥ、この体は世界樹で出来ておるため、エルフの好感が集まるのは仕方がないのだ」

「そういう問題?」とソゴゥが首を傾げる。

マグノリアはおかしそうに笑った。

その後、イセトゥアンとヨルの衣装合わせを行い、ソゴゥとヨルは、イグドラシルへと帰宅した。

イグドラシルの部屋に戻って、カバンを机の横に掛けると、樹精獣達が集まってきた。

昼間の様に、何やら猛烈な機嫌の良さで踊りながらの登場に、ソゴゥの表情筋は緩みっぱなしだ。

動画サイトで拡散したら、再生回数が憶は行く。間違いない。

ジェームスがソゴゥの足をポンポンと叩き、カバンを指さす。

ソゴゥがカバンをジェームスに渡すと、樹精獣たちがカバンの中に前脚を突っ込んで、ゴソゴソと何かを探している。

スミスが、無造作に入れていた龍の鱗を取り出し、皆がその周りに集まって大興奮である。

「それが欲しかったようであるな」

「龍の鱗だよそれ、欲しいの?」

樹精獣たちは頷き、下さいと言っている。

「いいけれど、何に使うの?コレクション?」

ジェームスは机の上に置かれっぱなしになっていた、ヨルの召喚魔導書を指さす。

「これに関係があるの?」

ジェームスは頷き、召喚魔導書を持って部屋を出て行ってしまった。

樹精獣たちの部屋はイグドラシルの何処かにあるようだが、ソゴゥにもその場所はわかっていない。樹精獣たちにイグドラシルの壁は意味がなく、どんなところからも現れたり、隠れたりできるが、人がいる場所にはちゃんとドアを使って出入りしてくる。そして夜になると、彼らの部屋に帰っていくのだった。


翌日、ソゴゥは午後からのロブスタス王子の開催するカルラ王子歓迎パーティーに、ダリアの付き添いとして参加するため、サンダーソニアに声を掛けようとレベル5の執務室に向かった。

レベル5の共用の執務室にはサンダーソニアの姿はなく、アベリアとセアノサスが何かを熱心に話し合っていた。

「あ、館長、これから王宮にお出かけですね。後の事はお任せください」

アベリアが直ぐに気付き、ソゴゥに声を掛ける。

「ああ、よろしく頼む。ところで、何か問題か?」

「いえ、警察機関に共有するデータをセアノサスさんと話し合っておりました。犯罪未然対策課の情報と、第九領管轄のイヲンにある小さな図書館の司書の体調不良に対する符合を、どう考えるか、他のレベル5にも相談しようという話をしておりました」

「その司書は大丈夫なのか?イヲンは、例の樹精霊の消えた森の直ぐ側だったな」

「はい、現在赴任している司書を引き上げさせ、私が赴く事を提案いたします」

セアノサスが言い、アベリアが「ですが、セアノサスさんは本館に戻ってきたばかりですし」と口を挟む。

「アベリア、セアノサス、帰ってきてから詳しく話を聞こう。それまで、レベル5の間で意向をまとめておいてくれ」

「はい、館長」

「承知致しました」

ソゴゥが部屋を出ていくと、アベリアが「館長の司書服以外の正装、眼福です」と呟くのをセアノサスは聞こえない振りをした。


イセトゥアンとヨル、ソゴゥとダリアでパートナーとしてパーティーに参加するにあたり、ソゴゥは第一司書として姿の知れ渡っている黒目黒髪と耳の形を、エルフのものへと戻していた。

そうすると、余計にイセトゥアンと似てしまうため、眼鏡をかけてあまり目立たないよう、イセトゥアンとヨルと、ついでにカルラ王子から離れたところで、ダリアと雑談をして時間を潰していた。

