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1.白昼夢と海底の箱

祭りのような喧騒のなか、話しかけてくる少年はミトゥコッシーに似ていた。

だが、幾分幼く、髪と瞳は黒くて人間の様であり、ソゴゥとお揃いだ。

ソゴゥは血のつながった実の兄弟でありながら、エルフらしからぬ色彩を持っている。

父と他四兄弟が白銀の髪と紫色の瞳に対し、ソゴゥだけが黒目黒髪で、母は白銀に緑の瞳だ。ソゴゥは生まれてきた時、母親と同じ髪と瞳の色をしていたらしい。

だが、生まれてしばらくすると今の状態になったのだという。魔力と関係があると両親から聞いてはいるが、実際のところどういう現象なのか俺は理解していない。

兄弟と知らされずに預けられていた園で、初めてソゴゥと会った時、ソゴゥは耳も丸くエルフとは到底思えなかったが、不思議と他人とも思えなかった。

自分や兄弟たちと顔が似ていたというのもあるが、何かもっと昔から、ソゴゥをはじめ、兄弟たちの事を知っているような気がしたのだ。

ミトゥコッシーに似た少年が、ドアを横にスライドさせ、室内の誰かを呼ぶ。中からツインテールの少女がやって来て、不貞腐れた表情で仁王立ちをして睨んでくる。

ミトゥコッシー似の少年が笑うと、少女が予備動作なしで、少年の顔をめがけて飛び蹴りを放ってきた。使用人が着用するようなクラシカルな長いスカートが幸いして、下着が見えるようなことはなかった。

ミトゥコッシー似の少年が少女の蹴りを避けても、着地時にバランスを失うことなく間髪入れずの後方蹴りで、鳩尾を蹴りぬかれたのはどうやら自分の様だった。

よく見ると、少女はソゴゥによく似ていて、自分とミトゥコッシー似の少年に何かを言われ、腹を立てている様だった。

ああ、何かの事情で女装をさせられているのを、自分たちがからかったのだろう。

ミトゥコッシー似の少年がソゴゥ似の少年の頭をぐりぐりと撫で、彼は恥ずかしさと怒りで顔を赤くしている。

その少年が次の場面では、色を失って横たわっていた。

薄く開いた目に光りはない。

生きてはいないだろうことが分かる。

あんなに色々な表情を見せていた彼の顔は凍り付いたように固まり、見えている体も霜が降りたように白い。

何もかもが白くて、現実感がなく、これは夢だと思っている自分がいる。

やがて少年は、その姿を変え、成長した今のソゴゥの姿となった。

ソゴゥはその不吉な台に横たわったまま、やはり何も映さない瞳をのぞかせている。

その体には、緑色の光の線が植物の蔓の様な模様を浮かび上がらせ、液体の様に光が流動しイグドラシルの生命と融合しているような魔力を感じさせた。

その聖なる光が突如、生命を枯らすように黒く変色して体中に広がっていく。まるで死の鎖に絡め捕られるように、聖なる光は黒く塗りつぶされ体中を覆いつくした。

ああ駄目だ、またソゴゥが死んでしまう。

白い眼球までもが黒く塗り潰されていく。

頼む、誰か弟を救ってくれ。

もうあんな思いは沢山だ。


「班長、ニトゥリー班長」

「何だ」

部下のイソトマに呼ばれ、自分が白昼夢を見ていたのだと気づく。

それにしても、いつの間に。

目は開けていた、涎も垂れていない。

眉間の皴はいつも通りだ。

「魔法安全対策課が、そろそろ目的の海域で作業に取り掛かる頃だと思いまして」

「ああ、あのエリート意識激高のクソ班長がおられるところか」

「実際に魔法安全対策課は警察機関の花形ですし、とはいえ、うちの方が十万倍優秀で、実績もあますけど」

「そう思うなら、自分の仕事を全力でこなして報告せい、第九領近くの例の街の調査はどうなっとる」

「芳しくありませんね」

ニトゥリーは班員が全て見渡せる自分の席から、発言していたイソトマを睨む。

気の弱い者なら、口を聞けなくなるほどの圧がある。

「詳しく話せ」

ニトゥリーが特殊事案調査室と兼務して班長を務める、イグドラム警察機関の犯罪未然対策課は、国内の犯罪発生の抑止と未然に防ぐための部署にあり、特に犯罪の発生を防ぐことを目的としている。

