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7.


 それは想定外に軽い処分だった。

 本日より減俸半年間。現職据え置き。

 ”勝算”はないではなかったが、さすがに面食らった、呆気に取られた。身内に甘いにしてもいくらなんでもこれはない、程度があるだろうに。喜んで然るべきだが素直に喜べなかった。

 だが、筒井二佐が反面、大きな成果をもたらしたのもまた事実だった。

 成果は莫大なものだった。日本本土に進出していた中国軍・情報部の拠点の多くを押さえていた。

 特に都内と関東近郊に関しての情報は綿密で、これだけの規模の情報では、或いは関東圏内の中国側の拠点は全て網羅しているのではないかとの評価を受けたくらいだった。厚顔なモノなら、内通の誘いに乗ったフリをして中国側に浸透していたのだ、と言い切れる程の赫々たる成果ではあった。

 それは事実だった。

 筒井は中国系の二世だった。父祖は台湾系だったが流れている血は大陸のそれだった。

 中国からのスカウトは早期からで、入隊、自衛隊に入る前からのものだった。

 スカウトはなかなか執拗だった。筒井は始め拒絶の態度を示し、約1年を経た後に了承した。

 中国側は筒井の経歴を丹念に”消毒”し、そこから大陸の匂いを拭い去った。

 やがて筒井は情報畑に配属され、大陸側からの支援もあり、確実な成果を挙げるようになっていた。

 だが、筒井の側でも”ゲーム”を仕掛けていたのだった。

 大陸は血の信義を重視する。

 だが、筒井は、DNA的に大陸の血を半分受け継いでいても、中身は完全に現代日本人だった。しかし、大陸側は完全に過信していた。或いは瞞着されていた。

 筒井が示す、絶対的な忠誠の態度と行動、という筒井の仕掛けたゲームに完全に出し抜かれたのだった。

 筒井は、自覚的に二つの祖国を共に裏切る、淫靡な快感を提供するゲームを愉しんでいた。

 そう、愉しんでいたのだ。

 つまらなくなったから止めた。それだけだった。

 その日、大陸に衝撃が奔った。

「同志!!大変です!!」

 東京の筒井純敬<<あとで中国語読みのルビ振りたいです>>と連絡が取れない。

 筒井が現職のまま兼任することになったのは、中国側拠点を掃討する作戦の責任者だった。

 指揮官、である。

 日本側としては”踏み絵”くらいの心持ちであったのだろうが筒井からすれば笑止の一語だった。

 祖国を一つに選び直したときも、そして今も。何の痛痒もなかった。そもそも感情とは無縁な人間だった。

 筒井はかつての盟友を冷静に、徹底的に破滅へと追いやった。

 手法は簡単だった。各拠点を監視下に置きながら、つまらないものを次々に送りつけただけだ。

 それは、陸海空3自衛隊への入隊を促す、ダイレクトメールだった。

 日本国の情報機関は、ここが貴方方が日本本土に構築した拠点であることを良く存じあげておりますよ。

 所在が敵に筒抜けの、敵国本土にある情報拠点に何の意味があるか。

 何も無い。それが許されるのは大使館だけだ。

 本来であればそのまま活動を継続させそれを観察する手法が理想ではあったのだが、余りに多数であったので優劣も付けずに、大規模なものから小さなセーフハウスまで端から虱潰しに叩いたのだった。

 人員も機材も無駄に損耗させない、筒井らしい実にスマートなやり口ではあった。

 対して、大陸側からすれば。

 大損害だった。大失態だった。

 機材も人員も無事であれば、拠点の再構築は容易そうに見えるがそうではない。戦地で陣地を築城するのとは違う。それは例えれば、敵意に満ちた相手国の本土に、密かにネジ一本から工場を作り、更には物流を確保するのに似ている。昨日までそこには情報という貨物が、貪欲に生産されては整然と流通していたのだ。

 この密かに、というのが重要だ。

 徹底的な攻撃。

 徹底的に過ぎた。

 完全に追い込まれ、窮地に立たされた相手がどういう行動に出るか。

 窮鼠、ネコを…………ではなく。日本人であれば経験的に知っているハズであった。


 そう、特攻である。


 そして、大陸にそうした文化が無いかといえば、そんなことは無い。

 自国民でさえ混乱に任せて千万単位でなで殺せる人種である。

 自国の都合で他国民をアレすることに躊躇するだろうか。

 しない。全くしない。

 大陸側は、形を変えた特攻に向けて突撃していった。

 日本領海近海。日本海の海面を割って、巨大な船体が姿を現した。

 そう、潜水艦である。

 潜水艦にとって、浮上とは即ち死を意味する。特に作戦行動中のそれはほぼ投降に等しい。

 しかもそれは原子力潜水艦、原潜だった。ますます浮上する意味はない。

 しばらくして更に異常な事態が起こった。

 船体のやや後部に位置する司令塔。その前の広大な甲板のうち、司令塔の近くに四角い穴が開いた。

 エレベータだった。

 エレベータは昇降を繰り返し、甲板上に都合三つの航空機を吐き出した。

 改・タイフーン級。艦名はおろか艦番号すら付与されていない。

 旧・ソ連が崩壊した際、外貨獲得手段として海外に叩き売られた有象無象の一つだった。

 それは、旧・大日本帝国海軍のもの以来の、潜水空母だった。

 タイフーン級が持つ豊富なキャパシティにものをいわせ、戦略核の代わりに航空機を積載したのだ。

 といっても、搭載3機予備1機ではほとんど何の役にも立たない。

 ジェーン年鑑にも載っていない超、秘密兵器ではあるが、結局、練習艦名義で動かしているに過ぎない。

 予算も少なく、錬度も無いに等しい。こうして非常の用に供され、出撃運用出来ているのは行幸にも近い。

 まず航空機の1機は飛行船だった。グレーの無地のペイントで所属を示すモノは何もない。

 続いて、飛行船の護衛だろうか。見慣れぬ機体が二機。甲板を割って出現したカタパルトを使って射出された。

 こちらは一応、ジェーン年鑑にもある兵器だった。

 西側のVTOL、垂直離着陸型戦闘機、ハリアーに対抗して開発された東側のYak-38・フォージャー。その後継を期待されていた、Yak-141・フリースタイルがそれだった。

 3機の機体は急速に遠ざかり、梅雨前線が活発な曇天に呑まれると、もう姿が見えない。

 一方、新潟港で水揚げされた荷物を積んだコンボイが、産業物産展での出展を名目にひっそりと旅立っていったが、この動きに注目した者は誰もいなかった。


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