ソゴゥには、ヨルがガルトマーン王国のガルダ王に匹敵するほどの力を持った悪魔であることが分かっていた。

そんな核弾頭を、目の届かないところに置いておくのは不安である。ヨルはソゴゥの護衛であるが、ソゴゥはヨルの監視人と言った役割を果たしていた。

カルラ王子がガルーダ族の伝統服を身に着けると、一層華々しく雄々しい神鳥ガルーダ族の美しさが際立つ。

ガルーダ族は赤い翼を持つが、王族は戦闘時以外にはその翼の色が緑色に変化する者おり、カルラ王子はその性質があるようだ。

ダリアが、本来の女性の格好で現れた際には、ソゴゥはしばらく目も合わせられなかったが、ファッションショーについて熱い意見を交わしているうちに、何とか通常に向き合えるように成長していた。

ダリアの元には、貴族の男が入れ替わり立ち代わり寄って来るが、その都度ソゴゥが「ガルルルル」という音が聞こえそうなほど睨み付けるので、いい虫除けになっていた。だが、本来の目的の服の宣伝にはおいては、このペアは全く役に立っていなかった。

パーティー会場となっている王宮の庭には、大きな日除けの柱と至る所に冷却魔法装置があるために涼しく、炎天下に負けない夏の花が咲き誇り居心地のよい場所となっていた。

そんな王宮の庭で人を集めているのは、やはりイセトゥアンとヨルの周りで、ほとんどの女性がそこにいるか、そこへ向かっていて、ロブスタス王子のイセトゥアン嫌いが滞りなく促進されたであろうことが伺える。

そんな中に、もう一つの人密集した場所がある。

誰もが、うっとりとその中心にいる人物に目を向け、ため息をついている。

砂色に金の粉を塗したような、波打つ長い髪に、アイスブルーの瞳。瑞々しい肌と、薄いピンク色の唇は思わず触れたくなるような美しさで、光りを纏っているようだ。

「あれは、どこの誰ですか?」

ダリアはその質問に「サジタリアス家の姫では、確かご結婚され、第九領管轄の所領を与えられた男爵家に嫁がれた、名は、えっと・・・・・・」と応える。

「名は、結構。男爵家の嫁という事が分かれば十分です」

ダリアが振り返ると、そこにはこのパーティーの主役であるカルラ王子がいた。

「か、カルラ王子」とダリアが恐縮してさがる。

「昨日した話、彼女は怪しいですよ、第一司書殿」

カルラ王子がソゴゥに向けて言う。

「ええ、間違いないでしょう。見ていて不安になります」

「貴方の目には、彼女はどう映っているのですか?」

「王子と同様かと。肥大した魔力に体が悲鳴を上げているようだ。瞳には僅かに混濁した色が見えます。中毒を起こして、やや正気を失っているのでしょう」

「醜美の話を尋ねているのですよ」とカルラ王子が微笑む。

「ああ、容姿ですか?それなら、ここにいるダリアさんの方がずっと素晴らしいと思いますが、皆は何をもって彼女に集まっているのか不思議です」

ダリアが思わぬ自分の高評価に狼狽えて、合わせた指を忙しなく動かす。

「なるほど、貴方の目は本質しか映さない、そのため私が怖いのですね?」

「いえ、貴方が何をしたいのかが気になって仕方がないのです。何故、お一人で、名と姿を偽ってここにおられるのか」

「もう少しこのままで楽しませてください。ゼフィランサス王はご存知です」

「王の目はこの国の全てをいつも見ておられる。おそらく、カルラ王子の事情も察していらっしゃると思いますよ」

「その上で、私を自由にしてくださっている。という事は、王の不安も私と同様なのかもしれませんね」

「カルラ王子が不安を?貴方を不安にさせる事象が、この世界に存在するとは思えませんが」

「それは買い被りですよ、第一司書殿。私の国の民が傷つく事もそうですし、私自身の内なる闘争心を抑えることもそうです、それに妻も怖い」

まさかの、恐妻家。

「妻の予言はいつも当たるので、こうして私自ら参ったわけなのです」

「一体どんな予言を?」

カルラ王子は人差し指を口にあて、片目を瞑った。

ダリアが後ろで当てられたように呻いている。

間直に見たソゴゥも、恐怖と魅了に汗が噴き出す思いがした。

「まあ、暫くは、私は貴方の側にいますよ」

カルラ王子はそう捨て台詞を残して、王子を必死に探しているロブスタス王子の元に戻って行った。


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