イグドラシルに集まる情報と、警察機関の統計調査から、犯罪発生率の上昇が見込まれる地域を割り出して、重点的に内偵を行い犯罪発生要因を取り除くことを実現している。

地域の特定には、各土地のストレスが数値化されたものが使用される。その項目として、自然災害の発生地域や、経済状況の変化による人口の流入流出が顕著な場所、魔獣の出現域など、そうした多くの基準項目を数値化する。こうして算出された情報は、壁一面に投影されたイグドラム全土の地図に投影される。

各要因の数値の合計が最も高い場所を紫、その次が赤、中程度でオレンジ、要注意が黄色、低い場所が黄緑となって、ハザードマップのように表示され、情報が更新されるたびに色を変えて反映される。

イソトマとニトゥリーが話しているのは、第九貴族サジタリアス家の管轄にある、森に囲まれた旧い街であり、その場所は地図上で、紫で表示されている。

イソトマはニトゥリーの睨みも慣れたもので、飄々と答える。

「何と言うか、樹精霊殺しの一件からこの付近はエルフの思考を鈍らせるような何かがあるようですね。明らかに存在していたはずの子供たちが行方不明となっているのに、街のエルフは関心を持たず、ほとんどの子供の親は、子は都市部の学校に通い、学生寮に住んでいるとか、貴族の屋敷に行儀見習いに住み込みで預けているなどと思い込んでいます。ところが、申告の学校に子供の在籍の実態がない、また預け先の屋敷そのものが存在していないなど、子供は依然何処へ行ったのか分かっておりません。本件は、継続捜索中。行方不明になった子供の数も、まだ正しく把握できておりません」

サジタリアス城があった、旧城下町のイヲンから子供が消えていると知らせがあったのが七日前。十日前の精霊殺しの直後、イグドラシルの司書資格判定の会場に訪れるはずの、今月十五歳になるイヲン出身の子供たちが一人も訪れなかったと、イグドラシルから警察機関に連絡が入ったのが発端だった。

イグドラシルの司書資格判定は、イグドラム国民の義務であり、病気などの特殊な事情がない限り拒否することは出来ない。

「班長、私からもよろしいでしょうか」

ローレンティアが、イソトマの反対側の席から声を上げる。

犯罪未然対策課への異動を希望する数多くの女性人員の中で、ただ一人実力を認められて在籍が許された女性エルフである。

彼女とイソトマの他に六人の班員がおり、ニトゥリーを含めて九人の課となっている。

現在この課の室内には、九人のうち五人が集まり、残りの四人は調査で各地に赴いていた。

「イヲンの調査に向かったストークスとセージからの報告ですが、自身の思考の鈍化兆候ありとのことです。そのため、一人が街へ、もう一人は街の外へ待機して交代で調査を続けているとの事です」

「二人にはイヲンで起きている現象の範囲と発生時期、あと原因をはよ特定せいと伝えや、手に余るようなら俺が行くと言っておけ。ピラカンサスとコリウスは思考阻害の対策案を次の課会で報告せい。イグドラシルの助力を得て、類似現象の有無などを確認するのが早いやろう、まあ、方法は任せるわ。イソトマは、引き続き行方不明者の特定を急げや、保護者がボケとるせいで事件化されずに被害が拡大しとるのをどうにかせんとな」

「はい」と勢い良く返事をするローレンティアとコリウスに対し、イソトマは「かしこまりました~」とややくだけた返事をし、ピラカンサスに至っては「うぃ」と気の抜けた返事を返す。

