1.
これも異常気象か、カラ梅雨が続いていた昨今。
霧雨。久しぶりに梅雨らしいムシ暑くうっとうしい夜。
月も星もない、そんな夜の闇の底に男はいた。
中肉中背、うす汚れた外観。そして濁った目。どうやら泥酔している様だ。
公園のベンチにだらりと身を投げ出したその様子は、どこか儚い。
そうしていると、このまま男は夜の、霧雨の闇の中に溶け込んでしまうかに見える。
それはまるで、敗残者としてこの世から消え去っていくが如く。
不意に。
男の視線に力が宿り、同時に”気配”へと向けられた。
それは、男の見てくれに似つかわしくない、機敏で的確な動きだった。
「女豹?」
そんな呟きを漏らす。
違った。
現れた人影は、少女だった。
彼同様にうす汚れ、加えて疲れきっているようだ。
うつむきかげんで、その眼差しは空ろ。
とぼとぼと歩いてきて、ベンチの反対側の端に崩れる様に腰掛けた。
そして、かぼそい声で何か、いった。
繰り返した。
「おなかがすいた」
「腹、へってんのか」
びくり、と少女は肩を震わせ、声がした方に向かってゆっくりと顔を動かした。
初めて男の存在に気がついたらしい。男を見、目を見開き、弾かれた様にベンチから立ち上がる。
その勢いのままこちらに向けられた背に向かって男は言葉を投げた。
「食わせてやるよ。何でもよければ、な」
少女はその言葉に反応した。ぎこちなく振り返る。
男は小さくうなずいた。
ゆっくり立ち上がり、大きく一つ伸びをすると、そのままのんびりと歩きはじめた。
少女は辺りを見回し、それから小走りになって後に続いた。
背に少女の息遣いを感じながら少し歩いて、男は別の”気配”を感じた。
感じたときにはもう包囲されていた。
闇がそのまま立ち上がったかの如く、5人の人影が二人の行く手を遮った。
「話を…………」
女豹が、跳ねた。しなやかで力強いその動きは、正に女豹の呼称が相応しい、一種流麗ですらあった。
まるで映画のワイヤーアクションのワンシーンであるかの様に、少女の身体は空中で舞い、踊り、5つの人影をハネ回った。その全員が地面に叩き伏せられるまで僅か数秒。
最後の一人が倒れるのと同時に少女は地面に降り立ち、そして少しの間の後再び呟いた。
「おなかがすいた」
ぷっ。
男は吹き出した。
くくく。
笑い出した。
くわっはっはっは。
爆笑した。
「女豹か。違いない」
少女は男をけげんな目つきで見ている。
男がようやく笑いを納めると、二人は再び歩きはじめた。
二人が姿を消し、しばらくして、5人の中で一番体格のいい男がまず初めに気付き、うめき声と共に立ち上がると、まだ倒れたままの仲間たちに活を入れて廻った。
男3人、女2人の混成チームだった。
チームは、全員が”プロフェッショナル”だった。意識が跳んでも身体が自分で受身を取れるくらいの錬度ではあった。アスファルトに打ち据えられたものの、一応、全員が軽症で済んでいた。
メンバー全員が覚醒すると中でも小柄な男が周辺を見て廻っていたが、ここはジャングルでもコンクリートジャングル。二人の行方を指す、追跡に役立つ様な情報を得ることは出来ず、体格のいい男に向かって残念そうに首を振ってみせた。
どうやらその男がチームのリーダーでもある様だ。
「仕方ない。一時撤収する」
リーダーが宣言すると、もうそのチームは夜闇の中に溶け込んでいた。
それからさらにしばらくして、少し離れた場所に小集団が現れた。
特徴として、どことなし、みな目つきが悪い。いわゆるカタギの反対側に属するのだろうか。
加えて、ほぼ全員が何かしら手傷を負っている様に見える。明らかに動作が不自由だったりしている。
あのアマだの見つけたらブっ殺すとおだやかならぬ剣幕で士気だけは軒昂だがどうか。
そのままうろうろと辺りを練り歩き、通りかかったアベックを威嚇するなど、恐らく自分たちも何を目的に行動しているのか理解出来ていないだろうままに、そのままいずれかへと歩み去っていった。