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12.


 山を降りきって17号に入ってからしばらく、当初の疑念は深まった。

 交通量が異様に、否異常に少ない・・・。というか、他に走っている車が一台もない。

 あっという間に荒川大橋が見えて来た。

「検問あるじゃない!」

 ビンゴと言わんばかりの美由紀の悲鳴だったが矢嶋は別に気になるコトを感じていた。

 それとは別に検問は問答無用で突破する。いや。

 検問では無くこれは阻止線だ。

「ベルトを締めろ。口も閉じてろ」

「え、まさか・・・」

 矢嶋は応えず、シフトダウンしながらアクセルを踏み込んだ。

 タイヤが鳴り、ハマーが吼えた。

 パトカーはその白黒ツートンカラーが発散する威圧感ほどの物理的剛性は、実は具備していない。日本でのパトカーによる検問や阻止線は、物理的な能力より日本人生来の順法性に訴えるところが大きい。

 なので、問答無用で突破、などという無法には弱い。ましてや軍用車に近い車両から戦意を向けられては。ほとんど阻止線らしい本来の抵抗を示せず、ハマーの突撃を受けたパトカー2台は哀れに弾き飛ばされ、1台は横転しもう一方は無様に腹を見せひっくり返った。

 阻止線であるので当然、荒川大橋の上に他の車両の姿はない。シフトアップしながら引き続きひたすらアクセルを踏み込む。今度は速度で乗り切る。ハマーの行く手を遮ろうとした、また2台のパトカーがあっけなく蹴散らされた。

 背後で複数のサイレンの音。どうやら追跡してくるらしい。

 在り得ない、と思いつつ矢嶋は口を開いた。

「まるでクープでも起きたみたいだ・・・」

 くーぷ、くりーぷ、くれーぷ。呆けたように口先で言葉を弄ぶ美由紀に、ああクーデターねと矢嶋。

 くーでーたー?!。

 矢嶋が、確かにそうした世界の住人であることは、もう知っていた。

 だが、ここは日本の東京ではないのか。

 美由紀は連続した荒事にすっかり血の気を失っていた。一体、何が始まろうとしているのか。

 舌、味覚、大脳生理学、あれやこれや。”実験”に関しての知識、情報については正直、そこらの教授にも負けないぐらいの蓄積を自負出来たが、今、自分の周りで起きようとしている事態に対しては全く無力だった。