「あ、班長、ちょっといいすっかぁ?」

ピラカンサスが間延びした声で、ニトゥリーを呼ぶ。

「何や」

「樹精霊殺しの方なんすけど、捜査本部に加わったベルギアとハーデンから、魔族がいた痕跡らしきものが見つかったようっすよ、まだはっきりしないんで、確証を得てから班長に報告するって言ってたっす。森に近いイヲンの街も、魔族が絡んでるんじゃないっすかね?」

「それ、先言えや」

「やったの、魔族で決定っすか?」

「まだわからんから調べとるんや。精霊の森は冒険者立ち入り禁止区域や、地元のエルフも許可がないと入れん。精霊消失前後一か月のイグドラム国内にいた冒険者で、旧市街付近を訪れた者はおらん、地元のエルフからの森への立ち入り許可申請もない。まあ、無断で立ち入ったとして、並みのエルフでは精霊を殺すなんて不可能よ」

「不死身に近い聖なる精霊が消滅するのは、輪転サイクルによる自然消滅期か、神聖を失う何かが起きて自ら次元を移動した場合ですね。班長の仰る通り、精霊の神聖を奪うことは、エルフにできることではありません」とコリウスが生真面目に言う。

「精霊の神聖を侵すことが出来て、また実行するとしたら魔族だと思うんっすよ。理由はわかんないんすけど。魔族って個人主義で、それぞれの思惑がぶっ飛んでいる上に、自分以外の生物に対する配慮が著しく乏しい種族っすからね。精霊から神聖を奪う術か、そういった武器を用いて、精霊を殺して森と周辺の浄化の守護を打ち消し、イヲンを乗っ取って、何かしようとしているんじゃないっすか」

「ピラカンサスの筋読みだが、悪くない。あとは証拠よ。とは言え、まだ予断に捕らわれる時期やない、あくまでいくつかの仮定の一つとして、他の者も己の仕事に当たれや」

「精霊殺しなんて、マジ許せないっすよね、しかも樹精霊。犯人が魔族でなかったとしても、オレ、自主的に極刑下しちゃいそうっす」

「私刑はやめや、俺がお前を逮捕することになるやろが」

「冗談っす」

「ピラカンサスが言うと、冗談に聞こえないんだよね~」

イソトマが首を竦める。

童顔で背が低く、ただでさえ年齢不詳なエルフにおいて、さらに実年齢がまったく推測できない容貌であるピラカンサスは、その外見を生かし前部署では専ら単独の潜入捜査をこなしていた。潜入先でのいくつもの危機的な状況において、自分の実力のみで乗り越えてきたベテランであり、かなりの武闘派だ。

のんびりと話すが、性格は苛烈で短気。警察機関所属でなければ、捕まる側のエルフだったであろう気性の持ち主で、ニトゥリーを崇拝しており、ニトゥリーが名指しで首を取って来いと言おうものなら、本当にやりかねない男だった。

ニトゥリーの班員に、ニトゥリーより年下はいないが、皆ニトゥリーを認めている。エルフは実力主義で、年齢関係なく役職や行いでその人物を判断し関係を構築する。

そもそも、長いエルフの一生には、人間で言うところの第二次性徴のような、身体と精神の転換期が十回ほど訪れ、その都度細胞が活性化され、精神が若返ったりするので、実年齢では精神年齢を計ることができないのだ。

