5.
食堂ウラのゴミ箱を漁っているときに声を掛けられた。
「ああきみ、ちょっといいかな」
無視して移動しようとするとしつこく追いすがってきて、一枚の写真をかざしながらいった。
「失礼。この顔に見覚えはないだろうか」
確かめるまでもなかった。美由紀だった。今は捨てさせた、汚れてぼろぼろになる前の制服を来て、こちらに向かって微かに笑い掛けていた。
「知りません。急いでるんでこれで」
無愛想な無関心のままそう言い捨て突っ切った。
だが、相手は執拗だった。おそらくはカンだろう。そのまま尾行に張り付いた。
ジーマは不意に駆け出した。そのまま自ら行き止まりの路地に駆け込む。
慌てて追いすがって来たまず一人目、掌底を顔面、鼻の位置にもろに叩き込む。陥没した鼻から脳漿を流しながら相手は倒れ込む。
二人目、袖口から抜き出した小刀で相手の喉を切り裂く。
三人目、耳から指を突き入れ、そのまま脳髄をえぐる。
そして呆然と立ちすくむ4人目をそのまま羽交い絞めにする。
相手はこれ程の抵抗、というか逆撃は全く想定していないようだった。完全な奇襲。無力化に成功した。
「で、なんの用だって?」
残った一人はそれでも必死に。
「こ、この少女を保護するのだ、だから」
「・・・妙なことをいう」
ジーマは本当に不思議そうな顔をした。
「な、なにを」
「だってお前ら、日本人じゃないじゃん」
そのまま頚椎をへし折った。
男達の所持物を改めたが、さすがに身分を明かすものはない。
だが、中国のエージェントであることだけは間違いなく確信出来た。
「めんどうなことになったかなー」
貰えるものだけ貰って、ジーマは素早く現場を後にした。
チーム・アルファは不遇だった。
そもそも今回の作戦は初動から大きく出遅れていた。
過去の「調理部案件」では、学校に通学中の段階で保護に成功するのが通例だった。なればこそ、編成されるチームについても、「都市ゲリラ対策班」であっても、代替的な任務の遂行にそれ程の支障はなかった。
それが今回は、目標の失踪後に要因として「調理部案件」が浮上し、完全に泥縄状態でのスタートだった。
しかも、どういう巡り会わせか、保護者までが付いているという。
目標を捜索し、処分するだけであればこれほどの手間は掛かっていない。こちらの存在を秘匿しつつ目標を捜索発見同定し、無事に保護するというのは・・・。
最後に接触を断った現場から捜索範囲を広げると、直ぐにホームレスが立ち去った跡地を幾つか発見した。
だが、そこまでだった。
安藤美由紀の足取りは完全に断たれていた。
最終接触ポイントを基点にどれだけ捜索範囲を広げてもヒットしなかった。
そのとき、チーム内での特に追跡について見識が深い女性隊員が提案した。
あのとき同行していた男の側を追ってみたらどうか。
ヒットした。
ジーマは”業界”内でも謎の有名人だった。
”仮装ホームレス”だろうとの噂だったが、気前がよく、なかなかの人気者だった。
そのジーマが、軽自動車を所有していて、気ままに都内を移動し、根城を移っているという。
それには、ある法則性があって、基本的には大きな公園の一角、であると。
チーム・アルファはすぐに行動を開始した。
ジーマに接触を取れれば、少なくともなんらかの追跡の為の情報、手がかりは得られるはずだ。
幸運だった。
保護対象はまだジーマに同行しているらしい。
が、それからが不遇の連続だった。
同定を終え、さあこれから接触を取るぞというとき、いつも対象がジーマと共に移動を開始してしまうのだ。
慌ててバックアップユニット、ワゴンに追跡を命じても、軽快な軽自動車を鈍重ではないにせよ(それは十分な改装がなされている)ワゴンが、対象にその存在を秘匿したまま1台で追跡をしろというのは、これはムリな話だ。
それが3回以上続けば、これは偶然では在り得なかった。
「どこかで情報が漏れている可能性があります」
チームリーダーはやっと実に不穏当なそれを進言する気になった。
「そうだな」
統制官である筒井二佐も不機嫌な顔で同意した。尤も、彼の場合いつもの表情と変らなかったが。細かいが常に不機嫌な顔をしてみせているのも戦術の一つだ。
実際に彼は不機嫌だった。
実は、中国の下、オペレーション、作戦を行うのは今回が初めてだった。
中国の遣り方は杜撰の極みだった。何を考えているのか判らないが、無用な損耗も著しかった。
目標に随伴するホームレスが、何らかの背景を持った男であり唯の宿無しなどではないことはもはや明白であり、むしろ目標確保の前段階として周到にこれを”排除”する様にと、筒井はこれを徹底するべく中国側の現地、国内工作員に指示を出していたのだが、中国側は真剣に受けとろうとしなかった。
工作員の質も問題だった。
その多くはチャイニーズマフィア崩れで、正規の、人民解放軍広範囲作戦部隊に所属する者、或いはその出身者は安全な大使館か作戦拠点に篭ったまま現場に出ようとしなかった。
そして、工作員はコントローラーを、日本人である筒井を侮蔑していた。
当然だった。内応者に浴びせられる視線は古今東西変わりない。
筒井は馬鹿らしくなった。やめやめ、つまらない、”ゲーム”はここまでだ。
筒井は手早く種類をまとめ。
「ちょっと外す」
部屋を出た。
そしてそのまま直属上官の部屋を訪れた。
「失礼します」
上官はパットの練習中だった。いつものこととて顔には出さないものの心では失笑する。
「少し、宜しいでしょうか」
相手の返事を待たず。
「私は、つい先刻まで中国情報部に内通しておりました。これがその証拠です」
パターが床に落ち、乾いた響きを立てた。