 それでも、脳は自律的な機能を見せ、記憶野から検出された一つの単語を彼女に示した。

「ううん、もっと的確な用語があるわ」

 それは、クーデターよりははるかにマシな回答に思えた。まだ現実は日常と繋がっている、と。

「なんだい」

 素直に教えを請う矢嶋に。

「非常事態宣言」

 矢嶋はそれに気付いた。慌ててラジオを付ける。

『・・・自動車使用禁止、携帯・固定電話使用禁止、ネット使用禁止、都民の皆さんは落ち着いて行動して下さい。こちらは内閣府です。非常事態宣言発令、外出禁止・・・』

「ほんとにビンゴだな」

 矢嶋はそれでも呆れた。一体、何が起きたってんだ。

 しばらく山に篭っている間に、世界がひっくり返ってしまったようだ。

 ちらりとバックミラーに視線を走らせる。今は無害だがこの先うざったい。というよりどっちみちハマーの最高速度では振り切れない。

 美由紀は慌ててその手を押さえた。矢嶋は彼女の手を軽く振り払い。

 投擲した。

 爆発音。電信柱がゆっくりと傾きそのまま倒壊する。

 破壊音が連続する。何台かのパトカーは横倒しになっていた。後続する車両は存在しない。

「何てことするのよ?!」

 美由紀は涙目になって抗議した。ここ数日間平穏な時間を過ごして来ただけにまるで夢が砕けていく様で。

 荒川を、阻止線を突破したとき、同時に日常との境をも越えてしまったのだろうか。

「奴らもプロだ。あれくらいで死人は出てない、たぶんな」

 いや、あの夜、矢嶋に出会って、総てが変わってしまっていたのか。

「そ、そういうコトじゃなくて」

 いや・・・あの日の、調理実習室で、私の世界は変わってしまっていた。

 矢嶋はアクセルを緩め、美由紀の顔を覗き込んだ。

「じゃあ、どういうコトなんだ」

 わざと美由紀のクチマネをしながら矢嶋は問質した。

「あ、あんなコト・・・」

 矢嶋さんは、悪くない。

「ムダだ、ダメなんだ」

「え、何が」

 心底不思議そうに美由紀はたずねた。

「これから戦いになる。匂いだ、カン、だ。非論理的だ、判っている。だが私はまだ生きている。私はそれだけを信じる。今なら判る、あの荒川がルビコン川だったんだ。戦うなら先手必勝だ。イニシアティブを握る者が戦場を支配する。勝利の女神は愚鈍なヤツには惚れないもんなんだ」

 そこへ、路地からゴミバケツや雑多なガラクタを弾き出しながら、大小の、真新しい傷跡だらけの一台のセダンが現れそのままハマーの右側に並んだ。

 すかさずハンド・ガンのハンマーを起こした矢嶋を美由紀は今度こそ必死で止める。

 見覚えがある横顔だった。

「待って、今度こそ待って!!知・り・合・い!!ト・モ・ダ・チ!!」

「友達?罠じゃないだろうな?」

 それでも美由紀の懇願でハマーを停めた。

 美由紀はようやく彼の名前を思い出した。

「智英?!何であなたが?!ここに居るの?!」

「安藤、いや美由紀」

「智英?」

 様子が違った。

「判ったんだよ、いや今は判るんだよ、おれも」

 美由紀は息を呑んだ。まさか。

「そのまさか、さ。全く、大した悪食だった」

 智英は語った。

 強引に家を飛び出してから例の頭痛が始まった。

 酷い痛みだった。どんどん悪くなる。いつもの倍、10倍、いや100倍。

 まずいと思ったときは遅かった。あっさり失神した。

 車はそのまま直進を続けていたが、T字路に行き当たりハデにクラッシュし、その衝撃で智英は目覚めた。

 頭痛はウソの様に消えていた。

 代わりに、頭が沸騰した。

 あの日の記憶が蘇った。

 そして、誰も口を付けようとしないあの料理を一人で平らげた記憶も。

「安藤・・・そうだったのか」

 安藤は、寂しかったんだ。

 たった一人、ある日いきなりジーニアスの世界に足を踏み入れてしまい、そして・・・。

 そう、仲間が欲しかったんだ。だから。

 検体を、仲間候補を探していたんだ。実験室でマウスを見ていたんじゃない。

 ただ、疲れて、寂しくて、それでそのとき、少しだけ虚ろな眼差しをしていただけだったんだ。

 それを、いつも間近に見ていたのに、何でおれは。

 安藤、いや、美由紀。

 会いたい、会って、伝えたい。

 この、想いを。

 すると、何かが勝手に頭の中で動き始めた。

 今まで断片的か、或いは一過性で直ぐに忘れてしまっていた情報が、物凄い勢いで整然と組みあがっていく。

 これが・・・、美由紀が見ていた”世界”なのか?!。

 自身の変化に戸惑う間も無かった。

 様々なデータがぶつかりあいながらそれぞれ形を変え或いは位置を変え、頭の中に一つの論証の構造物が自動で製作されていく。日本のこと中国のこと暴力団どもの妄動そして。

 北米が日本に仕掛けるワケがない。今回の事態を仕掛けたのは、中国だ。

 そして、その中心にいるのが、美由紀なんだ。

 理論では無かった、理屈でもない。

 それは、直観、論理をショートカットして真実を探り当てるスキル。

 美由紀。今、いく。

 智英はアクセルを踏み込む。


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