「しかし、樹精霊を殺す武器なんてあるのでしょうか?」

ローレンティアの問に、イソトマが肩を竦め同調する。

「異なる樹木に宿ってはいても、樹精霊は全て世界樹の眷属だし、それを害する武器なんて、ちょっと思い付かないな~」

「創世記に神を屠るために邪神が用いた武器なら、あるいは」

コリウスが二人に応えるように言う。

「古い神の武器庫にあるといわれとる『世界樹伐りの斧』のことか?世界樹の神聖を侵し、枯らす武器らしいのう」

「そんなものが、とち狂った魔族の手にでも渡ったりしたらやっかいっすね」

「いや、実在はせん想像上の武器らしい」

「そうなんですか、よかった~。そんな物騒な武器があるのも怖いですけど、その武器庫とかというのも、人類には望ましくない響きです」

イソトマがほっとしたように言う。

「だがのう、樹精霊が消された事実は変わらんし、それを成した武器や術が存在し、やった奴が今もこのイグドラム国のどこかにおるということや、己らさっさと結果だしや」

ニトゥリーは先ほどの白昼夢の余韻をぬぐうように、班員に発破を掛け、自分もイヲンの未発生事件に没頭した。


その箱を海底に見つけたのは二か月前。

極東の人間の脱出を成功させ、彼らを乗せた客船と、護衛の軍艦、そしてニルヤカナヤ国の潜水艇でイグドラム国の近海を航行していた時に、それを発見したのである。

軍艦や潜水艇に搭載されている魔力感知機器が、故障したのではないかと疑われるほど、強大な魔力を検知しのだ。

イグドラムの軍艦とニルヤカナヤの潜水艇で連絡を取り合い、その時は避難民の命を最優先としてその場を速やかに離脱し、後日確認するという事となった。

イグドラムとニルヤカナヤの合同で、その強力な魔力の場となった海域を調査したところ、二十から三十メートルにもなる鋭角な多角錐の岩が、ウニの棘のように海底の岩盤が変質し、無数に突き出している所を発見した。その中央に、その岩の棘に守られるように黒い箱があり、その箱から魔力が漏れ出していることが分かった。長さが二メートルほど、高さと幅が六十センチほどで、成人したエルフが横たわって入れるほどの大きさから、棺のようなものと推測された。

ニルヤカナヤとの合同調査後、発見場所がイグドラムの領海にあるため、箱の処遇についてはイグドラム預かりとなった。

そして何日にもわたり、箱をそのままにしておくか、引き上げるかの協議が繰り返し行われた。もっとも多い意見は、箱には触れず、そのままにしておいて定期的な監視を行うといったものだった。いたずらに引き上げて、太歳のときのような世界中を巻き込む災厄を目覚めさせ、脅威を振り撒くことは避けたいところであったからだ。

しかし、箱が何者かに持ち去られ、悪用される危険性を常に抱え持っているというのも健全な状態ではないという意見も上がった。

結果、箱は細心の注意をもって引き上げ、中を調査したうえで、地中深くに封印するか、海洋に戻すかを決定するという事となった。

箱を引き上げるのには、警察機関の魔法安全対策課が主体となり、イグドラム国の五指に入る大魔術師のうちの二人が立ち会う事となった。また、箱は警察機関の施設である、魔法試料の実験や保管、隔離を行う地下四十メートルにある実験施設に運び入れることが決定されていた。その海洋上での警察機関の船と、サルベージ船の警護を任された海軍に所属するミトゥコッシーは、早朝から開始した作業を軍艦の船首にて監視の任に就いていた。

黎明時には雲一つなかった空が、作業が進むにつれ曇り出し、昼に差し掛かる辺りで黒い雲が雨を降らせた。風はなく、雨雲は停滞し、ただ陰鬱な雨を降らせ、海面が静かに雨を跳ね上げていた。これで風でもあれば、作業は中止となっていただろうが、波は今のところ不気味なほど穏やかだった。

動きがあったのは、午後を過ぎてからだ。

海底の邪魔な石柱をある程度切り崩し、牽引のためのロープを対象に巻き付ける作業が完了し、後は引き揚げ作業を残すのみとなった。

サルベージ船のカニの足のようなクレーンが動き始め、魔力を九割遮断する素材で出来た箱を収めるためのケースが平らに展開される。

いよいよだ。

ミトゥコッシー達は、船舶の護衛でもあるが、万が一箱から何かが出てきた際、これを攻撃して破壊する役割もある。軍艦の全門は吊り上げられた箱へと向けられる。

万が一攻撃が必要となる事態が発生した場合、サルベージ船の船員は海中へ避難し、待機している海難救助のエキスパートを乗せた数隻の警備艇から救助隊がサルベージ船の船員を救い出す手はずとなっている。

これらの作戦は、箱の引き上げ決定後、何度もリハーサルが行われている。

海底からの箱の引き上げ、ケースへの格納そして運搬と陸揚げ。陸揚げしたケースの輸送から、地下施設への搬入。

陸揚げから施設への輸送は、王都であるセイヴの街に人が少ない深夜に行われる手筈となっている。

また道中は軍部と警察機関、そして王宮騎士それぞれの戦闘能力の高い者が警護にあたり、箱が施設に収められるまでが、今回の作戦である。

ミトゥコッシーは煙る雨の向こう、海底より引き上げられる対象物を視認した。魔力検知の計器が大きな魔力を表示している。

このまま何もなければいいが。

空の暗さと距離から、箱の素材までは確認できないが、黒く鉄のように硬質な何かで出来ているように思える。

ミトゥコッシーは、海面より持ち上げられたその箱に言い知れぬ不安を覚えた。

箱は問題なく、サルベージ船の船上に引き上げられ、ケースの中央に静かに置かれる。箱が収まると同時にケースが折りたたまれていき、四角い箱状に変形して黒い箱を包んだ。

これでもう、箱は見えなくなり、魔力検知の計測値も、自然界にある正常な数値へと戻った。

各船舶がセイヴ港へ帰港を開始する。

ミトゥコッシーはサルベージ船を見据えたまま、市街で夜半から警護の任に就くニトゥリーに意思を飛ばす。

双子であるミトゥコッシーとニトゥリーは、お互いの位置に関係なく意思を伝えあう特殊能力を持っている。

『おい、起きとるか?』

『なんや、こんな真昼間の業務時間中に寝とると思っとったんかい』

『お前、偶に夢の印象を飛ばしてくることがあるやろ?さっきも何かモヤモヤした暗い夢のイメージが飛んで来とったで』

『ああ、あれか、あれは俺にもようわからん。ところで、何かあったんか?』

『お前のとこの地下施設に運び込む、例の海底にあった箱がのう、さっき引き上げが完了して、いよいよ持って帰る事になったんじゃが、あれはマズいのう』

『どうマズいんよ』

『漏れ出とる魔力だけでも、全軍で対抗できるか危うい所や。あれが、箱から解放されよったら、手が付けられん』

『そんなにか』

『そやな、ソゴゥが正気を失って、イグドラム国に宣戦布告して来たと想像してみ?』

『そうなったら、俺はソゴゥにつくわ』

『それは俺もや、ってそうやない、そんぐらいヤバイもんが入っているってことやから、警察機関では慎重に扱えいう警告や』

『そんなこと俺に言われてものう、箱の担当は別の部署やしな、そこの担当官は俺と同期で、犬猿の仲や、俺の言葉はかえって逆効果になるかもしれんのう』

『だったら、そいつが耳を傾けそうな相手に、この事を伝えてもらいや、俺はさっきから鳥肌が収まらんし、それにな、お前の夢の印象のせいか、嫌な予感がするんよ』

『さっきみとった夢はのう、ソゴゥの夢やったんや。あれに限って何かあるとは思えんが、そうは言うても、あいつも生身のエルフやからな、いくら魔力量が化け物で、特殊な魔術をいくつも使えても、怪我はするし、不死身ではないからのう』

『司書のくせに、過去に二度も最前線に送られとるしのう』

『イグドラシルは、ソゴゥをこき使い過ぎよ』

『それな』

ミトゥコッシーはニトゥリー伝えるべきことを伝えると、意識を任務に戻した。


深夜になり、セイヴ港に帰港した船から箱を収めたケースが運び出され、輸送が開始された。

雨がそぼ降る中、ニトゥリーは最終的に箱が保管される地下施設の正門前で、他の警護担当と共に箱の到着を待っていた。

すでに深夜を過ぎているのにもかかわらず、この付近を徘徊していたエルフを警邏が保護して、別の場所に移動させていた。

ニトゥリーは雨に湿り黒く光る真っ直ぐ伸びる道の果てを見据えながら、あの奥から青白い馬が「死」を連れてやってくるところを思い浮かべた。

そんな描写がエルフの神話にでもあったのだろうかと思い起こしても、記憶の元に辿り着くことはなかった。

「班長、来たっすよ」

直ぐ側で控えるピラカンサスが、オレンジの瞳を光らせる。

ニトゥリーを真似した短髪もオレンジ色で、頭頂に立つ寝ぐせをそよがせている。

「おう、運送馬車だけじゃなく、周囲への警戒も怠るなよ」

箱を積んだ馬車の左右に、大魔術師と団長クラスの王宮騎士が馬で並走する。その後方を物騒な兵器を積んだ陸軍の軍馬が付き、前方を警察機関の担当官が先導する。

この位置からでも、先頭を走るイフェイオン担当官の得意な顔が見て取れる。

アホが、もっと深刻な表情でおれや、舐めとるんか?

ニトゥリーは同期の担当官の表情に苛々しながらも、ミトゥコッシー同様に全身が粟立つのを感じた。

やがて、馬車が施設へと到達し正門が開かれ、滞りなく建物内に持ち込まれた。

正門付近でニトゥリーとすれ違う際、イフェイオン担当官はまるで勝ち誇ったような顔をこちらに向けた。

こいつ、どうかしているんじゃねえのか?この箱の恐ろしさを理解していないのか?

ニトゥリーは箱の恐ろしさと同様に、イフェイオンが無能であった場合の恐怖に、陰鬱な表情を浮かべた。

頼むから、下手こくなよ、エリート。

やがて、護衛の大魔術師と王宮騎士、警察関係者以外は、建物の外で施設の最下層の保管室に格納が完了するまで待機となり、その待機命令も、箱が運び入れられて三十分程で解除された。箱が無事、厳重な場所に安置されたことを意味している。

「これで、お役御免っすね、けど、あれはないっすね。おっかなくて通り過ぎる時、息止めてましたよ」

ピラカンサスがほっと息を吐き、ニトゥリーに言う。

「あれの恐ろしさを、魔法安全対策課のイフェイオン班長殿がどれだけ理解しておられるかのう?」

「まさか、あの尋常じゃない禍々しさを、担当官が理解していないなんてことないっすよ」

「お前、さっきあのエリート意識激高男が、俺に向けた顔を見ていなかったんか?」

「息止めるのに集中してたっす」

「それならしょうがないのう」

「けれど、箱の中から出てくるのが、災厄ばかりとは限らないんじゃないっすかね」

「楽天的やな、禍々し気配を感じたんやろ?」

「あるものにとっては災厄でしかない存在も、別の立場から見ると救世主のような役割を果たすことがある。ってそう思いたいじゃないっすか。誰かの不都合で、海底に放られた存在が、必ずしも悪の性質であるとは断定できないってことっす」

「俺にはそんな考え方はむりや、信じるより疑うわ、それに、希望より最悪の度合いを減らすことを考えてしまうしのう」

「班長は、信じる人だと俺は知っているっす。だから、きっと不幸なことなんて、起こりませんて」

ニトゥリーは横にいるピラカンサスの顔を見た。

「俺はそんな不安な顔をしとったかのう?」

「今日の昼辺りからずっと」

「そうか」

ニトゥリーは、降り続く雨空を見上げ「俺の勘は当たるんよ、今回ばかりは外れるといいがのう」と誰ともなしに呟いた。


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